異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編

22.完璧な人間なんてどこにもいない

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 クセひとつ無い首辺りまで伸びた銀髪。それに驚くほど赤い瞳。
 肌も柔らかな光のように白く、顔立ちはクールな美青年そのもの。

 特徴的な耳をした、類稀たぐいまれなる美青年。

 どこかで発した事のあるフレーズを頭の中で思い浮かべ、俺はあっと口を開けてくだんの人物を指さした。

「あっ、あ、あんた、マグナ!?」
「…………おまえは……あの遺跡の時の」

 そう。俺がこの場所で偶然出会ったのは、ラッタディアの遺跡調査でパーティーを組んだ、金の曜術師。コータスさんの助手扱いで参加していた、あのいけ好かない青年・マグナだった。
 ええ、なんでこんなムカツク場所にムカツク美青年が。

 解せぬとばかりに顔を歪めるが、それは相手も同じだったようで。
 俺の姿を見て思いきり眉根を寄せて眉間に山脈を作ると、顎を指で擦った。

「お前…………女だったのか」
「月並みな台詞ありがとな! ちげーよちゃんとタマ付いとるわい!!」
「冗談だ。こんな蛆虫みたいに騒ぎまくる女が居てたまるか。その姿でこんな場所に居ると言う事は、お前は何か訳有りなんだろう? つまみ」
「もうツしかあってねえよクソ銀髪」

 わざとやってるんですねこの男。
 俺はちゃんとこの全身まっちろ赤目人間の名前覚えてるのになあ。ああムカツク事にちゃんと覚えてるんですよホント。
 マグナ=ロンズ=デイライトとか言うムカツク格好いい名前をな。

 思いきり歯軋はぎしりしながら威嚇いかくする俺に、マグナは何とも無いような顔で腕を組んで見下してくる。きぃいいこの世界の平均身長が憎い。

「とにかく……こっちに来い。ここで話してたら色々面倒な事になるからな」

 おう、望むところだい。スカート代わりのパレオを穿いてるにも関わらず、俺は蟹股でマグナの後に続く。彼が出てきたドアに導かれて入ると、いきなり熱い空気が体にぶつかって来た。お、温度が凄い。

「あつっ、な、何で暑いの!?」
「ああ、すまん。試作機が発熱が強くてな……」

 そう言いつつ、マグナは部屋の中央にある謎の円形の機械に近付いて行く。
 ガタガタ上下に揺れて湯気を出しているソレは、かなり真っ赤になっていた。

 まさか爆弾じゃないだろうなと思いながら部屋を見渡すと、そこは一言で言えば「メカニックの部屋」と言える乱雑さで満たされていた。
 そこかしこに工具や紙束、何かの金属の器具が散乱しており、失敗作なのか作りかけなのか解らない機械のなりそこないがごろごろ転がっている。

 隅っこの方には机や本棚があって、ぎっしりと分厚い本が並べられていた。
 もしかして……マグナってここで何か作ってるのか。

 俺は色々と踏まないように気を付けつつ、マグナの用事が終わるまで待った。

「待たせてすまん。この湯水発生装置はまだ試作段階でな。炎の曜術が周囲に漏れて、部屋の気温が一時的に上昇してしまっていたようだ」
「炎の曜術って……曜具なのか、アレ」
「驚くのも無理はない。大型の曜具を個人で作れる奴など、俺くらいだからな」

 フフフ、とやけに上機嫌で笑いながらマグナはレンチみたいな物を掲げている。
 あれ、この人若しかしてメカキチ……いや、曜具作りマニアな人なのかな……?

 イケメンなのに残念な、と思いつつドン引いていると、マグナが我に帰って来た。

「ところで、お前は何故一人でこんな所にいる。伴侶はどうした」
「ハンリョじゃね~~~ッて!! ちょ、ちょっとやらなきゃいけない事が有って……っていうか、アンタこそどうしてこんな所に居るんだよ。ここって裏世界でもエグい場所なんだぞ」

 まくし立てるが、マグナは無表情のどこ吹く風だ。
 きぃいいクロウみたいな事しやがっ……いや、登場的にはこっちが先か……。

「一度に質問するな。……ああそうだ、ツバサ、お前ちょっと手伝え」
「ハァ!?」
「湯水発生装置の水の循環が上手くいかないんだ。お前は確か水の曜術の最高位、アクア・レクスを使えたな。問題点を追跡しろ」
「あのなあ! 俺の名前はツカサ……って、なんで俺がお前のメカいじりを手伝わにゃならんのだよ」
「俺の推測では、下部の炎の曜術を安定させる装置の周辺になんらかの異常が発生していると思……」
「人の話きけーーーー!!」

 だあああ本当遺跡の時から変わってない、自分勝手な奴だなこいつは!!

 しかし俺も負けちゃいられない。相手にしっかりと問いに答えて貰う約束を取り付けてから、ちゃんと協力してやった。いくら自分勝手な奴でも、取引くらいは守ってくれるだろう。

 装置の異常はやはり装置下部の「炎の曜術を溜め込んだ水晶」の付近で起こっていたらしく、その場所で予想以上の水が蒸発していた。そこで気化した水が上部で戻ってしまうが故に、水は湯水に成りきれずに出て来てしまう……というのが原因だったらしい。だいたいマグナの予測通りだ。
 見てもいないのに大体の原因が判るとは、メカニックってのはやっぱ凄いな。

 ゴーグルを装着しその問題の部分をカチャカチャ弄るマグナを見ながら、俺は頭を掻いた。うーん、色々聞きたい所だが、真剣に作業してる途中で話しかけるのはちょっとな。気が散って失敗されたら困るし……。

 数分待っていると、ようやく納得が行ったのかマグナはゴーグルを外しこっちを向いた。

「で、次はだな」
「おいっ! その前に俺の話聞けや!!」
「そんな約束したか」
「したよ!! あと俺の名前は『ツカサ』だ! いい加減覚えろ!」

 何か余計な事を言う前に怒鳴って封殺すると、マグナは実に不機嫌そうに片眉をしかめたが、仕方ないかとでも言うようにでっかい溜息を吐いて目を細めた。

「分かった分かった。……で、聞きたい事って言うのはなんだ」
「まず……アンタ、どうしてここに?」
「決まっているだろう。仕事だ」
「仕事って…………この店に何か提供してるのか、アンタ」
「そうじゃ無ければ、この醜悪な地下街の更に地下になんぞ住まんだろう。ここで受注された曜具はことごとく大型で運び込むのも難しかったからな。断ろうと思ったのだが、法外な金を詰んでくれた上に……こんな部屋まで用意してくれるのだから、断る理由もない」

 マグナも金の曜術だったよな。そして、金の曜術師は唯一「曜具」を作れる。
 俺は今目の前にある金属の塊の数々を見て、顔を歪めた。

「…………お前、もしかして……あの胸糞悪い地下の機械を作ったのか?」

 俺の言葉に、マグナは一瞬不思議そうな顔をしたが、何を言われたか解ったようで自信満々に頷きやがった。

「ああ、あれか。アレは凄かっただろ。頭上の回転盤を転がる玉の速度を、無数の横の棒で操作して確実に出目を調整する装置だ。あれは曜術なしで作った俺の力作だぞ。他にも札のインクを付加術で飛ばして柄を変える装置や、相互の連絡のための伝達管も作ってやった」

 どことなく嬉しそうに喋るマグナに、俺は唖然あぜんとしながらも問う。

「なんで……そんな、こと……」

 俺の震えるような声にマグナは気付きもせずに、問いに首を捻った。
 まるで「何故そんな質問をするのか、理解できない」とでも言うように。

「何故って……興味が有ったし、作って良いと言われたから」
「は……」
「俺はいまだかつて、あんな巨大な装置を一人で作った事は無かった。曜具を作るのには材料とカネがかかる。何より、強力な道具は国の監視下でないと作れない。……仮に作れたとしても、それは昔の曜術師が生み出した設計図をなぞって作るだけにすぎん。俺は、それがずっと苦痛だった」

 だから、あんな人を泣かせるような機械を作ったってのか。
 ただ、自分が新しい事に挑戦したかったからっていう欲望のためだけに。

「お、まえ……あの装置のせいで沢山の人が絶望して泣いてるんだぞ!! お前があの装置を作らなければ、こんな胸糞悪い施設も出来なかったんだ!」
「それがなんだ」
「なっ……」

 なんだって、なんだよ。
 あまりにも平然と返された事に、俺は思わず言葉を詰まらせる。だが、マグナは至って普通の様子で、その深紅の瞳で俺を見つめながら言葉を返してきた。

「お前はバカか? この場所に来ている奴らは、全員が後ろめたい事をしているという自覚がある。その上で理不尽な賭博をして、結果的に追い込まれているだけだ。それはあいつらが決めた事で、俺が考える範疇じゃない」
「ぐ……」
「道具は意思を持たない。製作者にも、その道具の行く末を決める事は出来ない。作られたナイフが人を刺すか人を救うか、それは使う者の意思次第だ。俺は、装置を作る以上の事は関知しない。人族が自然の果実を奪い尽くした後の事を考えないのと同じだ」
「…………」
「この場に来た愚か者の内の誰が迷惑を被ろうが、死のうが、俺が責任を負う義務などない。もし誰しもが『自分の行動の全てに責任を持たねばならない』のなら、俺だけを責めて解決する話ではないと思うが? そんな御託、自制した末に飢餓で死ぬ聖人しか口に出来んだろう」

 自分勝手。自分勝手すぎる。
 だけど……返す言葉も無かった。

 自分の行動すべてに責任が取れるような人間なんて、恐らくどこにもいない。
 考えの及ばない範疇の事まで気にして、一歩足を踏み出すのにも責任を持て……なんて言われても、誰も認知しきれないはずだ。
 人類すべてがそれを順守できるなら、誰もこんな賭場になんて来ない。
 
 この賭博場で絶望を味わった人達だって、自分がやった事を思うとマグナを責められなかっただろう。「この賭場に入り込んだ」時点で、そこには自分自身が負う責任が発生するのだから。
 それを考えると、俺にはマグナを糾弾する事が出来なかった。

 ナイフを作った人だって、人に炎を教えた神様だって、後に悪用される事を考えたりはしなかっただろう。仮に悪用される事が有ると解っていたとしても、それを作る事がその人の責務だったのなら、責めてもむなしくなるだけだ。
 未来永劫の責任なんて、誰にも背負いきれはしないんだから。

 そう考えるのなら、道具を作った人間も擁護せねばならない。
 残念ながら、俺にはその思考をくつがして相手を改心させる正論を言う能力なぞ、微塵も持っていなかった。

 俺、普通の十七歳ですよ。相手は天才ですよ。
 同い年っぽい相手だって、頭の造りが違ったら言い負かせませんて。
 ……でも、一つだけ言いたい事はある。

「俺は、そういう考え方は嫌いだ」
「ほう?」
「お前の言っている事にも一理ある。だけど、お前はの醜悪さを知っていて、あえてあの装置を作ったんだ。それは、非難されても仕方のない事じゃないのか」

 ベラベラと責任の所在と道具の意義を並べ立てたって、それだけは変わらない。
 マグナはこの地下の現状を知っていてなお、あの装置を作ったのだ。
 「今まで禁止されていた、新しい物」を作りたいという欲の為だけに。

「断る事も出来たはずなのに、お前は自分の欲望の為に動いて、一人だけ楽しんでいた。お前のやったことで泣いてる人が沢山居るのに、お前はそんな人達を救う事も出来たのに、それをしなかった。……その事を考えないまま、やりたい事をして楽しく暮らすなんて……ムシが良過ぎやしないか」

 睨み付ける俺に、マグナは目を細めてわずかに苛ついたような表情をにじませる。

「そんな戯言は為政者にくれてやれ」
「逃げるなよ。自分と全く違う存在を出して会話から逃れようとするのは、ただの逃げだ。……アンタはこの話題を嫌がってるんだな。つまり、この話題にはお前が突かれたくない部分が有るって事だろ? “こんな仕事はクソ喰らえ”って思ってる部分がさ」
「…………」
「どうしてやらない? 俺にはアンタの技量は解らないけど、あんな凄いモン作れるなら……泣いてる人を救うすべだって考えられるはずだろ」

 俺がそう言うと、マグナはルビーのような赤い目を見開いたが――――やがて、敗北したとでも言うように大きな溜息を吐いて、銀糸の髪の毛を掻き上げた。

「…………俺には、好きな物を作れる場所がないんだ」
「え……なんで? アンタ、この感じだと引く手数多あまたの天才って感じだろ」

 地下水道遺跡では素性が解らなくて目の敵にするだけだったが、あの機械の数々を見ていれば判る。コイツは凄い曜術師だ。しかも、天才的なメカニック。
 このレベルなら、王宮からお呼びが掛かってもいいはずだろう。
 なのに、どうしてそんな事を言うのか。

 無意識に眉を顰める俺を見て、マグナは少しだけ口を緩める。

「俺は昔、国の役に立つための曜具を作る研究施設に居た。その場所では、巨大な曜具……いや、【術式機械】という物を作っていたんだ。……だが、色々あってその場所を追われ、行きついた場所では俺の作りたかった物は禁止され……俺は既存の物を作るだけの、頭を使わない無為極まる生活を送っていた」
「……それは……悪い事なのか?」

 人の役に立つ物を、ちゃんとした設計図で作る。
 それだって立派な仕事のはずだ。
 俺の言わんとする所が解ったのか、マグナは苦笑いに口を歪めて首を振った。

「ツカサ。特異なお前には判らんだろうが……普通、曜術師と言うのは、利己的で独善的なものだ。そして、不思議なことに、属性によってその『利己的』な部分が異なる。簡単に言えば、普通じゃないんだ。例えば、曜術師は自分とは異なる属性の曜術師と反発しあう。……普通の人族同士なら、初対面で殴り合う事など無いだろう。だから、曜術師は“力を持たない純粋な人族”とは違う存在なんだ」

 ――曜術師は、違う属性の曜術師とだけでパーティーを組む事はない。
 そんな事をアコール卿国で言われた事が有る。
 あの時はまだ意味がよく解らなかったが、マグナの言葉でやっと理解出来た。

 属性によって自分が一番に思う物が違うが故に、彼らは相容れないのだろう。
 マグナが俺を「普通の人族と変わらない性格」と言うのだから、その反発ってのは、それはもう酷い物のはずだ。初対面で殴り合うなんて尋常じゃない。
 まるでクロウとブラックみたいだな。

「でも……そんなの、大人なら我慢できる……」
「という奴が少ないから、昔から術師同士では慣れ合わんと言われるんだ」
「ああ……」

 それが一般的な評価なら、もう擁護しようもないか……。
 恐らく俺が思い至らないほど昔から、そういう逸話に事欠かないのだろう。そう言えばマグナも随分な物言いが目立ったし、もしや曜術師って、術を使える代わりに性格にバッドステータスが付いちゃう職なんだろうか。
 えぇ……て事は全属性持ちの俺って……。

「どうした」
「い、いや……なんでもない」
「……とにかく、だからこそ曜術師は優れているとも言えるが……その抗いきれぬ自分の中の本質が、時に凶行を引き起こす。俺の場合、それが……自由を奪われた事に対しての反発だった」

 マグナの言いたい事が、何となく解って来た。
 要するに、マグナは自分の中の欲求に抗いきれなくてに来てしまったんだ。
 普通の人なら「人の為になる物を作ってる」という事である程度納得して、自分のやりたい事との折り合いをつけたりする。
 でも、曜術師はそれが出来ないのだ。
 だから、悪い事と判っていても手を貸すのが止められなかったのか。

 普通なら「我慢すれば良いだろ」って言えるけど、この世界のことわりと俺の世界の理は似て非なる物だ。俺が我慢できることでも、出来ない人は居る。
 よく「天才には変人が多い」って言うけど、恐らく曜術師はその類なんだろう。

 ……俺は変人じゃないぞ。あくまで一般人だからな。
 うーん……でも、自分の抗いきれない衝動に呑まれてしまったって言うのは……いや、仕方がない部分もあるのかな。
 俺だって、それを責められるほど大人じゃないしなあ。
 むう、メンタル関係の話は難しい。今は置いておこう。

「そんな風に鬱々してた時に、シムラーがやって来たのか?」

 俺の言葉に、マグナは軽く頷いた。
 ……やっぱり、ここはあの男が操ってる場所だったのか。

 緊張する俺に気付かず、マグナは顔を伏せて所在なげに視線を迷わせる。

「地下水道遺跡の調査が行われると聞いた時、俺は歓喜した。あの地下水道には、空白の国の技術が有る。その技術は、金の曜術師にとっては垂涎ものだ。俺は世界協定にかけあい、助手としての約束を取り付け、お前達と一緒に探索した」
「アンタ、今思えば生き生きしてたな」
「ああ。本当に楽しかった……。久しぶりに外に出たのもそうだが、探索をしたり新たな技術を見たり、俺の範疇では無かったコータス氏の考古学の話を聞いたり……今まで生きて来て、あれほど充実した時間は無かった。……だが、それも長くは続かない。調査が終わった時に、俺はそれに気付いて絶望した。絶望して、夜の街に出たんだ。その時に……シムラーに声を掛けられた」

 マグナが言うには、シムラーは既にマグナの事を知っていたらしい。
 彼はマグナの才能を褒め、ありとあらゆる好条件を出してマグナの「新しい物を作りたい」という欲望を疼かせた。そうして絡め捕り、ここへと連れて来たのだ。
 後はもう、知っての通りである。

「それで、色々作って来たけど……やっぱ後悔しはじめちゃったんだ」
「……その程度の理性は残っている」

 そうだよな、嫌気がさしてなければ、湯水発生装置なんていうこの場所と欠片も関係ない装置なんて作らないだろう。これでまた人を陥れる機械を作ってたら救えないけど、あの装置は使う人を限定しない。まず悪用される事はない物だ。

 マグナも、反省してここから脱出したがってる。シムラーとは違う。
 この悪夢みたいな場所を広げたいなんて、欠片も思ってないんだ。
 ……なら、幾らでもやり直しはきくはずだ。

「マグナ。あんな装置、もう作らないよな?」
「……他人の評価で善悪が傾く物は作るかも知れないが、少なくともここで作れと命じられた物は二度と造らんだろう」

 台詞の内容に色々と思う所は有るが、最初の発言からすれば上出来だ。
 笑って頷いた俺に、マグナがうかがう様な視線を向けて来た。

「…………こんな説教を俺にかますんだから、お前も何か理由があるんだろう? この場所を嫌悪し、一人で潜入する理由が」

 紅蓮の瞳が俺をしっかりと見つめる。その目にひとかけらの疑心も無い事を確信して、俺はこの場所に来た理由をマグナに話して聞かせてやった。

 この場所に来た元々の目的や、その間にトルベールと言う赤の陣営の幹部と出会った事。そして、今裏社会を混乱に陥れている謎の存在を捕まえて、裏社会を正常に戻そうと頑張っている事を。

 あまり感情を入れ過ぎると面倒なので簡単に話すと、マグナは少し戸惑ったようだったが、俺をじっと見て溜息を吐いた。
 な、なんだよ失礼だな。

「お前は本当に損をするのが好きだな。遺跡でもこの世界でも、他人に良いように使われて約束約束とは……俺が言うのもなんだが、お前には自由が足らな過ぎるんじゃないのか」
「行きがかり上しょうがなかったんだよ! 俺達だって隷属の首輪を解除できる奴を探してたし、あのままトルベールの誘いを断ってたら、ジャハナムにはもう潜入出来なかっただろうし」

 相手は俺達の事を知ってたんだ。あのまま申し出を断っていたら、すぐに裏社会の奴らに「俺達は危険だからここに入れるな」って通達が出て、俺達は永遠に入り込めなかったかもしれない。第一獣人達の事も有ったしな。選択肢はなかったよ。

 しかしそれがマグナには随分と窮屈そうに思えていたらしく、なんだか憐憫の目を向けられてしまった。いや、まあ、この女装姿を見られてはそんな目をされるのも仕方ないが。

「分かった。お前には遺跡で美味い物を食べさせて貰った恩が有るし、遺跡の調査では多大な協力をしてくれて助かった。……その隷属の首輪を付けた獣人、ここに連れて来い。俺がどうにかして解除してやる」
「……え?」

 ……今、何て言いました?

「お前らは、秘密劇場にいる技巧師を探していたんだろう」
「あ、うん」

 そうだよ。元々、俺達はそのために裏社会に入り込もうとしたんだ。
 秘密劇場がどこだか判らなかったけど、それでもトルベールの依頼で動いていれば最後は見つかるだろう、なんて思って動いてたんだけど……。
 え? それを、解除してやるって?

 ってことは……。

「も……もしかして…………アンタがその件の術師だってのか!?」

 まさか、そんな。
 ラッキーすぎやしないかい?

 驚きのあまり声も出ずに口をパクパクさせる俺に、マグナはどことなく楽しそうに薄く笑みを浮かべて、拳を軽く持ち上げた。

「俺の名を誰かに告げて見ろ。俺の言っている事が本当だと解るだろう。……俺の名は、マグナ=ロンズ=デイライト――――プレイン共和国一の、金の曜術師だ」

 覚えておけ、と笑顔でそう言われて、俺はただただ頷く事しか出来なかった。











 
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