異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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祭町ラフターシュカ、雪華の王に赤衣編

25.純粋なる力

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「ジェドマロズが……二人……!?」

 水のカーテンが隠した舞台には、居るはずの無いもう一人の白銀の冬将軍――ジェドマロズが、ブラックに対峙たいじするように立っている。

 彼が何者かは、その場の観客達には解らなかっただろう。
 俺は急いで物見櫓ものみやぐらを下りると、ブラック達の様子が見える舞台そでへと急いだ。
 だって、これだけは……俺を賭けた村長とブラックの決闘だけは、きちんと近くで見届けたかったから。

 ……そう、これは演目の続き。そして、俺達が提案した決闘でもある。

 本当なら、街長が決闘するなんて言えば周囲が止めようとするだろう。だけど、顔を隠し白銀の鎧で身を包んだ姿で舞台に上がれば、誰も彼が村長だとは気付かず、ただの「お芝居」だと思うに違いない。俺達が村長を引き摺り出せたのは、この事も大きかった。

 街長と言う者は、存外に自由の無い職業だ。
 生活にも一々ケチをつけられるし、私闘なんてやったら悪い噂が立ってしまう。
 だが、こうして顔を隠して「あくまでも演目の上でのこと」という「言い訳」を付ける事で決闘は恐ろしいほどやりやすくなる。

 これは、決闘であり死闘ではない。
 そして演目でもあるから、そもそも決闘ですらないのだ。
 全ては祝福の儀を盛り上げるためのもの。そこに他意はない。
 決闘した者同士がそう言えば、全ては有耶無耶うやむやになってしまう。

 例え……決闘をやらかした二人の間で、俺以外の人間が損をする訳でもない約束をわしていたとしても、問題として取り上げられる事は無いのだ。

 ……俺以外には被害がないってのがムカツクんだけど仕方ない。
 まあいいけどね! どうせブラックが勝つんだからいいけどね!

 一生懸命走って辿たどり着いた舞台袖で息を整えていると、クロウが観客席の方から駆け寄ってきた。どうやらこちらで決闘を見届ける気らしい。

「ツカサ、凄かったぞ」

 そう言いながら俺を抱き上げるクロウに、俺はちょっと得意げに鼻を鳴らす。

「へへ、だろ?」
「さすがはツカサだな……しかし、この後はどうなるか」

 俺の体をくるりと返して背後から抱きかかえる形にすると、クロウは俺と一緒に舞台袖を見た。クロウもブラックの事を心配してくれてるのかな。
 やっぱりちょっと友情度が上がったんだろうかと思っていると、クロウは鼻の付け根にぐっと皺を寄せて目を細めた。

「負けたらツカサが考えた綺麗な演目が丸つぶれだ。負けたら殴ろう」
「そ、そっちかよ!」

 やだーもーこいつら何でこう仲悪いんだよう。いやある意味仲が良いのか?
 喧嘩しない為にも勝ってくれブラックと願いながら舞台を見やると、丁度二人が剣を抜いた所が見えた。
 観客達には聞こえない程度の声で、ブラックが口を開く。

「決闘だってのに、そんな重そうな鎧で動けるのかい」

 そう言うと、街長はニヤリと口角を上げて直立の姿勢で剣を構えた。

「心配ご無用。我が国の貴族はいつ騎士団に召集されるか解らぬ身の上。そこいらの粗末な服の冒険者とは違って、鎧を見に付けた鍛錬は普通のことだ」

 不敵に笑う街長の武器は、針のように細く尖った剣――レイピアだ。
 その直立不動の独特の構えはまさに細剣を使う戦士そのもので、街長の余裕ぶった笑みは彼が相当に武器を使いこなしていると言う事を感じさせた。

 負けるとは思っていない。だが、街長はかなりの強敵のようだ。

 間違いが起こってしまったらと考えて震える俺を抱き締め、クロウは頭の上から俺に言葉を吐いた。

「街長の剣技は恐らく突きが主体のものだな。……普通の剣を使うあの男にとってはくみがたい相手かもしれんが……剣技に関しては、あの男も規格外の腕の持ち主だ。安心しろ、ツカサ」
「クロウ……。うん、そうだよな……」

 確かに、ブラックは恐ろしいほど強い。
 その強さは、ずっと一緒に旅をしてきた俺が一番よく知っている。
 ……だから、大丈夫だ。

 確信するようにそう思うと何故か体の震えが止まり、目の前の光景を見据える事が出来るようになった。

「ブラック……」

 呼ぶ声は届かない。
 だけど、舞台の上に見える背中は広く頼もしかった。

「時間制限なし、相手をひざまずかせたら勝利の一本勝負だ。異論はないね?」

 街長の声に、ブラックも剣を構えて腰を落とす。

「無論。兜で顔が隠れているから、負けたって気にする事は無いよ」
「ハハハ、冒険者風情が護国の兵に勝てるとお思いか……ならば……完膚かんぷなきまでに叩きのめして、思い知らせるまで!!」

 ダン、と舞台を大きく踏み込む音が聞こえた刹那。
 ブラックの体が最小限の動きで動いたと思ったと同時に、動く前の場所めがけてレイピアの先端が突き出されていた。

「っ!? はっ……早……っ!」

 思わず声を漏らす俺の目の前でレイピアが消え、ブラックが再び避けたと同時に現れる。ブラックも街長も最小限の動きしか見せていないその場で、まるで瞬間移動のようにレイピアの切っ先が現れては消えた。
 横、上、足元、頭、段々と容赦がなくなっていく「視えない突き」に、ブラックは鎧で機動力が落ちていると言うのにそれでも流れるようにかわしていく。

 やがて街長の踏み込みが位置を変え、大きく体を動かし始めた。
 最小限の一発では仕留めきれないと咄嗟とっさに判断しての動きに、ブラックもまたその動きを読んで剣で突きをギリギリの位置ではじく。

 一歩、二歩、きびすを返し素早く回転して三歩。
 ぐ速度は増していき、レイピアの動きはぶれて何本にも見えて来る。

 静かで、しかしあまりにも激しい剣の応酬に、会場は一気に熱を上げて歓声を街に響かせる。剣がかち合う音も舞台を力強く踏み込む音すらも呑み込んで、まるで鼓膜が破けそうな程にその場の観客全てが熱狂していた。

 どちらが、真の王者か。
 吹雪のように激しく舞う二人の白銀の騎士が、白く輝く幻想の樹の身元で激しく剣を鳴らす光景は、まるでおとぎ話の中の出来事のようにも思える。

 だけど俺達には……いや、俺には、現実の出来事だ。
 今そこで、鎧の重苦しい音を物ともせずに向かっていく白銀の騎士は、空想の中の人物ではない。確かにさっきまで俺と一緒に居た、大事な存在なのだ。

「ブラック……!」

 俺を抱いているたくましい腕をつかみ、思わず力を入れる。
 負ける訳がないとは思っていても、実際に目の当たりにした街長の実力は思っていた以上のもので怖くなった。

 負ける事が怖いんじゃない。ブラックが傷つく事や、この熱狂の渦、そして……あまりにも現実とかけ離れたこの場の光景が、これは夢ではないかと錯覚しそうなほどに美しくて、全身に鳥肌が立つのだ。

 戦う二人の白銀の騎士。その一人は俺の恋人だ。
 そのはずなのに、何故か二人のジェドマロズが争っているかのように思えてくる。夢のような舞台を作ったのは自分達だと言うのに、それが今更になって何故か恐ろしくて、俺は顔を歪めた。

 剣がひらめく。
 一閃して光の帯を残す細剣と、それを踊るようにかわし金の光を散りばめ白の舞台に紅い残像を残す宝剣。
 ぐ、払う、突く返す撫でてえぐる。
 視覚が辛うじてついて行ける速度で行われる舞踏は、最早声すら出なくなる。

「人間がこれほどまでに“舞う”とはな……」

 無意識に漏らしただろうクロウの呟きに、俺は息をのむ。

 確かに、これは尋常ではない。
 剣を極めた者同士の戦い。あくまでも殺し合いではないからこその、純粋な剣の技のぶつかり合い。それは最早戦いとは別の物にすら見えた。

 ――技量の高い者同士がぶつかり合った時、それはまるで最高の演技にも見えると言う。俺が踊っているかのようだと思ったのは、間違いではなかったようだ。

 だけど、実際その「踊る」二人は真剣に勝負をしているに他ならない。
 鍔迫つばぜり合いが出来ない細剣との戦いで決定打を出しきれずにいるブラックと、ブラックの的確な回避に一撃を与えられない街長。
 慣れない鎧で機動力が落ちたブラックとは言え、互角の戦いには違いない。

 手助けしてやりたい気持ちもあるが、これは二人にとっては決闘だ。
 他人が手を出すことは、決闘を穢す事になる。
 俺には、ここで見ている事しか出来ない。

「ブラック……」

 息を呑むほどの攻防に、無意識に心がブラックが勝つ事を祈る。
 相手の突きが鎧をかすめて独特の音を立てれば立てる程、焦燥感が募った。

 だが、そんな俺を背後に置いたブラックは、焦りなど微塵みじんも感じさせずに優雅に避けた後で、ぐっと足を踏み込んだ。

「拍子抜けだね」
「何ッ……!?」

 冷静な声に街長の口がわずかに驚きに歪む。
 しかしブラックはそれに釣られる事も無く細い切っ先を刀身で受け止めて、勢いよく押し返した。

「ぐっ!!」

 レイピアの威力を高めるために前足に強く力を入れ剣に威力を集中していた街長は、ブラックの剣の押し返す反動で己の力を逃しきれずに後ろに下がる。
 初めて体勢を崩した相手に、ブラックは余裕の笑みで切っ先を突き付けた。

「行儀のいいお決まりの型しかない剣術で攻めて、僕に勝てると思ってるのかい。相手も自分と同じ剣士だってのを忘れてちゃどうしようもないよ」
「何を……!」

 歯を噛み締めもう一度、街長が突きを繰り出そうとする。だがその動きを一瞬で見抜いたブラックは、剣の刃先で向かってくる細剣をいなしそのまま街長へと飛び込み一気に距離を詰めた。

「ぬわっ!?」
「踏み込みに隙がある、決まった型ばかりで応用が利かない、おまけに格下の相手としか戦って来なかったせいで純粋な力のぶつかり合いに弱い……!」

 体勢を崩した街長の胸甲板ブレストプレイトへと剣の腹を思いっきり叩きつける。
 今度こそ明確なうめき声をあげて街長がよろめき数歩引き下がった。
 数分とは言え高度な駆け引きを全力で行っていたせいか、街長の足取りには明らかな疲れが見て取れる。それをブラックも視認していたのか、がしゃりと重い甲冑の音を響かせ、一歩足を踏み出すと、街長に切っ先を向けた。

 その目がどんな視線を送っていたのか、舞台袖の俺達には解らない。
 だが、俺が見たブラックの背中には……言い知れぬ怒りの色が見えていた。

「くっ……」
「疲れているようだね。街長……いや、騎士団とやらはその程度なのかい?」

 声が低く沈んでいる。
 ブラックの声に反射的に顔を上げた街長に、ブラックは切っ先を突き付けたままでその場を踏みしめた、刹那。

「欲しい物を勝ち取るだけの力のない愚者が、己の力量も見極められずに僕の物を奪おうなどとは片腹痛い!!」

 咆哮にも似たその声に、会場は一瞬にして静まり返り全ての人間が声を失う。
 街長も例外ではなく、ブラックの恫喝にびくりと震え硬直した。
 それはまさに一瞬。
 だが、その一瞬の隙を逃すほどブラックは優しくは無かった。

「あ……――――!」

 声を出したと、同時。
 いや、その音すら発される前の、あまりにも短い一刻。
 獣のような鬨の声と共に横から振り上げられた剣が――
 街長の鎧の胸部を、凄まじい音を立てて切り裂いた。

「ぐあぁあっ!!」

 内部には届いていない。だが、その衝撃はかなりのものだったのだろう、街長は断末魔のような声を上げて背中から思いきりその場に倒れた。

「やった……!!」

 思わず叫んでしまう。自分でも全く予期していなかった言葉が出たが、しかし、もう口をつぐむ事なんて出来なかった。
 俺の目の前。白い光が舞うステージの上で、白銀の騎士が微かに肩を揺らして宝剣をゆっくりと地へ付ける。それは戦いが終わった合図だ。
 観客達は、状況を理解出来ずに数秒絶句していたが……やがて、すぐに“白き光の将軍”が勝利したのを確信すると、鼓膜を突き破らんばかりの歓声でブラックを讃え始めた。

 どちらが勝っても、妖精王の勝利。しかし自分達に美しい夢を見せた妖精王が「真のジェドマロズ」となった事で、観客達の興奮は最高潮に達したようだった。

「勝ったな」
「ああ、すげぇ……すげえよブラック!」
「殴れないな。チッ」

 チッじゃないでしょ喜んであげなさいクロウ!
 ああもうどうしよう、凄い、凄いよアンタ、かっこいいよ!

 何だかもう俺も興奮してどうしようもなくて、慌ててクロウの腕から這い出る。
 足が止まらない。勝手に俺の体は舞台へと向かって駆けだしていた。

「あっ、ツカサ帽子が……!」

 背後からそう言われて、頭が一瞬寒くなる。
 だがそれをまた別の何かが背後から覆い、俺の髪は再び暖かさに包まれた。
 興奮からの熱だろうか、それとも頭が勝利に酔ってハイになったのか、音の洪水が何倍にもなって耳に入ってくる。
 だけど、そんな事で俺は止められない。

 階段を駆け上がり、俺は一気にステージに踏み込んだ。

「ッ!? つ、ツカサ君!?」

 その踏み込んだ足音に気付いたのか、ブラックがこっちを振り返る。
 いつも見ているその表情に、俺は一層嬉しくなって両手を広げて駆け寄った。
 そして。

「ブラック!!」

 高揚する心に任せて、そのままブラックの胸に飛び込んだ。

「つつつつかしゃくん!!?」
「すげえよ、アンタ本当に凄いって! なにあれ、なんだよもう、なんかっ、ああもう、本当良かった、勝って良かった……!!」

 ちくしょう、言葉にならない。だけど、本当、もうたまらないんだって。
 抱き着いたけど背中にまで回らない手で、健闘を讃えるように鎧を叩く。
 ブラックはそんな俺を見て顔を真っ赤にしていたが、やがてだらしなく口を緩めると俺を抱き締めてそのまま振り回した。

「あははっ、ちょ、ブラック目が回るってば!」
「だ、だって可愛すぎる……っ、ツカサ君可愛すぎるんだもん……!」

 バカお前そんなわけ無いだろうが馬鹿も休み休み休み言えよな!
 でも今はすっごい興奮してるから怒る気にもなれねーや!

 そんな風にしてじゃれ合っている俺達を包むように、うるさいくらいの歓声が巻き起こっていたが……その中に、変な声が混ざっているのが何故か聞こえた。

「ウサミミ……」
「ウサミミだ……!!」
「だれだあの可愛い子、娘? 孫?」
「ジェドマロズだから……孫……?」

 は? ミミ?
 なんだよミミって。誰かいるのか?

「ウサミミ可愛い……」
「ウサ孫可愛い!!」

 孫? 耳? 意味が分からない。
 だけど歓声は確実にこっちを向いていて、興奮した声に混ざって聞こえてくる。
 耳……まてよ……耳って……。

「ツカサ君?」

 一瞬で冷静になった俺にきょとんとするブラックを押しとどめて、俺は恐る恐る自分の頭上に手をやる。
 そうして……俺は自分がフードを被っている事に気付いた。
 ああ、そうか。走ってる途中で帽子が落ちたのか。それをクロウが「いけない」と思って、フードを被せて俺を送り出してくれたんだな。危ない所だった。ありがとう、本当にありがとうクロウ。
 でも、あの……この……フードの上から唐突に生えた……二本のムニッとしたツノっぽいのは……なに……?

「ぶ、ぶらっく……この、俺の頭の上にあるのって……」

 恐る恐る、抱き着いている相手を見上げて訊く。
 そうすると、ブラックは面頬を引き上げて顔を見せると……にっこりと笑った。

「やだなあ~、ツカサ君忘れちゃったの? それはコダマウサギの耳が生えてくる“ウサミミコート”じゃないか。覆いの部分を被ったら耳が出て来るんだよー」

 ………………。
 じゃあ、なに。俺ってば……今ウサミミを付けて、ブラックに抱き着いてるって事なの……? 俺が。男の、俺が。ブラックに、抱き着いて、うさ……うさみ……。

「ツカサ君?」
「みっ…………」
「み?」
「水よ、舞台を隠せ――――!!」
「あぁああああ!?」

 ざっぱーんと言う音と共に、観客が今度こそびっくりした悲鳴を上げる。
 だけどもう、俺は耐え切れなかった。耳って……う、うさみみって……見られた、沢山の人に見られたっていうか俺は今までなんて恥ずかしい事をぉおお!!

「あぁあああぁあ全部水に流したいぃいいい」
「水の曜術だけに? なるほどね、上手い事を言うねツカサ君!」
「うるせえ!!」

 力に任せてあまりにも勢いよく水を放出させて舞台を覆い隠してしまい、光の樹も光の雪も掻き消してしまったが……不可抗力だと思いたい。












※戦闘シーン楽し過ぎて長くなってしまったすみません……
 剣で戦うオッサンって格好いいですよね…(*´Д`)ハァハァ
 
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