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波乱の大祭、千差万別の恋模様編
9.相思相愛とは
しおりを挟む※都合上ちょっと短いです。
クジラ島の裏側は、港から見える緑溢れる森など存在しない荒野になっている。
岩場ではあるから隠れる所には事欠かないのだが、しかし、ここまで緑がまばらだと本当にここがクジラ島なのかと不安になってくるから不思議だ。
思い込みってのは、結構後を引くらしい。
こんな事になるなら、練習の時にしっかり島を探索しとくんだったと思いつつ、俺はブラックと一緒に夜闇の中を海辺に向かってじりじりと移動していた。
人気が無いとは言え、ここにはガーランドの手下が居るかもしれないからな。
鉢合わせでもしたら色んな意味で危険だ。
なるべく遠回りで森の中を歩くようにして、目的の場所へ近づいて行くと……。
「……ツカサ君、あれ見て」
潜めた声で呟くブラックは、森の外の断崖を小さく指さす。
何があるのかと目を細めて……そこに、何か細長い棒を持っている人影が二人ほど見えた。あれってもしかしなくても……。
「あ、あたり?」
「うん。片方は望遠鏡を持ってるね。どこか……やっぱり霧の中を見てるみたいだ。ここからじゃどの位置を見ているかは判らないけど、やっぱり海に何かがあるのは間違いないみたいだよ」
「うーむ……ブラック、ここから霧の中の金属を見つけられる?」
「ちょっと難しいかな……この場所だと、森の“木の曜気”と海と霧の“水の曜気”の二つに阻まれちゃうから……近くに有る物は解っても、霧の奥までは無理かも」
なるほど、二重三重の壁があっては、流石に金属探知も難しいんだな……。
そうなると見張りっぽいあの二人をどうにかしなきゃならない。
ブラックのグリモアの術で眠らせて貰ってもいいんだけど、それを使うとなるとやっぱり森から出て対峙しなきゃならないし、相手に曜術師が居たら術の発動を感知されて警戒されかねない。
じゃあ有象無象も吹き飛ばすグリモアの力ならどうかって話だけど、残念ながらそれも難しいとの事だった。
紫月のグリモアであるブラックは凄い幻術が使えるけど、発動させるための詠唱で時間がかかるし、この距離で術を発動したら気付かれかねないんだって。
世界の頂点に立つグリモアの力も、巨大すぎるが故に扱いが難しいようだ。
となると……やっぱ詠唱が必要のない俺の黒曜の使者の力か……?
「俺の力を使うにしても、どういうのが良いと思う?」
「そうだねえ……相手の気を逸らすというか、あの場所から排除出来れば良いんだけど……木の曜術だとバレちゃうかな、やっぱ」
「うーん……バレないとは言えないな」
でも、それを言ったらなんの曜術でも判っちゃいそうなんだよなあ。
どうすることが一番良いかと暫く二人で考えて、俺はふとある事を思い出した。
「そうだ。確か、あんた隠蔽って術が使えたよな?」
「使えるけど……あれは立ち止まって無きゃ使えないし、なによりツカサ君みたいな高位の術師には効果が無いよ? まあ、海賊達には有効だろうけど……」
「でしょでしょ! だからさ、まず俺が崖下の方からフレイムで火の玉を出して、その間に夜目が効くお前が……」
そこまで言うと、合点が行ったとばかりにブラックは顔を明るくした。
「ああ、なるほど! 近付いて隠蔽で隠れ、隙をついて気絶させるんだね!」
「ご名答!」
俺には無理だろうだけど、戦闘慣れしてるブラックなら気配を消して近付くことも簡単だろう。相手は下っ端海賊だし、俺が隙さえ作ってやれば後は楽チンだ。
ブラックもスニーキング能力には自信があるらしく、俺の提案に自信満々で乗って来てくれた。よーし、そこまで気合が入ってるならやってしまおう。
言うが早いか俺とブラックは二手に分かれ、ブラックは海賊達の背後に回りこめる位置に付き、俺は崖下の風景を思い浮かべながらそこに幾つかの小さな火の玉をフレイムで出現させた。
そうして、ゆっくりと崖の上に浮上させる。
水球を何度も作っていた俺にとっては、火球を想像して操る事などもう簡単だ。
といっても精神力の関係で小さくても五つ程度が精一杯だが、それでも結構な数だろう。案の定海賊達は唐突な火の玉を怖がり、ブラックに一瞬のうちに気絶させられていた。これは確実に姿を見られていないだろう。
うーん、考える時間は長かったのにものの数秒で片が付くなんてちょい寂しい。
まあでもピンチになるよりはましだと思い、俺は火を消すと森の中から出た。
「ブラック、望遠鏡で何か見えるか?」
聞くと、相手は地面に転がる海賊から望遠鏡を奪……借りて、海賊達が見張っていた場所を覗く。
「うーん……? なんだろ……霧の中に小さな赤い光があって、それが点滅してるのが見えるけど……何だか判らないや。ちょっと待って、確認してみるから」
そう言うと、俺に望遠鏡を手渡してブラックは大きく息を吸い込んだ。
軽く足を開き、両掌を前方へと向ける。
そして、アタラクシアの洞窟で聞いたあの呪文をさっと呟いた。
「……っ」
ブラックの体が金色の光に包まれ、それが粒子となって一気に周囲に飛び散る。
いつ見ても不思議な光景だなと思っていると、その金の粒子が流れて行った霧の中から、微かに光が返ってくるのが見えた。
「…………見つけた」
「やっぱりあの中に曜具があったのか?」
「そうみたいだね。何か……小舟のような物に乗せられているのかな? 不安定に揺れながら、赤い光を定期的に発してるみたいだ。こんな場所で見張ってるって事は、向こうには人は居ないんだろうね」
「海の上に置く理由は、そうしないと“この状態”にならないからなのかな?」
「さてね……まあ、何にせよ壊すなら今だ。フレイムアローで壊すかい?」
確かに他に敵が居ない今なら、向こう側の道具を壊すことも出来そうだけど……でも、それをやって良い物だろうか。
ここで壊しても、クラーケンを操る人間が誰かが特定できなければ事態は変わらないのではないかとブラックに言うと、相手も腕を組んで唸った。
参加者を片っ端からとっちめて吐かせれば事は簡単かもしれないが、敵は巨大な化け物を二体も操るとんでもない奴だ。もしも破れかぶれでクラーケン達を暴走させたら、他の参加者達に危害が及ぶかもしれない。
姉御という人間の正体が判らない以上、迂闊に攻撃する訳にはいかなかった。
「とにかく、霧が人工的に作られてるのは分かったし、どこを叩けば消せるかも解った。それだけでもかなりの収穫だ。後の事は、師匠と考えよう」
「そうだね。こういう戦いは、僕達よりもギルド長の方が慣れているだろうし……相手は、ツカサ君を狙ってる愚かな不届き物だからね。きっちりと罰を食らわせられるように、一網打尽にしておかないと……」
「……言っておくけど、半殺しとかすんなよ」
今のうちに釘を刺しておかないと、何をするか解らん。
睨むように目を細めてブラックを見上げると、相手は不満そうに顔を歪めた。
「ツカサ君が大事だから、半殺しにするんだよ?」
「俺が大事なら、人を半殺しにしないで欲しいんだが……」
全殺しもヤですけど、半殺しも恨まれそうだし痛そうだし嫌です。
そう言うと、ブラックは機嫌が悪そうな顔のままで俺に顔を近付けて来た。
「じゃあ、我慢する。……我慢するから、僕のお願い聞いてくれる?」
「……俺が頷けるものなら」
変な事とか変態プレイはもう嫌だぞ、と言うと、相手は少々残念そうな顔をしたが、それでもいいやと呟いて俺の鼻先に自分の鼻が当たる程に顔を近付けた。
菫色の目が、夜の闇の中でうっすらと浮かび上がっている。
その目に魅入られたように硬直した俺に、ブラックは切なげな声で告げた。
「二人っきりの時……いや、デートの時だけでもいいから、僕に甘えてくれよ」
「え……」
「ツカサ君ったら折角恋人になれたって言うのに、いっつも普段通りなんだもん。ベッドの中でしかちゃんと甘えてくれなくて……せっかく恋人同士になったのに、こんなんじゃ切ないよ……だから、ね……?」
優しい声でそう言いながら、俺の口に自分の唇を重ねて来る。
冷たい空気に冷えた唇は、まだ温かい相手の熱に溶かされたようになって、俺はその柔らかな感触にわずかに震えた。
――――甘えてくれって……。
俺は、アンタに甘えたくないから頑張ってるのに、それじゃ嫌なのか?
女々しい奴だなんて思われたくないから、だから、さっきだって自分の嫌な所を反省してアンタに嫌われないようにしようって思ってた所だったのに。
「もっと僕にわがまま言って、僕を頼ってよ。さっきみたいにおんぶしたり、僕の袖を引いたり……デートの時くらいは、僕に大人らしい事させてよ……」
大人らしいって、アンタ戦闘以外で大人らしい所なんてほとんどないくせに。
さっきも俺の尻をひっつかんで無理矢理ヤッたくせに。
だけど……そのブラックの言葉は、妙に胸を熱くして。
甘えて良いんだと、自惚れても良いんだと言ってくれていることを心の中で反芻すると、何だか目の奥がじわじわと疼いて涙が出そうだった。
ああもう、本当に嫌になるよ。
こんな事くらいでこんな風になる自分も、ブラックの無自覚な優しさも。
「……ツカサ君?」
心配そうに俺を見つめて来るブラックに、俺は一度口を引き締めて震えそうな声を抑えながらゆっくりと答えた。
「…………絶対とは、言えない……けど……努力はする……」
そんな曖昧な言葉だったのに、ブラックは心底嬉しそうな笑顔を浮かべて、俺を抱き締める。俺はその暖かさに包まれながら、そっとブラックの背に手を回した。
……恋人なんだし、どうせまたおんぶして貰うんだから。
だから、抱き締め返すくらいは、恥ずかしくない恋人らしい行動だよな……?
そんな風に思わなければ、シラフで抱き締め返す事すら出来ない。そんな自分に情けなさを感じながらも、俺はブラックの胸に頭を預けたのだった。
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