168 / 1,098
竜呑郷バルサス、煌めく勇者の願いごと編
19.主義主張の違いは擦り合わせしにくい
しおりを挟む「おっ」
「キュミ゛ュッ」
ガコン、と再び大きな音がしたと思ったら、急に部屋全体が震え、体が地面に引き寄せられるような感覚が襲って来た。
これはアレだな。エレベーターが止まった時のヤツと一緒だ。でも衝撃がデカい。
その勢いに思わず蟹股で耐えてしまったが、ロクショウは初めて感じる衝撃だったらしく、いつもは聞かないような声を出して口をムギュッとしていた。
可愛いけど舌を噛んでないか心配だ。
「大丈夫かロク」
「キュゥ~」
ああ、やっぱり噛んじゃったのか。
でも……小さくて長い舌をチロリと出して目をウルウルさせているロクは、物凄く可愛いっ。心配しなきゃいけないのにキュンキュンしっぱなしになってしまうっ。
ごめんよロク、でもロクが可愛すぎるのがいけないんだ……!
「変な格好をしてないで行くぞ」
「はえっ!? まっ、待ってくれよ!」
おっと、悦に入っている間に通路が現れていたか。
こちらを振り返り待っててくれているラスターに慌てて駆け寄ると、俺達は改めて目の前に現れている通路を見据えて歩き出した。
「……なんか、やっぱり壁がほんのり光ってるな」
左右を見やると、やはり壁には壁画が描かれていてほんのり光っている。
上の階の物よりも、色が鮮やかな感じだ。石の壁っていうのは変わってないけど、空気もごく普通の物だし今まで密閉されていたような感じがしないし……やっぱこの遺跡にも何か術が掛かってるんだろうか。
空気が循環しているんなら、こんな風に綺麗に壁画が残っているわけないよな。
この世界はどうやら俺達の世界と違う仕組みがあるらしくて、モノが腐ったり劣化するのは【魔素】というもの(昔は「魔」という言い方だったらしい)が触れて来るからであり、俺の世界のように微生物とか空中の元素がとかいう話ではないらしい。
とはいえ、魔素は他の曜気と一緒で当たり前のように空気中に漂っているらしいので、物は劣化して崩れたりホコリが出ちゃったりするわけだ。
じゃあ、空気が淀んでいないこの場所だって、魔素に侵されて劣化してる物が沢山あったっておかしくないんだけど……でも綺麗なんだよなぁ。
外側や地上一階は石壁がボロッと欠けている所も有ったし、とんでもなく古い遺跡だったんだろうなあって判るぐらいの風貌だったのに、それが地下に降りるとこんな風に綺麗になっているだなんて解せない。
上はデコイだった、とか?
いやでも盗掘者が入って云々って言ってたし、この下に降りる方法が解らなかったから、綺麗なままで保たれているってこともあるのかも。
地上は盗掘者にガンガンやられちゃったから、あんな風に壊れてたのか。
…………そう考えると盗掘ってのも考えちゃうな。
この世界の冒険者ってのは、各国の大富豪達や貴族やらが出資して作った【冒険者ギルド】に集う人達で、その本来の仕事はこの遺跡のように「歴史に残っていない、謎の建物や未開拓の場所」――それらを総称した【空白の国】というものを探索し、オタカラやら技術やらを発見して持って来ることだ。
今はモンスター討伐や依頼でのお使いなんかがメインっぽいけど、冒険者の本来の意味に近い事をやるのが俺達の役目だった。
しかし……盗掘者の話を聞くと、ちょっとウッてなってしまうな……。
別に入っちゃいけないって条約もないし、盗掘したって罪にならないようになっているけど、その遺跡もまた「遠い昔に誰かが大切に使っていた所」だと思うと、少し自分の行為が気になって来る。
俺は聖人君子じゃないし、正直やっていいってんなら遠慮なく冒険しちゃうけど……でも、出来るだけ遺跡自体は傷付けないようにしたいな。
ここがポートスの民の遺跡だったら、アルフェイオ村のギルナダやアレイスさん達が悲しむかもしれないし……いやまあ破壊する気はさらさらないけども。
「なんだツカサ、さっきから百面相をして。俺を笑わせ和ませようとしているのか」
「ちがわい! 遺跡を大事にしようって思ってただけだっての!」
何で俺がお前を楽しませなくちゃいけないんだと睨むと、ラスターは微笑む。
「陰鬱な遺跡で気が滅入るかと思ったが、お前がいると退屈しない」
「あーそうですかい」
「まったく、褒め甲斐のない奴だな」
「面白い玩具みたいに言われるのは俺だって心外だっての」
そう言うと、ラスターは顎に手を当て天井を見上げると、数秒考えるように黙って俺の方を見やった。な、なんだよ急に真剣な顔して。
思わず立ち止まってしまうと、相手は俺を振り返って一歩近付く。
「…………なら、どうしたら嬉しいんだ」
「えぇ?」
「お前はよく解らん。あの汚らしい中年どもに甘えられて喜ぶ癖に、どうして立派だと褒めると嫌そうな顔をするんだ?」
「そりゃアンタの物の言い方が居丈高だからでしょ……」
何を今更と顔を歪めると、ラスターも心外だとでも言いたげに顔を歪めた。
いや俺の方が心外なんですけど。甘えられて喜んでないんですけど!?
俺だってどうせならシアンさんに甘えられたいわい!
「俺のどこが居丈高だと言うんだ」
「上から下まで居丈高の塊じゃん!?」
「何を言う。俺は至上の美を頂くものとして、己に恥じない言動をしているだけだ。俺が俺を卑下する事は神を愚弄する行為だし、それにあの下衆な男を下衆と言うのは当たり前の事だろう。何故それを分不相応の事のように言われなければならんのだ」
ぐ、ぐう……それは……まあ、そうだけど……。
確かにラスターはグウの音も出ないほど美形だし、実際女やメスにモテモテだ。
情けない事だけど、ブラックとクロウだって確かにお世辞にも「真人間」とは言えないワケだし……清廉潔白なラスターからすれば、下賤に見えるのかも知れない。
でも、言い方ってもんがあるだろう。
それに、アンタだって人の話聞かないで俺を犯そうとしたじゃないか。
別にそれを持ち出してなじろうって気は無いけど、そうやって間違う事だってあるんだから、今の言動が絶対的に正しいとは言えないんじゃないのか。
「何もかも正直に言うのも、自分自身を褒めるのも良い事だとは思うけど……でもさ、人を言い表す時って、言い方ってもんがあるだろ。ちょっとした言い方で傷付いたりする事もあるんだぞ?」
「あの中年どもが傷付くのか?」
「む……むぅ……いやでも、お前に下衆呼ばわりされたらブラック達は怒るだろ? それは、そう言われたくないってことなんだよ。アンタだって、人に格好良くないって言われたら嫌な気になるでしょ」
「見る目が無い者の言葉は聞くに値しないが」
「だーもーっああ言えばこういう!」
駄目だこりゃ、俺じゃ手に負えない。
なによりラスターがこの口調で良いって思ってるんだから、こりゃ治せないわ。
俺が身内だったりしたらまた違ったんだろうけど、生まれも育ちも違うからなぁ。
好きだの仲間だのとは言うけど、でも好きな奴からの忠告だからって、自分の主義主張をホイホイ変えられないのは俺だって理解出来るからなぁ……。うーむ……結局こういうのは暖簾に腕押しになっちまうか。
しかし、自分の心を守るために自画自賛傲慢マンになったとは言え、どうなったら今のラスターのような感じに成長しちゃうんだろう。
「はぁ……」
思わず溜息を吐いてしまう俺に、ラスターは余計にムッとしたのか、今度は俺の肩を掴んできた。思わずロクが飛び退くが、構わずにラスターは俺に近付いて来る。
目の前までやってきた相手は、俺の顎を掴んで無理矢理上を向かせた。
「なら、お前は何と言われたいんだ」
「え……」
「お前達は口を慎めと言うが、どう思われたいどう見られたいなんて言わんだろう。見たままを評する事が悪だと言うのなら、理想の言葉を言えば満足なのか? それはお前達が嫌う虚言に過ぎないのではないか」
「そ、それは……」
確かに、それはそうだけど。
人に対して柔らかい言葉を使ったり、思っている事を飲み込んで相手を気遣うような言葉を言うのだって、人によっては「嘘」になるかも知れない。
だけど、強い言葉を使って怒らせるのが正しいってのも違うんじゃないのか?
う、うう……なんかもうよく分からなくなってきた。
ウソを言うのは俺だって嫌だけど、でも……。
「望む言葉を言えば満足なのか。本心とは違う事を思えと?」
……い、痛い。
なんかラスターちょっと怒ってないか。なんで急に。今まで「変な奴が変な戯言を言っている」みたいな顔してたじゃんか。
何故今になって怒りだしたのか解らない。
ラスターの綺麗な顔に陰が掛かっていて、ちょっと怖く見える。でも、いつもとは違う――――なんだか、何かを嫌悪するような色を含んだ表情だった。
「………俺はそんな詐欺師のような事はやりたくない……。だから、俺は俺の思うがままに言う。お前の事だって……」
「ら……ラスター……」
……どうしよう、なんかちょっと、怖い。
ブラックやクロウが怒った時とはまた別の、言い知れない恐れに体を固くすると――ラスターはハッとしたように目を見開いて、俺の肩から手を離した。
「…………今のは、謝らないからな」
そう言って、俺に背を向けて歩き出した。
「…………」
ロクショウが慌てたようにパタパタと蝙蝠羽を動かして、俺の肩に戻ってくる。
俺はそんなロクの頭を撫でつつ、無言でラスターの後を追った。
……確かに、ラスターの言う事も正しい。
正直な思いを言えば損をするのは解っているけど、でも相手を虚偽の言葉で喜ばせたり本心を偽ったりするっていうのは、相手にとって良い事になるとは限らない。
その人の事を思うなら、正直に言った方が良い時も有る。
俺だって、ダチには本音を言って欲しいし、辛い事があったのなら、何だって遠慮なく言って欲しいと思っていた。
でも、正直な言葉を言うだけじゃ、何か違うと思うんだ。
相手を仲間だと思っていたり、そこまでして誠意を持って話したいと言うのなら、ただ正直に言うんじゃなくて……その……ああもう、頭が熱くなってきた。
こういうの苦手なんだよ。俺そんなに賢くないんだって。
でも、俺が蒔いた種だし、こういうのってちゃんと考えて相手に答えを言わないと、考えなしに言うなって余計に怒っちゃうだろうし……。
なにより俺はラスターよりも弱くて説得力ないんだもんなぁ……はぁ……。
「うぅ……情けねえなあ俺……」
「キュ~」
ううう、ほっぺをペロペロして慰めてくれるのかい。優しいなあロクは。
こうしてロクを心配させるのも悪いとは解ってるんだけど……ああ、俺がもう少し頭が良かったら、ラスターの正直すぎる言葉を和らげる解決方法もすぐに思いつく事が出来るんだろうけどな……やっぱり俺ってばチート主人公にはなれないなぁ。
俺だって不機嫌になったけど、でもラスターを不機嫌にしたいわけじゃないんだ。でも、ブラック達の事をいつまでも悪い風に言って欲しくなかったし……仲良くして欲しいし……けれど、それを上手いこと伝えきれないってのも、やっぱり俺の力不足なんだよな……。
俺ってばやっぱガキなのかなぁ。自分じゃ大人のつもりだったんだけど。
はあ、チート能力を持っても頭は良くなるわけじゃないんだな。
数多の頭が良いチート主人公達を思い浮かべて、がっくりとうなだれていると――またもや目の前が明るくなってきた。向こう側に通路の終わりが見える。
今回は向こう側から強い光が差しているのが見えるが……次はどんな仕掛けが待ち受けているのだろうか。
「き、気合入れないとな……」
そう、今は落ちこんでいる場合ではない。
どこに罠が残っているかも判らないんだから、今は気を付けないと。
ラスターとも仲違いしている場合じゃないんだ。今度こそしっかりしないとな。
気合を入れ替えて息を吸うと、俺は小走りになってラスターに近付く。どうやって謝ったらいいのか……というか謝るのが最適解なのか分からないけど、とにかく相手にどうやって「悪かった」と思っている事を伝えたらいいのか……などと思っていると、ラスターは俺の気配に気づいていたのか横目で見て呟いた。
「…………水の音がする。何かがいるかもしれないから、静かに」
水の音?
あ、確かに何かコポポポって感じの流れ落ちてくるような音が聞こえる。
ということは、水辺か何かがあるんだろうか。それなら変な生物が暮らしてたって不思議じゃないよな。もしかしたらモンスターかも知れない。
静かにしようと口を覆って頷く俺に、ラスターはちょっとだけ困ったような感じの笑みを浮かべてから、いつもの自信満々な表情で俺に「良し」と頷いた。
ほっ……良かった、あんまり怒ってなかったのか。
相手が大人なので無かった事にしてくれてるのかもしれないが、申し訳ないな。
でも掘り返すのも悪いし、これからなんとか取り返そう。そうしよう。
そんな決心をしつつもラスターの背後に回って、向こう側の気配を確認しながら、ゆっくりと通路から部屋に入ると――――
「…………!」
そこには、どこかの古い庭園のような美しい風景が広がっていた。
→
22
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。
美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる