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彩宮ゼルグラム、炎雷の業と闇の城編
彼もまた誰かの愛する人 2
しおりを挟む「ソーニャ様の事をお話する前に、まず私は皇帝陛下に謝罪せねばなりません。私が護衛としてソーニャ様を守れなかった事に関してもですが……それ以上に、陛下に知らせる事なくお二方を街から逃したという事実は、どのような罪に問われても甘受すべきほどに罪深いと……」
酒場で快活に笑っていたボーレニカさんとは思えない程の言葉遣い。
本当にヨアニスを敬愛しているのだろうと思うと、余計にボーレニカさんの境遇が辛いものだったように思えて、俺はテーブルの下で手を組んだ。
幸い、ヨアニスはボーレニカさんに対しては好意的なため、ソーニャさんの失踪を手助けした事に関しては全く怒っていない。
敬愛する人を既に一人失った彼には、とてもありがたい事だろう。
ヨアニスもそれを感じているのか、目の前にいる相手にゆるく首を振った。
「お前はよくやってくれた。今は、それでいいだろう」
ボーレニカさんはヨアニスの言葉にまた涙ぐんだが、今はそんな場合ではないと涙を拭って話を続けた。
「……しかし私は、守れませんでした。ソーニャ様の傍に私が付いてさえいれば、アレクセイ様もあのような部屋で守られる事も無かったのに……」
「お前はその話を聞いているのだな。……しかし、お前はどこまで知っている? 私達は生憎と表面上の事しかしらなくてな……」
「では、私が再びソーニャ様と再会した時から遡ってお話しします」
そう言って彼が語り出した過去は、俺達が知る事の出来なかったソーニャさんとアレクの旅の記録だった。
――ソーニャさんを守りきれなかったボーレニカさんは、自ら護衛を辞し、下民街の酒場で店主をやりながら日々を過ごしていた。そんなある夜、客も居なくなり店仕舞いしようとした時に、ドアを叩くか細い音が聞こえたと言う。
下民街にはそぐわない音だと思って、戸を開けたそこには――一人の小さな少年を連れた、ローブ姿の女性――ソーニャさんが立っていた。
彼女は音を消す為か裸足で歩いてきたらしく、随分と震えていた。しかし自分の子供には寒い思いはさせないと思ったのか、子供の足には何重にも分厚い布が撒かれており、僅かな荷物しか持ち出せなかったという風にも関わらず、ソーニャさんの深い愛情を一目で感じる事が出来たと言う。
そんな彼女は、震える唇でボーレニカさんに助けを求めたと言う。
――私達を、どうか……彩宮の者達の手が及ばない場所へ連れて行って。
美しかった銀の髪を黒に染め、美しい衣装を脱ぎ捨ててまで逃げてきた彼女にボーレニカさんは驚いたものの、しかし事情を聞く事は恐らく彼女を苦しめる事になるだろうと考え、ボーレニカさんは暫し二人に同行する事にした。
女性と子供の二人組であれば、恐らく彩宮の追手に目を付けられるだろう。
だったら、自分が加わって遠くへと逃げれば親子に偽装できるかもしれない。
そう思って店を閉め、各地を転々としたが――元々体が弱かったソーニャさんは、背後に迫っていた追手を振り切る旅のせいで病に倒れてしまった。もちろんボーレニカさんはアレクと二人で必死に看病をしたが、しかしその甲斐も無く……彼女はアレクを遺して天に召されてしまったと言う。
それが、旅の顛末だった。
「……私達が最後に訪れたのは、ジェドマロズが守護する街……ラフターシュカでした。私はそこでソーニャ様を弔い、そしてアレクセイ様の意思に従って、あの街の最も安全と思われる所にアレクセイ様を預けたのです。ラフターシュカには下民以外は職人しかおりませんので、異質な者が現れればすぐに分かりますので」
それってナトラ教会だよな。
確かに、ラフターシュカの下民街なんて観光客も絶対に来ない所だったけど……アレクをそんな場所に隠すなんて結構ボーレニカさんも大胆だよな。
まあ、アレクが母親が眠る街に居たいって願ったんだろうから、それが最善の策だったんだろうけどね。しかし、そういういきさつが有ったとはな……。
……いや、待てよ? なんか色々と引っかかる所が有るんだが。
「あの……ボーレニカさん……ちょっと訊いていいですか」
「ん? なんだ?」
「ソーニャさんは本当にラフターシュカで……?」
亡くなった、とは言えずに語尾を暈して聞くと、相手は鎮痛な面持ちでしっかりと頷きを返して来た。
「俺……いや、私がアレクセイ様と一緒に看取ったのだから間違いない」
「他には誰も居なかった?」
「ああ。人を避けながら旅をしていたからな」
そこまではっきり断言されると、信じるしかあるまい。
難しい顔で唸る俺の隣で、ヨアニスがまた別の事を問いかける。
「お前はアレクセイが私の息子だと知っていたのか?」
「いえ……ですが、ソーニャ様が陛下のお話をなさる時は、いつも寂しそうな懐かしそうなお顔をなさっていましたし、アレクセイ様にもいつも“貴方はお父様に愛されて生まれて来たのですよ”と仰っておられました。……他の男の名前など一度も出てきませんでしたから、私はそう思っておりました」
「そうか……」
あ、ヨアニスの顔が少し嬉しそうに緩んでいる。
少しだけだけど、ソーニャさんが間違いなく自分の事を愛してくれていたのを解ったからなんだろうな。
階段転落事件からはヨアニスも彼女が何をしていたか知らない訳だし、それを考えるとやっぱり不安だったんだろう。良かったなヨアニス。
とか思ってると背後でなんか凄く睨むような視線をぶつけて来る暗黒騎士がいるんですけど、あの人なんで怒ってるの。俺何もしてませんよ。
なに、エスパー? またエスパーしたの? 背後からとか怖くない?
「えっと……それに関してなんスけど、俺もちょっと聞きたい事が有りまして」
俺達の静かな攻防など知らず、今度はロサードが手を上げる。
今まで黙って隣に座っていた相手に驚いたものの、少し体勢を崩した。
「なんだ、一通り話はしたはずだが……」
あ、ちょっと改まった。流石にロサードとは面識ないのかなボーレニカさん。
というか、この中で唯一知らない相手だから、警戒しているのかも知れない。
ロサードもそのことに気付いて苦笑しつつも、言葉を続けた。
「いや……ツカサから聞いた話なんですけど、そのアレクセイ様って皇帝陛下の事を嫌っていたような気がするんですけど……それは何でかなと思って」
「そっ……そうなのかボリスラフ!?」
思わず声を上げるヨアニスに、ボーレニカさんは困ったように顔を歪めたが、必死で言葉を探したかのようにしどろもどろで手を振った。
「い、いや、あのですね、それは……その……お、追手が居た事や、あと、彩宮の隠し部屋で育てられていて、その時にソーニャ様に何かあったのを、陛下がやったことと勘違いしているのではないかと……」
「勘違いって……アレクは何か話してたんですか?」
「アレクセイ様もしっかりと見た訳ではないようだが、以前父親の側近と言う男にソーニャ様が泣かされていたとか何とか……。それに、ソーニャ様はアレクセイ様に『メイド達以外の人間が来ても扉を開けてはならない』とか、とにかく協力者以外に見つかってはならないと言い聞かせていたらしい」
その証言に、ヨアニスは深い溜息を吐いた。
「やはり、側近か…………しかし誰がソーニャを……しかも、何故狙ったのだ」
「ソーニャ様もそれだけは最後まで教えてくれませんでした。……ただ、私には『貴方を悲しませることになるから』とだけ……」
ボーレニカさんを悲しませることになる? 一体どういう事だろう。
「色々と思い出せることが有るはずなのですが……申し訳ありません」
項垂れるボーレニカさんに、ヨアニスは首を振る。
そして、励ますように相手の肩を軽く叩いた。
「いや、構わない。……それよりボリスラフ、良かったら旅をした時の話をもっと話してしてくれないだろうか。ソーニャとアレクセイの事や……お前が、街でどのように生きて来たのかも」
「陛下……」
またもや男泣きしそうなほどに目を潤ませるボーレニカさんに、ヨアニスは彼を安心させるようににっこりと笑った。
その笑顔は、もう病んだ人の物ではない。上に立つ物の、人を惹きつけるような快活な笑顔だった。
「……では、私達はお邪魔なのでお暇しましょうかね」
二人の様子を見て、俺の反対側にいたアドニスがさも興味なさげな顔で、ぱんと軽く手を叩く。明らかに「もう興味ないです」と言いたげな顔なんだが、この長髪眼鏡の親友であるロサードは、なんの嫌味も無く驚いた顔をする。
「おうなんだよ、お前がそんな事を言うなんて珍しいなアドニス」
「珍しいとはずいぶんな事を言いますね。普通に考えて、私達がいるよりも気心の知れた相手と二人きりの方が、色々な話が出やすくなるでしょう」
「ああなるほど」
嘘だ、絶対ウソだ。こいつもう飽きたからサロンから出たいだけだぞきっと。
でも俺はソーニャさんの話が知りたいし、何よりアレクがどんな子供だったか興味があるから出て行かないぞ。
立ち上がる二人に負けず、居座ってやろうと深く座り込んだが……
背後から脇にずぼっと手を差し込まれて、猫のように引き摺りあげられてしまった。……おい、暗黒騎士。後ろのフルフェイスヘルメットの変人!
なにすんだ、さてはお前も飽きたってのか。
「ちょ、ちょっと……!」
「では陛下、私達は外の部屋におりますのでごゆっくり」
「ああ、すまんな」
「終わったらそっちへ行くよ」
待って俺に構わずに話を進めないで。つーかブラック俺を抱え上げてさっさと離れないで。もうヨアニス達の会話が聞き取れない所まで来ちゃったじゃないか。
せめて抱えるな! 変な風に抱えるなァ!!
「ちょっと、もっ、離せってば! ブラック!」
「僕は今兵士の格好してるから兵士でーす。こーてーへーかの邪魔にならないように、要らない物を撤去してるだけでーす」
「だーもーこのスネ中年! なに怒ってんだよお前はもー!!」
黒い鎧がガシャガシャ煩いし、もうヨアニス達のいるテーブル見えなくなっちゃったし!
ええ加減にせえよと黒い兜を睨み付けると、相手はその兜の中で深々と溜息を吐いて、俺の事をやっと地面へ降ろした。
「ツカサ君さあ……僕が来たって解ってるんなら、なんでわざわざ皇帝とあのクソ眼鏡の真ん中に座るの? どう考えても浮気だよね」
「なんでそう言う方向に考えるのお前……だったらお前、俺がクロウの膝の上に乗っけられた時も怒っていいんじゃない?」
「そりゃ怒ってるよ。でも駄犬を使うにもエサは必要じゃないか」
「お前仲間を体の良い道具みたいな感じで操ろうとすんなよな!」
クロウも仲間だっつーのに何考えてんだこいつは。
ていうか話が脱線している。ホントにもうこのオッサンは口を開けばこんな事ばっかり……。
「ねえツカサ君」
「なんだよ」
呆れた態度を隠しもせずにぶっきらぼうに言うと、相手はがしゃりと音を立てながら、首を傾げた。
「ずっと離れ離れになって、僕だって寂しいのに……他人のアイツには優しくするのって、スッゴク不公平だよ」
「ブラック……」
「……それとも、ツカサ君は寂しくなかったの? アイツの気持ちは解るのに、僕の気持ちは解ってくれないの……?」
顔を覆う分厚く厳つい兜のせいで、相手の表情は解らない。
だけど、何故か俺はその兜の中には拗ねたような顔がある気がして、なんだか毒気を抜かれてしまい苦笑した。
「ツカサ君」
「……悪かったよ。ごめん」
「…………ツカサ君も、寂しかった?」
大人らしさなんて欠片も無い甘えたような声を出すブラック。
いつもなら気色悪いと一蹴していたかもしれないが――どうしてか、相手の顔が見えないだけで妙に気持ちが軽くなってしまったようで。
「…………せっかくだから、俺達もゆっくり話すか」
俺は自然とそう言って、ブラックの手を取っていた。
「ツカサ君……!」
途端に嬉しそうな声を出すんだから、本当解り易いよなあこのオッサン。
でも、そんな相手を見るのも嫌な気分じゃなくて。
俺も相当キてるなと内心自分に呆れつつ、俺は眉根を寄せて口を弧に歪めた。
「あんたさっきから俺の名前ばっかり言ってる気がするんだけど」
「別に良いじゃない。ああ、そうだね、沢山話そうね! あはっ、じゃあ、僕達も早く部屋を出よう。僕鎧脱ぐからさ」
「はいはい。話すだけだぞ」
「えへへ、はーい」
ホント大人の威厳ゼロだよなあ。まあでも、だからこそブラックなんだよな。
駄目な大人で呆れるくらい情けない相手だからこそ、こんな風に顔が隠れていてもブラックだって解るんだ。
それって……やっぱ、恋人だからなのかな。
恋人だから、相手だって確信できるんだろうか。
「…………まさか、まさかな」
いや、多分あれだな。こいつが唯一無二のダメ男だからだ。きっと。
「どしたの?」
「なっ、なんでもない!」
俺の手を強く握り返してくる相手に少し頬が熱くなったが、気のせいだと自分に言い聞かせて俺はサロンの扉を開けた。
→
※次はちょっとイチャイチャ( ^)o(^ )
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