異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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アタラクシア遺跡、妄執の牢獄編

13.第五層の動揺1

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 第五層の仮眠室……いや、休憩室。
 仮眠とか言うもんだから、てっきり狭い部屋に粗末なベッドが一つだけ置かれているだけかと思っていたんだが……。

「なにこれ。至れり尽くせりじゃん。至れり尽くせりじゃーん!」

 思わずはしゃいでしまったが許してほしいと思う。
 だって、休憩室だなんて言うつつましやかな名前の部屋なのに、俺達がいる場所はとんでもなく素晴らしい設備がそろっている場所だったのだから。

 まず、基本の部屋自体は狭いが、それでもそこには石で造られた仮眠用の台(ベッドの代わりと思われる)と、テーブルと椅子が置いてある。それだけなら「おっ、最低限ゆっくりできそうだ」って感想で終わりだが、なんとこの部屋にはトイレとシャワー室、それに煮炊きが出来る台所のような場所が造ってあったのだ。

 特にシャワー室!
 シャワーとはいっても、マーライオンみたいに獅子の口から水が絶え間なく流れてるだけの小さな個室なんだが、俺からしてみれば物凄くありがたい。だって、水を汲んで体を拭く必要がないんだもの。
 出来ればさっき使いたかったが、文句は言うまい。

 常秋の気候の国ではあるが、行水しても風邪を引く寒さではないし万々歳だ。
 風呂に入ってようやくすっきりした俺は、ブラックにも風呂に入るようにと強引にシャワー室へ向かわせ、上機嫌で椅子に座った。のだが。

「…………うーむ……体が綺麗になるとやっぱり気になるな……」

 何が気になるって、俺のズボンだ。
 今まで出来るだけ気にしないようにしてやってきたが、完全にリラックスするとやっぱり自分の服装のおかしさにため息が漏れる。
 だって今俺が穿いてるズボンは、膝から下がボロボロになってるんだから。

「スライムの野郎~……やりたい放題やりやがって……」

 こんなズボンを履いてたら、ダメージ加工が行き過ぎたセンスゼロ男とか思われそう。これ本当のダメージで加工されてるのに、ダサいと思われたら嫌だ。
 でもなあ、これ一張羅だし、脱ぐわけにもいかないし……。

「キューキュー?」
「ん? いやー、ズボンの下の方がボロボロで格好悪いなって思ってなー……」

 どうしたの、とテーブルの上からじっと俺を見上げてくる可愛いロク。
 そんなロクの頭を撫でながら、俺は正直に言ってみる。まあ百歩譲ってイケメンだとか歴戦のガチムチさんなら、ズボンがボロボロでも格好良かっただろう。
 しかし俺はですね、インドアモヤシ運動音痴の三重苦男なんですよ。
 なんとかして修繕したいものだが……生憎ここには余った布などない。

「針っぽいものはグロウで作れなくもないけど……糸はどうしよ……あ、そうだ。ここ本がたくさんあるんだから調べりゃいいじゃん」

 なんたってここは叡智の結晶アタラクシアだ。
 もしかしたら曜術で糸とか作る方法が乗ってるかもしれない。

「ブラックー! 俺ちょっと本探しに行って来るー!」
「えー? ま、まってよ僕も行くよ」

 シャワー室から慌てて出てこようとする声が聞こえるが、俺は扉を両手で押してブラックが出て来るのを阻止した。テメー絶対まだちゃんと洗ってないだろ色々。

「ちゃんと体と髪の毛洗え!! すぐ戻ってくるから」
「わ、分かったよ……」

 シュンとするんじゃないシュンと。子供かおのれは。
 お前本当に俺の親父と同じ位の歳なんだろうな。

「……ぐぉお……なんかそれ考えると一気に気持ち悪い……」

 もちろん、ブラックと恋人であると言う事実に対してではない。ブラックと親父がダブって見えるのに吐き気がするだけだ。もうこの際ブラックの年齢は今更だしどうでもいいんだけど、流石に親父とダブるのは勘弁願いたいわけで。
 両親の事を考えると胃が痛い訳で……。
 ううう……自分より年上の彼氏や彼女を持ってる人が、家族に恋人を紹介する時の気持ちが、少し分かったような気がする……。

「まあうちの親、ちゃらんぽらんだから同性に関しては許して貰えるかもだけど……自分とタメの恋人連れて行ったらどう思うかな……」

 俺は今異世界に居るので、ブラックを家族に会わせるのはどう考えても不可能だが、不幸なめぐり合わせで偶然ご両親とご対面なんて事もままあるし、可能性はゼロじゃないと考えると頭が痛い。

「ツカサくーん? 何か言ってる?」
「あ、い、いやなんでもない。すぐ戻ってくるからちゃんと洗えよ!」
「はーい」

 気の無い声だなあ。ちゃんと洗ってなかったら怒ろう。
 シャワー室の前から離れて、俺は隠し扉を動かすと再び本棚が並ぶ広い部屋へと戻った。隠し扉とか言うから開けにくい物だと思ってたけど、実際は扉がある部分にボタンみたいな出っ張りがあって、そこを押すだけで開くんだよな……。
 ゲームの中の古代遺跡でもよくある事だが、昔の遺跡の方が科学技術が上っての異世界でもわりとよくある事なのかな。

 まあ、この世界には大正時代レベルのエレベーターもあったし、技術的には負けてないとは思うけど……でも遺跡の時代とそんなに技術レベルが変わらないってのも解せない。ますます変だよなこの世界……。

「それはそれとして……えーっと……曜術とかの所を探せばいいのかな?」

 幸いこの遺跡の本棚にも種類分けをするプレートが貼られている。
 文字は今現在使われてる物だし、プレートも真新しいから、やっぱヴォールって人達がちゃんと管理してるんだな。
 性格は最悪だが、本当仕事に対しての情熱は見習いたいくらいだ。
 感心しながら探していると、お目当ての「曜術」のプレートが目に入った。

「おっ、有った有った。近くて助かったぜ」

 曜術関係の本が収められているエリアは、以外にも休憩室のすぐそばだった。さっきの第四層でもう俺が知らない古代文字が出て来たから、俺が見る事の出来る本は少ないだろうけど、探せばヒントくらいは見つかるだろう。
 高い本棚を上から調べて行こうかと、一段目の棚をじっと見つめる。

 すると、三段目の端に【家庭に応用! 便利な曜術集】なんていうふざけた本を見つけた。おいこのノリ久しぶりだな、と思って背表紙に描いてある著者の名前を確認すると、リガルトと書いてあった。……なんか見た事有るな。気のせいかな。

 いや考えてる暇はないか。
 とりあえず本を持って部屋に戻ろうとすると。

「――――――?」

 部屋の外の方で、なにかの音が聞こえたような気がした。

「…………爆発音?」

 いやでもまさか、こんな場所で爆発なんて起こるか?
 でも何が起こるか分からん世界だからなあ。スフィンクスが「我☆爆誕!」とか言って文字通りに爆発しながら復活したのかもしれないし。

 それならそれで帰りも面倒そうだ、と思っていると――――
 この図書室の扉が、ガタンと小さく動く音がした。

「え……」

 おい、ここにはルアン達は来れないはずじゃないのか。
 まさか何か急な用事が有って訪ねて来てくれたとか? いやでも、それなら俺達の名前を呼んだりするよな。こんな風に扉だけが動くなんて……なんか……。

「…………」

 変な違和感がぬぐいきれず、俺は息を潜めると扉が開く音をただ聞いていた。
 音は止まない。
 扉が、少しずつ開く。

 やはりスフィンクスやスライムなどと言った類ではない。
 だけど何が侵入してきたのか解らず、緊張により無意識に呼吸を止める俺の遥か向こうで、扉が完全に開かれた。
 すると。

「――――ですか」
「…………目的は……構う事はない…………必ず……」

 ……あれ。何かこの声、聴いた事有るぞ?
 顔を上げた俺の耳に、カツカツと歩を進める音が聞こえてくる。きっちり二つ分の足音が近付いて来て、俺は思わず身を竦めたが、その足音達は別の本棚の間を通って行ったのか俺の居る場所を通り過ぎて行った。

 静かな場所だから、靴の音が微かに反響している。
 それがどうにも鼓動を早くさせて、俺は何故か強い衝動に駆られ足音を追うようにゆっくりと彼らの背後に近付いた。

 誰だろう。分からない。だけど、声は知っている。
 この声は誰だった。この声は……。

 そればかりを考えて、音を殺しながら相手に近付く。
 革靴のように踵を鳴らす靴音のお蔭で、俺の足音はかき消されている。
 今なら背中だけでも相手の姿が見られる、と、俺は本棚の隙間からそっと二人の人間の後姿を覗いた。そこには。

「――――――っ!!」

 一番出会いたくなかった相手の後姿が、堂々と存在していた。









 
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