異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

文字の大きさ
上 下
54 / 959
神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編

23.高みを望めば心は沈む

しおりを挟む
 
 
 巨人を取り囲むようにして集まっている冒険者達を横目に、ひたすらに走る。
 そのさなかに、色んな人達の怒声が聞こえた。

「第二陣行け!」
「無理ですよ死角が無いんですって!」
「バカども騒ぐなッ、術が使えねえだろ!!」
「ええいもう行きますよ、行っていいですよね!?」

 冒険者達は苛立っているようだ。
 聞くだけなら喧嘩腰で嫌な会話だろうとは思うけど、でも、現状を考えるとムリも無かった。だって、巨人の体表に無数にあるに誰もが気付いていて、攻めあぐねていたんだから。

 ……様々な場所に目があると言う事は、多くの弱点があると言う事でもある。
 目は、物の位置をとらえるためには、無くてはならない器官だからな。
 そこを攻撃してしまえば……とは思うが、いかんせん、相手の目は多過おおすぎる。突き刺せば痛いと思うだろうが、全ての目を潰す事は現状不可能だった。

 それでも、攻撃すればそれなりのダメージは与えられるかも知れない。
 だけど、そんなの人間の皮膚を切り裂くのと一緒だろう。紫の巨人の肌が目におおくされていようが、生きている限りどこを攻撃されたって痛いのに変わりは無い。
 相手の視覚を奪う事は出来ないし、明確なダメージは与えられないのだ。

 最早、巨人の目は急所とは言えない。

 むしろ、他の生物の方が死角が存在する分、ただ痛いだけでタチが悪い。そう考えたら、二つしか目が無いよりも、替えが効く無数の目が有る方が強いに決まってる。
 目が弱点、というのは、二つしか目が無い俺達だけの思い込みなのだ。

 多くの目が表皮に剥き出しになっていても、それは明確な弱点にならない。それに気付いたら、誰も闇雲に突進するなんて事は誰も出来まい。
 だから、歴戦の冒険者達も巨人を取りかこんで、攻めあぐねているんだろうけど……突然の正体不明なモンスターの出現に、思ったより混乱してしまっているようだ。

 今まで見た事も無い相手だからか、彼らの統制も取れていないようだった。
 ……俺よりずっと強い、経験がある人達でもこうなってしまうんだな。
 未曽有みぞうの事態ってのは、考えるひますら与えてくれないんだ。

 いや、経験豊富だからこそ、死角が存在しない相手を攻めあぐねているのか。
 どちらにしろこのままじゃジリ貧だ。ここにいる全員がいずれ倒れてしまう。
 自分にまともな戦闘能力が無いのはくやしいが、今はとにかく犠牲者を出さない事が最優先だろう。俺に出来る確かな事はそれしかない。

 気持ちを切り替え、俺は何とか倒れている人達のところに向かおうと走った。
 背の高いオッサンやお姉さんたちの背後を回って、邪魔だと言わんばかりに輪の外へと押し出されている人達を見つける。
 巨人は、様々な方向から撃ち当てられている火炎弾などに目をぎょろぎょろさせて様子をうかがっているが、顔がどの方向を見ようが恐らく全てが見えているだろう。

 隠れているのもバカバカしい。
 俺はとにかく倒れている人達を回復させようと、一番近い人に走った。

「大丈夫ですか!」

 いかつい鎧を着込んでいる青髪のお兄さんに近付き、バッグから回復薬を取り出す。
 幸いお兄さんは酷い怪我も無かったようで、俺が問いかけるとうなりながらうっすらと目を開けた。良かった、これなら自分で回復薬を飲めるな。

「あのこれ、回復薬です。とにかく飲んで下さい。飲んだら安全な所に避難を」
「あ、あぁ……すまない……」

 鎧が衝撃をやわらげてくれたんだろうか。喋れるようなら安心だ。
 彼に回復薬のびんを渡して、俺は次々に倒れた人に近付いて行った。

 重傷そうな人達を優先して薬を飲ませたり掛けたり、時にはこっそりと“大地の気”を体内に送って自己治癒能力を高めて離れた場所に連れていく。
 脚力強化の付加術ふかじゅつ【ラピッド】を事前に掛けていたから、俺よりもガタイの良いオッサンやお姉さんばっかりだったけど、これは難なくやれた。

 軽傷の人は女性と怪我が酷そうな人を優先して、野郎どもには薬だけ渡す。
 俺はイケメンと美形には忖度そんたくしないのだ。
 でも俺が助ける側からどんどこ倒れる人が出て来て、最早もはやこれじゃ追いつかない。
 ブラックに「時間をかせいで」とは言ったけど、これじゃ共倒れにならないか。

 たくさん回復薬は作ったと言っても、俺が持てる量には限界がある。
 もうすぐ薬もきちまうぞ。ど、どうしよう。作ってるひまなんてないし、これ以上酷い事になったら、死人まで出てしまいかねない。

「っ……やっぱり、どうにかするしかないのか……」

 今やっと倒れていた人達を少し離れた場所へと運び終えて、俺は巨人をあおぎ見る。
 数百メートルほど離れてしまったその場所では、いまだに冒険者達が巨人をたおそうと縦横無尽に駆けて飛び回り、必死に戦っていた。
 そこにはきっと、ブラックもいるだろう。

 俺が「倒れている人を助けたい」と言ったから、殺さずに足止めをしてくれているんだ。でも、それだって永遠にとはいかないだろう。
 だから、「どうにかしないと」――……その言葉がどんな意味なのかは、自分でも考えたくない。

 けれどもう、今の俺達には「たおす」以外の手段が無かった。
 不甲斐ふがいない。俺は彼の命を奪う手段は持っていても、救う手段は持ってないんだ。
 ネレウスさんをどうにか救いたいとブラックに願ったばかりだったのに、こんな事を考えてしまうなんて、自分の弱さが嫌になる。

 力も心も弱い。もっと強ければ、ここにいる歴戦の冒険者みたいに足止めをして、別の手段を考える事が出来たかもしれないのに。
 俺にもっと想像力が有れば、あの場所でネレウスさんをとどめて、こんな事態を引き起こさずに済んだのに。

 チート能力が使えたって、無力だ。
 俺自身に力も知恵も無ければ、巨大な術すらも使いこなせない。
 それを今になって理解してしまった事があまりにも愚かで、情けなさにどうしようもなく腹が立って来る。そんな場合じゃないのに恥じて動けなくなる自分が余計に滑稽こっけいで、ムカついて、くやしくて、足が震えてしまっていた。

 チクショウ、何でこう俺って奴は一々打ちのめされちまうんだ。
 そんな場合じゃないのに。今すべきことは、傷ついた人達を助けて、誰も死なないようにする事や、ネレウスさんを元に戻すために尽力じんりょくする事なのに。

 ええい、ボーっと突っ立って考えてたって仕方がない。
 今の俺に出来る事は、人が死なないように薬を渡し、こっそりと“気”を送る事だ。
 それだって、他人に出来る事じゃ無い。薬は俺特製の特別なモンだし、それに……他の人に曜気や大地の気を送るという行為は、神様か【黒曜の使者】である俺にしか出来ない事なんだ。

 人を死なせないすべが分からないのであれば、自分が自信を持って出来る事を全力でやってやるしかない。
 その間に、考えるんだ。その時間を俺はブラックに貰ったんだから。

「ブラック……」

 でも、やっぱり心配だ。
 さっきブラックが「酷い術を使っても嫌いにならないで」と言ったけど、何をするつもりなんだろう。というかそもそも「酷い術」って何だ?
 ブラックの曜術はそもそも強力なモノが多いけど、それこそ周囲を焼き尽くす禁術みたいなモノなんだろうか。でも、そういう話はさっきやったし……。

 人を危険にさらす制御不能の術以上に「酷い」術なんて、あるんだろうか。

 何だか今更不安になって来て、巨人を取り囲む人の輪の方を見やると――

「…………え……?」

 人の輪の向こう。
 俺達が最初に立っていただろう場所で、何かが揺らめいているのが見えた。
 大きな炎のような光……強烈に輝く、紫の光だ。

 人込みで良く見えないけど、その不可思議な炎の穂先が、囲いの隙間からちらちらと見える。でも、あんなに大きな炎なのに誰も気付いてはいないようだった。
 ……なんで?
 どうして誰も驚いたり怖がったりしてないんだろう。

 そう考えたと、同時。
 紫の炎が一気に天へと伸びて周囲に広がった。

「ッ……!?」

 思わず俺が腕で顔にかげを作った瞬間、巨人だけには光が見えたのか、思いきり身をよじり光に目がくらんだかのような動きを見せた。
 その様子に、初めて冒険者達がどよめく。

「巨人と俺にしかあの光は見えてないのか……!?」

 信じられない。青かったはずの空を紫に染めて、まるでオーロラのようにゆらゆらとうごめいているのに。なんでこの光景が誰にも見えてないんだ。
 その異常さに、思わず背筋に寒気が走る。
 しかし俺の驚きとは余所よそに、巨人は光に目がくらんだ事に恐怖を感じたのか、多くの目をぎゅっと固くつぶりながら、腕を振り上げたではないか。

「あっ……!!」

 ヤバい。初めてそう思って、俺は息をんだ。
 そこでやっと巨人が「今まで暴れていなかった」事に気付き、血の気が引く。 
 ――そうだ。今まで、巨人は暴れていなかった。街を壊すような暴走は見せていなかったじゃないか。もしかして、巨人になったネレウスさんの中には「人間としての理性」が今も残っていたのか?

 だから、いままで律儀りちぎに冒険者達のかこいを取り壊さず、相手をしていたんじゃないのか。あの腕ではらわれたらひとたまりもない事は誰もが分かっているのに、そうしなかったのは、巨人なりに何か目的が在ったんじゃないんだろうか。
 でも、何で。なんの目的が有って。

 もしかして、あの黒ローブが何か吹き込んだ事と関係があるのか?
 考えても解らない。とにかく、今までは本気じゃ無かったんだ。

 このままじゃヤバい。あのデカい腕を遠慮なく振り回されでもしたら、いま以上の被害になっちまう。ただでさえ相手はピンピンしてんのに……!

 そう思って思わず巨人の方へと駆け出そうとした、瞬間。

「――――――ッ!?」

 空から轟音が聞こえて、一瞬視界が紫の強烈な光に包まれる。
 まぶし過ぎて顔を手でおおうものの、それでも目が焼かれてしまうようで、必死に目を閉じ耐えていたが――――急に、その刺すほどのまぶしさが消え去った。

 何が起こったのか。
 そう思い腕を外そうとした途端、周囲から悲鳴が上がった。

「えっ、え!?」

 何が起こったのか。
 あわてて目を開けて、てのひらの覆いを取り去った俺の目の前に現れたのは――――


 想像すらしていない、地獄のような光景だった。











 
しおりを挟む
感想 1,054

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

処理中です...