異世界日帰り漫遊記!

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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編

2.知らぬが仏、言わぬが花

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   ◆



 今日も今日とてシベの家の高級な車に送って貰った俺は、駐車場の植木をいつものようにガサゴソと抜けて帰宅した。

 さすがにもうマンションの前で張ってた記者のような人達は居なかったけど、まだ遠方から狙っているかも知れないと言う懸念から、車での送り迎えはもう少し続けて貰えるらしい。
 ……と言うか、俺が「もう大丈夫だ」と固辞こじしようとしたら、シベがいつも以上の真剣な顔で俺に「まだ気を抜くな」と説教をくれて、その結果、この送迎が継続する事になってしまったのだ。

 なんだか悪いけど、でもこうなったら今更いまさらだもんな。
 今度お中元ちゅうげんに金持ちが食わないような美味しい物でも送ってやらねばと思いつつ、俺は手洗いうがいを済ませ早速自室からヒロに電話する事にした。

 ……電話する時に母さんに「どこにかけるの?」と心配そうに言われてしまったが、本当に神経過敏にさせてしまって肩身がせまい。
 考えてみれば、父さんも母さんも会社とかパート先で俺の事関係で嫌な事をされているかも知れないんだよな。……はぁ……現実世界じゃ神隠しにっただけでこんな風に大事になるんだから、本当じょーほーしゃかいってのも考えモンだよな……。

 でもまあ、気軽にハイテクなモンが使えるおかげで、俺は尾井川に監視して貰えたりヒロに簡単に連絡できるんだから、いたかゆしってヤツなのかも……。

 そんな小難しい事を考えて自分の頭の良さに酔いしれつつ、俺は久しぶりにヒロのスマホに電話を掛けてみた。
 数秒、ちょっと長めの呼び出し音が続いたが、唐突にブツッと音が入ってくる。

『は……はぃ……もしもし……』

 あ、いつものヒロの声じゃない。何か凄くつらそうな声だ。
 っつーか鼻水ズルズルしてる音が聞こえるんだけど!

「うわ、ヒロ大丈夫か? 本当に風邪?」
『う……ふぐ……。ぅん……。ズズッ……かべ……』
「おいおい風邪って言えてねーじゃんか。熱とか平気か? ちゃんと食べた?」
『へぐ……ねつ……ある……しょくよぐ……ズッ……なぐで……』
「食べてないの?! カーチャンが食わせてくれただろ?」
『ぎの……から、仕事……ごほっぇほっ、きょ、今日も、かえり、遅いがら……』

 あっ。これもう駄目な奴だ。完全にヤバい奴じゃないか。
 ヒロんの事情は知らないけど、両親の帰りが遅そうなのは電話口からハッキリと読み取れたし、そうなると家にはヒロ一人だけって事だろ。
 ってことは何か大変な事が起こっても、誰も助けてやれないってコトじゃんか。

「……ヒロ、ちょっと待ってろ。電話切るなよ!」
『ふ、ふぁ……』

 いつもヒロの声はオドオドしててのんびりしている感じだけど、こんな風に弱っている声音じゃない。ちょっとブランクが有るけど、それでも俺はヒロの友達なんだ。それくらい理解出来る。だからこそ、今の状況は見過ごせない。

 俺は散らかってる自分の部屋から出ると、母さんに事情を説明した。

「まあっ、じゃあヒロ君いま一人なの!?」

 トシのわりには若作りな俺の母さんは、今まさに夕食の支度したくを終えようとしていたのか、お玉を持ったままでクワッと顔をけわしくさせた。
 シワが増えとる……とはツッコめず、ともかくヒロの現状を説明すると、母さんは少々考え込んだ後、エプロン姿のままで通話状態の電話でヒロと話し、何やらメモをしだした。何をしているのかと思ったら、今度は自分のスマホで電話をする。

「あ、すみません。潜祇くぐるぎと申しますが……はい、野蕗のぶきさんは……」

 よそ行きの一段高い声で誰かと話したかと思ったら、今度はペコペコお辞儀じぎする。これは多分……ヒロの父さんか母さんに電話してるのかな?
 れ聞こえてくる会話を読み取った限りでは、どうやらヒロを一時的に俺の家まで連れて来ようとしているみたいだった。

 だけど、ヒロの両親も「さすがにそこまでして頂いては……」などと謙遜けんそんしているのか、母さんとお辞儀じぎ合戦を何度か繰り返していたようだったが、話がまとまったのか電話を切ってこちらを向いた。

「ツカサ、あんたお留守番るすばん出来る?」
「え? なんで?」
「母さんちょっとヒロ君の家に行ってくるから、お夕飯は……」
「俺も行くって! 今日父さん帰り遅いし……」

 何より、ヒロが心配だ。そう詰め寄った俺に、同じくらいの背丈の母さんは難しい顔をしていたが――――鼻から息をいて肩をゆるめた。

「そうね、アンタ一人じゃ心配だわ。いっそ連れていった方がマシか。……じゃあ、一応マスクして準備なさい。母さんタクシー呼ぶから」

 そう言いながら、テキパキと夕食をタッパ―にめはじめる母さん。
 ……普段口うるさいけど、やっぱりこういう時には頼りにしてしまうなぁ。

 くやしいけど、俺一人じゃ無力だ。人が風邪を引いた時の看病かんびょうですらおぼつかない。
 だけど……いや、そうだな。これから覚えればいいんだよな。
 今度はブラックやクロウが風邪をひくかもしれないし、俺が母さんの手際てぎわをよく見て「やること」を覚えておけば、あわてずに済むかもしれない。

 …………よし、ヒロの為にも母さんと二人で全力で看病しよう!

 というワケで、俺達親子は手早く支度したくを整えると、タクシーを呼んでヒロが住んでいるという住所に向かって貰ったのだが。












「げほっ……けほっ、す、すみませ……きて、もらって……」

 大柄で背の高い、ブラックやクロウと良い勝負の大男。
 扉の向こうで立っていたのは、そんな形容がぴったりな俺の友人だった。

「いや、こっちこそ出迎えさせてごめん! まだキツいだろ? ベッドいこ」
「ごめんなさいねぇヒロ君、二人で押しかけて……。ツカサ、母さん今からおかゆを作るから、アンタはヒロ君についててあげてね」
「うん」

 肩からカーディガンを掛けてゴホゴホしているパジャマ姿のヒロの体をささえつつ、俺は早速ヒロの部屋へ連れて行くために二階へ向かう。
 ヒロの体は服の上からでも分かるぐらい発熱していて、ゴホゴホとせきをするたびに内蔵の中から震えるようがごとく体を揺らしていた。
 こりゃマジでヤバい。本気の風邪だ。マスクして来て良かったと思いつつ、やけに広い階段を二人でのぼって二階へあがった。

「うわ……ホントお前の家、上流階級って感じだな……」
「そ、そお……? ォホッ、ゲホッ、ぅ、う、ぐ……ぼくの、部屋……こっち……」

 そう言ってヒロが弱弱しく指差すのは、二階の角部屋。つーか部屋四つもあんぞ。一階にはキッチンとリビングとバストイレの他にもう一つ二つ部屋のドアが見えたんだが、この家は一体どんだけ部屋があるっつーんだ。もう俺の家の倍だぞ部屋数。
 これが上流階級の家と言わずに何と言う。

 ……つーか、この家に降り立った時も「えっ一階は丸々駐車場!? ってことは、もしかしてこの家、地下一階に地上二階……?」とか思ったし、外の門にはインターホンが付いてて勝手に開くし、開いた先にも左手にバーベキューできそうな広い庭があったり、そもそも玄関のとびらがめちゃ飴色で重厚感ある高級そうなドアっていうか。
 ともかく、こんな家が「普通の家」なワケがあるまい。

 尾井川の家なんて古き良き日本家屋だぞ。平屋なんだぞ。
 それでも、古めのせまいマンション暮らしの俺にはうらやましいってのに、このヒロの家のハイソさは何なのだろうか。ヒロの家なんて初めて来たけど衝撃がデカ過ぎる。

 でも、ヒロは滅多に人の家なんて行かないみたいで、自分の家の凄さが少しも理解出来ていないようで、赤ら顔でボーッとしながら首をかしげている。

 くうっ、こ、これだから金持ちは!!
 いやここでねたんでも仕方がない。とにかくヒロを寝かせないと。

 段々と俺の体に寄りかかって来るデカくて重いヒロを一生懸命にりながら、俺は足でヒロの部屋のドアを押しあけた。きょ、今日だけは不作法なのは許して。

「よし、べ、ベッド。ヒロ、ゆっくり、ゆっくりだぞ」
「うん゛……」

 ズズッと鼻をすすりながら、ヒロはベッドに腰を下ろし体を横たえる。
 だが鼻がまっているのに耐え切れないのか、すぐに何枚もティッシュを取って鼻をかんだ。うーん……このままだと寝苦しそうだな……。

「ヒロ、もうちょっとでおかゆくるから起きてろよ」

 そう言いながら布団を掛けると、ヒロは前髪で隠れがちな目をのぞかせた。
 ちょっと鋭い切れ長の目だけど、下がり気味の男らしい太い眉がその印象をやわらげていて、黒髪で重たげな感じの大人しい髪がヒロの気弱な印象を強めている。でも、鼻も高いし、輪郭だってブラックみたいにあごがしっかりしていて男らしいんだから、前髪を整えるだけでも立派に個性派イケメンって感じなんだけどな。

 でも、ヒロは昔から人とせっするのが苦手で、いつも俺の後ろを引っ付いて来てた。
 今だって、人が来て安心したせいで急に心細くなったのか、俺に「ずっとここに居てね……」なんて言うレベルだ。喋り方だって「ど、ど、どうしよ」なんて凄い吃音きつおんぐせがついちゃったし、初対面の人とは話すどころか涙目になる有様だ。

 俺が言うのもなんだけど……とても将来が心配で、放っておけない奴なのだ。
 今だって、ガキの頃みたいに俺の手をにぎってくるし。
 手や図体ずうたいがデカくなっても、中身は昔と全然変わらない。……まあ、俺が知ってる「ヒロ」で居てくれたのは、少し嬉しいけど……いや、でも、ヒロの将来を考えるとソレで良いのだろうか。激しく不安だ……。

「つ……ちゃん……」
「はいはい、ここにいるから」

 ぎゅっと手を握られて、それにこたえてやるようにもう片方の手でヒロの手をつつむ。
 家に一人で心細かったんだろうなと思えば、少しヒロが可哀想になった。

 ……そうなんだよな。成長してもヒロは昔と全然変わらないんだ。
 寂しがりなところも、すぐ泣く所も、全部一緒だ。
 そりゃ、大人になったんだし人前では頑張って抑えてるけど、俺みたいに昔の自分を知ってる奴には、我慢出来ずに地が出てしまうんだろう。

 俺からすれば、まあ男らしいと言うより少し女の子みたいだなぁと思っちゃったりするけど……いや、どっちかって言うと……なんつうか……ブラックに似てる、感?

「…………」

 ……そういや、ブラックに抱き着かれたりするのにあまり嫌悪感を感じなかったのって、ヒロの影響も有ったんだろうか。
 昔っからずっと手ぇ握ったり泣きやませるために抱き締めたりしてたからなぁ。
 今だって男同士で抱き着いたりベタベタすんのは嫌だけど、弱ってたり俺に対して助けを求めてるような奴の手を振り払ったりは出来ないし……。

 ブラックを自分から抱き締めた最初の時だって、アイツがあまりにもしょぼくれて泣いてたから、何かたまんなくなっちゃって……う、い、今じゃ考えらんねーって思うけども。
 …………ま、まあ、今じゃブラックとの「ぎゅっ」は意味合いが違うし……。

「つーちゃん……」
「お、おう!? どしたヒロ」

 変な事を考えて顔が熱くなってしまっていた俺に、ヒロが鼻をずびずびしながら声を掛けて来る。水が欲しいのかと思ったら、そうでは無い。どこか不安そうなうるんだ目で俺を見上げていた。

「……ごべ、ね……たいへ……なのに゛……」

 何が大変だと言うのか。まあ、俺の身の周りのごたごただろうな。
 だけど、それを言うなら、こんな病気になってる時までヒロに気をつかわせてしまう俺の方こそ「ごめん」としか言いようがない。

 ヒロは本当に良い奴だから、自分が弱ってても俺を心配してくれるんだ。
 俺としてはそんな優し過ぎるヒロが心配なんだけど、でも……風邪を引いてダウンしてるヒロにアレコレ言っても仕方ないよな。

「俺の方は収まって来たから心配すんなって。……ほら、今日だってここまで来れただろ? だから、ヒロは気にしないで風邪ちゃんと治せよ」
「う゛ん……」

 汗で張り付いた前髪が鬱陶うっとうしそうだったので、優しく手で上げてやる。
 太く男らしいけど、下がり気味で気弱そうな眉。ほんと勿体もったい無い。でもまあ、急にイメチェンしてヒロがモテちゃうのも、嫉妬しっと半分さびしさ半分な感じだけどな。
 非モテ同盟が一人になっちまうとか勘弁かんべんしてくれ。何だかんだ尾井川おいかわもクーちゃんも一部の女子には好かれてるってのに、イメージダウンした俺だけモテねえとか軽めに死にたくなるのだが。

「いや、しかし、ヒロの将来を思えばモテた方が……ぐ、ぐぬぬ……」
「つーちゃ……?」

 あ、いやいや何でもないです……と慌てて気を逸らそうとしたところで、ちょうど母さんが美味うまそうなおかゆを持って来てくれた。
 ヒロはあまり食欲が無いようだったが、俺と母さんがいる手前、これ以上みっともない姿は見せられないと思ったのか、なんとかすすって完食してくれた。

 薬を飲ませて有無を言わさず眠らせると、ようやく鼻水や熱も少し楽になったのか、数時間後には起き上がれるくらいには回復したようだ。
 せきも落ち着いたので、明日には体力も回復するだろう。そう思ってマスクを外した俺に、顔色が良くなったヒロが嬉しそうに笑った。

「あ、ありがとう、つーちゃん……」
「礼なら母さんに言ってくれよ。俺、お前のそばにいただけだし」
「でも、い、居てくれたのが嬉しいんだ……。マ……お、お母さん、は、最近、お、お、おと……さんと仕事で……いそがし、から……」
「あの綺麗で優しくて家庭的なカンジのヒロのお母さんが?」

 意外だと思ってしまって上がり調子な声でそう言うと、ヒロは少しショボンとしたように頷いた。

 ヒロのお母さんって、田舎にいた頃に何度か会った事があるけど……すっごく可憐かれんで綺麗な大和撫子って感じの華奢きゃしゃな美女だったんだよな。

 うちの母さんとまるで違う、ドラマに出てくるようなレベルの美女で、今でも思い出すとドキドキしてしまうのに、それでいて凄く優しいのがまたヤバい!
 ヒロに対しても愛情たっぷりだったし、子供の俺からすれば、怒ってばっかのウチのカーチャンと取り換えて欲しいとうらやましく思ったっけ。……まあ、子供のあさはかな願いなので、今はそんな事は思わないけども。

 でも、ヒロのお母さんはマジで家庭的な人で、仕事に出るような人じゃなかったし、田舎にいた頃はヒロの事を一番に考えてるってガキの俺でも解るくらい、ヒロの事を大事にしてたのに……何で風邪っぴきのヒロを置いて仕事なんて……。

「お、おとう……さん、パーティー、とか……出る仕事の人、だから……」
「そっか。だからパートナーにお母さんが居なきゃ行けないってワケか」
「う、うん……でも、ぼ、ボク、こんな……だし……風邪ひいてるから……留守番、してなさい、って……」

 こんなだから。「こんなだから」って何だ?
 ヒロに何か原因があるってのか。まさかそんなこと無いよな。

 それとも風邪でダウンしてたから留守番してろって? それなら飯を作り置きしておくとか、事前に薬を飲ませるとかやる事があるだろうが。もう高校生だから自分で全部やれるってか。それが出来ねえから寝込んでるんだろうに、なんだそれ。
 ヤバい、人の家の事なのにマジでイライラして来た。
 何より、ヒロの事を何も考えてないのが一番腹立たしい。

 ヒロは人一倍さびしがり屋で繊細せんさいなんだ。図体ずうたいがデカいからって、それで帳消しにされるような性格じゃない。そんなの親なら理解出来るはずなのに、なんで。
 ……いや、そうじゃないな。わかんない親だって居るんだろう。異世界でだって親がアレコレって事件は後を絶たないんだし、そう思うのは「他人の傲慢ごうまんさ」って奴だ。
 でも……ヒロは本当にさびしがってたのに……。

「…………一緒にて欲しいって、言わなかったのか?」

 顔を見やると、ヒロは気弱そうな目を前髪の隙間から覗かせながら首を振る。

「おとう、さん……お、怒る……から……。で、でも、ボクも悪かったんだ。母さんが、お手伝いさん呼ぶって言ってたのに……ボク、人見知り、だから……」
「そっか、断っちまったのか」
「か、風邪、こんな酷くなると、思わなくて……」

 言いながら、またもやシュンとしてうつむくヒロ。
 本当に、昔と変わらない。俺よりもデカくなっちまったけど、中身は昔のままだ。
 ……寂しがりで、いつも俺の後ろをくっついて来たヒロのままなんだ。
 それが妙に胸を締め付けてしまい……気が付けば、俺は無意識にヒロの頭を撫でてしまっていた。

「はっ! うわっ、ご、ごめんつい!」

 ああっい、いつもブラックとかクロウにしてるクセがっ。
 ダチの頭撫でてどーすんだっ。こんなん気持ち悪い以外の何物でもないだろ!
 いっくら昔と同じだからって、ヒロだってさすがに子供扱いは嫌がるだろうしあああああ……と、とにかく謝らないと。

 そうあせり、あわてて手を引っ込めようとしたのだが――――その手を、つかまれた。

「え……ヒロ……」
「あ、あぅ……あ、あ、の……あの……つ、つーちゃ……あの……」
「な……なに? あせらなくて大丈夫だぞ、ゆっくりで良いから」

 一生懸命喋ろうとすると余計に声がつっかえて出せなくなるヒロに、落ち着かせるように言いながら、根気よく言葉を待つ。すると、相手は急にもじもじしだして……熱で赤くなったほおを震わせながら、俺をじっと見つめて来た。

「つーちゃん……あの……こ、こん、こんなこと、いうの気持ち悪い、かもだけど」
「ん?」
「ぼ……ボク……その……む、昔、みたいに、つ、つーちゃんに……」

 そこまで言って、ヒロは更に顔を真っ赤にしながら体をちぢめた。
 まるで恥ずかしがっている乙女のようだが……今さっき撫でて「昔みたいに」って言ったと言うことは……。

「もっかい頭撫でるのか?」

 聞くと、相手は湯気を出しながら首を振った。
 と言う事は、一つしかない。
 でも……やっぱダチ相手にこう言う事を直接言うのは恥ずかしい。……ので、俺は両腕を広げて「ウェルカム」と言ったポーズをしながら、小首をかしげて見せた。

「……ん?」

 まあ、つまり……要するに「抱き締めて欲しいのか?」という事だ。
 でもそんな事を素直に言えるワケもないし、ダチ相手にそう言う事を意識してるんだと思われるのも何かイヤだ。つーか言えるかそんな恥ずかしい事!!
 だからヒロだって赤面したんだろうし、俺だって言えるもんなら素直に言いたいわ。そんなイケメンしか使わないような文句。つーかこれ女の子に言う事では。

 ……なので、苦肉の策でジェスチャーして見たのだが……ヒロは赤面したまま震えながら、必死にコクコクとうなづいていた。
 伝わったのは良かったけど、お前本当に熱は大丈夫なのか。不安になって来た。
 まあでも、幼児退行したくなるくらい不安だったのかもしれないし……。

「だ……だめ……?」

 泣きそうな声で目をうるませながら言われると、なんかもうこばめなくて。

「俺でいいなら、まあ……。その、ホラ」

 そう言うと、ヒロは露骨に嬉しそうな顔をして、俺の胸に飛び込んできた。
 ぐ、ぐおおっ、意外と重いぞヒロっ。数年会わない内になんつー体型になってんだコイツ。頼むからその身長と筋肉を俺に分けてくれ。

「つーちゃん……」
「む……。ま、まあその……よしよし……」

 頭を撫でつつ、ぎゅっと抱き着いて来るヒロの背中をポンポン叩いてやる。
 そうするとヒロがよりくっついて来て、シャツの中にぶら下げていた指輪が俺の胸にグッと食い込んできた。まるで、いつもこうしている時みたいに。
 ………………。
 ヤバいな、ちょっとブラックを思い出してしまった。
 
 別にヒロとはそんな関係じゃないし、抱き締めたって「男同士でムサいな」としか思えない。ドキドキと言うよりも気まずい気持ちの方が大きくて、何やってんだろう俺とか冷めた事を考えてしまう。
 それでも、ヒロを大事にしたいからこうしてなぐさめてるんだ。

 ……でも……ブラックとこういう事をする時は、なんか……違う。
 アイツを抱き締める時も、なぐさめてやりたいって思ってるのかも知れない。だけど、ブラックとこうやって「ぎゅっ」とする時は、もっと恥ずかしくて、ドキドキして、嬉しいのとたまれないのでいそがしくて。
 それでいて、自分でもヘンだと思うくらい心がぽかぽかして――――。

「…………つーちゃん……ちょっと、聞いていい……?」
「え? う、うん? なに?」

 抱き締めていた大きな体が、少し離れる。
 声が妙に低く冷静になったような気がして、空気が張り詰めた。
 ……なんだか、おかしい。いつものヒロじゃない。

 だけど何故そんな事になったのか解らず、肌に食い込んでいた指輪が離れる感触を覚えつつも、徐々に見えてくるヒロの顔をみようとすると――――。

「ツカサ、ヒロ君。いい? さっきご両親にお電話したんだけど……」
「ッ!!」
「っ、は、は、はいっ」

 ドアの向こうから声が聞こえたのに驚き、ヒロはベッドに潜り込んでしまう。
 俺の母さんとは言え、極度の人見知りは今も治っていないらしい。
 その行動に何故かホッとしつつも……何故だか、唐突とうとつにブラックに会いたくなってしまい、俺は無意識にカーテンの向こうにある窓を見つめていた。












 
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