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謡弦村アルフェイオ、陽虹を招くは漆黒の王編
6.難しい問題をDKにやらすな
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山奥の集落、無償で手助けをするスーパーマン、純粋で善良な村人……と来たら、その後どうなるかは漫画でもゲームでもお決まりである。
力こそ全てとはよく言ったもんで、アルフェイオ村の全ての畑をたった一時間ほどで蘇らせた俺は、今や村人達に凄まじい歓待を受けるヒーローとなっていた。
まあ、無くなったと思っていた食料を取り戻したワケだから、そりゃあ感謝されるのは俺としてもちょっと期待してたわけだし、何度かこういう経験もあったから、流石は俺だぜなんて思う所も有ったんだけど……やっぱ気恥ずかしいいい。
だって俺チート使っただけだもの、俺が何かしたんじゃねんだもの!
そりゃ人に感謝されるのは嬉しいけど、特に努力したワケでもないのに崇められて頭を下げられるのは、やっぱり居た堪れなくて仕方がない。レベル上がりすぎ。
まあ素直に喜んでたら良いんだろうけどさ、でも申し訳なくなっちゃうんだよ。
俺そもそも小市民だもん、チートって言っても俺の力じゃないし……ああでも俺の中のプライドがムクムク育ってしまうっ、理性では恥ずかしい事だと解ってるのに、自分は偉い人間だと錯覚しそうになってしまう!
この調子乗りな性格が憎いっ、小説のチート主人公は「いやぁ、そんな大したコトはしてませんよ。あ、そうだ。ついでに井戸はどうです?」なんてスマートに英雄ムーブをして村から颯爽と消えてしまうのに! ここは異世界なんだから、俺だって格好良いムーブをしたりクサい台詞の一つでも言っていいのに小市民の血があああ。
…………ご、ゴホン。
まあその、なんだ。とにかく喜んで貰えたのは良い事だよな、うん。
しかし外に居ると感謝の嵐になるので、俺は早々に村長さんの家に引っ込んで件の作物――黄色い茎と葉の下で実っていたドウキという植物を少し頂いてみる事にした。お、俺の本来の目的はコレだからな。
ドウキというのは……言ってみれば黄色い皮のサツマイモだ。この村の村長であるお婆ちゃん、オサバアが言うには『天上の月の欠片が落ちてこの植物になった』から“土の月”になり、それが訛って“ドウキ”という名前になったらしい。
一般的な食べ方である蒸かしイモにして食べさせて貰ったら、確かに甘さが薄めのサツマイモだった。いや、俺の婆ちゃんも言ってたけど、昔の野菜や果物は俺達が「薄い」と感じるくらいの味だったらしいから、これが野生本来のものなんだろう。
でも、その甘さが薄いお蔭で主食として機能しているんだよな、きっと。オサバアの話では、お酒に加工したり干しておやつにもするとの事だ。
ただ、伝統的な食糧なだけに料理のレパートリーは決して多くは無く、高山地帯で収穫採取できる素材も限られている事から、オサバアから聞いた料理は肉や野草などと煮込んだスープと、マッシュポテト的な物と、焼き料理ぐらいしかなかった。
この村の人達は、食にこだわる感じではないようだ。
まあ、高山地帯で食材も少なく、モンスターを狩って糧にするのが普通なんだからそういう物なのかもな。俺だってトランクスで事足りてるから他のパンツとか欲しいなんて思わないし。そういう問題じゃないのか。
まあいい。とにかく、そう言う事ならもう一働きするかって事で、貴重なドウキを少し分けて貰うお礼に、俺も知っている料理を披露する事にした。
とは言え、俺の料理はお婆ちゃんと一緒に作った料理だとか、家庭科で習ったモンだとか、母さんが作ってたモノしか知らない。なので凝ったものは作れないのだが、サツマイモは幸い婆ちゃんがおやつでよく出してくれたから、いくつかレシピは知っている。……というわけで、高山地帯で作れる料理をふるまう事にした。
それは「ろくべえ」というサツマイモの麺類で、婆ちゃんに聞いた話だと、九州の方の郷土料理らしいのだが……まあそこは置いておくとして。
この「ろくべえ」の作り方だけは案外簡単だ。
干し芋を粉にしたものと、山芋のような粘りがある食材を練り合わせて、ソバよりもちょっとだけ太くなる厚みまで平らにし冷蔵庫のような冷暗所で一時間馴染ませる。これを麺のように細かく切る。そんで、ゆでる時は「麺が浮いてきたら上げる」という風にし、予め作って置いたダシや錦糸卵などの付け合せと温めたら完成だ。
本当はみりんや醤油が必要なんだけど、この村にはダシとなるものがモンスターの干し肉だとか骨しかなかったので、野草等の薬味などで調整していたらスパイシーな感じになってしまった。俺の食べてたのと違う。
でもこれはこれで美味しかったし、高山地帯なので塩気を大目にしたことで、独特の食感の麺からにじみ出る甘さにダシ汁がよくマッチしたので大成功だ。
オサバアやギルナダ、それにいつの間にか集まっていた奥様方にもご好評を頂き、俺は一気に奥様方のヒーローになってしまっでへへへ。
いやぁ、日に焼けた感じのちょっと浅黒い肌の民族風女性も良いですなあ!!
俺としては服が薄い方がより嬉しいのだが、しかし女性に囲まれるのはどこだって嬉しいものだからまったく問題はない!
残念ながら俺は熟女に対しては昂奮しないが、異性に「ツカサ君は凄いわね!」と言われるとそりゃあもう単純に嬉しい訳で、俺の自尊心もムクムクと……。
「おい、さっき外で恐縮してたのはなんだったんだよ」
ヤンチャボーイギルナダ、シャラップ!
俺はこういう展開を期待しているから女性に優しいのだ、女子にモテたいから下心を隠して奉仕活動にいそしんでいるのだ!
お前も男なら分かるだろう、俺のこの本能に基づいた行動が。おい、そんな汚い物を見るような目で俺を見るんじゃない。さてはお前草食系男かこの野郎。
ふう、まったくこれだからイケメンは嫌になるぜ。
自分の世界じゃ女性に見向きもされないこの俺の悲しさを知らずにそんな目をするなんて、本当にイケメンって奴は調子にのってんな!
まあ心が綺麗なイケメンだと何も反論出来ないから別に良いんですけどね!
でもこの視線も痛いので、そろそろ移動する事にする。
俺は名残惜しく主婦の方々とお別れすると、今度はギルナダの案内のもと、ディオメデの厩舎を見学させて貰う事にした。
厩舎は一番下……村の入口がある所の奥まった場所にあり、そこは広いスペースが取られていた。しかも、ディオメデのためなのか、この岩だらけの高山とは思えぬほどに茂った草場が作られている。アレイスさんの剣幕からすると、ディオメデはこの村にとって凄く大切な存在みたいだから、特別可愛がられているんだろうな。
馬房や馬場も広く作られていて、今は二十頭ほどのディオメデが馬場で休んだり草を食んだりしていた。ううむなんという馬牧場。ほのぼのしまくっている。
見た目は少々凶暴そうだが、こうしてみるとやっぱりディオメデは可愛いな。
一角獣だけど、色的にはバイコーンって感じだし蹄の上に獣の爪が生えていて、馬ではなく明確にモンスターだって分かるけど、慣れるとやっぱり馬だし賢いし可愛いんだよなぁディオメデも……。はあ、俺も“藍鉄”に会いたくなってきちゃったよ。
そんな事を思いながら眺めていると、ギルナダが不思議そうに問いかけて来た。
「なんだ、お前は怖がらないんだな。冒険者だから獣馬を見た事があるのか?」
「いや、俺も実はディオメデをある人から譲り受けてさ。その子と一緒に旅をしてたんだよ。藍鉄って名前なんだけど、凄く可愛くて賢くて良い奴で……はぁ」
「今は連れて来てないのか」
「俺、装備一式ない状態で迷子になったんだよ。だから召喚珠もナシ」
召喚珠、というのは、モンスターを呼び出す宝玉の事だ。
俺は以前の旅で色んな可愛いモンスターとお友達になっており、彼らから「いつでも助けるよ!」という証として召喚珠を頂いているのである。
でも、ディオメデの藍鉄は少し事情が違う。
藍鉄は、以前とある事件で知り合った裏社会の凄いお姉様達にお礼として頂いた、サラブレッド的な凄いお馬ちゃんなのだ。知り合った経緯は違うけど、俺の愛すべき友達に代わりは無い。藍鉄はほんとにもー可愛いんだから。
可愛い動物が大好きな俺が言うんだから間違いないよ!
早く会いたいなあと思いつつエヘエヘしていると、俺の隣で柵に寄りかかっていたギルナダが妙に憐れんだような目でこちらを見て来た。
「お前も何か色々事情がありそうだが……まあなんだ、悪い奴じゃないな」
「なんだよそれ」
「草原人……いや、普通のよそモンは、獣馬を見たら怖がるか金貨を見るような目で見やがる。こんな辺鄙な場所に来るのは、欲の皮の突っ張った奴らぐらいだからな。しかしまあ……アイツらの思う所も解らんではないんだが」
意外だ。ギルナダみたいな奴は、外から来る奴を嫌うもんだと思ってたのに。
目を丸くして相手を見上げると、ギルナダは少しバツが悪そうに肩を竦めた。
「……お前は外の奴だし、信用出来そうだから言うが……。オラは別に、お前みたいな奴になら獣馬を売ったって良いと思ってんだよ。大体、オサバアもアー姉も口では馬を守るような事を言ってるけどよ、実際村が困った時は街に売りに行ってんだぜ? 馬車をディオメデに曳かせてるのは宣伝もあるんだよ。なのに、伝統がー伝統がーなんて言って拒否するんだから、笑わせるよな」
「そんな……」
でも、言われてみると……あんなに盗賊に怒ってたのに、結局ディオメデの馬車を街までは知らせてた訳だし、確かに変だよな。あんな事をすれば、街に居る奴らに「私達はディオメデをまだ所有しています」なんて知らせるも同然だ。
となるとやっぱりアレは宣伝も兼ねていて、馬を売り出すためだったんだろうか。
でもまあ、村が苦しい時に売るのは仕方ない気も……うーむ……。
「大体、そんなに馬を売るのが嫌なら商売でもやりゃあ良いんだよ。ただでさえドウキの収穫量も減って、狩ったモンスターの肉も徐々に薄くなって行ってるってのに、それでも昔の伝統を~なんて言ってんのなんて片腹痛てぇや。今回だって、盗賊の仕業にギャアギャア言ってるが、大体作物が不作になり出したのは二年も前からだぜ? オラには都合のいい解釈して変わろうとしねえようにしか見えねえよ」
二年も前から村は緩やかに困窮の道を辿ってるのか。
確かにそれを考えれば、ギルナダの言う事も解らなくはない。だけど、この生活を変えたくないっていうオサバアやアレイスさんの気持ちも分かるんだよなあ。
ギルナダは恐らく、村のルールを変えて新しい村にしたいんだろう。けれど、それを行えば村の伝統が消えてしまうってアレイスさん達は思っている。
伝統を残すのは大事な事だけど……でも、変わらねばどうしようもない。
かと言って、変わってしまえば伝統すら中身がまるで違う物になる可能性があるのだから、おいそれと許すわけにも行かない訳で……ううん、頭が痛い問題だ。
俺の世界でも、外から来た人達の介入によって、部族がスマホを持ったりテレビを見て部族の服や習慣を捨てたりって事が起こってるワケで、しかしそれを外の俺達が咎めるのもなんか違うし、その部族だけを過去の文化で縛るのも傲慢だし……。
……こう言うのって、本当内部の人間だろうが外部の人間だろうが、頭の痛い問題なんだよな。文化が共存出来れば一番いいんだろうけど、外様の俺には話を聞くことくらいしか出来ないのが心苦しい。
でも……村の皆に反対されてるような口ぶりのギルナダに、少しだけ意見を言うのは構わないよな。そう思って、俺は相手を見上げた。
「この村の伝統も大事だし、俺は守って欲しいと思うけど……でも、ギルナダは村の人達を心配して、少しだけで良いから変わって欲しいと思ってるんだろ? ……俺は無責任なことしか言えないけど……その気持ちは立派だと思うよ」
「ツカサ……」
「文化を曲げずに村を救う方法も、きっとあると思う。例えばさ、全部変えるんじゃなくて、ちょっとだけ……少しだけ変える、みたいな」
「少しだけ変える?」
不思議そうに片眉を寄せたギルナダに、俺は頷いた。
「うん。だってほら、今回は付け焼刃だけどさ、俺みたいな曜術師とか居たら少しは助かるかもだし……街の人達との交流があれば、警備兵も派遣して貰えるかもだろ? だから、村の人が『伝統を保とう』って思いを強くもっていれば……外からの協力を考えても大丈夫なんじゃないかなあ。そういう風に『少しだけ変える』ことを話し合う事が出来れば、みんなも納得してくれるかもしれない」
部族の人達は、純粋であるが故に染まってしまう人もいるけど、自分達の暮らしを守りながら上手に文明と付き合っている部族も沢山存在する。
この村だって、外の世界を知って、そこで自分達の存在の大切さを考えられる人が居れば、大事な部分は変わらずに済むんじゃないだろうか。
そんな俺の言葉に、ギルナダは目を見開いてこちらを見返していた。
「伝統を変えずに……別の……。そうか、そうだな……お前みたいな奴でも、曜術師には成れるんだもんな……」
おい。なんだその結論。
よく解らんが、お前マジで俺の事見下しまくってるだろ。
自慢じゃないが、俺だって水と木の曜術は二級という凄い等級なんだからな。
こう見えても凄いうちに入る曜術師なんだからな!
「あのなギルナダ……」
と、怒ろうとした、瞬間。
「――――ッ!!」
ドン、と空気を強く震わせる音が響いて、俺は思わず柵にしがみ付いた。
だが隣に居たギルナダは体勢を崩すことなく立っていて、何か焦ったような真剣な顔をしている。どうしたんだろう。不安になった俺の目の前で、相手は腰にぶら下げていたホルダーから二本の大きなナイフを取り出した。
「チッ……霧が薄い時を狙ってやってきやがったか……!!」
「やって来た!? ま、まさか盗賊か!?」
「ああそういうこった! ツカサ、お前はオサバアの家に籠って……」
「い、いや、俺はここで待ってるよ! ここなら木の曜術も使えるし……!」
そう言うと、ギルナダは獣馬のための草葉と俺を交互に見ると、強く頷いた。
「解った……だが無茶はするなよ、隠れてろ! 深追いしたら死ぬからな!」
俺を子ども扱いしながら、ギルナダは村の入口の方へ走って行ってしまった。
後に残る俺は、どうした物かと考える。だが、あまり時間は無いだろう。
遠くから下卑た叫び声と怒号が聞こえる。何かが射出される音や、逃げ惑うような悲鳴も聞こえた。咄嗟に足がギルナダの行った方へ向かおうとしてしまうが、俺にもココで出来る事があるはずだ。そう思い、ためらうことなく俺は厩舎に入った。
咄嗟に俺を見てビクつくディオメデ達を宥め、彼らの馬房に一頭ずつを馬房に強く繋ぐ鎖が有るのに気付くと、事情を説明しながらそれを首に嵌めて回った。
すると、馬場に出ていたディオメデ達も戻って来て、自分から繋がれようとする。
その事に有り難いと思いつつ、俺は彼らを必死でつないでいった。
盗賊達は必ずディオメデを狙って来る。だったら、持ち出せないようにしてしまえば良い。こうすれば、少なくとも鎖を切るのに手間取るはずだ。ディオメデ達を無傷で手に入れたいだろう奴らにとって、これは大きな時間のロスになるだろう。
「よし……ごめんな、すぐギルナダ達が盗賊をやっつけてくれるから」
そう言いながら最後に鎖で繋いだ仔馬ちゃんの首を撫でると、相手は俺の胸に頭を摺り寄せて「ヒン」と啼いてくれた。他のディオメデ達も、首を振ってくれている。
本当、初対面なのに信用してくれてありがとうな……。
しかし……真正面から来るなんて、なんかやけに礼儀正しい盗賊団だな。
そこしか入るとこが無いのかな? でも、俺はまだこの村の全景を知らないから、山の上からヒャッハーと滑り降りてくる可能性も無くは無いよな。
そうなったら、不意を突かれる事になってちょっとヤバいんじゃ……。
上の方に家があるオサバアや他の村人達も心配だし、少し確認してきた方が良いのでは。そう思いながら立ち上がろうとしたところで、仔馬ちゃんが鳴いた。
「ヒヒィン!!」
なんだか怯えるような声だ。
それと同時に他の馬も嘶き出して、なんだか騒がしくなってきた。
どうしたんだろうと立ち上がろうとした、瞬間。
「――ッ!?」
急に横へ吹き飛ばされたかと思ったら、すぐそばに在った厩舎の一番奥の壁に体を叩き付けられ、俺は思わず呻いてしまった。
い、痛い。何が起こったんだ。
体が宙に浮いたような感覚と、痛みが頭の中でぐるぐる回る。
だけど、そんな痛みにかまけている暇はない。必死に体勢を立て直そうとしたら、今度は体を強引に壁へ押し付けるような形にされて、俺は背後を見る機会を失った。
でもこれは大変だ。何物かに完全に背後を取られてしまった。
このままだと、刺される、気絶させられる?
いや……もしかすると、殺されてしまうかも知れない。
思わずゾッとして硬直してしまった俺の口を、背後から伸びて来た左手が塞いだ。
その左手に違和感を覚えて、一体何が口に触っているのかと見やった。
――――と。
「……!」
その左手の指に嵌っている物を見て、息を呑む。
同時に、俺を拘束する相手が俺の背中に圧し掛かって来た。
「やっと、捕まえた」
背筋をゾクゾクさせるさせるような、低い声。
もう間違えようが無くて、俺は口を塞がれながらも振り返った。
→
応援ありがとうございます!
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