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アコール卿国、波瀾万丈人助け編
4.獣耳娘に会いたいが為に進路を決めた(キリッ
しおりを挟む重い足取りでカウンターまで行くと、宿の親父さんとムルカちゃんが何やら話していた。まあ夜だし、後はみんな寝るだけでヒマだもんな。
「すんません。髪を洗いたいのでお湯貰えますか。あと洗い場貸して下さい」
「おう、坊主か。ハニー……おっと、蜂蜜瓜あんがとな。美味かったぜ」
「ほんとですよ~! ツカサさんのおかげでとても幸せになれました……。あっ、お湯ですね、今用意します~!」
ブラックもそうだったけど、ネペント種を食べるって行為は、この世界の人々にとっては「ゲテモノ食い」になるらしい。例え人間を捕食する種類じゃなくても、どうしても実物を見ると物怖じしちゃうんだそうな。美味しいのに勿体ない。
もしかして、ネペント種が食べられるかどうかって事が図鑑に詳しく描かれていないのは、忌避されているからなんだろうか。
ロクの種族は、食べられるかどうかを数行割いて書いてあったのにな。
ページの無駄とか最後に書かれてたけど。ムカツクけど。
と言う訳で、食事に出した時は詳細を伏せて「蜂蜜瓜」とだけ言って貰った。
しっかし、普段は人食いのモンスターだって捌いて食べてるんだろうに、基準がよう分からん世界だ。タコを食べない西洋人みたいなもんなのかね。
「そういやお前さん、髪の色が珍しいな。ハーモニックの人間かい?」
「え? ああ、ハーモニックって……あの南の?」
思い出した、黒髪ってこっちじゃ珍しいんだっけ。
旅人が沢山いる場所では、黒髪は「珍しい」とは言われても「希少」って騒がれる事はないし、あんまりジロジロ見られなかったから忘れてた。
確か東の方に多いって話だったけど、ハーモニックにもいるのかな。
「ハーモニックにも黒髪の人って居るんですか?」
「知らんかったのか、じゃあお前は東の島国の方なんだな。南でも黒髪は多いぞ。ただ、多いとは言ってもやはり珍しい方だがな……。まあ、最近では獣人や魔族もハーモニックに渡ってるし、今じゃ黒髪よりそっちが珍しがられてるが」
「ま、魔族や獣人……!?」
親父さん。それは本当ですか。
獣人、それ即ち獣耳娘。魔族、それ即ちサキュバス。またはモンスター娘。
つ、ま、り、夢にまで見たファンタジーの中のえっちで可愛い女の子達がいるって事なんですよこれは!! はい決定、ハーモニック行き決定!!
いや、待て。落ちつけ内なる俺。もしかしたらその情報は確かではないかも知れない。この展開ならば「実は男だけ渡航してました」とかいう残念パターンも充分あり得る。迂闊に飛び込んで濃い衆に揉まれるのだけは嫌だ。
俺は角の生えたマッチョに興味はない。角の生えたお姉さんに興味があるんだ。
恐る恐る、親父さんに聞いてみる。
「あの……そのやって来た獣人や魔族って、女の人がいないとか……」
「んなわきゃねぇ。観光だったり出稼ぎに来てる娘っ子も多いぞ。今日来た客も、ハーモニックで牛耳のデカチチ美女にヨロシクして貰ったっつって、ニヤニヤ自慢してやがったしな」
はい決定。二度目の決定。ええと、ハーモニックのいかがわしいお店で豪遊するにはどのくらいお金がいるのかな? 小袋一杯に金貨あれば足りる?
純朴美少女なカントリーガールも好きだけど、巨乳牛耳お姉さんも大好きです! お金で獣耳娘さんと戯れられるなら是非ぱふぱふ……あっ、違った。もふもふしたいです!! でもこれバレたらブラックに犯し殺されそう。やだ怖い。
あいつ嫉妬だけは一人前だからな……っていうか、俺、ブラックと付き合ってる訳じゃないんですけどね。ただの旅の仲間なんですけどねえ。
うーん、どうにかヤツを騙してハーモニックに行く手段はないものか。
「ツカサさーん、お湯沸きましたよ~。さ、洗い場にどうぞ~」
とかなんとか真剣に悩んでいたら、ムルカちゃんが笑顔で俺に駆け寄って来た。
あっ、やめて。そんな汚れ無き笑顔で俺に走ってこないで。今凄く死にたい。
「ムルカ、どうせだからお前が洗ってやったらどうだ」
「あたし牛しか洗った事ないけど」
「なに、牛も男も一緒だ。俺が使ってるたわしで頭こすってやりゃいい」
「お気持ちだけで結構ですう」
なにそれ、たわしで頭を擦るって。新手の拷問かな。
まさか娘さんに邪な思いを抱いているのがバレたのか。まさか、まさかな。
内心で冷や汗をダラダラ流しつつ丁重にお断りして、俺は洗い場へと向かった。
洗い場は風呂場ではない。服を洗うから、洗い場と呼ばれている。
冒険者達は汚れた服をそこで洗ったり、時には宿に頼んで洗って貰う。
水はけが良いように作られているので、湯を流すのにもってこいなのだ。
「ふー……誰もいないな。ロク、ちょっとここに座っててな」
「キュゥ」
洗い場の棚にロクを降ろし、俺は上の服だけを脱ぐ。頭を洗うだけなんだけど、このままだとお湯がどうしても服にかかっちまうからな。
大きな水差しに入れられたお湯を盥に入れて、まずは髪を濡らす。
えーと……トリートメントってどうやるんだっけ。
普段全然やらないから殆ど覚えてねーわ。
確か髪を濡らすんだっけか。そんで、艶出し剤を髪に揉みこんでみる。ロエルと蜂蜜だけで練ったので、ジェルに近い感触だな。
「確か……ちょっと時間を置くんだよな」
数分待って、髪を洗い流してみる。これで何か不具合が起こったら作り直しだ。自分の頭で実験ってのは中々怖いが、他人に頼んで迷惑をかけるのは嫌だし仕方がない。洗い残しが無いように濯いで、乾かしてみた。
本当はそのまま洗髪した方がいいんだろうけど、シャンプーはおろか石鹸もないからな、普通の宿じゃ。洗うだけで効果がでなきゃ始まんない。
「こんな事に大地の命である【気】を使うのはどうかと思うけど……まあ、これも練習だ。【ブリーズ】かけちゃえ」
【ブリーズ】は、風の術の初歩中の初歩だ。その名の通りそよ風を起こす。
「気を上手く扱えるようになったし、今の君なら初級術は簡単に出来るよ」と、帰り道にブラックに教えて貰ったのだ。掌からそよ~っと気持ちいい風が送られてくるだけなので、戦闘には使いようがないんだけどね。
暫く乾かして、俺は髪の毛を触ってみた。
「……おっ。パサついてない。色は……よし、変わってないな」
鏡に自分の姿を映してみると、心なしか髪が艶めいているようだった。
正直な話自分の容姿とかどうでもいいので、マジでこれといった変化が解らないのが辛い。でも多分、これは成功だろう。ロエルには人体に悪影響を及ぼすような要素は無いし、蜂蜜も図鑑の上では俺の世界の物と殆ど一緒だった。
明日も効果が持続してれば、ムルカちゃんにあげても大丈夫だろう。
服を着てロクを肩に乗せると、ロクがしきりに髪をくんくんと嗅いできた。
「ん? どした?」
「キュキュー!」
「良い匂いがするのかな。ロクはこういうの好きか?」
「キュゥ~!」
いつもより多くすりすりしてくるロクに、不覚にもキュンとしてしまった。
そっか~、やっぱりロクも甘くて美味しい匂いは好きだよなあ。てか、肩に乗ってるんだからやっぱ髪のにおいは気になるか。頭は小まめに洗ってるけど、ロクの為にもなるべく清潔にしておこう。
しかし、これからどうするかな。流石にまだ部屋には帰れないし……やっぱ親父さんに頼んで物置小屋かどっかに隠れさせて貰えるように頼むしかないか……。
頭だけホカホカの俺は、また再びカウンターへと向かう。今度はムルカちゃんは不在で、親父さんが新聞を読みながら頭を揺らしていた。
「あのー。おやじさん、すんません」
「オッ、おお、すまんな寝てたよ。どうした坊主」
「ちょっと頼みがあるんですけど……最悪物置とか納屋でも良いんで、俺の寝る所を作ってくれませんか」
「なんだい、彼氏と喧嘩でもしたか」
「ちーがーいーまーすー。アイツが勝手に怒るだけで彼氏じゃないんですってば。んで、今もなんか知らんが怒ってて……だから、寝る場所用意してくれません?」
そう言うと、親父さんは片眉を上げる。なんだ、俺変なこと言ったか。
「坊主、そりゃ得策たぁ言えねぇな」
「えっ、何でですか?」
「ああいうタイプは怒りがずーっと尾を引くぞ。早いうちに謝っとかなきゃ長々と文句を言われるハメになる。悪いこた言わねぇから、さっさと謝りな」
親父さんの言葉に、俺はひくりと口を引き攣らせた。
尾を引く……確かにありえる。
例え怒りが収まろうとも、あいつは自分に利益が有りそうな事は絶対忘れない。
なんたって、俺が誤魔化そうとしている【ロクを見つけたお礼】を未だに覚えてて強請って来るんだもんな。
この上今回の事までネチネチ言われたんじゃたまったもんじゃない。
でも、今謝りに行ったらなんか凄く酷い事されそうだし……。
「……こういう事訊くのってどうかとは思うんですが……あの……どうにかして、あのオッサンを気持ちよくさせて宥める方法ありません?」
同じ中年仲間なら、なにか良い知恵がないでしょうか。
もうガンガン掘られるのはカンベンですと涙目で聞いてみたら、親父さんは暫し俺をじっと見つめていたが、やがて空を見て頬を掻きはじめた。
なんだ、やっぱ駄目なのか。
「うーん……坊主とあのお連れさんなら……坊主の方からちょいと口付けでもしてやりゃあ、すぐに機嫌が直るんじゃないのか?」
「ええ……親父さん、それされて嬉しい?」
「まあ、お前さんにやられるなら嫌な気分じゃねえな。あのお連れさんならもっと喜ぶんじゃねーのか。スケベそうな顔してたしよ」
ごもっともでござい。
アイツは確かにスケベでございます。
「じゃあいっちょやってみるか」
「そうそう、人生何が切欠になるか判らんもんだ。とにかくやってみな。ま、失敗した時ゃそん時だ。明日も部屋は取っといてやるよ! ガハハ」
ぐわああ完全に親父さんにカップルだと思われてるし、ナニされるかも大体想像されてるうわあああああ。
相談しなきゃよかった相談しなきゃよかった!!
「はー、なるほど。こりゃあ彼氏がご執心になる訳だ」
「はいぃ!?」
「こんな事で真っ赤になるなんて、今時そっちのが珍しいってもんだ。坊主、人前ではそんな顔見せんほうがいいぞ。すぐ勘違いする奴が出てくるだろうからな!」
見せない方がいいと言われましても、出物腫れ物所構わずでして。
っていうかこうなるのは俺のせいじゃないですし!
親父さんがとんでもない事言うから悪いんですし!!
もう本当やだこの世界。今の発言は俺の世界だったらセクハラもんだぞ。
これ以上からかわれるのも癪だったので、俺は親父さんの前から退散した。
にしても謝れってか……俺別に何も悪いことしてないんだけどなあ。俺はただ、女の子にモテたいという欲望を健全に発散させてただけなのに。
オッサンが俺に発情するのはよくて、俺が健全な思考で可愛い女の子に発情するのはダメなのか。それも許されないのか。畜生なんて世界だ。本当誰なんだよ俺をこの世界に連れてきやがったのは。
首謀者聞こえてるんだったら出て来なさい。今なら、俺のリビドーと満身の力を込めた右ストレートを見舞うだけで許すから。ていうか元の世界に返してくれたらもう帳消しで良いから。
「はー……まあ、しゃあねえか……」
こんなに決心したのはブラックに初めてであった時以来だなあ。
ああ、わしはこんな決心しとうなかった。
どこかの洞窟にでも引き籠りたくなるが、ロクが慰めてくれるので少し気を持ち直しつつ、俺は深呼吸をして自分達の部屋のドアを開いた。……と。
「うえっ」
なんだ、アレ。
ベッドに座ったブラックの目の前に、変な物がいた。
いや、変な物というより、なにか……黒い影。いや、あれはローブだ。
ローブを被った人のようなものが、突っ立っていたのだ。
「あっ、ツカサ君」
ブラックがそう言う前に、ローブを被った何かはすっと消えた。
……うん、消えた。消えたな。
え?
……消え、た?
なに、あれ。なに?
もしか、して。
「お、おば……」
「え? まって、なんで顔青いの?」
「おば、おば……」
「オバ? ああ、あのねオバサンじゃないよ、今のは……」
「オバケ――――!!」
「ええー!?」
やだー! おばけ嫌だ怖い怖い勘弁してやだ触るなブラックおばけがうつる!! ぎゃー部屋に連れ込むのやめておばけが居たじゃんかああああ!!
「おおお落ち着いてっ、ちょっ、おばけじゃない! おばけじゃないから!!」
「いやあああああ、あ? ……え? おばけ、じゃない?」
じゃあ、あれは何だったんだ。えっと、あれか。使い魔とか?
…………あ、そっか。守護獣とかいるんだもんな。そうか、なら使い魔とかいても全然おかしくないんだよな……。うわ超格好悪い。なんだよお前使い魔居るなら先に言えよ! バカ! 驚いた俺がバカみたいじゃねーかアホー!!
って言いたいんだけど、なんかもう、言葉にならない。
自分でもダサいと思ってしまう程青ざめて涙目な状態の俺に、ブラックは情けない顔でぺこぺこ頭を下げた。
「ごめん、違うんだよ……驚かせてごめんね。そう言えばすっかり忘れてたんだ……そう、このことも話しておかなきゃいけなかった」
もう先程の怒りは忘れているのか、ブラックはしょげた顔をしている。
俺が驚いたから申し訳なく思った……って言うような感じじゃないな。
なんだろう。さっきのおば……いや、黒いローブの何かに関係が有るのかな。
目を瞬かせて呆ける俺に、相手は頬を掻いた。
「とりあえず、座ろうか」
なんだか深刻な話みたいだ。
驚いた後でまた驚かせるような話をされたらヤダな。俺の心臓、持つだろうか。
まだドキドキしている胸を押さえつつ、俺はベッドに腰掛けた。
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