異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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祭町ラフターシュカ、雪華の王に赤衣編

26.どこかの世界のいつかの聖誕祭

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「いやあ、負けたよ。完膚かんぷなきまでに負けたね」

 そう言いながら兜を付けたままの街長(と言ったら他の人に正体がバレるので、今はオサさんと仮に呼ぶ)は、妙にすっきりした様子であっはっはと笑った。
 どうやら全力で戦って負けた事に、一種の爽快そうかい感を覚えているらしい。

 解らんでもない。全力を出し切っても相手にかなわなかったってのはくやしいけど、それだけ相手が強すぎて笑っちゃうって事も有るもんな。
 しかも敵も全力でトドメを刺してくれたんだから、いっそ清々しい。
 何にせよ「やりきった」という事が、街長には重要らしかった。

「オサさん、怪我はないですか?」
「ああ大丈夫。私の事まで心配してくれたありがとう、可愛い君」

 そう言いながら街長は俺にウインクする。爽やかに負けても、やっぱり性根は変わらないらしい。
 ブラックもそんな相手を警戒してか、勝ったと言うのにあからさまに嫌そうな顔をして、俺を街長から引き離す。ああもう鉄臭い。

「いや安心したまえ、もう嫁にしたいとは言わないから。君には鬼神のごとき恋人がいると言う事は、重々理解したよ。まあ、祭りもおかげで大盛況だし、これ以上に望む事はないさ」
「そ、そうですか……」

 ほっ。変な人だけどやっぱり街をつかさどる人なだけあって、そこは話が早い。
 思わず息を漏らした俺に苦笑すると、街長はカップを置いて向き直った。

「それで……後残す所はギフトの儀だけだが……君らはまた変な事を考えているんだろう? それくらいは私にも教えてくれないかね」

 そう言う街長の目は、ちょっと楽しそうだ。
 俺達が何をやるかは今までの「嘆願」で解っているだろうに、それでも聞いてみたいのだろう。そんな街長の態度は、もう俺達のやる事を止めようとはしておらず、むしろ何か期待するような感じさえした。
 うーん、この感じ……アコール卿国きょうこくで出会った誰かさんを思い出すな……。

「今回の決闘で俺達が勝ったので、これからはギフトを壁際の区域の人達にも配ります。ただしそれは、贈り物じゃありません」
「ほう?」
「あくまでも俺達は彼らにほんの少しの手助けをするだけです。小さなバスケットに野菜と、そして……この紙を入れるだけ」

 そう言って街長にわら半紙のような粗雑な紙を渡すと、彼はその文面を読んで吹っ切れたかのように思いっきり笑い出した。

「はっはっは! これは参った……つまり“門を叩け、さらば開かれん”か。援助であっても、その助けを受け入れるかどうかは“貪欲”という能力を持つ者にゆだねるというのだね。この国の者としては、文句の言いようがない」

 街長のその言葉に、俺はにっこりと微笑みを返した。

 そう。決めるのは壁際の区域の人達だ。俺達は手助けをするだけ。
 粗末な紙に書かれた事……「もし一生の職を得たいと思うのなら、リン教を訪れて、我らに求めなさい」という言葉に救いを求めた貪欲な人だけが“本当の”ギフトを受け取ればいい。それが、俺達に出来る最大限の手助けだ。

 この国は、力こそ、能力こそ全て。
 例えその力がちっぽけであっても、這い上がりたいと望む強い思いがあれば、それもまた強い意志の「力」だと言えるはずだ。
 だから、その人は充分にこの国の立派な臣民と言える。
 それを街長も理解したからこそ、笑ったのだろう。

「許可してくれますか?」
「ああ、やるがいい。それと……我が愛らしい娘のエレジアから言われた事だが、ナトラ教で預かっている子供達……彼らも望むのであれば新設する宅配部門に見習いと言う形で入れるようにしよう。いくらなんでも、あの年齢の子供達に本格的に仕事をさせるのは世間体が悪いからね」

 もちろん報酬は適当な金額を出そうと言う街長に、俺は心から礼を言った。
 決闘が人を変えたのか、それともこれは「負けた物に従う」というこの国の主義がさせている事なのか。何にせよ、ありがたい。
 これで子供達も新たな道が開けると思うと、自然と顔がほころんだ。

「ああまた……」
「本当にツカサは無防備だな……」
「へ?」

 何がやねんと関西弁で思いながらオッサン二人を見上げる俺に、街長はまたもや苦笑して呟いた。

「だけど、負けたのは本当に残念だったなあ……。君のような可愛い子なんて、滅多に居なかったのに」

 その言葉にブラックとクロウが警戒して毛を逆立てたが……まあ、仕方ないか。



   ◆



 ギフトの儀は、夜中に行われる。
 冬将軍・ジェドマロズが操るとされる氷の馬車……をした銀色の馬車で真っ暗になった街を歩き、街の人にあらかじめ希望を取っていた品物を、家の外に置いてある雪で作られた洞窟……かまくらに入れるのだ。

 俺の世界では家宅侵入して枕元の靴下にプレゼントを入れるって感じだったが、まあそれをやると面倒臭い事この上ないので、外のかまくらに入れるだけってのはだいぶん助かる。
 その上ジェドマロズは街の守護者でもあるので、別段姿を見られても問題は無い。聞いた話では、元々この「ギフトの儀」と言うものは、ジェドマロズを見送るための行事だったらしい。

 その昔、この国ではモンスターの大群との大きな戦が有り、街の人々も市民軍を作って、国を守るために戦に出ようとした事があった。それをうれえたジェドマロズは、民をみだりに殺す事を良しとせず、この街を守らんと街に現れ、自分達妖精を主体とした夜行軍をひきいて大通りをパレードのように通り抜けて行ったらしい。

 その時、ジェドマロズの勝利を願って見送った人々の姿を見て、彼の背後に集った妖精達がその献身の心を喜び、街の人達に見事な氷の彫刻を贈った。
 それが、ギフトの儀の始まりとされている。

 氷の彫刻はもう溶けてしまったそうだが、その彫刻の精巧さに感銘を受けた人達があのミニチュアの馬車などを作り始め、それが広まりこの街は今の「素敵な贈り物が買える街」になったらしい。
 ギフトの儀自体はよくある伝説伝承っぽくてふーんて感じだったけど、この街の成り立ちと関係しているとなると妙に現実味が有ってゾクッとする。

 そんな歴史の一部を今から体験させて貰えるってんだから、本当凄いよな!
 今回くらいは素直に祭りを楽しもう。
 それに、まだまだみんなの度肝を抜くための作戦が残ってるしな。気合を入れて最後まで頑張らねば……と思って俺はやる気満々だったのだが、ブラックはそんな俺とは正反対で、ゲンナリした顔で肩を落としていた。どうやらさすがに疲れてしまっているらしい。まあ、丸一日全身を鎧でキメてる訳だし仕方ないよな。

「あぁ……やっと終わるんだね……」
「そ、そんな顔すんなって。配り終わったら後はもう寝るだけだから」

 とは言え、今日のブラックは凄く頑張ったので無闇に発破もかけられない。
 いたわるように肩を叩くが、多分これ中身にまで振動が到達してないよね。

「ツカサ君……終わったら一緒に寝て良い……?」
「あーあーいいからいいから。だからもうちょっと頑張ろうな。なー?」

 ギフトの出発地点は、街路の終点であるリン教会だ。
 そこではもう準備が済んでいて、あとは俺達が馬車を動かすだけになっている。
 目の前には銀に光る美しい馬車が停まっていて、その中に今もリン教会の狂信者……いや、俺に協力してくれる人達がせっせとギフトを運び込んでくれている。

 至れり尽くせりと言った所だが、これは昔からの事らしい。
 国教であるリン教には、街の人のささやかな願いを叶える余力があると言う事だ。平たく言えば、金を持ってるので人に物をくれる役目をやっている。

 もう少ししたら出発だな、と思っていると、教会の方から声が聞こえた。

「つかしゃにーちゃー」

 舌ったらずな声を上げた教会から出て来たのは、可愛いミレーヌちゃんだ。
 天使が着ているような白い服を来て、可愛いマフラーや手袋を付け寒くないようにしている。
 本当もうウチの娘は天使やなあと父性マックスで抱き上げると、カイン達もぞろぞろと同じような可愛らしい服装でこちらへやって来た。

 さすが俺とレナータさん。子供達の服のサイズはバッチリだぜ。

「ツカサ兄ちゃん、あの……俺、おかしくないかな」

 いち早く近寄って来たと思ったら照れながら聞いて来るカインに、俺は太鼓判を押すように親指を立てる。似合わない訳無いじゃないですか。

「カインもかわ……格好いいよ!」

 口から出かかった言葉を飲み込んで言うと、カインは頬を赤くしてはにかんだ。ああもう本当可愛いなあ。弟ってこんな感じなのかなあ。

「ツカサお兄ちゃん、クロウさんは?」

 こちらも可愛い将来が楽しみなアイシャちゃんが、クロウの不在に気付いたのかキョロキョロと周囲を見回す。
 良い質問だねと思いながら、俺は不敵に笑った。

「ふっふっふ。みんなはさ、馬以外が馬車を引く所、見た事有る?」
「なーい!」
「じゃあ馬車の前の方に回ってごらん。そこにクロウがいるから」

 そう言うと、好奇心旺盛な子供達はすぐに馬車の前方へと走る。そして、アッと驚いたような声を上げた。

「く、クロウ兄ちゃん!?」
「くましゃん!」
「熊だ……!」

 子供達の声に、のそりと馬車の前に居た大きな物体が起き上がる。
 ふかふかの毛をした大きな物体は、子供達の声に頷くと、ぐも、と声を出した。

「この姿を見せるのは初めてだったな」
「わー! ほんとにクロウ兄ちゃん熊だー!!」
「くましゃー、ふかふかー」
「すっげー! かっけー!!」

 そうだろうそうだろう。
 俺の妙案その一、馬じゃなくて熊が引く馬車だ。
 熊と言えば寒い地域でも力強く生きる動物だし、その大きさやがっしりした体は見る物にインパクトを与えてくれるだろう。
 何か知らないけど、教会の外には夜中だってのに馬車の出発を待つ観光客やヤジウマがいるみたいだし、その方達にも大いに驚いて頂こうではないか。

 熊を操る白銀の騎士だなんて、そうそう見かけないもんな。

 そんな事を考えてニヤニヤする俺に、今度はエレジアさん率いるリン教会の面々と、ギルベインさん達が近寄って来た。

「ツカサさん、ギフトの荷物は全て馬車に積み込みました。あとはこの教会を出発するだけです」
「ありがとうございますエレジアさん」
「いえ……お礼を言うのは、私達の方ですから」

 そう言いながら、エレジアさんは教会の外の騒がしさを眺めて目を細める。
 彼女の表情は、どこか懐かしそうだった。

「最近の祭りは、こうして夜中まで騒がしい声が聞こえる事もありませんでした。けれど、今回は違う。ツカサさん達のお蔭で、久しぶりに昔の風景を取り戻す事が出来ました……」
「ジェドマロズの馬車を見送る人達……ですか?」
「ええ……。本当は、毎年そうなるはずだったのです。ですが、人と言う者は同じ娯楽を繰り返しているといつかは飽きてしまう。だから、最近はこの時間には街はもう静まり返ってしまっていたのです」
「エレジアさん……」

 少し悲しみを含んだ顔に思わず呟いたが、けれど彼女はすぐに表情を明るい物へと変えて、俺に微笑んでくれた。

「今日は、家々の明かりはまだ煌々こうこうとして、道にも人が溢れている。彼らはみな、ギフトの為ではなく、ジェドマロズの凱旋を楽しみにして集まってくれたのです。……街長の一族として、これほど嬉しい事はありません」

 少し潤んだ目で馬車を見るエレジアさん。
 そんな彼女を、レナータさんはどこか嬉しそうな穏やかな笑みで見ていた。

「…………」
「どしたのツカサ君」
「いや……エレジアさんだけかと思ってたけど……脈ありかなあって」
「?」

 うん、解らないならいいんだよブラック。
 と言うか多分お前には解らん絶対に解らん。
 でもいつか解って、俺にももうちょっとああ言う甘酸っぱい感じのをやってくれたら良いんだけどなあと思いつつ、俺は労わるようにブラックの甲冑の型をガシャガシャと軽く叩いた。

「じゃあ、そろそろ時間なので開門しましょうか」
「皆の者ー! ツカサ様の為にかいもーん!!」
「おーっ」

 エレジアさんの声に、司祭とかが大声を張り上げる。そして閉じていた大きな門が開かれた。うん、もう、突っ込まない。今日は疲れてるからもういい。

「さあみんな馬車に乗って」
「はーい!」

 可愛らしく着飾ったナトラ教会の子供達は、俺の言葉に従って素直に馬車に乗り込む。俺もギルベインさん達に挨拶をすると、馬車に乗り込んだ。
 馬車の中には山と積まれたプレゼントがある。俺達はその包みを見て笑うと、馬車の外を見た。

「さあ、みんな行くよ」

 後はブラックが御者台に上がって手綱を引くだけだ。
 白銀の鎧の背中が御者台に現れると、外からパシンと音が響いた。

「わっ、うごいたー!」
「スッゲー、おれ馬車に乗ったの初めてだ!」
「ばしゃじゃないよー、くましゃだよー」
「熊車って……それ合ってるのかな……」

 子供達はそんな事を言いながら、ガラガラと回り出した車輪を物珍しそうに見ている。年少組の子供達のみならず、年長さん組も動き出す馬車に頬を赤くして外を見つめていた。

 やがて馬車は教会を越えて街へと出る。
 道の両脇には沢山の人々が居て、俺達が今から行う事を待っていた。
 彼らの目が期待に輝いているのを見ると、それに応えなきゃって気になって来るから不思議だ。アンコールを望まれて嬉しいアーティストの気持ちがちょっとだけ解ったような気がする。

 まあ俺は今回も裏方なので、別に何をするって訳じゃないんですけどね。
 そんな事を思いながらふっと前方を見ると、車はもうすぐ広場を抜けそうな所に差し掛かっていた。

「さて……じゃあみんな、広場を越えて建物が見えて来たら、自分が担当する贈り物を確認してね」

 今となっては街長に度肝を抜かせるも何もなくなってしまったけど、俺の作戦は子供達と一緒に配りながら配送業の宣伝をして、その上俺達が曜術でちょいと仕掛けをして驚かせたりして、街の人達にナトラ教会や子供達の事を認識させるというような物だった。

 まあ、それも結局は街長とリン教が支援してくれる事になったから、作戦をやる意味が無くなっちゃったんだけど……結果オーライだからいっか。
 すんなり話が進んだのも、ブラックが決闘したからって所もあるし……。

 そう考えながらブラックの背中を見ていると、車は広場を抜けて工房が立ち並ぶエリアに差し掛かった。いつもなら静まり返っているはずの街路は、明かりが灯り今か今かとギフトを待っている人達が見える。
 あの光景も、きっと久しぶりの光景なんだろう。

 熊の車とジェドマロズの登場に沸く観客達の浮かれ声を聞きながら、俺は子供達に用意をするように言った。

「みんな“妖精の羽”を付けて、ギフトを持って」
「はーい!」

 綺麗なレースを竹ひごのような樹の枝で羽の形に整えたものを、みんなに渡して背負って貰う。そうして、俺はその羽の一つ一つに炎の曜術をかけた。

 ブラックが使った「光の雪」は、何もブラックだけが使える物ではない。
 なんたって二人で一緒に考えた事なんだ。もちろん俺だって使えるように頑張って練習していたのである。……まあ、白い炎とはいかないけどね。

「わあっ……! ほんとに妖精の羽みたい……!」

 羽に暖かい色の光が灯って、小さな光の玉がほわほわと浮き上がると、アイシャちゃんが目を丸くする。彼女の羽にもそうしてやると、アイシャちゃんは凄く嬉しそうにくるくると背中の羽を確かめるように回った。
 ああもう可愛いなあ! あと四五年したら俺と結婚して下さい!!

「はー、みんなかわい……」
「つかさくーん?」
「あーっはっはっは、さあみんな、妖精の運び屋さんを頑張ろー!」
「おーっ」
「はぐらかしたね」

 うるさいエスパー中年。妄想の中でくらい悶えさせてくれよ本当にもう。
 一旦馬車……熊車を停めて、俺はみんなに綺麗に包装されたギフトを渡すと扉を開いた。そこから、わっと子供達が飛び出す。
 その姿を見やって、俺は馬車にも「光の雪」を掛けた。

 妖精がキラキラ光ってるなら、ジェドマロズの馬車も光らなきゃな。
 白銀の車が温かな色に輝き、雪のような光の粒を残して動くその姿に、観客達はまた嬉しそうな声を出した。
 よし、妖精と光の熊車も、喜んで貰えたようだ!
 しかしそれは観客達だけではなかった。

 可愛らしい妖精と光る車の登場に、工房の人達は外に出て来てこちらをまじまじと見ている。しかし、小さな妖精達がプレゼントを手渡しすると、彼らは微笑んで大事そうに受け取っていた。
 気付けば、街の門まで一直線の街路の全ての店に明かりが灯り、その店の人達は妖精たちが来るのを心待ちにするように立ち竦んでいた。

 壮観だ。きっと、ジェドマロズもこんな凄い光景を見ていたのだろう。
 そう思うとまた心が高揚してきて、俺は疲れて始めた意識をふるい立たせながら、自分の仕事を果たすべく腕まくりをして妖精達にギフトを手渡した。

 それにしても、街の人達の妖精にふんした子供達への対応が凄い。
 笑顔なのはもちろんだが、とにかくみんなデレデレしている。
 「どーじょ」と言われてミレーヌちゃんから贈り物を貰ったいかついおじさんなんて、何故かその場で笑いながら号泣していた。きっと辛い事があったんだろう。
 なんだかよく解らないが、お疲れ様と言いたい。

「馬車を動かすよ」
「あいよ」

 ブラックは子供達が付いて来れるように、ゆっくりと歩みを進める。
 俺はその間にも左右に散った妖精さん達に、一つずつ贈り物を渡していった。
 数は結構あるが、ほとんどの人がささやかな贈り物を望んでいたので、配るのはそれほど難しい事ではない。

 しばしそうやって配っていると、不思議な事に観客達が馬車について来ているのに気付いた。こんな場面別に珍しくなかろうに、どうしてなんだろう。
 やっぱ妖精さん達が可愛いからかな?

 全てのプレゼントを配り終えて、俺は前を見る。
 後は門の所まで行ったら子供達を馬車に乗せて教会に戻り、それから改めて壁際の区域の人達の所へ向かうだけなのだが……それでも、観客達はぞろぞろと後をついて来ていた。

 そんなに光る馬車……いや熊車が珍しいのかなと思っていると、開け放った扉の向こうから何やら変な会話が聞こえてきた。

「あれ? あの可愛いお孫さんは?」

 ……うん?
 お孫さん?

 何を言っているんだろうかと一瞬思ってしまったが、その声を皮切りにどんどん聞きたくない会話が聞こえてくる。って言うか、話してる。
 みんなが何か話してるんですが。

「ママー真っ赤なうさちゃんみたいよー」
「いないみたいねえ、残念ねえ……」
「うさしゃー、やーだーうさしゃーみたいー」

 違うんだよ、アレはお兄さんでうさちゃんじゃないんだよ。
 我慢してね子供達、っていうか夜遅くまで起きててくれたのにごめんね、ウサちゃんは今日は来ないんだよ。永遠に現れないんだよ。

「残念だなあ、あの可愛いウサ孫も来ると思ったのに……」
「可愛かったよなー、もう一回みたいなあ」
「私もみたいなー、お爺ちゃんとお孫さんなんて、とっても素敵だし」

 う……うぅ……。
 現れない、現れないです。ごめんなさいお姉さん。

「格好いいけど、やっぱり白だけじゃあねえ」
「ウサちゃん見たいなあ~」

 うぅううう……!
 ち、畜生……ちくしょぉおおお!!

「やってやらあもう知らねーからな!!」

 俺はヤケクソになって叫ぶと、馬車の中で帽子を脱ぎ捨ててフードを被った。
 ああ被った。被ってやったさ。客の要望に応えるのもパフォーマーの仕事だ。
 一時の仕事でも、こういう事をやるんなら応えてやらなきゃ行けないだろう。
 でもやんない、絶対もう二度と人前でやんないからな!!

 涙目になりながらもウサミミを生やして御者台ぎょしゃだいに出ると、周囲から一斉に歓声が巻き起こった。
 孫とか孫娘とかウサ孫とか聞こえて来るけど、もう違う。全部違うから。
 俺は男だし孫じゃないしそもそもブラックと血縁関係ないし、この耳は別売りのアタッチメントであって通常の付属品ではありません!!!

「うぅうう死にたいぃい……」
「ツカサ君顔まで真っ赤だねえ……あはは、なんか元気出て来たよ」
「うるせーボケー!! ちくしょう、もう人前でショーなんてこりごりだあぁ」

 光が降る冬の街に情けない声を吐き出したが、それも人々の喜びの歓声と子供達の幸せそうな声にすぐに掻き消されてしまった。

 ああ、まさに今日は異世界のクリスマス。
 俺みたいな非リア充なんかの悲鳴なんて掻き消えてしまう、歓喜の日だ。

 せめて俺もプレゼントが欲しいけど、残念ながら俺はやる側だ。
 その事を考えると憂鬱で溜息を吐きたくなったが……こんな浮かれ気分の街では溜息も出尽くしてしまって、俺は緩く笑った。

 まあ、いいか……。

 今日は祝福された日。街中が妖精王を讃えるお祭りに浮かれる日なのだ。
 だったら俺も……この隣の妖精王とやらを、讃えてやらねばなるまい。

「メリークリスマスってかぁ」
「何? その呪文」
「異世界での冬のお祭りの時の挨拶あいさつ
「ふーん、人の名前みたいだね」

 くすぐったそうに笑う目の前の中年の言葉の、当たらずとも遠からず。
 そのだらしない笑顔に妙になごんでしまい、なんだか恥ずかしさもどうでもよくなってしまった。









 
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