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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編
3.キャバクラ、チャラ男、鉄仮面
しおりを挟むみんなに頼りにされちゃ、やってやらなきゃ男が廃る。
ってなワケで、俺達は急遽獣人キャバクラの用心棒を買って出る事になった。
用心棒って、悪代官が「先生、お願いします」とか言い出して「あいわかった」と出て来る悪人なイメージしかないんだけど、今回は正義の用心棒だ。
時代劇みたいにやられるわけにはいかない。
でもまあ、今回はブラックが一緒なのでやられはしないと思うけどな。
こいつ着流しとか着て髪を黒く染めたら、まんま時代劇の危ない用心棒っぽいし……とかいう冗談は置いといて。
ブラックは俺の何倍も強いし、チンピラ程度じゃ相手にもならないだろう。
万が一相手の方が強くても、まあ、ここは街中だしどうにかなる。
ってなわけで、俺達は店の入り口付近に突っ立っているのだが。
「…………ブラック、この鉄仮面とってい」
「ダメ」
「いや、あの、すげー鉄臭いんですけど」
「ダメったらダメ」
「別に目元だけを隠す舞踏会っぽい仮面でも」
「それじゃあ余計に気を引いちゃうじゃないか! そんな事したら、片っ端から男どもを叩きのめしてやるうううう」
ぎいぃと歯軋りなんだか呻きなんだかよく解らない声を出しながら、ブラックが地団太を踏む。いや、地団太踏みたいのはこっちなんですけどねオッサン。
でも、視界が狭く鉄臭いこの仮面を装備していては激しい動きが出来ない。
いやもう本当コレ、「お前ら、俺の名を言って見ろォ~!!」とか言いたくなるほどのごっつい鉄仮面なんですが、なんでこんなのがバックヤードに落ちてたの。
違う、問題はそうじゃない。
問題はどうして俺が鉄仮面を被らなければいけないのかと言う事でな。
「なんで俺こんな鉄臭い思いして棒立ちしてなきゃなんねーの」
「ツカサ君が悪いんじゃないかっ! 立ってるだけで何人クソみたいな男を惹きつけりゃ気が済むんだい、もう僕もいい加減イライラするんだけどね!」
「好きでナンパされてんじゃねーやい! 俺だって泣きてーわ!!」
鉄仮面でシュコーシュコーと息を吐きながら、俺はやけくそ気味に声を出す。
ああそうさ。ハーモニックに来てからはずっとそうだったが、ここでも俺は一部のスキモノな男達に「君をご指名したいのだが」と言い寄られていたさ。
それを止めさせたいから俺の顔を隠したっていうブラックの言い分も解るさ。
でも、鉄仮面はないでしょう。鉄仮面は!!
これマジで視界悪いし鉄くせーんだよ! っつーか俺が物語の主人公だとして、この格好はどうなの。貧弱バディーに鉄仮面ってどう考えても仮装か変態でしょ。
俺内面も外見も変態になるのだけは嫌だぞ。
絶対嫌だぞ!!
「ツカサ君の可愛さは隠しきれないんだから、そうしてゴツい仮面を被るしかないだろう? 鉄仮面が嫌なら『俺はブラックさんの恋人です』って書いた板を首からぶら下げて貰うしかな」
「仮面でいいです」
「なんで嫌がるの」
「だから俺は恋人だって認めてねーっつってんだろ」
ここぞとばかりに一番ツラい選択肢を出さないでくれますかねブラックさん。
俺が腕全体をクロスしてバツを作ると、相手はあからさまに顔を歪めた。
「まだ意地を張ってる……」
「その“俺が悪い”みたいな顔やめてくんない!!」
俺が悪いんじゃなくて、この世界が性におおらかすぎなの!
この世界が男女構わず平等に愛し過ぎるだけで、俺はノーマルだから。お前達がハイパーなだけだから!
鉄臭い中でいきりたつ俺とブラックの間に、トーリスさんが慌てて入る。
「お、お二方とも落ち着いてー! お客様が気になさいますぅう!」
ぐう、確かに……。
今はいがみ合ってる場合じゃない。俺も鉄仮面を我慢しなければ。
俺とブラックはまだ言い足りないながらも、そこは大人の対応でぐっと堪えて、店がカンバンになる時間までドアの近くに立ち続けた。
この程度のことなら、歩き続けるよりも楽だ。
うむ、俺ってば着実に体力が付いてるな。微々たる変化だけど。
そんな事を想いつつ、店を後にする客達を鉄仮面の中から見つめ続ける。
時間が経つ度に客は減って行き、夜も更けた頃、俺は最後の客に頭を下げて背中を見送った。これで、後は店を閉めるだけだけど……。
「本当に来るのかな、ガラの悪いヤクザ」
「ヤクザってなに?」
「えーと……人様に迷惑をかけて金を奪う悪い人の事。稀に良い人もいるけど」
「良い悪人なんているのかい」
お前がまさにそんな感じじゃないか、とツッコミを入れそうになったが、ここはぐっと堪える。
そんな事言ったら後でどんな事されるか解ったもんじゃないからな。
はあ、それにしてもこの鉄仮面本当辛い。もう脱ぎたい。
今日はもうこれくらいで終わりにしてくれないだろうか、と思っていると。
「お~いおいおい。カンバンにゃあちっと早いんじゃないか~?」
妙に上がり調子な声を発しながら、バンッと扉を開けて何かが入ってくる。
な、なんだ。鉄仮面の視界じゃドアがみえないんですけども!
「ヒエッ……きっ、来ましたぁっ!」
トーリスさんが俺の後ろで囁く。どうやらあのザ・チンピラって感じの声の主が、この店にちょっかいをかけてるやつらしい。
声の主に視線を回すと、そこには。
「オッ? 男を喜ばせる店だってのに、似合わねーむさ苦しいのと、変なのが増えてるね~。……さては用心棒かい。にしても、弱そうだなァ」
そう言って、俺の鉄仮面の隙間を覗いて来る男。
失礼なことをバンバン吹きかけてくるチンピラ声のワリには、件の男は思ってもみない容姿をしていた。
茶髪をふわりと整えていて、肌は健康的に日に焼けている。しかし服装は意外とセンスが良く、俺の世界のチャラい若者っぽい感じだった。
チンピラと言えばチンピラだけど、なんかイメージにあわない。
そんな男の態度に、ブラックは少々イラッとしたのか眉を顰めて腕を組む。
「ごろつき程度の人間を追い払うだけだから、この程度でも良いんだよ」
「ほーぅ? このトルベール様をそれほど安く見積もってくれるとは……獣人ってのは、畜生のくせに自信家でいやがるねぇ」
「ちっ、畜生って……」
これは罵倒じゃなくて、マジの意味の畜生って言ってるんだよな。
だとしたら、獣人にとってはかなりの侮辱だ。別に、畜生自体は「人に飼われる動物」って意味だから、絶対に悪い言葉だってワケじゃないけど……でも、それは自由に生きる獣人達にはかなり失礼な貶し文句だろう。
獣人達は意味を知らないからキョトンとしてるけど、これには我慢ならない。
「おい、なんだよその言い草……トーリスさん達がお前に何したってんだ!」
鉄仮面からの息も荒くトルベールの前に歩み出た俺に、相手は腰に手を当てて、上半身を屈めながらにやにやと笑う。
くうっ、バカにされてる……。
「おっと、格好のワリに、中身はパッとしなさそうな奴だな。優しいぼっちゃんは引っ込んでな。俺はあいつらに話しに来てんだから」
「話なら俺達が聞く。右も左もわかってない人達を暴力を使って丸め込むなんて、男らしくないことしてんじゃねえよ」
「ほーう? じゃあぼっちゃん達が俺と話を付けると」
「それは、君の態度と言い分次第だけどね」
いつの間にか俺の横に居たらしいブラックが、低い声で付け加える。
トルベールというチャラ男は、俺達の剣幕にやれやれと両手を上げ、客が去った店内に上がり込んだ。そうして、一番高そうなソファーに座り悠々と足を組む。
まるで「自分が一番偉い」とでも言っているようだ。
なんだこいつ、チャラ男の中でも特別ウザい方だぞ。
鉄仮面つけててよかった、俺今絶対メンチ切ってる顔してるわ。
「んじゃ、お話聞いていただきましょうか」
その言葉に、いつのまにかバックヤードに非難していた獣人娘達と、俺達の後ろにいるトーリスさんがゴクリと唾を飲み込む。
俺とブラックは相変わらず腕を組んで、トルベールを睨み付けていた。
だが、相手はそれに怯む事も無く。
「では単刀直入に言いましょう。この飲み屋街一帯は、残念ながら六日前より我が【アスワド商会】の支配区域になりました。……つきまして、今までテルヌラ商会に払っていた営業税をこちらへ支払って頂く事になりました……が、貴方がたには退去願いたいのです。このまま居座られると困った事になるのでね」
そう、言い切った。
だが今の俺達にはトルベールのいう事が理解できず、ただ驚く事しか出来ない。
アスワド商会ってなんだ。営業税ってのもわけわからん。
それに、飲み屋街一体を支配区域にってどういう事なんだ……?
「あの……営業税は確かに、この一帯を管理するテルヌラ商会さんにお支払いしていましたが……支配区域ってどういうことですか?」
トーリスさんが問いかけると、トルベールはにっこりと笑って、また両手を上に掲げる。
「簡単な話です。我々アスワド商会は、とある賭けでテルヌラ商会に勝った。で、その賭けの商品が、テルヌラ商会が持っていたこの一帯なんですよ~……と言う訳で、この通りをより良い場所にする為に、我々は貴方がたにお願いに来たのです」
「か、賭けって……」
まさかそんな、普通土地とかを賭けの対象にするか?
いやでもヤクザならあり得る。それにこの世界じゃあ国が管理してる土地の方が少ないんだ。ラッタディアは商業都市でもあるから、一つの商会がでっかい土地を持っていても不思議はない。
しかし、そんないきなり出て行けなんて……。
「どうして獣人達を追い出す必要があるんです。それに、ここは世界協定が正式に借り上げた土地でしょう?」
「良い質問ですね~、鉄仮面君百点あげちゃう! ま、世界協定にお貸ししてますが、あくまでもそれは『貸してる』だけなんで、土地に関する事はこっちの命令の方が優先されるんですよね~。んで、獣人に関してはね~正直、居て貰っちゃ困るんで……早々に国にお帰り頂きたいだけです。はいっ、説明終わり!」
自分が言いたい事だけをべらべらと喋り、トルベールは勢いよく席から立つ。
この男、チャラくはあるが身のこなしはかなり軽い。音も無く立ち上がった相手に、ブラックは態度を変えた。……ってことは……この男、かなり強いって事だよな。
思わず身構える俺達に、トルベールは明るい笑顔でにっこりと笑う。
「ん? 嫌だなあ~、そんなに警戒しちゃって。……さては、バレちゃってます? 俺が強いって解っちゃいましたか。あー、こりゃ参ったなあ。ハッハッハ」
「…………」
何も答えない俺達に、トルベールは大きな溜息を吐いて頭を掻く。
「はぁ~……しゃーないなあ。どうせお兄さん達、用心棒なんでしょ? ……ま、いいですわ。表出ましょう。アンタらが倒されてくれれば、獣人サン達も大人しくなるでしょう」
そう言いながら積極的に店の外へと出て行くトルベールを見ながら、俺はいつの間にかぐっと手を握りしめていた。
……なんだろう、なんか変な感じがする。
だけど、それが何なのか解らない。
「行こう、ツカサ君。アイツは多分、戦わないとずっと店に付き纏い続けるよ」
「…………うん」
嫌な予感がして仕方なかったが、俺達には戦う以外の選択肢などなかった。
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