異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編

23.信じる物が見える目

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「しかし、まいったね……僕達が探していた奴が、あのマグナ君だったなんて」

 猥雑な表通りを歩きながら、ブラックが呆れたような声で言う。
 俺も全くだとばかりに頷きながら土塊つちくれの天井を見上げた。

「本当だよな……あそこで再会したのもびっくりだけど、あいつがプレイン共和国で【神童】なんて呼ばれてた奴だってのもびっくりだよ……」

 ほんと、信じられないくらいの展開だ。
 みんなに話した時だって、とんでもない騒ぎになったくらいだし。
 だって本当、アイツ凄い経歴してたんだもんな。

 マグナは最年少で【限定解除級】となった天才的な金の曜術師であり、プレイン共和国でも国宝扱いで国に保護されていたらしい。金の曜術師としての能力がケタ違いに凄くて、その評判はジャハナムにも届く程だったとか。でも、それゆえか、今猛烈な勢いでその件の国がマグナを探していて、裏社会では触るな危険の要注意人物扱いをされてたりする。

 俺がマグナの話をした時のトルベールの顔ったら、そりゃもうムンクの叫びみたいだった。プレイン共和国は「技術大国」というだけあって、裏の人とも繋がりがあったりするらしい。それだけに、こんな事に【神童】が関わっていたと知れたら……なーんてトルベールは発狂寸前で叫んでいた。たった一人で。

 うん、だって、マグナの素性知ってたのトルベールだけだったしね。
 俺とクロウはそんな事を知りようはずもないし、ブラックは数年の間世捨て人をしていたせいか、神童の話自体を知らなかったようで「へー」と言いながら小指で鼻をほじっていた。
 本当こいつ、興味ない事には横柄おうへいな態度じゃのー。

「でもさあ、びっくりしたよ。曜術師は性格悪いのが普通だったなんて」
「ざっくりした悪口で僕を傷つけないでくれないかい、ツカサ君」
「俺をからかって困らせてる自覚が有るなら、もっと傷つけ」

 俺が必死に赤面を押さえつつお前と話せるように努力してたのを、横からちょいちょい邪魔しやがって。お蔭で今日やっと本調子だ。恨みは果たすぞコラ。
 睨み付ける俺に情けない顔であははと笑いながら、ブラックは頬を掻く。

「んー……まあ、マグナの言葉はざっくりしてるにしろ……僕達曜術師は、極端に感情の振れ幅が大きいって言うのは確かだけどねぇ……」
「だから所構わず抱き着いたり、大人のくせにだばだば泣いてるわけか」
「あー、えーと、それは…………曜術師の性質とは違うカモ……」

 おい、語尾が小さいぞ。どういうこっちゃ。
 見上げる俺に困ったような顔をしながら、ブラックはズレたモノクルを直す。

「えーと……まあ、僕の事は置いておくとして……」
「はいぃ?」
「とにかく、ツカサ君には理解しがたいかも知れないけど……正直、マグナの行動は曜術師ならよくある事ではあるんだ。今回は、僕も彼をどうのこうの言う資格はないかもなあ……」
「アンタら、そんなに欲望に流されやすいの」
「というか……なんだろうねえ。僕もはっきりした事は言えないけど……そういう部分が突出してる事で、僕達は曜術を使えるんじゃないか的な……」

 なんじゃそら、よくわからん。
 「はぁ?」と言わんばかりに顔を歪めた俺にタジタジになりながら、ブラックは肩をすくめる。

 僕にも分かりませんと言わんばかりの困った表情だ。
 最近調子に乗っていたからいい気味ではあるが、博識なこいつが確かな事は言えないって言うのなら、その考えも仮説にすぎないんだろうな。

 まあでも、ゲームでも「メンタルポイント」なんて物を使って発動するんだから、精神状態や感情に左右されるのは有り得るよな。
 逆説的になるけど、この世界の魔術師は、曜術を使う為に苛烈な性格になってるのかも知れない。ブラックを見てるとそう思えて来るわ。

「それよりツカサ君、あの男に会うのはいいが……その間、君はどうするんだい」
「どうするって言うか……恐らく、どこかに隔離されると思う。アンタとの話は俺には聞かせたくなさそうだしな。まあ、まだ監禁まではしないと思うけど……」
「あーもー胸糞悪い……こんな面倒な事やらないでいいなら、今すぐ締め上げてちからづくで言う通りにさせるのに……」

 俺も出来ればそうして貰いたい。もう本当、限界近いし。
 けれど、相手が目的の人間だと言う証拠を掴まない限りはヘタな事を出来ない。俺は昨日、シムラーがあの賭博場の経営者だって情報を掴んだけど、それだけじゃシムラーが仕事をかっぱらってる証拠にはならない。

 シムラーとあの賭博場をぶっつぶすにしろ、肝心の事が解ってないと何も行動に移せなかった。だから、今回は相手の出方を見るのだ。
 もしあの男の目的が俺の予想通りだったなら、あいつは絶対にブラックにを提案してくるはずだ。恐らく、ブラック……いや、興行団の団長を充分魅了させるような条件を提示して。

 シムラーはその提案を「君と一緒に居るため」なんて俺にうそぶくだろうが、そうでないのはお見通しだ。シムラーがそれを言った瞬間、俺の予想は確信へ変わる。
 後は、シムラーがボロを出せばいいんだけど……。

 それもまた簡単な事ではないんだろうなあと思いながら、俺はシムラーとの待ち合わせ場所を視認して目を細めた。ああ、やっぱり時間前に来てる。
 本当に、面白い程にちゃんとした紳士だ。

「なあ、ブラッ……ラーク」
「なんだい、ルギ君」

 偽名で呼び合って、俺達はシムラーに視線を向けたまま歩を進める。

「俺は、大丈夫だから。……だから、気合入れろよ」
「…………ツカサ君……」
「ル、ギ。……信頼してるつもりなら、俺の事なんて考えるな」

 そう言ってブラックの顔を見上げると、相手は驚いたような顔をしていたが――やがて、心底嬉しそうに人懐っこい笑みで笑った。








 その後、シムラーと落ち合った俺達は、少しばかり挨拶を交わした後にまたあの賭博場へ降りた。俺から先に話を聞いていた……というていでいたので、ブラックは驚く顔は見せなかったが、相手に取っては予測済みだろう。

 この胸糞悪い地下に降りてもブラックはにこやかに振る舞っていたが、顔に陰が掛かっているのを俺は見逃さなかった。まあ、性格が悪いだけで、ブラックも事の良し悪しは解る人間だしな。我慢してて偉いぞ中年。
 シムラーはブラックの嫌悪に全く気付いてないみたいだけど。

 ……普段からずっと顔を見てる奴じゃないと、分からない事だってある。
 人が相棒を作るのって、そんな細かい変化も見取って欲しいからなんだろうか。

 ぼんやり考えつつ二人の話が終わるのを待っていると、予想通りシムラーは俺を別の場所へと隔離した。……まあ隔離って言っても、あの初日のベッドのある部屋に案内されて鍵を掛けられただけっすけどね。
 そんで、今頃二人は色々とゲスい話をしてるんだろうなあと思いつつ、俺は今、部屋の中をうろうろしている訳でして。

「うーん、手持無沙汰だ」

 部屋の中を物色しながら、俺は狭い部屋の中を歩き回る。
 最初に連れて来られた時は余裕がなくて気付かなかったけど、ここってどうやら従業員用の仮眠室みたいだ。調度品はそこそこ高級そうに見えるが、よーく見れば大切に扱われてないみたいで傷とかが付いている。

「中古かな」

 まあ、お店のバックヤードが汚いのはどんな店でもありがちですがね。
 しかし、もしここが仮眠室だとすれば、何か手がかりが見つかるかも知れない。と言う訳で、俺は先程から机の引き出しを開いたり色々してるのですが。

「中々見つからないよなあ」

 シムラーもそこまで迂闊うかつじゃないか。
 引出しを戻して、俺は他に探す所がないかと部屋を見回す。
 タンスに机、洗面台にベッドにくずかご……ぬう、探せるところは少ないぞ。

「……そういや、くずかごは探してなかったな」

 個人的にはイカ臭いティッシュとかの思い出があるので、無暗に触りたくないのだが……まあ、自室じゃあるまいし、誰もそんな勇気はないだろう。うん。
 意を決して、俺は紙ゴミが投げ捨てられているくずかごに手を突っ込んだ。

 食べ物の包み紙に、手を拭いた後の紙……かな? さすが都会、田舎じゃちり紙なんて無くて布で鼻をチーンなレベルだったが、栄えてる場所ではくずかごに紙が盛り沢山だ。場所が場所だからか、高級そうな包み紙も多いな。

 がさごそと漁っていると、下の方に少し黄ばんだ紙が見え始めた。
 これは普段使いの紙だ。こういう品質の悪い紙に、文字が書ける人はメモをしたり、軽い用事の手紙を書いたりする。湖の馬亭に手紙を出すために、紙屋に行って紙の種類を見て来たから間違いないもんね。
 あ、俺はちゃんと手紙には白くて綺麗な紙を使ってるからな。

 まあとにかく、これは僥倖ぎょうこうだ。
 さっそく紙を取り出して開いてみる。

「えーと、なになに? ミレンヘッダ嬢ご機嫌麗しゅう……なんだこれラブレターの書き損じか。こっちはー……落書きか。おっぱい下手いなこいつ。そんでコレはまたラブレターで、こっちは~……むしゃくしゃして、紙をペンでぐしゃぐしゃにしたのか……。ここの従業員何なんだよ。ロクなモン書いてねーじゃねーか」

 人の生活を覗く気はないが、職場でこんな落書きするってどうなのよ。
 呆れつつも、俺は続けて丸められた紙を開く。

「えーと……これは……なんだ?」

 期待もせずにガサガサと開いて見て、俺はそこに書かれた内容に眉をしかめた。
 何故なら、そこに書かれていたのは不可解な文章だったからだ。

 『茜色差す西 踊り来る宝客ほうきゃくに二つの刃』

「…………これ、って……」

 もしかして、証拠を掴んだかもしれない。
 俺は他にこんな風な不可解な書き損じのある紙が無いかと探し、同じような数枚の紙片しへんを見つけると、薄い服の中に大切にしまいこんだ。ただのメモだとしても、調べないよりはマシなはずだ。今はどんな手がかりでも欲しいからな。

 今の俺に出来る事は、これで終わりかな。

「……はあ、後はあっちの話し合いの方だけだけど……」

 うまく行っているんだろうか。
 今日の事が、突破口になればいいんだが。












※次は同時刻にイライラしてるブラック視点。ちょい短いかも。
 
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