異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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北アルテス街道、怪奇色欲大混乱編

15.謎の神様オタケ様

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 俺が今まで旅してきた森は、言ってみれば五月の森だ。要するに、五月の新緑のような明るい緑色の葉っぱを茂らせた木々ばかりの森だった。
 しかし、俺が今使用人さんと歩いている森は違う。

 北東の土地柄のせいかブレア村に面する森は濃い深緑の森で、木々が生い茂っている。光があまり差さないせいか薄暗く、そのせいか木々には苔が生えていた。
 使用人さんが言うには、キノコもよく生えるらしい。
 まあ、苔は青々として綺麗だし、キノコがたくさん生えてるんだから、栄養豊富で生命力あふれる森なんだろうけど……俺としてはやっぱりちょっと怖かった。

 いやだって、映画で化け物が出る森って大抵そんなんじゃん。
 しかも今のパーティーお爺ちゃんと俺だけだよ。どう考えても逃げられないよ。
 神様の森だからモンスターは居ないんだろうけど、それでもやっぱり俺の優秀な危険察知レーダーは先程から警戒宣言を出しているわけで。

 ……物は言いようとか言ってくれるなよ。「ビビリだから怖いんです」とかいう事実は、例え心の中でだけでも認めたくないものなんだ。

「そういえば、ツカサさんは他宗教の神に参拝しても平気なのですか?」
「え?」
「ああいえ、ラッタディアの方から来られたと聞いていたので……あの国には慈愛の女神ナトラ様の他にも、古の神々を今も尊ぶ人々がおられるのでしょう? 以前ここにきた旅人に、混沌の神リンを信仰しているので、他の神には頭を下げられないとおっしゃった方が居たので……」

 なんだその神様の名前。初めて聞いたぞ。
 そう言えば俺が知ってるこの世界の神様って、良く考えたら古いギャル語神こと慈愛の女神ナトラ様だけだったな。ライクネスとアコールはナトラ教の教会ばっかだし、一神教ならそんな物かと思って気にしてなかったけど……こんなに国が存在するんだから、神様だって沢山居ておかしくないよな。
 キリスト教みたいに宗派とかがあっても不思議じゃない。

「あのー、宗教関係の教会ってそんなに多いもんなんですか?」
「ええ、私も聞いた限りの事しか知りませんが……少なくとも、教会は五つ存在しますよ。ナトラ教のように国教と認められている物もあるようです」
「へー……やっぱ五つとも違う神様なんですか」

 一つくらいは宗派が別れていたりするかなと思ったが、この世界ではそんな事はないようで、五つとも別の神様の宗教らしい。

「力の神ジェイン、文明の神アスカー、混沌の神リン、創世の神ジューザ……そして、ナトラ。この五柱の神々が、一般的に知られている神ですね。ライクネス王国とアコール卿国はナトラ教が国教なので、他の宗教は存在していませんが……他の国では、この五柱の教会が混在しているようですよ。ですが、オタケ様の事もありますし……私達が知らんだけで、他の国にも小さな神はおわすのかも知れません」
「はー……色んな神様がいるんスねえ……」

 アスカーって、ラッタディアのアスカー州の事か?
 断定はできないけど、やっぱ古代の遺跡が「空白の国」として残ってる場所じゃない所だからこそ、ああして色々神様関係の名前も残ってるのかな。
 うーん、とんでもない事件がなかったら色々調べて見たかったなぁ……。

「ああ、見えてきました! あの岩屋がオタケ様の聖域でございます」

 使用人さんの声に前方を向くと、目の前に注連縄しめなわがしてある洞窟が見えた。
 あれが聖域か。注連縄と言い洞窟と言い、オタケ様というのは名前だけじゃなく聖域までえらく日本っぽいな。

「さ、お参りいたしましょう」

 そう言いながら、使用人さんは大量のキノコを取り出した。
 え、お爺ちゃんどっから出したんですかそれ。どうやって隠してたの。

「ご安心ください、全部食べられますよ」

 いや、そう言う心配では無くて……と突っ込もうとしたが、使用人さんは俺の事など気にもせず山盛りのキノコを勢いよく洞窟の中へと大暴投しやがった。

「えええええ!! なっ、投げていいんですか!?」
「良いんですよ、御供おそなえ物ですから!」
「いやいやいや御供え物を聖域に投げ入れたらいかんでしょ!」
「さ、お祈りいたしましょう」
「無視ですか!!」

 俺の悲痛な叫びにも全く動じず、両手を組んで目を閉じる使用人さん。
 お歳がなせる技なのか、それとも驚異のスルースキルの持ち主なのか。どっちでも良いけど神様にやっていいことなのこれは。日本の神様じゃないからいいのか?

 この世界はどうやら神様も豪快らしいなとビビりつつも、俺も同じように両手を組んで目を閉じた。まあ、折角連れて来てくれたんだし、お祈りはしなきゃな。

 ……しかし「エッチしすぎで腰とケツとふくらはぎが痛くて熱が出たので癒してください」とか神様に頼んでいいんだろうか。使用人さんは誤解してくれてるが、そんなことちょくで言っちゃったら、マジで天罰とか食らいそうで怖い。
 やっぱ祈るフリだけしておくか……。

 使用人さんが祈り終わるまで待っているのが得策だと思い、俺はただ静かに岩屋を見ている事にした。

「オタケ様、オタケ様……どうかどうかお願い致します……」

 ブツブツと呪文のように神様に呼びかける老人の声を、真っ暗な洞窟はただ吸い込んでいく。注連縄のように垂れ下がった縄は、洞窟の中からうっすらと吹いて来る生温なまぬるい風にかすかに揺れていた。

 風……ってことは、あの洞窟ってどこかに繋がってるんだろうか。

 気になってじっと見つめていると、洞窟の奥から何か聞こえたような気がした。

「…………?」

 なんだかよく解らなかったが……なにか、獣か人か判別のつかない声のような。
 いやでも聞き間違いって事も有るよな。それに、洞窟って風の吹き具合で人の声のような音を出す事もあるし。なら、やはり風は聖域の洞窟から出てるのか。
 俺の考察を裏付けるかのように、洞窟は使用人さんの声を追いかけるようにゆらゆらと風を流してくる。その風は生温い上に、なんだかじっとりとしていた。

 変だな、洞窟の風って普通冷たいもんなのに。

 そう思っていると、またうめき声のような声が響いたような気がした。
 ……そう、苦しそうな声で、うおんと。

「…………え、っと……」

 き、気のせいだよな?
 生ぬるい風で、呻き声って……ま、まさかこの中に獣がいたりとか……。
 そんな事ないない、絶対ないよな!
 だ、だってここ神様の棲家だし。聖域だし!

「オタケ様オタケ様、どうか我々にお慈悲を……」

 使用人さんの声に、どんどん風が強さを増してくる。
 それと同時に洞窟の中からの呻き声も増し、今は野太い男の声のような声がガンガン聞こえるようになっていた。

「お、お、おおおおおお爺さんお爺さんお爺さん!! こ、こえ! 声が!!」

 どう考えてもこれ男の声ですよね、しかも複数聞こえてますけど、絶対これ中に人がいますよね。何、え、なにこれ、中には何十人もの濃い衆がいるの? オタケ様って沢山いるの、男なの、男達がこの生温い風を出してるの、これって吐息なんじゃないの!

 一気に恐ろしくなって思わず使用人さんに抱き着くが、相手は一向いっこうにお祈りを止めてくれない。

「お爺さん怖い、めっちゃ怖いんですけど! もういいです、大丈夫です熱下がりましたからああああ!!」

 寧ろ今めっちゃ冷えてます、凍えそうです泣きそうですやめて本当やめて!!
 必死に抱き着いて「もう帰りたいです」と相手を揺さぶるが、使用人さんは全く動いてくれない。それどころか、笑顔で俺の頭をポンポン叩いていた。
 あーっそれ俺の婆ちゃんもやってくれましたが、今はそんなおまじないやってる場合じゃないです逃げましょううううう。

「はっはっは、大丈夫ですよ。オタケ様は願いを聞いて下さる時はいつもこうなのです。オタケ様は生きておられますので、声が聞こえるのは当然なのですよ」
「えっ……い、生きてる神様なんですか……!?」
「ああっ、説明を忘れておりましたな、申し訳ない……! オタケ様はこの洞窟におられる生きた神で、いつもこの村を見守っていて下さるのですよ」

 待って、生きてる神様とかいたの!?
 神様って全員空の上に居たりするもんだと思ってたけど違うのか。
 ……いや待てよ、ファンタジーなら生きたドラゴンを神としてまつる村も有る。
 ってことは、この村もそうなんじゃないのか?

 このブレア村は、オタケ様という守り神のモンスターが居るお蔭で村は守られて、今までひっそりと暮らしてこれたのかも……そう考えると生きた神様ってのも納得が行くな。人と意思疎通いしそつうを図れるモンスターも沢山いるし、村の人の優しさを考えると、充分に有り得る事だな。

 じゃあさっきのキノコも、オタケ様の食べ物だったのかな。
 生きてるなら声も出すし息もするもんな。それに、食べ物だって食べる!
 なーんだ、怖い事なんて何もなかったんだ!

「そうだったんですか~! そう言う事なら早く言って下さいよあっはっは!」
「驚かせてしまったようで、すみません……。しかしオタケ様は気まぐれで、旅人が聖域に来た時は応えて下さらない事も多いので……気分を悪くなされたらと思い、言えなかったのです」
「はぁ……なるほど……」
「しかし今回は運が良かったですな……ほら、ツカサさん感じませんか? これがオタケ様のご加護ですよ。良かった……貴方は気に入られたようです」

 使用人のお爺さんは、嬉しそうに笑って洞窟の方を指さす。
 何が起こったのか解らず誘われるがままに再び洞窟の方を見ると、そこから流れてくる風に乗って、なにやら甘い匂いが漂ってきた。

「あ…………なんか、甘い匂いがします」
「神の息吹ですよ。これは、オタケ様が友好の証として我々に下さるものです」

 洞窟からの甘い匂いは、どんどん強くなってくる。
 しかし花から香りのような匂いのそよ風は、全く不快なものではなかった。
 生ぬるいのは気になるけど、でも良い匂いだし歓迎してくれていると聞けば悪い気はしない。相手の姿は解らなかったけど、呻き声のような声はもう聞こえてこないし、きっと俺を歓迎してくれてるんだろう。

「しかし……これほど強い好意は初めてですね。アイテツ君も良くなついていましたし、ツカサさんはきっと人以外の物にも好かれやすいのかも知れませんな」
「そ、そうなんですかね……」
「もし良ければ、これからも会いに来てあげて下さい。オタケ様はここから出られませんし、村人も月に一度しか来ないので……きっとお寂しいでしょうから」
「はぁ……」

 注連縄がしてあるくらいだし、本当は気ままに来ちゃいけないような場所なんだろうけど……村人であるお爺さんにそう言って貰えるんなら、大丈夫だろうか。
 あまり長い事滞在はしていられないけど、せっかく友好的に接して貰ったんなら出来るだけお参りしてみようかな。

「そう言えばツカサさん、なんだか動きが軽くなりましたね」
「あ、確かに……あれ、さっきの甘い匂いのせいですかね……すごいな……」

 気付けば、ふくらはぎの痛みも熱もすっかり治っていて。
 神様っていうのは、こういう存在なんだなと改めて思わざるを得なかった。












 
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