異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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アコール卿国、波瀾万丈人助け編

3.蜂蜜瓜とスケベ心

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 ちゃらちゃっちゃっちゃ♪ ちゃらちゃっちゃっちゃっ♪
 ちゃららったったったっ たたたたたん♪

 俺の脳内で、三分間で料理を教える番組のテーマソングが鳴り響いている。
 宿屋の裏庭、大きな切り株の上にでんと置かれたハニーターネペントは、まるで水揚げされたマグロのようだ。そんなブツに今からナイフを入れるってんだから、このテーマソングを思い出しても仕方がないだろう。仕方ない事にしといて。

「ツカサ君、食虫植物の捌き方知ってる?」
「んにゃ、ぜんぜん」
「こらこら。溶解液をぶちまけちゃったら折角の蜂蜜が台無しだよ。皮とか生き物の分泌物は溶かしちゃうからね」
「そういやそうだな。ちょっと待って、こういう時の為に買っておいた、でっかいガラス瓶があるんだ」

 言いつつ、俺は【スクナビ・ナッツ】から瓶を取り出す。
 ラーミンからは詳しく説明されなかったけど、どうやらこのカプセル、同じ品物だと個数は関係なく収納できるらしい。表面の材質が一緒であれば、何百個あっても一つとカウントされるのだ。もしかしたら、皮袋に入れれば食品もまとめて収納できるかもな。……まあ、試すほどの金はないんだが。

 とにかく、それに気付いて俺はがっつり瓶を買っておいた。
 薬にも使うし、何より水を汲んでおけるから何個あっても無駄ではない。と言う事で、ザドの砦の道具屋に置いてある瓶を全部購入したのだ。勿論かなりの金額になったが、回復薬の売値を考えたらそこまでの浪費じゃない。大中小とずらりならんだ瓶を見て、俺は一番大きなものを取った。
 収納できるのはいいんだが、一気に出てくるのが玉にキズなんだよなあ、これ。

「それに蜂蜜を入れるの?」
「ちゃうちゃう、溶解液を入れるんだよ。ガラスや鉱物は溶かせないからな」
「ええ~……使い道あるかなあ」
「捨てるのは勿体ないだろ、いいのいいの」

 俺が知らないだけで、溶解液にも使い道があるかもしれないからな。
 とりあえず宿の親父さんに借りたでっかい鍋で湯を沸かし、熱湯の中で瓶を煮沸消毒する。この世界に黴菌が居るのかは判らないけど、やっておいて損はない。
 野外で煮沸消毒ってどうかとは思うが、まあ腐ったらその時だ。

 煮沸した瓶を清潔な布の上で乾かして、ハニーターネペントの口部分をちょっと切り取る。瓶に入れるための受け口だ。下に瓶を置いて、中身の溶解液を注ぐと、白く粘性の高い液体がドロドロと流れ出て来た。
 ……色々思い出す物があるが気にしないでおこう。

「なんか精液みたいだね」
「あーもー言わないで置こうと思ったのにお前はよー!!」

 ていうかこっちでも精液って言うんだね! ああもう知りたくない知識知っちゃったよ畜生めとにかく溶解液はでっかい瓶二つ分になりました!
 さっきのは忘れよう。中を水で綺麗に洗って、覗いてみる。
 しっかし、防御力があんまりないわりに肉厚だなあ。
 溶解液で溶けない構造みたいだけど……これ食えるんだろうか。

「蜂蜜は下部だね。少し切り取って、絞り出そう。瓶はこれでいい?」
「あ、うん」

 壺の下部を少し切り取ると、中から溶解液とは違う黄金にも似た色の蜂蜜が流れ出した。この個体は結構な蜂をもぐもぐしていたようで、面白いように蜂蜜が瓶に溜まっていく。その量は中くらいの瓶三十本分にも及んだ。
 ハニーターネペントに蓄積されている蜂蜜は、直接蜂から採取して体内に保存しておくからかなり純度が高い。一年くらいは平気で持つ。

「ツカサ君、このくらいの綺麗な蜂蜜なら金貨二枚は固いよ! 運が良かったね、こんなに採れるのは珍しいんだよ」
「へー……じゃあ、十本分くらいはどっかに売るか。あとはこのしぼんだ物体だが……うーむ」

 たしかアンプネペントは食えたんだよな。水っぽい瓜の味だって書いてあった。
 なら、この蜂蜜瓜なハニーターネペントも食えるんじゃないか?

「ロク、ちょっと食べてみて貰っていいか」
「キュキュー!」

 肩で大人しくスヤスヤしていたロクに呼びかけると、すぐに飛び起きて萎びた瓜の上に乗ってくれた。そのまま暫しにおいを嗅いでいたようだが、確認し終えたのか表面をぱくりと食べる。

「キュッ」

 次は下部……蜂蜜を蓄えてあった部分、そして最後は中の溶解液に触れていた部分を食べる。出て来たロクは苦そうな顔をしていた。
 多分、中身はダメだな。

「溶解液が触れてた所以外は食べられそうか?」
「キュー!」

 俺の言葉を理解して、ロクは一生懸命に頷く。感応能力のお蔭なのかは知らないけど、ロクは俺の言っている事が全て解っているみたいなんだよな。
 じゃあ、内部は残して下部と表面は試食してみよう。
 サクサクとでっかい食虫植物を解体する俺に、ブラックは嫌そうに顔を歪める。

「ええ……それ食べるの……?」
「ロクが大丈夫って言ってるんだからいいじゃん。アンプネペントも食べられるんなら、コイツだってそこそこイケるはずだぜ」
「でもさあ……いっくら瓜っぽいって言ってもねえ」

 ええいうるさい、食べたくないんなら食べないでよろしい!
 人間を食べてる瓜じゃないんだから、おぞましさは無いはずだぞ。
 綺麗に取り分けて、内部は焼却処分。表面はだいたい厚さ八センチくらいは残す事が出来た。一応下部と表面は良く洗って、切り分ける。
 さて、実食。

「うーん……こうしてみるとわりと果物っぽい……かも」

 俺は改めて表面を観察した。
 皮の部分は薄く、中の果肉……と言っていいのか……その部分はマンゴーとかの果肉を思い出す。においは無いが味はどうなんだろうな。
 いや、迷う事は無い。ええいままよ。
 思い切って、俺はそれを齧った。シャクっと軽い音がする。

「……どう?」
「……ん! 結構おいしいかも! 水気が多くて味が薄いけど、わりと甘い。普通の果物よりは美味しいんじゃないか? 蜂蜜のせいかな」

 味の薄いスイカって感じだろうか。続けて下部も食べてみて、二度驚いた。そこが一番美味しかったのだ。蜂蜜が染み込んでいるからか、かなり甘味が有る。
 これデザートに向いてるんじゃねーの?
 教えてくれたロクに美味しい下部を沢山あげながら、ブラックにも食べさせる。すると、ブラックも驚いたのか目を丸くしていた。

「意外だな……下部が美味しいんだね、これ……」
「俺も知らなかった。図鑑には載って無かったし……なんか、結構書かれてない事って多いよな。今までこんな美味しいモン見逃してたとか、本当勿体ないよ」
「うーん、まあ、世界中歩き回っても書ききれない事ってあるだろうしね。誰だって全部を知ってる訳じゃないから。しかし……それにしても美味しいなあこれ……ほどよい水気だし、なにより甘い」
「蜂蜜漬けにしたらもっと美味そう。ちょっと取っておくか」

 水気を出来るだけ飛ばして、いくつかの蜂蜜の瓶にぎゅっと詰め込む。
 蜂蜜に漬けておけば保存食にもなるし、なによりめちゃくちゃ美味いデザートが出来た。旅で辛くなったら食べよう。
 あとの可食部分は、折角なので宿屋の親父さんにあげる事にした。
 親父さんはいい花畑を教えてくれたしな。
 そしたらとても喜んでくれて、今日の宿代はなんとチャラになってしまった。
 村暮らしだと甘い物にありつけるのは稀で、甘味は極上の娯楽なんだとか。勿論ムルカちゃんも喜んでくれて、他の宿泊客にも大いに好評だったようだ。

 しかーし、俺はそんな事の為にこの蜂蜜瓜を狩ったんじゃない。
 部屋に戻った俺は、薬の調合セット(ザドで買った。結構高かった)を取り出すと、宿への帰り道に摘んできた野草と蜂蜜を一瓶取り出した。

「なにするんだい?」
「へへー、ちょっとな」

 流行り物好きな俺の母さんが一時期使っていた、蜂蜜を使ったある物。
 今からそれを再現するのだ。
 あの時は、知らぬうちに蜂蜜にすり替えられていたシャンプーを思いっきり振りかけてしまって絶叫したり、部屋の中に一週間ほど蜂蜜の匂いが充満したりで本当に地獄だったが、おかげでコレの作り方を覚えていたので今は何も言うまい。

 俺はロエルと蜂蜜、そして消毒した瓶を取り出した。
 作り方はいたって簡単だ。下部のゼリー状の所をすり潰してペーストっぽくなったら、そこに少量の蜂蜜を足し、真心こめて丁寧に練り上げるだけ。

「ツカサ君、それなんなの?」
「母さんが使ってたトリー……ええっと、髪の艶出し剤、かな」
「艶出し。君の世界にはそんなもんがあるの」
「作り方も違うし、これは俺の自己流で作った試作品だけどな。ちょっと自分で試してみて、駄目だったら作り変えるさ。上手くいけば結構な金になると思うぜ」

 そう、俺が作っていたのは、女子に優しいお薬。
 髪がパサついて本来の艶の出なくなった子に贈る、とっておきの逸品だ。
 蜂蜜があるんだから、この世界には既に蜂蜜で髪をケアする文化が有るのかもしれないが、村の人だとそんな習慣はないだろう。これは絶好の商売チャンスだ。
 旅をする間に各地の人にこれを売り歩いたら、絶対にウケる。元値はゼロに近いもんだし、それなりの価格で売れば、安定した収入になるのではと思ったのだ。
 名付けて、富山のトリートメント売り作戦。ドヤ。

「それ……本当にお金の為に作ったの……?」

 ……うん、いや、お金になるかなって思ったのはほんとだよ。
 違うよ。決してムルカちゃんの為だけじゃないよ。あっ、背中からのオッサンの視線が痛い。めっちゃ背中冷たい。ヤバい予感がするぞこれは。
 こ、こうなったら、いったん退散する!

「ツカサくん! こらっ、逃げるなっ!!」
「逃げないとアンタ絶対変な事するだろ! やだっ、絶対やだ!!」

 完成した艶出し剤とロクを胸に抱いて、素早く部屋を飛び出す。
 ひー、暫くは部屋に戻んない方がよさそう。多分捕まったら最後だ、明日は外に出られなくなる。間違いない。……しかし、どこに行こうかな。

「あいつ……普段は全然人の気持ちなんて考えないくせに、何で俺がスケベ心を出した時だけ敏感に感じ取るんだろうなあ……」
「ゥギュー」

 忌々しいとでも言いたげに顔を顰めるロク。眉間(らしき場所)にしわが寄ってるのを指で伸ばしてやりつつ、俺は溜息を吐いた。
 とりあえず、この薬を試すためにお湯貰いに行くかあ。










 
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