異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ゴシキ温泉郷、驚天動地編

10.美味しい観光と異世界談話

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 ゴシキ温泉郷に湯を運ぶ多数の鉱泉。その鉱泉が生まれる場所は、イスタ火山の火口近くにある【罪獄の原】と呼ばれる場所だ。
 恐ろしげな名前だが、実態は日本に存在する○○地獄と呼ばれる観光地と変わりはない。その昔、モンスターに追い詰められた冒険者や重い罪を背負った者が放り込まれ、生きながらに灼熱に焼かれていたというのが名前の由来。
 今となってはモンスターが近付かないように術が張り巡らされ、観光客が溢れている。

 当然土産物屋とかもわんさか立てられており、話に聞いた怖い雰囲気など欠片もない。罪獄の原の入り口はかなり騒がしくなっていた。

「ほぉ……イスタ火山名物・罪獄まんじゅう」
「罪獄モニカってのもあるよ」
「まんじゅうは解るけどモニカって何……っていうかまんじゅうあるんだ……この世界……」
「ツカサ君の世界にもまんじゅうあるんだね。おいしいよねえ。温かい飲み物にとっても合うし、寒い国で食べると格別うまい。酒にも合うし」

 うーんオッサン、そう言う所は俺の世界の中年と同じだね!
 でも酒とまんじゅうって合うのかな。
 罪獄まんじゅうを売っている露店のおばあちゃんの所に近付いてみると、そこにはざるの上でほかほかと蒸されている小麦色のまんじゅうがあった。

「いらっしゃい。罪獄まんじゅう25ケルブだよ」

 ええっと、銅貨25枚か。ちょっとお高めの観光地価格。
 俺も一応女将さんから貰った給料を持ってきてるんだけど、そこまでの枚数を持ってたかは解らない。銀貨とかあったかな。この世界の通貨ってかさばるから、少ししか持ってこなかったんだよなあ……。ああ、俺も無限道具袋が欲しい。

「えーっと、じゃあ……四つ下さい。はい、銀貨」

 銀貨を一枚渡すと、おばあちゃんは袋状に軽く丸めた葉っぱの中にまんじゅうを入れてくれた。そうそう、この世界は紙袋が普及してないんだよな。都市部ならあるんだけど、こういう場所では葉っぱとかが袋代わりにされることが多い。なんせ異世界、丈夫な葉っぱなんていくらでも有る。
 受け取ったまんじゅうをブラックとロクにも分けてやると、俺は早速パクついた。

「んっ!? あ、甘い奴じゃないんだ!?」

 土産物なら甘いものだと思っていたけど、食べてびっくり。罪獄まんじゅうは甘くなかった。ガワはちょっと水分が多くて重たいけど、その重さに合わせるように具は強い香味のあるちょっと辛い菜っ葉にしてある。
 菜っ葉は炒めただけっぽいけど、からし高菜っぽい。あれ、結構うまいなコレ。
 ちなみにモニカは焼きまんじゅうみたいなものらしい。モナカじゃねーのか。

「これなんの葉っぱ?」
「えーと、これは……火山付近で良くみられる【シャルジャンシア】って植物だね」

 シャルジャンシア。植物図鑑で見たことあるぞ。赤い色のシダ植物みたいな形をしてて、熱すると何故か緑色になる不思議植物だ。すぐ生えてくるからレア度は低いけど、色々な薬に使われている。
 赤いのは、炎の曜気が微量に含まれてるから。油で炒める事で曜気を封じ込める事が出来るらしい。もしかして辛みって炎の曜気のせいかな。
 なんにせよ、こんなに美味いならゲットするしかない。

 火山帯にはまだまだ色々な植物が生えてるんだ。
 その中には、精力増強剤をパワーアップさせる薬草もある!
 採取しなけりゃいかんでしょ!!

「うおおお火山帯最高じゃないか!」
「キュフッ、キュキュー!」
「あー、これをつまみにヒノワのお酒飲みたいなあ……」

 三者三様で興奮しつつ、俺達はとりあえず罪獄の原を巡ってみることにした。
 お供は勿論罪獄まんじゅう。暖かい温泉水もあるでよ。

「しっかし驚いたなあ……俺の世界と違って、こっちの地獄はまだマグマの固まってない地面とかがあるんだな。あれも曜気のせいか?」
「地獄? マグマ?」
「うーんと、火口の中で渦巻いてる赤いドロドロ。俺の所だと、ソレが地上に流れ出て固まったらこういう風景になる。地獄ってのは、火山から出てくる熱すぎて死ぬくらいの湯気がバコーンと出るトコ」

 説明が滅茶苦茶適当だけど、学校の成績のよろしくない俺にはこれが精いっぱいだ。くそー、どうせならもっと雑学勉強してくるんだったな。

「そう言えば……ツカサ君の世界の事聞いてなかったね。どんな所?」

 ああ、色々あってすっぽり頭から抜けてたけど、ブラックに俺の世界の事を説明してなかったな。異界の狭間ってフレーズから俺が異世界から来たってのは理解して貰ってるけど、良く考えたら俺はブラックにとって得体のしれない存在だ。
 ……好きって言ってる割に俺の事モンスターじゃないかと疑ってたらどうしよ。
 面倒だけど、一応俺も人類だっていうのは教えておかねば。
 やっぱ簡単に説明しておくか。

「うーんと……俺の世界は、曜術とかが存在しない世界なんだ。でも機械とか沢山あって、部分的にとても栄えてる。俺の住んでる国では、俺みたいなのは普通で黒髪琥珀眼ばっかだったな。ブラックみたいな赤髪や金髪、茶髪はいたけど、他の鮮やかな髪の色した奴は地毛じゃ存在しない。ちなみに凶暴な動物はいるけど、人を襲ったりする奴はごく少数だ」
「へえ……不便そうだけど、平和な世界なんだね」

 不便。確かに魔法がないのは不便に思えるけど、それ以上に文明が発達して機械が魔法の役割を果たしてくれてるからなあ。このあたりは説明しても理解し辛いかも。一々説明すると余計説明しなきゃいけないしな。
 後々明かす程度でいいか。
 罪獄の原の順路を巡りつつ、俺は話を続ける。

「術はないし、生活様式も大分違うけど、不便ではないかな。俺的には慣れ親しんだ機械がないこっちのが不便だと思っちまうよ」
「そりゃそうだね。ふふ、異界がそんな普通の場所だったなんて、これを聞いたらみんな驚くだろうな。……あ、でも……そうすると、ツカサ君は元々黒曜の使者の能力を持ってたわけじゃないんだね」
「それなんだよ。俺もどうやってこの力を手に入れたかは解らなくてさ。でも、誰かが俺をこの世界に飛ばしたのは確かなんだよなあ……」

 あの時の声に聞き覚えはない。
 禍津神の神社で異世界トリップしたから神様神様言ってるけど、実際はそうじゃないかも知れないんだよな。俺はここに来る前に誰かに会った記憶はないし、黒曜の使者の力だって神様のくれたチートスキルかどうか判らないんだ。
 もし俺の能力がチートスキルじゃなく、転生させる役の神様もちゃんと存在しているとすると……。

「もしかしたら……俺以外にも黒曜の使者が出てきたりしないかな」
「……可能性は……なくはないけど…………伝承では一人だけってことだったし、第一君みたいな能力者がボロボロ落ちてきたら、この世界が崩壊しちゃうよ。ツカサ君一人だけの力でも恐ろしいくらいなのに。それに、異界から人間を呼べる存在なんてこの世界には存在しない。じゃなけりゃ、黒曜の使者一人に驚いたりしてないと思うよ」

 そうだよなあ……。
 もし俺と同じ能力を持った人間が居たら、多分俺と同じように曜術を習って認定試験を受け、今頃はかなりの地位に居座ってるはずだ。
 冒険者としても期待の新星となって調子に乗ってるかもしれない。

「ギルドで最近目立ちまくってる人とかいる?」
「いや、いないね。一応世界新聞とか読んでるけど、これといった事件はないよ」
「じゃあ、俺以外の奴も来てるって可能性は薄いか」

 俺の力くらいでも、危険性が判らなきゃファンタジー好きな奴はバンバン使っちゃってただろう。そんなもんぶっ放して騒ぎにならないはずはない。
 そこが面倒の始まりなのだ。

 過ぎたる力は必ず領主や国王にバレる。バレたら召集を受けて冒険どころではなくなって頭の痛い展開になってくるんだ。俺知ってるよ。ネットでみたもの。
 エロ画像集めてるだけじゃないよ。ちゃんと健全なのも見てるよ。
 だからこそ、気を付けなければならない。

 俺と同じ年頃の日本人ってのは、ファンタジーとなるとどうにもハイになって無意識に無双してしまう。俺だって始まりが王道展開だったなら、迷わず無双してただろう。魔法が使い放題で楽に威厳を示せるなら、怖いものなんてない。
 だから、奴隷になって湖の馬亭にいかなけりゃ、今頃はギルドに辿り着いて一足先に名うてのソロ冒険者になっていただろう。

 名を上げて地位の高い人間に乞われるってのは王道で憧れる展開だけど、この世界の危険さ……特に人間についての怖さを説かれた今となっては、奴隷になって良かったなと思うばかりだ。
 俺は勇者気質じゃないし、生まれついてのお調子者だ。物事を深々と考えるのが苦手な上に、優しい人にはすぐ尻尾を振ってしまう。
 こんなんじゃ、もしかしたら今より酷い事態に陥っていたかも……。

「はー……俺身軽な身分でよかったあ……」

 まんじゅう頬張りながら人の金で観光とか、完全に棚ボタほのぼの旅行じゃん。そんな事普通に王道突っ走ってたら出来るこっちゃない。

「僕も、出会えたのがツカサ君でよかったよ。そうじゃなきゃ、今こうしてのんびり観光もしていられなかっただろうしね。それに……僕達の世界とは異なる世界があるっていう可能性すら忘れていたかも」
「そっか、俺の事だって伝承に過ぎないんだもんな」
「うん。それに、この世界には異世界を連想させるような話っていうのは殆ど存在しないんだ。異界を認識しているものがいるとすれば、そいつはよほどの変わり者か物凄い博士かどちらかだろうね」
「そんなにかあ……」

 この世界の人間にとって、別の世界って言うのは本当にどうでもいい事柄なんだろうな。流通が発達してないってことは転移魔法も一般的じゃないんだろうし、ブラックの口ぶりでは伝承自体もそうメジャーな物ではないっぽいし。

「まあ知らない事って色々あるよな。アンタもけっこー謎だし」
「……僕の事、知りたい?」

 見上げた先にあるのは、少し不安げな顔。
 やっぱり、そんな顔するくらいには問題があるんだろうな。こいつの過去って。
 色々と思う事はあるけど、と思いつつ、俺は気楽な顔で肩を竦めた。

「別にいーよ。話したい時が来たら、話してくれればいい。俺も自分の事一から十まで説明するってのはちょっと抵抗あるしな。全部知ろうとしなくたって、アンタはアンタだろ」

 とか格好いい事言ってますけど、俺はこの世界に来た切欠として最有力な理由を話したくないだけですからね。マジで。
 いやだって、エロ画像の事で女子にリンチ喰らわされて総スカンされたのを嘆いて「もういやだー。俺のエロレベルに合う世界に行けたらなー」って嘆いてたら異世界に飛ばされました。……とか言いたくないでしょ。
 どう考えても恥オブ恥でしょ。この事は墓場まで持っていく。

 そんな事を俺が思っているのに、ブラックは何に感動したのか目を潤ませて情けなく口を歪めているわけで。

「つ、ツカサ君……」
「それよりアレ見ろよ、竜のあぎとだって。うっわー、めっちゃ赤いぞ……あれに落ちたら死ぬよな。絶対親指立てながら沈んでいくよなみんな」
「あああああ君に会えてよかったあああ」
「ギャー!!」

 ああもう何でこのオッサン感動すると抱き着いて来るの!? 趣味なの!?
 とは思いつつも、無理には引き剥がせないお人好しな俺だった。
 ……まあ、オッサンも色々ありそうだったしな。








 
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