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北アルテス街道、怪奇色欲大混乱編
10.助けたイケメンにつれられて
しおりを挟む「よーし、森へお帰り。もう人間に懐くんじゃないぞー」
「ムゥ~」
どっかの映画の姫みたいな事をいいつつ、俺は可愛いキノコを森へ離してやる。ピクシーマシルムはうるうるした目で俺を見ていたが、ぺこりと頭を下げると森の中へとぴょんぴょん飛んで行った。
ううっ、別れの時はいつだって泣けてくるぜ。
「ねー、もう済んだー? アイテツ君待たせてるんだしもう行こうよー」
……泣けて来るぜっつってるのにこの中年はもう。
しかしまあ、待たせたのは俺のわがままだし強くも言えない。
あまり寄り道も出来ない旅なので、俺は素直に従い藍鉄に乗り込んだ。
もうタンデムも慣れたし、オッサンと密着するのも段々平気になって来たけど、ケツの痛さだけはまだ慣れそうにない。藍鉄に「よろしくな」と言いつつ首を撫でて、俺達は道が平坦な事を祈って出発した。
目指すは北アルテス街道の終点、目的地へ続く国境の砦【シムガイト】だ。
争馬種・ディオメデである藍鉄の足なら、一週間もかからないだろう。
「それにしてもツカサ君、昨日はよく眠れたのかい? 両側にモンスター二匹とか凄い悪夢見そうだったけど……」
「いや、ひんやりとぷにぷにが同時に楽しめて凄く良い夢を見たぞ」
「僕は素っ裸のツカサ君を抱き締める方が良い夢見られるんだけどなあ」
「それ逆に俺が悪夢見る奴じゃねーかふざけんな」
どう考えても「朝起きたらケツに刺さってました」とか、そういう洒落にならん事態になりそうで嫌。
ただでさえ乗馬に慣れてなくてケツが痛いってのに、これ以上ズタズタにされてたまるか。っていうかこのオッサンなんでこう性欲が衰えないの。
こいつには絶対精力剤とか必要ないな。与えたら恐ろしい事になりそうだ。
ぞっとしない事を考えつつ、俺は前を見やる。
さすがはモンスター、俺は日本ではポニーしか乗った事がなかったが、それでもこの速度は驚異的だと解る。軽く走るだけで車みたいな加速をするなんて、争馬種は基本スペックがダービー優勝馬レベルなんだろうか。
お蔭で尻が痛い訳だが、まあそれは俺の鍛錬不足だから仕方ない。
うーむ、しかし……査術の事もそうだけど、いい加減乗馬も一人で出来るようになんないとなあ……。
毎度毎度タンデムして尻を痛めてるのって、完全に足手纏いの証拠だし……。
「……なあブラック」
「ん? なんだい」
「これから俺に乗馬教えてくんない?」
そう言うと、背後からあからさまに嫌そうな呻き声が聞こえた。
「えぇえそんな事したら一緒に乗れなくなるじゃないか! ヤダ、絶対ヤダ!」
「お前は俺の成長よりスケベ心の方を優先するんかい!!」
本当に俺の事考えてないなお前は。
睨み付けようと無理矢理後ろを向くと、ブラックは真剣な顔で叫んだ。
「するよ!! だって教えたらツカサ君と密着する時間が減っちゃうじゃないか! ただでさえ街や旅の途中じゃあんまりいちゃつけないのに、これ以上抱き着ける機会を失っちゃったら僕もう欲求不満で死んじゃうよ!」
…………あ、そっち?
いや、てっきり俺はお前が俺の体に興奮したいだけかと……。
「……え、えと……いちゃつこうと、思ってたわけ?」
「え……他に何かあった?」
な、ないです。無いです無いです。
何だよ変な事考えてた俺の方が恥ずかしいじゃんか!!
顔がじわじわと熱くなって来て慌てて姿勢を元に戻すが、こんなに近けりゃ俺の挙動なんてもうバレてるも当然で。
「ツカサ君、耳真っ赤になってる」
「~~~~っ、なってない!! 」
「ふふっ、分かった分かった」
そう言いながら、ブラックは俺の頬にじょりじょりした頬を後ろから摺り寄せてくる。運転中に何危ない事してんだ、とは思ったけど、何も言えなかった。
ぐうううそれもこれもお前が昨日から変な挙動だからっ。
昨日は夜通し帰って来なくて、どうせ工房に行ってんだろうなって思ってたけど、でも黙って抜け出されるとやっぱり気になるし、良い気分はしない。
それに朝も工房の爺ちゃんが見送りに来て、なんかヒソヒソ話してたし……。
気にしてないっては言ったけどさ、やっぱそう言うのは気になるよ。
ブラックの「ナイショ」は今に始まった事じゃないけど、こんなに露骨だとモヤモヤするし調子狂うし。
くそーブラックにこんな風な気持ちになるなんて、なんか悔しいぞ。
せめてもうからかわれまいと、ブラックに顔を見られないようにずっと遠くまで続く道を眺める。真正面に見える広い道は、向こうから来る馬車も無く、ただ草原の平坦な道がずっと続いていた。
時折道端に立つ木が視界を流れて行って、僅かに意識を取られる。もう一度正面を向こうとすると、ブラックが何かに気付いたように声を上げた。
「あれ……ねえツカサ君、あれってモンスターじゃないか?」
「えっ……?」
言われて前方を見ると、狼らしきモンスター達が木の上に向かってギャンギャン吠えているのが見えた。あれは……冒険者達の荷物を盗むのが特徴のロバーウルフじゃないか。しかし何に吠えているんだろう。
そう思って木の上を見て、俺とブラックは同時に「あっ」と声を出した。
「うえぇっ、人だ!」
「あーあ……一人っきりで旅しようとするからこんな事に……」
「言ってる場合かよ! 藍鉄、助けてやれるか?!」
身を乗り出して藍鉄の横顔を見ると、藍鉄はまかせろと言わんばかりに雄々しく嘶いた。そうして、ぐんと加速して一気に狼たちの群れに突っ込む。
あまりに急に加速したもんで、俺とブラックは体が付いて行かない。俺は藍鉄にしがみ付き、ブラックは俺を抱えて辛うじて体勢を保っていた。
しかし、藍鉄は突っ込むだけでは終わらない。
思いきり鳴き声を上げて、いきなりその巨体を持ち上げ、ロバーウルフ達をその蹄に付いている爪でロバーウルフ達を引き裂こうとした。
ヒッ、ヒィイイ可愛くて優しくても戦闘モードはやっぱりモンスター!!
「あっ、藍鉄お手柔らかにぃいい!」
しかし俺の声もむなしく、藍鉄は思いっきり爪を狼の一匹に振り下ろした。
「ギャウンッ!?」
俺達が乗っている重さ分、少しだけスピードが落ちていたのか、ロバーウルフは藍鉄の蹄に寸での所で気付いて避ける。
他の狼達も藍鉄の攻撃に気付いたのか、それぞれが尻尾を巻いて逃げ出した。
「ブルルルルッ」
「ど、どーどーっ、偉いぞ、よくやったぞー、藍鉄!」
興奮して首を振る藍鉄を宥める為に必死に首を撫でて、俺は相手が落ち着くように頼む。藍鉄は暫くロバーウルフ達が逃げた方向を向いて鼻息を荒くしていたが、数度足踏みをするとようやく動きを止めた。
「ふぅー……ちょ、ちょっと降りようぜ」
「やれやれ……とんだ暴れ馬だね……」
あまりにも突然の加速だったので、まだ思考が付いて行かない。ブラックも俺と同じだったようで、ちょっとくたびれた様子で藍鉄から降りた。
まだ心臓がドキドキしているが、深呼吸をしてなんとか正常に戻す。そうして、木の上で震えていた人に俺は呼びかけた。
「あのー、大丈夫ですか?」
木の上に登って幹にしがみ付いているのは、背中に大荷物を抱えている男。
いかにも「行商人です」と言う感じの質素ながらも旅慣れていそうな服をしていて、稲穂色の髪をしている。
遠くて良く解らないが、どうやら俺より少し年上の男らしい。
そんな彼はガタガタと震えていたが、ようやく状況が呑み込めたのか、遠目でも判る程に大きく息を吐いて、ぎこちない動きで降りてきた。
「た、助かりました……ありがとうございますうう……」
声が完全に怯えている。よっぽど怖かったんだなあ……。
俺は深く同情しながらも、へたり込んだ相手の顔を見る。
が、その顔を見て俺は同情心をすっかり失くしてしまった。
何でかって、イケメンだったから。
稲穂色の髪に灰色の目をしたイケメンだったから。
……助けなきゃ良かったとは言わんが、どうしてこの世界には俺が歯軋りしそうなイケメンが多いのか。
相手には理不尽すぎるだろうルサンチマンで燃えている俺に構わず、ブラックは座り込んでいる青年に目線を合わせるように腰をかがめた。
「北アルテス街道は危険だって散々言われてたのに、一人で歩くからだよ」
「仰る通りです……しかし今回はもう誰にも頼めませんでしたので、私一人で行くしかなくて…………この道を通るのは慣れていたつもりだったのですが……いや、お恥ずかしい限りです……」
そう言いながら申し訳なさそうに肩を落とす商人に、流石の俺も毒気を抜かれてしまった。そうだよな、止むを得ない事情ってのもあるだろうしなあ……。
イケメンだからって嫌ってちゃ駄目だ。反省しよう。反射的にイケメンを拒否しそうになる自分を今から制そう。モテない男の僻みほどみっともない物はない。
さっきまでと言ってる事がガラッと変わってしまったが、所詮感情なんてTPOで流されるもんだ。気にしない気にしない。
そう思って商人の足を見ると、ズボンに血が滲んでいるのが見えた。
あれ、もしかして怪我してるのか?
「あの、お兄さんその足……」
「あ、ああこれは、さっきのロバーウルフに噛みつかれ……っつ……」
「ちょっと待って、俺回復薬持ってるんで使って下さい」
ウェストバッグから、常備していた小瓶の回復薬を取り出して渡す。
相手は「そんな高価な物を」と慌てていたが、俺が飲めと言うと申し訳なさそうにしながらも薬を飲んだ。
よしよし、今回もちゃんと光ってるし治ってる。俺の腕は鈍ってないな。
「これは凄い……今まで使った回復薬の中でも一番ですよ……!」
「そ、そうかな? ヘヘヘ……あ、でも治ったからって無理はダメっすよ。すぐに激しい運動とかしないようにして下さい。出血が酷いならどこかで休んだ方が良いんですけど……」
そう言うと、商人は少し迷ったような素振りを見せたが……何かの覚悟を決めたのか、やけに真剣な顔で俺達に向き直った。
「あの……私、実はある馴染みの村に向かおうとしていた所なんですが……良かったら、そこまで運んで頂けませんか? お礼もしたいですし……」
おずおずと言い出す商人をじっと見て、ブラックは俺の方を向く。
「……ツカサ君、どうする?」
「うーん……まあ、この人を置いて行くってのも薄情だし……休める場所が有るんなら、しっかり休んだ方が良い。って事で、連れて行って貰おうぜ」
ブラックはいかにも「また二人旅にお邪魔虫が付いて来るのか」と言わんばかりに顔を歪めたが、俺はそれを無視して商人を藍鉄に乗せた。
俺達が助けちゃったんだから、最後までちゃんと責任持たないとな。
何より、ここで承認を放置してまた狼に襲われたりしたら夢見が悪い。
俺達の心境を知ってか知らずか、商人は俺の言葉を聞いてひたすら「ありがたいです」と手を合わせてえぐえぐ泣いていた。
……しかし、変だな。
北アルテス街道の途中にある村って……廃墟になってたんじゃ?
→
※ツカサは宿ではいつもロクの入った籠を枕の側に置いて寝てます(´・ω・)
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