異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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波乱の大祭、千差万別の恋模様編

10.好きでいるのも駄目ですか1

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 明けて、翌朝。
 俺は「良く寝ましたよ」とばかりのリアクションで早起きをして、参加者に配膳する朝ごはんを美食競争の会場でせっせと作っていた。

 本当は三四時間程度しか寝ていないし、昨日変態おじさんが掘ってくれたせいで腰がまだ痛むのだが、弱音を吐いてはいられない。俺が朝食を作らなければ、参加者達が不満を言う。本当は他の人に調理を頼みたかったんだが、昨日のフィッシュアンドチップスがよほど高評価だったのか、参加者達は「黒髪のあの子の料理じゃなきゃ嫌だ」とダダをこねたのだ。

 ……まあ、こんな緊張状態の中だし、出来るなら美味しい物食べたいもんね。
 解るよ。その気持ちは物凄くよく解るけど、俺的には嬉しいやら悲しいやらで。

 ファラン師匠とまき運び係のクロウが手伝ってくれてるからまだ出来るが、ざっと見積もって百人くらいはいる参加者達と運営への料理を一人で作れと言われたら、俺はきっとぶっ倒れていただろう。
 あのね、俺は給食のおばさんのような大量調理のエキスパートじゃないんだよ。
 ただの高校生であって、給食は作るより食べる方なんだよ……。

 でもこの世界では十七歳は成人扱いだし、そんな文句なんざ鼻で笑われるだけだから、俺の嘆きなんてただの愚痴にしかならないわけでね。
 ってな訳で、俺は色んな部分の痛みや苦しみと戦いながら、今朝も小麦粉と魚を使って、すいとんもどきのようなスープを作って皆さんに喜んで頂いたのだった。

 この世界でもすいとんは美味しいと感じられるのか……。
 婆ちゃん世代の人は美味しいと言うが、俺はまだ美味しさが解らんのだよな。
 ワンタンの方を食べつけちゃってるせいか、ガツンと来る感じが無いので肉とか入れたくなる。母さんも婆ちゃんの家に来た時に喜んですいとんを食べてたから、たぶん舌が繊細な人にはウケるのだろう。

 和食系の料理もこの世界で作ってはいる俺だが、それでも元々ジャンクフード派だからなあ。濃い味が好きだし肉の方が好きです、本当すみません……。
 でも俺まだ十代だし仕方ないよな? たぶん大人になったら、薄味も美味しいと思える程に舌が肥えるに違いない。とりあえず今は許して。

 まあそれはともかく。
 自分の役目をきっちりと完了した俺は、次の食事を他の料理人さん達に託して、お暇を戴く事となった。師匠とリリーネさんが、さすがに負担が過ぎると言うことで助け船を出してくれたのだ。まあ、夕方はまた俺の番ですけどね。
 でも、休みをくれるのは本当にありがたかった。

 なので、今俺は浜辺で寝転んでうねうねするイカの触手を見ていたのだが……。

「……なんかもう、本当に動きがないよな」

 この浜辺で寝転んで、かれこれ一時間。
 うとうとしたり、数分寝たりをずっと繰り返していたが、その間もクラーケンは定位置から離れる事は無く、巨大な触手を何本も海に出してうねらせていた。

 でも、ただそれだけ。
 それ以上の事は何もしないし、たまに他の動きをする時と言えば魚を捕える為に海上に出していた触手を戻し、なんかもぐもぐしてる時だけだ。
 アレをずっと見ていたら、クラーケンが凶暴な化け物とはとても思えない。
 遊園地とかにある、中に入りぽよんぽよんと跳ねて遊ぶバルーンに見えてきた。

「……船は壊してたけど、人は襲ってなかったし……もしかして、船だけ壊せとか命令されてるのかな? だったら近付いたって何もされそうにはないけど……」

 でも、あのって人がどんな命令をしているかまでは解らないもんなあ。
 何か行動すべきだとは思うんだけど、今のところどうしようもない。
 もどかしい気持ちはあったが、策が無い以上こうして休んでいるしかなかった。

 他の参加者達も俺と同じ気持ちなのか、血気盛んそうな人達はイカを見ては何もできないいきどおりでヤケになって寝転がったり、どうにか状況を打開できないものかと集団で話し合いながら海を見ている。
 この状態も二三日続けば、食事だけじゃストレスを抑えられなくなるだろう。

 海賊とか冒険者ってのは元々血気盛んな人達だし、どうにか早めに解決しないと……とか考えていると、後ろで俺と同じようにぼけーっと海を見ていたクロウが匍匐ほふく前進でずりずりと俺に近付いてきた。

「ツカサ、あの変態はえらく話が長いな」
「変態って……いい加減名前読んであげようよクロウ」

 ブラックは今不在だ。昨晩の事を師匠とリリーネさんに報告しに行っている。
 なので、その間のボディーガード(とはブラックの弁)兼お守として、クロウが一緒に休んでいるのだ。お守ってガキ扱いかよと怒りたい所だが、なんか他の参加者の人にジロジロ見られてるから仕方ない。悪寒がするし。

 しかし、いくら恋敵だとは言え、変態はちょっとなあ。
 ブラックの「駄熊」もどうかと思うが、直接的に悪癖を暴露したあだ名にするのはさすがにアカンのでは。
 けどクロウにしてみればブラックはまがう事なき変態だからなあ……。

「えーと……じゃあさ、もう少しだけ柔らかい表現してやれないかな……? お前の方が大人げありそうだし、譲歩して貰えたら嬉しいんだけどな~……」
「困ったな、変態はまだ軽い表現のつもりなんだが。あとは、外道や畜生しか思い浮かばないぞ。そっちの方がいいのか?」
「あぁ~……それもダメだなぁ~……」

 変態の方がマシかどうかはさておき、どっちもブラックがブチ切れるなぁ……。
 いや、自覚はあると思うんだけど、クロウに言われるのが我慢ならなそう。
 俺としては、二人には仲間としてお互いを認めてほしくはあるんだが、しかし恋敵こいがたきとなると難しいのだろうか。

「どうすりゃブラックの名前を呼んでくれる?」
「オレがツカサの事を愛するという権利を認めた時だ。なら、オレはの男としてあの変態を許容できる」
「俺の意思は関係ないんかいコラ」

 ブラックもそうだがクロウも本当に自分勝手だなおい。
 いやでも、クロウの場合は半分モンスターだから文化が違うし仕方ないのか?
 一夫多妻制のハーレムは俺も望むところだけど、しかし俺は恋人なんてブラックで手一杯だし、そもそも、その……クロウは仲間だから大切って感じだし……。
 好きだと言ってくれるのは嬉しいが、そんな対応じゃダメなんだろうなあ。
 ブラックも良い顔しないだろうし。

 でも一応この場に居る誰よりも信用できる訳だから、ブラックもクロウに俺の事を頼んで話し合いに行ったわけで……うーむ、今更ながらにややこしい。
 せめてクロウも「仲間として俺が好き」だったらよかったんだが。
 今からでも修正できない物かと思い、俺はクロウの顔をうかがいながら告げた。

「なあクロウ……前も言ったけど、俺は仲間としてお前が大事なんであって、恋人になりたいとか伴侶になりたいとか……そう言うんじゃないんだぞ?」
「理解してる。だからオレも“その程度の理由じゃお前を諦められない”と言った」
「……そこまで俺にこだわる理由もないと思うんだけどな。美味しい人間なら他にも沢山いると思うぞ? それに、抱くなら女の方が抱き心地が良いだろ」

 率直な発言をしてみるが、クロウは僅かに眉をしかめて不機嫌そうに口を歪めた。

「確かにツカサは極上の美味さだったが、それだけじゃない。オレは、お前の全てに惚れたんだ。二番だろうが三番だろうが構わん。オレはツカサと共にいて、触れられればそれで良い。他の人間やメスなんていらん。オレは、ツカサがいいんだ」
「く、クロウ……」

 そんな事を美形に言われたら、そりゃキュンと来るし罪悪感も有る。
 だけど、何て言うかその……なんか、自分でも説明できないけど、ブラックへの「好き」とクロウへの「好き」は違うんだよ。それはどうしたって変えられない。

 俺だっておかしいとは思うけど、ブラックとずっと一緒に居てそうなっちゃったんだから仕方ない。多分その、恋愛的な意味で……ブラックの事が好きって言うか、何かもうほっとけないって言うか、そんな感じなんだろうし……。

 と、とにかく、だから無理って言うか。
 こ、恋人にみさおを立てるとか昭和かよって感じだけど、俺は婆ちゃん子だったから仕方ないの! ブラックが嫌がるんだから、どうしようもないの!!

 しかし、クロウはやっぱり諦めてはくれないようで。

「アイツもそうだろうが、オレだってお前の為なら命を賭けてもいい。死んだって構わない。だからこそ、ツカサが欲しいんだ。それはいけない事なのか? だからオレがツカサを『好きだ』と言う事すら、許してはくれないのか? ツカサの世界では、好きな物を好きと言ってはいけないのか……?」
「う……ぅう……そう言われると……」

 ま、待って、至近距離やめてよう。
 いつの間にか顔近付けてくるのやめてくれえ。
 命を賭けられるほど好きだって言われてても、どうしようもないんだって。
 気持ちは嬉しいけど、そう言われると断りにくいけど、その。

「顔が赤くなるのは、ツカサもオレの事を少しは好いてくれているからだろう? なら、オレをにしてくれなくても良い。好きだと言ってくれなくても良い。だから、もう一度オレと…………」
「ばっ、ばか、バカバカちょっやめっ、駄目だってば近いってばあぁあ!」

 ぎゃーっ、顔が近い身体が近い公衆の面前で何しようとしとるんだお前!!
 もう少しで「助けてブラック」と言いそうになった所に、ざかざかざかと物凄い勢いで砂を巻き上げる音を響かせながら、ブラックが高速で出現した。

「なにやっとるんだ貴様はぁああ――――!!」

 そう言いながら思いっきりクロウの脇腹を蹴っ飛ばして、ブラックは俺を軽々と抱き上げた。いつもなら文句を言う所だが、こ、今回は助かった……。
 しかしクロウは大丈夫だろうか。蹴っ飛ばされた相手をみやると、クロウは砂浜に頭を突っ込んでいたものの、すぐにのそりと起き出してブラックを睨んだ。

「何をする変態」
「お前も立派な変態だろうがッ!! なに僕が居ない所でツカサ君にコナかけようとしてんの! 殺すよ!?」

 周囲のドンビキな視線も気にせず声が若干裏返りつつキレるブラックに、クロウは肩を竦めてやれやれと言った様子で目を細めた。

「バカバカしい、オレはツカサに許可を求めていただけだ。お前のように所構わずツカサに発情したりしない」
「でもちょっとは考えただろ、口付けしたいとか!」
「それは思った」
「わーもうこの変態ども!!」

 こんちくしょう、これだからこのオッサン二人は!!
 
 そう言う所ばっかり気が合っても俺は嬉しくない。っていうか、スケベ目的って後で確執が深まるだけでしょうが。仲良くなるのは良いけど健全な方向で仲良くなって下さい。

 二人ともいい加減にしろ、と俺は顔を真っ赤にして怒ろうとした。
 が、俺が口を開いたと同時。

「や、やめろ! 殺されっちまうぞ!」
「うるせぇ! 俺らはもうこんな状態なんざウンザリしてんだよ!!」

 怒鳴り声が聞こえて、思わず言葉が引っ込む。
 何事かと思って視界に入ってなかった前方を見やると、少し遠くに険悪な雰囲気の集団がいるのが見えた。どうも何かでもめているらしい。
 ブラック達も突然の事に驚いているのか、不思議そうに目を瞬かせている。
 周囲で寝転がっていた参加者達も、皆一様に不安そうに集団を見上げていた。
 だが、彼らはそんな周りの雰囲気など気にもせず、海の方へ歩いて行く。

「テメェらはあんなイカ一匹で何やってんだ! 俺達は行くぞ、なあみんな!」

 集団の中で一際大きな体つきの男に、半数以上の男達が腕を挙げて応と叫ぶ。
 叫んだ人達の後ろで心配そうな顔をしていた残りの男達は、そんな彼らに困ったように顔を歪めながら「そうじゃない」と必死に首を振っていた。

「駄目だ! ちゃんとギルド長達の指示に従って、非常事態の対策を……」
「対策なんて悠長な事言ってられっか!!」
「そうだそうだ! 俺達はこんな島暮らしするために祭りに参加したんじゃねーぞコラァ!!」

 チンピラのような怒鳴り声だが、しかし実際に聞くと無意識に心が萎縮する。
 彼らの何らかの暴挙を止めようとしていた人達も、威勢のいいその声に一瞬立ち止まってしまい、彼らの行動を許してしまった。

 しかし、あいつら一体何をする気なんだ……?

 俺の問いに答えるかのように、ブラックがどこか冷めた声で言葉を漏らした。

「……あーあ。あんな装備でランク7のモンスターを倒せると思ってるのかなあ」
「倒せるって……ま、まさかあの人達クラーケンを倒しに行く気なのか!?」

 びっくりして思わず俺を抱き上げているブラックを振り返ると、相手は心底興味もなさそうな顔をしながら、やれやれと肩をわずかに上げた。

「ああいう輩には、何を言っても聞かないよ。……残念だけどあのイカ君が優しい相手であるのを祈るのみだね」
「そんな……」

 俺の気の抜けたような声の先で、とうとう彼らは自分達の船へとたどり着き、次々に乗り込んで漕ぎだしてしまう。
 八そうの小舟が向かうのは、波間に漂っている白く巨大な山だ。
 だけどその山には誰も登れはしないだろう。

 戦闘経験が数えられる程度しかない俺ですら、その悲しい結果は予想出来てしまっていた。











 
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