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ゴシキ温泉郷、驚天動地編
またお前かトラブルメイカー 2
しおりを挟む「なあ、今日の定食はなんだろうな」
「昨日は確か川魚の料理だったねえ。そうすると、肉かスープかな?」
光が燦々と差し込む廊下を歩きつつ、俺とブラックは他愛無い会話をする。
「川魚……めちゃくちゃ魚臭かったなあ……」
「至極当たり前で仕方のない事さ。干物はみんな喜んで食べるけど、それ以外はかなり臭うから誰も食べようとしない。食堂で出るのは、安価で量があるからだね。美味しい魚を食べようと思ったら高級店にでも行かないと」
この世界の魚ってそんなに生臭いの。
でも干物にしたら喜んで食べるってことは、調理法がマズいんじゃないか?
俺の世界の西洋でも、昔、腐った肉なんかの臭いや味を誤魔化すためにコショウだとか香味料とか、ソースを使ったっていう話がある。
だから、この世界にも臭みを消す技術もあるとは思うんだけど……どうも一般的ではないらしい。
流通産業が発達してない時代だったから腐るのは仕方のない事だけど、この世界って守護獣とかがいるんだろ? 空飛ぶ守護獣がいるんなら、腐らないように輸送できないのかなあ。
それに、魚を美味しく食べる方法とかも伝わってないんだろうか。海辺の街だったら刺身とかやってそうだけど……。でもこれ、ライクネス王国が田舎だからって問題じゃないんだよな、ブラックが魚はマズイって断言してんだから、世界的な問題なのかも。まさか、この世界の人って刺身食べないとか?
……俺、刺身とか好きなんだけどな……。
特にハマチ。ハマチ最高。
婆ちゃんの家に行ったら、婆ちゃんは必ず俺の為に新鮮な刺身を魚屋さんに注文してくれてたんだよ。それがもう、旨味があって美味しいのなんのって。
何故か醤油が甘いのは気になったけど、それを付けて食べると刺身の旨味とマッチしててご飯が死ぬほど進むんだ。初めて食べた時は衝撃的だったよ。
ああ、あの刺身はもう食べられないんだな……。
……いや、そうではなく。だから多分、調理法が問題なんだよな。
ヒマになったら魚を釣って、生臭さを取る方法探してみようかな?
「ツカサ君どうしたの」
「あ、いや、生身の魚がうまけりゃいいなあって」
「夢のまた夢だねえ」
「ゥキュキュ?」
俺の肩の上で、ロクが不思議そうに首をかしげている。そういやロクは野生生物だし、臭みとか別に気にする事ないもんな。基本生で食べるから。
魚料理も美味しそうにパクついてた気がする。
「でも、お前だって美味しい食べ物の方がいいよな」
「キュー!」
ロクが「そのとぉーりっ」とばかりにぴょいーんと背を伸ばした。
その、直後。
「うぐががが」
すっごく気味の悪い声が、聞こえてきた。
「え、これなに、幽霊? やだこわい」
「落ち着いてツカサ君。これは生身の人の声だよ」
「がががげごご」
「廊下の外……中庭から聞こえてくるみたいだ」
中庭っていうと、廊下の先にある通路から行くあの綺麗な花園か。
ゴシキ温泉郷は湯の街だけあって、気温も暖かく一年中花が咲いている。だから、街には花が溢れているのだ。紫狼の宿の中庭も、とても綺麗だった。
そこからこの壊れたウシガエルみたいな声がしてるわけ?
凄く場にそぐわない。
「……なんで人間があんな声を?」
「さあねえ……どうでもよくない? さ、食事に行こっか」
「おまっ……人間って判ってるのに放置かよ!」
「えー。だって死のうが生きようが僕には関係ないし。お腹減ったし」
「ひ、人でなしぃい」
面倒臭そうな顔とかもしないで、さも当たり前のように言うブラック。
なんなの、この世界って行き倒れが普通……うんまあ普通だったね。
「でもこんな綺麗な場所で変死体とか出たら気持ち悪いじゃん! 絶対化けて出るじゃん! トイレに行くにはこの廊下通るしかねーんだぞふざけんな!」
「君も結構人でなしな事言ってるけど大丈夫?」
「うるしゃいっ、何もなければそれでよし!!」
噛んじゃったやだ恥ずかしい。
でも構ってられない。人通りも少ないし、このまま死なれたら本当に困る。
俺、コワイの嫌いなんだよ。オカルト話を見るのは好きだけど、グロやスプラッタやお化け屋敷なんて絶対ムリ。だから化けて出られるの絶対イヤ。死なれる前に人間かどうか確認しなきゃ。
昼で良かった、これが夜だったら俺失神してる。
「だっ、大丈夫ですか!」
ブラックをおいてけぼりにして、中庭に走る。
廊下を曲がって中庭を通る壁のない通路に出ると、色とりどりの花が目の前に現れた。その中で、相変わらず気味の悪い声が響いている。
どこだ、どこだこれ。
「キュー!」
ロクがあっちだと頭を伸ばす。
そこには白い長椅子があり、休憩所になっているようだった。
よく目を凝らすと、倒れている人が見える。なんか微妙に痙攣してるし、アレってやばくないか。
「ちょっとぉおおお救急車よんでえええ」
慌てて駆け寄り、うつぶせに倒れている男の体を目視する。どうやら血も出ていないし、傷を負っている訳でもなさそうだ。でも油断はできないな。
声をかけながらゆっくりと、相手の体を浮かす。頭は地面についてないから、脳は多分大丈夫なんだろうけど……。細心の注意を払いつつ、金の長髪をした男を仰向けにしてやる。
そうして、出て来た顔は。
「…………げっ」
あまりに美しすぎて、近寄りたくないドヤ顔。
……それが誰かなんて、もう解りきっている。
ラスター・オレオール。あの鼻持ちならないドヤ顔貴族だった。
「ウギュー……」
「不満は解るが、見つけちゃったものはしょうがないよロク……。とにかく、どうにかしてこいつを助けなきゃ」
普段のドヤ顔美形貴族だったら助ける気も起らないが、今のコイツは顔面蒼白で凄い顔(とても言葉では言い表せない)をしているので、そうも言ってられない。
何が原因なのかと体を確認してみたが、やはり外傷はないようだ。
どういうことなのだろうと思っていると、ロクが鳴きながら俺の顔とラスターの喉を交互に見て来た。喉に原因があると伝えたいのかな?
ふと思いついて周囲を見ると、そこには布袋とナッツのような豆が転がっていた。
「まさか……のどに、詰まった……?」
「キュゥ」
あちゃー……正解か……。
思わず額に手を当てながら、俺はラスターの上体を起こした。
「こんのクソ貴族……その程度で俺をビビらせやがってぇ……!」
おかげで怖くてしょうがなかっただろうが! ばかちん! このばかちんが!
頭を引っ叩きたいが、それは後だ。
ここは、学校で習った必殺技を試すしかあるまい。
「よっし、行くぞ……必殺、ハイムリッヒ法!!」
殺しちゃだめだけど、今はツッコミはしないで。
俺はラスターの体に背後から抱き着き、握った拳をみぞおちの下から強く当てて素早く上へとスライドさせた。
そう、これはご老人が餅をノドに詰まらせた時の対処法。つまりは婆ちゃんの為に俺が覚えた技だ。こいつにやるのは勿体ないが、事態が事態だから仕方ない。
勢いをつけて何度か突き上げていると、急にラスターがせき込みだした。
「げほっ、ぐえほっ! がはっ……!!」
唾液と共に、のどに詰まっていた何かがようやく飛び出す。
「……あれ? 豆が詰まってたんじゃないの?」
出て来たものは、豆ではなかった。
それどころか食べ物ですらない。唾液塗れで地面に転がったそれは……真っ黒な、石。輝きを放つことの無い石炭のような小石だった。
戸惑っていると、ロクが威嚇して石に跳びかかる。
ただの小石なのにどうして。訳が分からないと目を丸くする俺の目の前で、ロクは小石にあんぐりと口を開けて再度威嚇する。
すると、小石からぎょろっとした目が飛び出した。
「ぎゃあああ!! ちょっ、なっ、こわあああ!?」
「シャーッ!!」
ラスターを抱えたままひっくり返る俺に構わず、ロクはその石に齧りつく。
ロクの小さな牙なんて突き刺さりそうにもない固そうな石だったのに、目玉を剥いたそれは容易く牙に砕かれた。
「ギュギャァアッ」
形容しがたい悲鳴を上げ、石……のような生物は僅かに蠢いて息絶える。
すると、黒かった体は一瞬にして色を失ってしまった。
……そこにあるのは、砕かれた塊。
いつのまにか、地面に散らばっている豆と同じ色に変化していた。
「まさか……このヘンな生き物って、豆に擬態してたのか?」
「キュキュー」
ぺっぺと口を鳴らしつつ、ロクが肩に戻ってくる。
よーしよしよし、ばっちいの倒してよく頑張ったな、ロク!
えらいえらいと撫でてやりながら、俺はゆっくりとラスターを寝かせてやった。
最初はコイツ自身の不注意からだと思ってバカにしてたけど、そうでもないみたいだ。ごめん、ラスター。不可抗力だったんだな。
「でも、どうして豆の袋の中に……?」
「ツカサくーん、終わったかい? 昼食終わっちゃうから早くいこうよー」
考えようとすると、廊下の方から呑気な声。
一瞬怒鳴ってやろうかと思ったが、ラスターを変な動機で助けようとしてた俺も人のこと言えないし、やめておこう。
とりあえず助かってよかったよ。俺は安堵して、深く息を吐いた。
「ん……」
仰向けで寝ているラスターは、ゆっくりと目を開けて俺の方を見る。
呼吸は荒くない。あの生物の欠片とかは残ってないみたいだな。今更だけど、対処法が正解で良かった。間違えてたら助けられなかったし。
「大丈夫か?」
「……おまえ、は……」
陽の光に煌めく翠の瞳が、うっすらと開いた瞼の間で俺を見る。
喋れるようなら、大丈夫か。
「気を付けなよ。アンタみたいな奴にだって、アンタを心配してる人はいるんだろうからさ」
「ツカサくーん」
「はいはい、今いくよ!」
駆け出す俺の後ろで、ラスターが何かを呟いたような気がしたが……たぶん気のせいだろう。
→
※ハイムリッヒ法はやる前にきちんと調べて
やりかたを確認してから行って下さいね!
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