異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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北アルテス街道、怪奇色欲大混乱編

11.歓待の村に来てみれば

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 道中、俺達は商人のお兄さんから色々と話を聞いた。
 まず彼はトルクと言い、この辺りで十年ほど行商と仲買人をしているらしい。
 取り扱う物は日用雑貨とか娯楽玩具とかだそうで、いつもは南北のアルテス街道の村々を渡り生計を立てている。時たま大きな店に物を卸したりもするそうだけど、大抵はどちらかの街道を行ったり来たりしてるんだとか。

 だから街道が危険だと言う事は解っていたんだが、今回はどうしても傭兵ようへいが見つからず、そのため一人で行動せざるを得なかったのだと言う。

「マイラを拠点にしてるもんですから、知り合いの傭兵や冒険者は沢山居たんですけど……みんな、街から離れてしまったみたいで……。その上、今回は運悪く他の冒険者さんに頼む事も出来ず、一人で出立せざるを得なかったんです」
「だから慣れた道であんな事になってたんですね」
「ええ……ここ数年ほどで北アルテス街道はモンスターも多くなりましたし、所々モンスター除けが機能してない所もあるらしくて、そこからロバーウルフみたいなのが追いかけてきたりするんです……そうなると、一般人の私達にはもうどうする事も出来ず…………ですから、あの時は本当に助かりました」

 感謝しますと馬上で頭を下げるトルクに、俺は構わないと手を振った。
 そう言う事情が有ったのなら、あまり責められないよなあ。商人も信用商売だし、傭兵が雇えないからって仕事を断る訳にも行かないだろうし。

 リスクを考えないからだろーと怒られるのももっともだが、今の話をしている時のトルクの顔は本当に困っている顔だったので、責めるのもちょっと可哀想だ。
 まあ俺達は本来蚊帳かやの外の人間だし、トルクも本気で反省してるっぽいから何も言わずになぐさめるだけにしよう。門外漢の事は深入りしないに限る。

 そんな決意を固めている俺の横から、ブラックが馬上のトルクに声をかける。

「ところで……これから向かう村って言うのはどこなんだい。街道周辺の村は全て廃墟になったって聞いたけど……」

 あ、そうだそうだ。俺もそれ気になってたんだよ。
 この辺の村は全部廃墟になったって聞いていたのに、近くに人が住んでいる村が有るなんてどう考えても変な話だ。もしや盗賊の村とかじゃないよな……。
 しかしトルクは恐れも無く、ブラックの問いによどみなく答える。

「ああ、ブレア村って言うんですけどね。その村は山のふもとにあって、街道から少し離れてるんです。しかも、この辺は目ぼしい物なんてないでしょう? だからあまり知ってる人は居ないみたいで。私も先輩からブレア村との取引を受け継いだから、村の存在を知る事が出来たんですよ」
「はぁ、じゃあホントに秘境の村みたいな感じなんだ」
「そうです。元々ここらはただの草原で、村なんてブレア村しかありませんでしたからね。……ああ、もしかしてお二人とも、廃墟の村を想像してましたか? 私もよく分かりませんが、あの村は関係なかったみたいですよ。街道沿いの村だけ消えたってのもまた変な話ですが……モンスター除けの術が暴走でもしたんですかね」

 街道に面していない村は無事だったのか。
 しかしそう考えるとやっぱりおかしな事になるな。モンスターや盗賊の仕業じゃないとしても、彼らがそれほど離れていないだろうブレア村を見逃すだろうか。
 じゃあ、六つの村の村人だけが消えてしまったのはどうしてなんだろう。

 モンスターでも盗賊でもないとすると……いや、いやいやまさか。
 そんな杉沢村伝説みたいな事なんてありませんよ。都市伝説ですよあれは。

「あ、ここから道を逸れます。ほら、草を踏んだ跡があるでしょう?」

 自分の逞しい想像力に必死に抗っていると、トルクが左の方を指さした。確かに良く見ると、草原の草が寝ている場所が有る。それはずっと先の山の方まで続いているようだった。ここから村にいけるのか。

「これは……確かに、誰も知らなくてもしょうがないね……。普通に見たら、ただの獣道に見えるし……」
「それに、道の向こうに村……廃墟になってる村が見えるでしょう? みんな村に気を取られるから、こんな道には気付かないんですよ」

 まあ確かに、遠くからは街の姿しか見えないし、好き好んでこんな獣道を通ろうとする奴はいないもんな。
 いるとすれば自分で道を切り開こうとするガチの冒険者ぐらいか。
 夕方近くになって少し冷え始めた空気を吸い込みながら、俺達は草の匂いのする狭い道を一列になってざくざくと歩いた。

 一度道を外れてしまったら、日が暮れるとヤバい事になる。
 モンスターに襲われる確率が上がるのは勿論だが、なにより道標がないのでどうしたって迷う。俺達には水先案内人がいるけど、それでも何の指針もない道程みちのりはかなり不安だった。

 うう、やだなあ……このまま暗くなってゾンビとか出たらどうしよう。
 廃墟と言えばゾンビ、ゾンビと言えば廃墟だし……。廃墟尽くしの街道だったら普通に道端でもゾンビでるよな? 映画では出たぞ。
 見たくなかったけどたくさん出て来たんだぞ。

 もしゾンビパウダー撒かれて村人がゾンビになってましたーとかだったらどうしよう……なんかモンスターとか盗賊よりそっちの方が正解な気がして来た。
 だ、だ、だったらあの噂話も全部嘘って訳じゃないんじゃないか。もしかして、行方不明になった冒険者って夜にゾンビに食われたりしてたんじゃ……

「あっ」
「ぴゃっ!?」
「あ、すみません驚かせましたか。あの山のふもと……ほら、見えてきましたよ。あそこがブレア村です! みなさんとてもいい人達ですから、きっとブラックさん達の事も歓迎してくれますよ」

 おおおお驚かせるんじゃない!!
 ちくしょうブラックニヤニヤすんな、これはただビックリしただけだし!
 トルクが急に声を出したから心臓が止まりかけただけでこここ怖がってないし!

「ブレア村の皆さんはとってもいい人で、私も毎回お世話になってるんですよー。良かったら、お二人の冒険譚とか聞かせてあげて下さい。あ、ほら、明かりが見えてきましたよ」
「え、ど、どこどこ」

 ブラックにからかわれる前に話題を変えようと、俺はトルクが指をさした方向を見る。そこには確かにぼんやりと小さな明かりと屋根が見えた。

 夕方になってだんだんと暗くなってきているので、村は輪郭しか解らない。
 だけど、遠目に見た限りではそれほど小さい村ではないように思えた。
 こんな辺鄙へんぴな場所にわりと人が住んでるんだな。

 ブラックも同じことを思ったのか、意外そうな声を出して眉を上げる。

「街道から離れているのにやけに大きいね……」
「この村の特産品は高値で売れますからねー。昔は滅茶苦茶小さな村だったらしいですけど、行商人と取引を始めてからは結構儲かったらしいですから。だからか、珍しく風呂だってあるんですよ」
「えっ……風呂あるんですか!?」
「ツカサ君そう言う話題だと元気出るね」

 何と言われようがいい、怖さも一気に吹っ飛んだ。
 だって風呂が有るんだぜ、風呂!

 何度も言うが、この世界では風呂に入ると言う習慣が一般的ではない。
 パルティア島の豪華な宿には普通に風呂が付いてたけど、そう言う文化を持ってる場所は稀だ。それに、水道設備が存在する都市も少なく、そもそも風呂に入ると言う習慣がない国ばかりのこの世界では、水浴びかタオルで体を拭くぐらいしか体を洗う手段がない。

 宿ではお湯を使って頭を洗えるけど、それだって湯船には入れないんだ。
 湯船なんてないんだから、入りようがないだろう。
 俺だって家では毎度毎度風呂に入ってたわけじゃないけど、それでも素っ裸で体を存分に洗える場所がほとんどない今の世界では、風呂場が在るだけでテンションが上がる。久しぶりに周囲を気にせず体を洗えるのは凄く嬉しい。

 この事で一気にテンションが上がった俺は、それなら早くブレア村に行こうと早足で藍鉄の手綱を引っ張った。ブラックはそんな俺を見て苦笑していたが、今は何と思われようがいいもんね。それより風呂だ風呂!

 気合を入れてずんずん歩いていると、すぐに村は近付いて来る。
 最初はどんな村か解らなかったが、近付いてみると思っていたよりもずっと裕福な村であることが分かり、俺とブラックは面食らってしまった。

 村って言ったら、普通は木製の家とか質素な煉瓦の家を想像するだろう。
 だけど、ブレア村はそうではなく、色とりどりの屋根に頑丈そうな煙突を付け、壁も真っ白に塗っていかにも「潤ってます」と言わんばかりの様相だった。

 一階建てが基本でそれほど大きくはない家が多いが、それでも今まで見てきた村と比べたら豪華さはワンランク上と言えよう。山のふもとにある知名度ゼロの村がこんなに栄えているなんて、正直想像もしていなかった。
 こんだけ発展した村なら、そりゃ風呂もあるよな……。

「あの……もしやこれ、全部行商でのお金で……?」
「多分、そうかと……とりあえず村長さんの所に行きましょう。入り口から真正面に大きな家が見えるでしょう? あれが村長さんの家ですよ」

 おお、二階建てで広い豪邸。やっぱり儲けてる村は村長の家も違う!

 藍鉄にはもう少し頑張って貰い、俺達は村のメインストリートを歩き始めた。
 ……のだが。

「トルクさんお久しぶり! 元気だったかい」
「この人達は新しい傭兵さんかい? ようこそブレア村へ、歓迎するぜー!」
「ご飯食べたかい? よかったら食べて行きなよ!」
「お兄ちゃん達冒険者なの? ねえねえ、お話しして! おはなしー!」

 歩く傍からどんどんどんどん人が増えて行って、俺達を取り囲んでくる。
 物凄い歓迎してくれるのはありがたいんだけど、あの、藍鉄が足踏んじゃったら申し訳ないので今は勘弁して下さい。とにかく村長の所へ向かわせて下さいぃい。

「ね、凄い歓迎でしょう! この村の人達は本当に良い人ばかりなんですよ」

 た、確かに、冒険者に慣れてる村とは比べ物にならない熱狂具合だけど、ちょっと凄すぎると言うか、ここまで歓迎されるとなんか恥ずかしいっていうか。
 思わずカッカと熱くなってしまう頬を押さえながらも、俺とブラックは苦労してやっと村長の家までたどり着いた。

「そ、村長さーん! トルクですー!」

 わいわいと質問攻めにしてくる村人に取り囲まれつつ、トルクさんが声を出す。
 すると、すぐに豪華な両扉が開いて恰幅かっぷくの良い壮年の男性が走り寄って来た。

「やあトルクさん、お待ちしておりましたよ! ささ、皆さんどうぞ中へ……ほらほらお前達、トルクさんには後でちゃんとお話が聴けるでしょう、ご迷惑をかけてはいけませんよ! 歓迎会まで待ちなさい!」

 たぷんたぷんと大きな腹を揺らしながら「めっ」と軽く怒る村長に、村人は老若男女揃ってしょぼーんとした顔をして、頭を下げながら自分の家に戻って行った。
 なんかそれはそれで異様な光景なんだけど、素直に表情を動かす様が本当に純朴そうな人達に見えてちょっと可愛い。人間、相手の素直な表情には弱いものだ。

 村長にトルクさんの補助を頼んで、使用人のメイドさんに藍鉄の世話を頼むと、俺達は村長の家に入った。

「はー……やっぱ凄いな」
「村の長の家にしては洗練されてるね」

 ブラックの言う通り、村長の家は小さな洋館だが実に小奇麗で美しい。
 ラスターの屋敷や白亜の宮殿に比べたら小さいけど、玄関ホールはそこそこ広いし、壁には素朴で綺麗な絵画が飾られている。
 床も温かみのある色をした絨毯が敷き詰められていて、村長の趣味の良さと裕福さが嫌と言うほど見て取れた。いや、こりゃ本当に凄いわ。

 二人でキョロキョロ見ながら歩いて行くと、村長さんに応接室へと案内された。

「御三方とも、遠路はるばるこのブレア村へようこそお越しくださいました……と言っても、トルクさんにはいつもお世話になっていますよね。ハハハ」

 高級飲料である緑茶を出されて、おっかなびっくりで俺達はお茶を飲む。
 辺鄙な場所にある村なのに、本当凄い金持ちだな……。村長さんも金持ちの余裕アリアリって感じだし、本当何を取引してるんだろう?

 疑問に思いつつ茶を啜る俺の横で、トルクさんが笑いながら村長に言葉を返す。

「いえいえ、私達も大いにお世話になってますから……あ、言い忘れてましたが、こちらは傭兵として来られた方では無いんですよ。冒険者さんなんです」
「ほう? それはまた一体……いつもの傭兵の方はどうなさったんですか」
「それが……」

 きょとんとする村長に、トルクは今までの経緯を話し始めた。
 傭兵の都合がつかなかった事や、取引の期限が迫っていたがゆえに一人で強引に出発した事。そのせいでロバーウルフに襲われて、俺達に助けて貰いお礼がしたいというようなことを。
 村長はトルクの話を頷きながら聞いていたが、話が終わると俺達を見て実にありがたそうに頭を下げた。

「それはそれは……お二方、私からもお礼を言わせて下さい。トルクさんを助けて頂き本当にありがとうございました……! この村は見ての通り辺鄙な村で、特産品も数を出せないが故に、昔馴染みの行商人さんとの交渉しか持てず……コツコツと取引を続けてここまで大きくなったのです。ですから、我々にとってはその流れを汲むトルクさんは恩人も同然。ツカサさん、ブラックさん……彼を助けて頂いて本当にありがとうございました」

 そう言いながら、股の間に頭を入れてしまうぐらいに深々と礼をする村長に、俺は慌てて手を振った。そ、そこまで感謝して貰う事じゃないですって。
 つーか大体助けたの藍鉄だしね!

「いやいや、俺達は偶然通りがかっただけですから! あの、頭を上げて下さい」
「いえ、こういう事はきちんとしておかねば……おおそうだ、お礼と言っては何ですが、この村に滞在して下され! 幸いこの村は食べ物も豊富ですし、湯も沸いております! 後で恒例の歓迎会を開きますので、是非ともご馳走させて下さい!」

 お、お風呂。ご馳走。
 思わず動きを止めてしまった俺に、村長は畳み掛けるように言葉を続ける。

「ツカサさん達さえ良ければ、好きなだけ居て下さって構いません。トルクさんの恩人は我々の恩人です。精一杯おもてなしさせて頂きますよ」

 にっこりと笑う恵比須顔。
 思わず力強く頷いてしまいそうになったが、いや、これは俺一人の意思では決められない。風呂には入りたい。物凄く入りたいが、そう言うのは満場一致を以って決めるべきだろう。
 と言う訳で、俺は隣でつまらなそうに座っていたブラックを見る。

 ブラックはそんな俺の顔を呆れたように見ていたが、やがて仕方ないと言うように盛大に溜息を吐いて肩を竦めた。

「ま、アイテツ君が距離を稼いでくれたし……一日二日滞在したって、どうと言う事は無いだろう。お言葉に甘えよう」

 やったー! 満場一致でごちそうになるの決定だー!!
 俺はガッツポーズをしてしまいそうになる衝動を抑えつつも、風呂に入れる嬉しさに笑顔になる事を抑えられなかった。











 
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