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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編
2.夜遊びするたび知り合いふえるね!
しおりを挟む裏社会ジャハナム。
「裏社会」と呼ばれるアウトローでデンジャーな場所は世界中にあるが、一般人に名が知れている裏社会と言うのは意外と少ない。
ジャハナムは、そう言う意味では希少な存在である。
何故この組織が有名なのかと言うと、それはこの国が他国よりも自由だからだ。
自由だからこそ、裏社会なんて言葉が蔓延っているのである。
このハーモニック連合国は、入国に関しては驚く程に緩く、また、様々な部族の集まりだからか「どこそこの生まれは~」などと言う事も気にしない。
その為犯罪者や無法者も集まり易く、裏社会に集う者達は年々増大して、今ではラッタディアの四分の一の土地を支配するほどになっていた。
その土地で行われるのは、もちろんあくどい事だ。
密輸や盗品売買、暗殺に汚れ仕事は当然で、人身売買などもやっているらしい。
……まあ、この辺りはライクネスでも見たな。
でも、ジャハナムの動きは決して表に出て来る事は無い。一般人が闇雲に探そうとしても、その入り口すらも見つからないのだと言う。
ファンタジーやらの裏社会っていうと、秘密の扉が有って、ある建物の地下とか秘密の通路とかに人が寄り集まってるってイメージだけど、ジャハナムもそうなんだろうか。
ラッタディアには地下遺跡も有るし、他にも地下が有ったっておかしくない。
でも、その扉はきっとジャハナムの人が厳重に管理しているんだろうな。
三日ほど情報を探して歩き回ったが、ジャハナムに関わっている人間の「に」の字もみつからないのだから、そういうのは徹底してるに違いない。
うーん、秘密クラブとかそういう臭いがするぞ。
でも、まあ、見つけられなきゃ予想したって仕方ない訳で。
「ぬーん……これと言って進展がありませんなあ」
専用のベッドでスヤスヤ寝ているロクを撫でつつ、俺は質素なベッドでごろごろと寝転がる。ロクのベッドは、カゴに布を敷き詰めて作った俺特製のベッドだ。
気持ちよさそうなロクをみて癒されつつも、頭の痛い問題に俺は枕に顔を埋めた。
そんな俺を見ながら、ブラックは剣の手入れをしながら言葉を返す。
「ま、急いでも仕方ないさ。裏社会ってのは、一般人がおいそれと覗けないから裏社会なんだ。三日程度で部外者に見つけられたんじゃ、相手の面目丸つぶれだし」
「索敵でもムリなのか? 地下や隠し部屋に人がいるかどうか見たりとか」
「僕なら出来ない事も無いけど……ほら、街って障壁が張ってあるだろう? アレのせいで索敵の精度が落ちるから、あんまりオススメはしないな。……そもそも、索敵は地下に対しては無効になるし、地下にジャハナムがあったらお手上げだ」
索敵ってそんな縛りあったのか。
バリアのせいで精度が落ちるって、もしかしてモンスター避けのバリアって電波をジャミングして妨害する役割もしてるとか……いや、査術って電波なの?
いや、まあ、今それはどうでもいい。
とにかく、索敵でもジャハナムと通じる場所を探るのは無理ってことね。
でも、索敵が使えなくてもブラックはネット小説で言う所の【鑑定】を使えるんだから、会う人間に片っ端から鑑定を使っていけば……って、それも無謀か。
うーん、八方塞だな、こりゃ。
「あークサクサするぅ……」
「そんなに言うなら、また噂を振り撒きがてら酒場に行ってみる?」
「酒場ねえ……」
そう呟いて、俺は有る事を思い出した。
「そうだ……獣人達の店はどうなってんだろ」
パルティア島で色々あって忘れてたけど、あれから二週間以上経過してる。もうそろそろ色んな結果が出ている時期のはずだ。
俺はあくまでもアドバイス程度の存在だったから、店の運営に関してはみんなの好きに変えても良いとトーリスさん(牛耳美青年)には言っておいたが、なんだか心配になって来た。
二週間も経ってるなら、もうあそこでチューされたのも忘れられてるよな?
俺の事を覚えてる通行人なんて、いないよな?
「心配なら、行ってみる? 迷ってても仕方ないし」
無精ひげをぞりぞりと指で撫でながら、ブラックが首を傾げる。
心配は心配だが、行くか迷ってるのはお前のせいなんですけどね。
そう言いたいのをぐっと堪えて、俺は鷹揚に頷いた。
ただいま桃源郷。ただいま俺の夢の街。
と言う訳でやってきました夜の飲み屋街。なんだけども。
「うわ……なんだあれ……」
前に来た時のように猫耳ピンクな看板を目指そうと俺達は歩いていたのだが……なんだか、獣人達のお店の方がとても騒がしい。
何事かと思って近付いてみると、なんとそこには驚きの光景が広がっていた。
「あれって……獣人達の店……だよな……?」
以前はどこかさびしげな猫耳ピンク看板だったが、今となってはその看板の下は煩いくらいに活気が溢れている。もちろんそこには人間の男達が居て、皆今か今かと自分が入店する順番を待っていた。
俺がやって来た時の店とは大違いだ。
こころなしか、外装もなんとなく綺麗になっているような……。
「ああっ、ツカサはん! 待っとったんですよ~!」
おっ、この関西弁のような九州弁なような、標準語エリア生まれの俺には判別できないミックス方言の可愛い声は!
「ベルカさん!」
「お久しぶりですぅ~、みんなツカサはん達が来るのず~っと楽しみにしとったんですよぉ! せやのにちっとも顔見せてくださらんもんやから、みんなごっつしょげとるんですよぉ」
独特のイントネーションで喋りかけてくれたのは、オレンジのショートカットに原始猿っぽいふさふさの耳が似合っている、元気な猿族の美少女ベルカさんだ。
彼女には宣伝隊長として、バナナのたたき売りっぽい面白宣伝をして貰っていたが、まだ続けてくれていたらしい。
ひとしきり喜んだ彼女は、俺達の腕を引いて裏口へと歩きだす。
「ささ、入ってください! みんなにはよ知らせてあげな!」
「あ、あのちょっと、良いんですか!」
「構いませんて! ツカサはんとブラックはんは、アタシらの恩人なんやから!」
爽やかで可愛い笑顔でそう言いながら、ベルカさんは裏口を勢いよく開けて俺達をそこへ放り込む勢いで背中を叩く。俺達より背が低いスレンダー美少女なベルカさんだが、獣人だからかやっぱり力は強い。
変な声を上げながら半ば強引に中に入れられると、俺達は誘われるがままに店のバックヤードへと案内された。
バックヤードは全然変わっていない。
酒やつまみの備蓄に、ステージでの衣装や舞台装置。そしてその他いろいろな物が転がっている。その中で休憩を取っていた獣人達が俺達に気付いて、一斉に駆け寄ってきた。
「ツカサさーん! 会いたかったですぅ~!」
「はわわわ! ぶっ、ブラックさんも来て下さったんですかっ!?」
「ラーラ忘れられたかと思ったよぉ」
ぼいんぼいんと胸を思う存分たゆませながら手を広げてぶつかってきたのは、俺がご執心だった牛耳おっとりお姉さん(中身は妹だが)のティルタさん。その後ろで、ブラックが来たのに余程びっくりしたのか、虎耳のイオナさんが真っ赤になっている。そして、俺達に抱き着いてきたちっちゃくて可愛いネズミのラーラちゃんはちっとも変わらない。
でも、三人ともどことなく商売慣れした感じの雰囲気になっていて、俺はやっと自分のやった事が間違いではなかったのだと安堵する事が出来た。
ティルタさんの話では、みんな驚く程上手くやっているらしい。
そこに休憩時間を貰って入って来たトーリスさんも加わり、俺達はこの店があれからどうなったかという事を詳しく教えて貰った。
トーリスさんの話では、俺の采配によりあれから数日と経たぬ内に店は盛り返し、今では押しも押されぬ名店と太鼓判を押されるまでになったらしい。
トーリスさんが嬉しそうに見せてくれた「ラッタディア夜の観光案内」とか言う怪しい本には、しっかりと「天女と見紛う珍しい容姿の美女達に会える店」なんて書かれていた。
うむ、やっぱり獣耳が好きな奴はこの世界にも沢山いるわけだな。
ともかく、今では忙しくて嬉しい悲鳴を上げているとか。
ティルタさん達も、自分の役割が定まったお蔭で色々嬉しい事が有ったと話してくれた。中でも、俺に励まされていた魔族のミミネルさんは、今やこの店のナンバーワンになっていて、彼女に癒されに来る男が後を絶たないんだとか。
うーむ、これは予想外の成果というか……ここまでになるとは思ってなかった。
「とにかく、それもこれもツカサさんがご指導下さったおかげです……。本当に、ありがとうございます」
そう言いながら深々と頭を下げるみんなに、俺は慌てて手を振る。
あ、あのやめて。俺本当アドバイスしただけなんだってば。
「えと、あの、とにかくみんな元気で良かったですよ! これでもう心配事はないんスよね?!」
「あ……いや……それが…………」
イオナさんはそう呟いて、言い辛そうに頬を掻く。
ティルタさん達もそれに倣うかのように、なんだか元気がなさそうに縮こまってしまった。何か心配事があるのだろうか。
「どうしたんです?」
「何かあったのかい」
俺とブラックが思わず声をかけると、ラーラちゃんが俺のあぐらをかいた足に乗っかってくる。そうして、眉根を寄せながら俺を見上げて来た。
「いじめる人が来るの」
「へ?」
「ほとんどの人間の人は良い人なのに、お店が閉まる頃とか、開けようとするときに、ラーラ達をいじめる悪い人がくるの」
悪い人って……なんだろう。
助けを求めるようにトーリスさんを見ると、相手は垂れた牛耳を更に垂らした。
「実は……五日ほど前の事なのですが……店に変な人が来るようになりまして」
「変な人ってどういう……」
「ガラの悪い服を着ていて、客として来た訳でもなく、私達に『畜生風情が調子に乗ってると店を潰す』だとか、『荒らされたくなかったらそれ相応の金を払え』だとか……とにかく店の備品を壊したり騒いだりで本当に怖くて……」
それってもしかして……ヤクザな人ってことじゃ。
顔を見合わせる俺とブラックに、涙目のティルタさんがぼいんぼいんと胸を揺らしながら両手をぎゅっと胸に寄せる。あーっ、そのポーズは卑怯ですううう。
「私達はちゃんと世界協定の人に土地を貸して貰ってますぅ! それにちくしょーって名前じゃありません~! でも……私達は『喧嘩しない』ってお約束でラッタディアに置いて貰ってるから、何もできないしされるがままで……ふぇ……」
「ティルタ泣くな! ……とにかく、本当まいっちゃってさ……世界協定の人には相談したんだけど、どこの誰かってのが解らんと対処しようがないって言われて」
「でもねツカサちゃん、あいつら早いの。ラーラ達の鼻も利かないし、いみわかんなくて怖くて、みんなあいつ見つけられずに帰って来ちゃうの……」
ぶるぶる震えながら俺の服を掴むラーラちゃんを宥めながら、俺はどうしたものかと眉根を歪める。
鼻が利かないって……つまり、相手は獣人にも追跡できない曲者って事だよな。
普通のヤクザならそんな警戒しなくてもいいはずだし、みかじめ料目当てのごろつきなら、そんな高度な技術を持ってるはずがない。話を聞いただけでもおかしいと解るぞこれは。
なんでそんな厄介な相手がこの店を脅してるんだ?
「とにかく、そいつがいつか店を誹謗中傷して潰してしまうんじゃないか、ってのが心配なんだね」
ブラックの結論を先取りした言葉に、トーリスさんが肩を竦めながら頷く。
「こんなに助けて頂いているのに、また相談してしまって本当に申し訳ないのですが……私達はこんな事に慣れていなくて、安心して頼れる方と言いますと、ツカサさんとブラックさんしかいないのです……」
そうだよな。クロウも言ってたけど、獣人達は真正面からぶつかる種族だ。
力を持っていながらも常に狡賢い作戦を使う悪人なんて、獣人達は今まで見た事がなかったんだろう。だからこそ、今も困っているのだ。
ここまで来たら、もう乗りかかった船だよな。
俺とブラックは顔を見合わせて頷くと、トーリスさんに向き直った。
「とにかく、ソイツを一度見てみましょう。色々考えるのはそれからだ」
俺のその言葉に、トーリスさん達は明るい顔をして頷いた。
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