異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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竜呑郷バルサス、煌めく勇者の願いごと編

19.主義主張の違いは擦り合わせしにくい

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「おっ」
「キュミ゛ュッ」

 ガコン、と再び大きな音がしたと思ったら、急に部屋全体が震え、体が地面に引き寄せられるような感覚が襲って来た。
 これはアレだな。エレベーターが止まった時のヤツと一緒だ。でも衝撃がデカい。

 その勢いに思わず蟹股で耐えてしまったが、ロクショウは初めて感じる衝撃だったらしく、いつもは聞かないような声を出して口をムギュッとしていた。
 可愛いけど舌を噛んでないか心配だ。

「大丈夫かロク」
「キュゥ~」

 ああ、やっぱり噛んじゃったのか。
 でも……小さくて長い舌をチロリと出して目をウルウルさせているロクは、物凄く可愛いっ。心配しなきゃいけないのにキュンキュンしっぱなしになってしまうっ。
 ごめんよロク、でもロクが可愛すぎるのがいけないんだ……!

「変な格好をしてないで行くぞ」
「はえっ!? まっ、待ってくれよ!」

 おっと、悦に入っている間に通路が現れていたか。
 こちらを振り返り待っててくれているラスターにあわてて駆け寄ると、俺達は改めて目の前に現れている通路を見据えて歩き出した。

「……なんか、やっぱり壁がほんのり光ってるな」

 左右を見やると、やはり壁には壁画が描かれていてほんのり光っている。
 上の階の物よりも、色が鮮やかな感じだ。石の壁っていうのは変わってないけど、空気もごく普通の物だし今まで密閉されていたような感じがしないし……やっぱこの遺跡にも何か術が掛かってるんだろうか。

 空気が循環しているんなら、こんな風に綺麗に壁画が残っているわけないよな。
 この世界はどうやら俺達の世界と違う仕組みがあるらしくて、モノが腐ったり劣化するのは【魔素】というもの(昔は「魔」という言い方だったらしい)が触れて来るからであり、俺の世界のように微生物とか空中の元素がとかいう話ではないらしい。

 とはいえ、魔素は他の曜気と一緒で当たり前のように空気中に漂っているらしいので、物は劣化して崩れたりホコリが出ちゃったりするわけだ。
 じゃあ、空気がよどんでいないこの場所だって、魔素に侵されて劣化してる物が沢山たくさんあったっておかしくないんだけど……でも綺麗なんだよなぁ。

 外側や地上一階は石壁がボロッとけている所も有ったし、とんでもなく古い遺跡だったんだろうなあってわかるぐらいの風貌だったのに、それが地下に降りるとこんな風に綺麗になっているだなんてせない。

 上はデコイだった、とか?
 いやでも盗掘者が入って云々うんぬんって言ってたし、この下に降りる方法が解らなかったから、綺麗なままでたもたれているってこともあるのかも。
 地上は盗掘者にガンガンやられちゃったから、あんな風に壊れてたのか。

 …………そう考えると盗掘ってのも考えちゃうな。
 この世界の冒険者ってのは、各国の大富豪達や貴族やらが出資して作った【冒険者ギルド】につどう人達で、その本来の仕事はこの遺跡のように「歴史に残っていない、謎の建物や未開拓の場所」――それらを総称した【空白の国】というものを探索し、オタカラやら技術やらを発見して持って来ることだ。

 今はモンスター討伐や依頼でのお使いなんかがメインっぽいけど、冒険者の本来の意味に近い事をやるのが俺達の役目だった。

 しかし……盗掘者の話を聞くと、ちょっとウッてなってしまうな……。
 別に入っちゃいけないって条約もないし、盗掘したって罪にならないようになっているけど、その遺跡もまた「遠い昔に誰かが大切に使っていた所」だと思うと、少し自分の行為が気になって来る。

 俺は聖人君子じゃないし、正直やっていいってんなら遠慮なく冒険しちゃうけど……でも、出来るだけ遺跡自体は傷付けないようにしたいな。
 ここがポートスの民の遺跡だったら、アルフェイオ村のギルナダやアレイスさん達が悲しむかもしれないし……いやまあ破壊する気はさらさらないけども。

「なんだツカサ、さっきから百面相をして。俺を笑わせなごませようとしているのか」
「ちがわい! 遺跡を大事にしようって思ってただけだっての!」

 何で俺がお前を楽しませなくちゃいけないんだとにらむと、ラスターは微笑む。

陰鬱いんうつな遺跡で気が滅入るかと思ったが、お前がいると退屈しない」
「あーそうですかい」
「まったく、褒め甲斐がいのない奴だな」
「面白い玩具みたいに言われるのは俺だって心外だっての」

 そう言うと、ラスターはあごに手を当て天井を見上げると、数秒考えるように黙って俺の方を見やった。な、なんだよ急に真剣な顔して。
 思わず立ち止まってしまうと、相手は俺を振り返って一歩近付く。

「…………なら、どうしたら嬉しいんだ」
「えぇ?」
「お前はよく解らん。あの汚らしい中年どもに甘えられて喜ぶ癖に、どうして立派だとめると嫌そうな顔をするんだ?」
「そりゃアンタの物の言い方が居丈高だからでしょ……」

 何を今更いまさらと顔を歪めると、ラスターも心外だとでも言いたげに顔を歪めた。
 いや俺の方が心外なんですけど。甘えられて喜んでないんですけど!?
 俺だってどうせならシアンさんに甘えられたいわい!

「俺のどこが居丈高だと言うんだ」
「上から下まで居丈高のかたまりじゃん!?」
「何を言う。俺は至上の美を頂くものとして、おのれに恥じない言動をしているだけだ。俺が俺を卑下ひげする事は神を愚弄ぐろうする行為だし、それにあの下衆げすな男を下衆げすと言うのは当たり前の事だろう。何故それを分不相応ぶんふそうおうの事のように言われなければならんのだ」

 ぐ、ぐう……それは……まあ、そうだけど……。
 確かにラスターはグウの音も出ないほど美形だし、実際女やメスにモテモテだ。
 情けない事だけど、ブラックとクロウだって確かにお世辞にも「真人間」とは言えないワケだし……清廉潔白なラスターからすれば、下賤げせんに見えるのかも知れない。

 でも、言い方ってもんがあるだろう。
 それに、アンタだって人の話聞かないで俺を犯そうとしたじゃないか。
 別にそれを持ち出してなじろうって気は無いけど、そうやって間違う事だってあるんだから、今の言動が絶対的に正しいとは言えないんじゃないのか。

「何もかも正直に言うのも、自分自身を褒めるのも良い事だとは思うけど……でもさ、人を言い表す時って、言い方ってもんがあるだろ。ちょっとした言い方で傷付いたりする事もあるんだぞ?」
「あの中年どもが傷付くのか?」
「む……むぅ……いやでも、お前に下衆呼ばわりされたらブラック達は怒るだろ? それは、そう言われたくないってことなんだよ。アンタだって、人に格好良くないって言われたら嫌な気になるでしょ」
「見る目が無い者の言葉は聞くにあたいしないが」
「だーもーっああ言えばこういう!」

 駄目だこりゃ、俺じゃ手に負えない。
 なによりラスターがこの口調で良いって思ってるんだから、こりゃ治せないわ。
 俺が身内だったりしたらまた違ったんだろうけど、生まれも育ちも違うからなぁ。

 好きだの仲間だのとは言うけど、でも好きな奴からの忠告だからって、自分の主義主張をホイホイ変えられないのは俺だって理解出来るからなぁ……。うーむ……結局こういうのは暖簾のれんに腕押しになっちまうか。
 しかし、自分の心を守るために自画自賛傲慢ごうまんマンになったとは言え、どうなったら今のラスターのような感じに成長しちゃうんだろう。

「はぁ……」

 思わず溜息ためいきを吐いてしまう俺に、ラスターは余計にムッとしたのか、今度は俺の肩をつかんできた。思わずロクが飛び退くが、構わずにラスターは俺に近付いて来る。
 目の前までやってきた相手は、俺のあごを掴んで無理矢理上を向かせた。

「なら、お前は何と言われたいんだ」
「え……」
「お前達は口をつつしめと言うが、どう思われたいどう見られたいなんて言わんだろう。見たままを評する事が悪だと言うのなら、理想の言葉を言えば満足なのか? それはお前達が嫌う虚言に過ぎないのではないか」
「そ、それは……」

 確かに、それはそうだけど。
 人に対して柔らかい言葉を使ったり、思っている事を飲み込んで相手を気遣きづかうような言葉を言うのだって、人によっては「嘘」になるかも知れない。
 だけど、強い言葉を使って怒らせるのが正しいってのも違うんじゃないのか?
 う、うう……なんかもうよく分からなくなってきた。

 ウソを言うのは俺だって嫌だけど、でも……。

「望む言葉を言えば満足なのか。本心とは違う事を思えと?」

 ……い、痛い。
 なんかラスターちょっと怒ってないか。なんで急に。今まで「変な奴が変な戯言たわごとを言っている」みたいな顔してたじゃんか。
 何故今になって怒りだしたのか解らない。

 ラスターの綺麗な顔に陰が掛かっていて、ちょっと怖く見える。でも、いつもとは違う――――なんだか、何かを嫌悪するような色を含んだ表情だった。

「………俺はそんな詐欺師のような事はやりたくない……。だから、俺は俺の思うがままに言う。お前の事だって……」
「ら……ラスター……」

 ……どうしよう、なんかちょっと、怖い。
 ブラックやクロウが怒った時とはまた別の、言い知れない恐れに体を固くすると――ラスターはハッとしたように目を見開いて、俺の肩から手を離した。

「…………今のは、謝らないからな」

 そう言って、俺に背を向けて歩き出した。

「…………」

 ロクショウが慌てたようにパタパタと蝙蝠羽こうもりばねを動かして、俺の肩に戻ってくる。
 俺はそんなロクの頭をでつつ、無言でラスターの後を追った。
 ……確かに、ラスターの言う事も正しい。

 正直な思いを言えば損をするのは解っているけど、でも相手を虚偽の言葉で喜ばせたり本心を偽ったりするっていうのは、相手にとって良い事になるとは限らない。
 その人の事を思うなら、正直に言った方が良い時も有る。
 俺だって、ダチには本音を言って欲しいし、つらい事があったのなら、何だって遠慮なく言って欲しいと思っていた。

 でも、正直な言葉を言うだけじゃ、何か違うと思うんだ。
 相手を仲間だと思っていたり、そこまでして誠意を持って話したいと言うのなら、ただ正直に言うんじゃなくて……その……ああもう、頭が熱くなってきた。
 こういうの苦手なんだよ。俺そんなに賢くないんだって。

 でも、俺がいた種だし、こういうのってちゃんと考えて相手に答えを言わないと、考えなしに言うなって余計に怒っちゃうだろうし……。
 なにより俺はラスターよりも弱くて説得力ないんだもんなぁ……はぁ……。

「うぅ……情けねえなあ俺……」
「キュ~」

 ううう、ほっぺをペロペロして慰めてくれるのかい。優しいなあロクは。
 こうしてロクを心配させるのも悪いとは解ってるんだけど……ああ、俺がもう少し頭が良かったら、ラスターの正直すぎる言葉をやわらげる解決方法もすぐに思いつく事が出来るんだろうけどな……やっぱり俺ってばチート主人公にはなれないなぁ。

 俺だって不機嫌になったけど、でもラスターを不機嫌にしたいわけじゃないんだ。でも、ブラック達の事をいつまでも悪い風に言って欲しくなかったし……仲良くして欲しいし……けれど、それを上手いこと伝えきれないってのも、やっぱり俺の力不足なんだよな……。

 俺ってばやっぱガキなのかなぁ。自分じゃ大人のつもりだったんだけど。
 はあ、チート能力を持っても頭は良くなるわけじゃないんだな。

 数多あまたの頭が良いチート主人公達を思い浮かべて、がっくりとうなだれていると――またもや目の前が明るくなってきた。向こう側に通路の終わりが見える。
 今回は向こう側から強い光が差しているのが見えるが……次はどんな仕掛けが待ち受けているのだろうか。

「き、気合入れないとな……」

 そう、今は落ちこんでいる場合ではない。
 どこに罠が残っているかも判らないんだから、今は気を付けないと。
 ラスターとも仲違いしている場合じゃないんだ。今度こそしっかりしないとな。

 気合を入れ替えて息を吸うと、俺は小走りになってラスターに近付く。どうやって謝ったらいいのか……というか謝るのが最適解なのか分からないけど、とにかく相手にどうやって「悪かった」と思っている事を伝えたらいいのか……などと思っていると、ラスターは俺の気配に気づいていたのか横目で見て呟いた。

「…………水の音がする。何かがいるかもしれないから、静かに」

 水の音?
 あ、確かに何かコポポポって感じの流れ落ちてくるような音が聞こえる。
 ということは、水辺か何かがあるんだろうか。それなら変な生物が暮らしてたって不思議じゃないよな。もしかしたらモンスターかも知れない。
 静かにしようと口をおおってうなづく俺に、ラスターはちょっとだけ困ったような感じの笑みを浮かべてから、いつもの自信満々な表情で俺に「良し」と頷いた。

 ほっ……良かった、あんまり怒ってなかったのか。
 相手が大人なので無かった事にしてくれてるのかもしれないが、申し訳ないな。
 でも掘り返すのも悪いし、これからなんとか取り返そう。そうしよう。

 そんな決心をしつつもラスターの背後に回って、向こう側の気配を確認しながら、ゆっくりと通路から部屋に入ると――――

「…………!」

 そこには、どこかの古い庭園のような美しい風景が広がっていた。










 
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