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ゴシキ温泉郷、驚天動地編
8.またお前かトラブルメイカー 1
しおりを挟む「つーかーさーくんっ」
「…………」
「ツカサくぅん、ねーねー、ねえったらー」
「………………」
「ねえねえ、もう一回、情熱的にぎゅーっと抱擁し」
「シャギャ――――ッ!!」
「痛った!! ちょっ、ロクショウ君毒はやめっ、どわああっ」
ああ、煩い。
煩さすぎて涙が出てくる。
「おさるってさあ……頭がいいぶん、甘やかしたらどんどん付け上がって、前以上の甘さを要求し始めるんだよねえ……」
呟くが、俺の勝手な自論に反応する声はない。
部屋の中には、俺のケツを守ってくれてる健気で可愛いロクショウと、そのロクショウに手を噛まれてドタバタ走り回ってるみっともない中年がいるだけ。俺とまともに話をしてくれる奴なんざどこにもいなかった。
……どうしてこうなってるんでしょうね。
俺、昨日、珍しく真面目に落ち込んでるブラックを抱きしめてあげましたよね。これって普通、好感度上がったご褒美としてもうちょっと相手が大人っぽくなったり、こっちを甘やかしてくれたりするイベントですよね?
俺知ってるよ。美少女ゲームやってたから知ってるよ。
なんでそういうイベントが俺には起こらないの? 相手がオッサンだから?
それとも俺もオッサンもスケベ野郎だから?
「ツカサ君っ、ツカサ君ったら! ねえ、頼むよ、治癒の術かけてくれよここに」
「アンタ昨日やたらめったら術使うなって言わなかったっけ?」
「二人っきりの時はべ・つ・だ・よ」
「うわあ……」
久しぶりに見たよ、言葉を区切りつつウインクする奴。
何この人、ウザさ増してない?
上がっちゃいけないパラメーターが上がってない?
「シャーッ!!」
「うわっ、しないしない! やらしい事しないから! ね、だからお願い……ほら、治癒術は使えた方がいいと思うよ~。練習できてお得だよ~」
「回復薬作れるから別にいいですー。オラッこれで一人寂しく回復してろッ」
「おぐっ」
ウザい中年の頬に回復薬を投げつけて、俺は深々と溜息をつく。
色々分かりあえたのは良い事だけどさ、でも、それで好感度上がったらオッサンが余計ウザくなるって、拷問じゃない?
それとも昨日の今日でハイになってるだけなのかな。そうであって欲しいな。
じゃないと俺が精神的疲労で死ぬ。
しぶしぶ回復薬を飲んで傷を治すブラックを横目で見ながら、俺はロクを抱き上げた。
「ロク~、ごめんな迷惑かけて……」
「キュキュ!」
構わないぜ、とばかりにキリッとする我が相棒。
何故この男前な行動がロクに出来てオッサンに出来ないのか。
ロクをいいこいいこしつつ、俺は雰囲気を変えるためにオホンと咳をした。
「なあブラック、いい加減真面目に考えようぜ。これから俺、どうしたらいいと思う? 正直言うと、俺はこのまま術を使えなくてもいいんだけど……使わないとダメ?」
「真面目に」という言葉に少し反省したのか、ロクに噛まれた手の甲を擦りつつ、ブラックも難しい顔をして首をかしげる。
「うーん……術の使い方を知る事は大切だよ。それに、君の場合は制御する事や、無意識に術を使ってしまわないようにする自制の練習もしなきゃ行けないと思う。しかし、それは湖の馬亭でやる事じゃないからなあ」
「そうだよなあ……。迷惑かかるだろうし、何より、うっかり失敗しちまったら……色々と面倒なことになりそう。街中だし……」
俺は湖の馬亭に居たいけど、こうなってくると難しい事のように思えてくる。
居心地のいい場所というのは得難いと同時に保ちにくいものだ。
俺自身が前の状態でいられないんだから、湖の馬亭に帰ってもいつものように……とはいかないだろう。
「気は進まないけど……やっぱ冒険者になって放浪するしかないか」
外の世界だったら幾ら失敗しても構わないし、隠れ場所も無数にある。
それに、定住せず移動し続けて身を隠すことで、危険度はぐっと下がるはずだ。仮に追われる事になろうが、ヘタに拠点を作って籠城するよりはいいだろうしな。はあ、でもまさか逃亡者みたいな生活をすることになるとは……。
しかし、女将さんや娼姫のお姉さま達にはお世話になりっぱなしなので、恩返しもしないまま出ていくのはやっぱり気が引ける。回復薬は家賃みたいなもんだと思って作ってるしなあ。
良くして貰ったら礼を返す、これが日本人の美徳で面倒な所。
「なにも絶対に帰ってこれないって訳じゃないし、普通に生活できる目途がついたら、帰ってくればいいんじゃないかな。手紙書いたりして連絡取れば、不義理にはならないだろうし。僕が身請けしたって形にしてもいい」
「ナルホド。そういう手も有ったな……っていうかソレ、お前の思い通りになってない? 計画通り?」
「そんなバカな。そうなればいいな~とは思ってたけど、こんなに上手く行くなんて予想外だよ。最悪の場合、君を殺さなきゃいけなかったんだし」
「あのさ、お前って、サラッと外道なこと言うよな」
俺に対する遠慮が無くなったぶん余計悪化してる気がする。
こいつ、おさるみたいにこれから調子に乗りまくるのかしら。勘弁してほしいんだけど。いや、今はそういう事を考えてる場合ではないか。
しかし、身請けかあ。ブラックの金に頼るみたいでちょっと気が引けるけど、後腐れない旅立ちの方法としてはいいのかも。つーか、俺ってば今出張接待中の扱いだから、こうして話してる時間も湖の馬亭への支払いが発生してるんだっけか?
あれ。俺って実は、ブラックに結構贅沢させて貰ってる身分?
「やべー……なんか怖くなってきた」
「え? 何が?」
「あのさ、今更だけど、アンタお金大丈夫なの? ラクシズに来てから結構な金額じゃぶじゃぶ使ってるよね」
俺が記憶している限りでは、出会った夜に一度、薬草の事で奢って貰って二三度、女将さんに『会いに来る料を払え』と難癖付けられて三度、そして今の出張料金と宿代……に加えて、俺の本のお金を支払う予定になっている。
どう考えても、大袋一杯分の金貨は消費していたはずだ。
怖い。ちょっとまって。凄く怖い。
そんな大金払ってるのやばいって。
ほんとに今更だけど青ざめた俺に、ブラックはきょとんとして目を瞬かせた。
「そんなに使ってるかなあ? バンクに預けてあるお金はまだ沢山あるし、出費としては微々たる金額だけど」
バンク。銀行ってことか?
って事はこの男、支払ってる以上の金を銀行に預けてるのか。
それこそ、大袋一杯の金貨を払ってもケロっとしていられるくらいに……?
「こ、これが本当のブラックカード保持者……」
「カードは持ってないけどね。だから、お金に関しては心配しなくていいよ」
いや心配するわ!
人様のお金で気楽に豪遊って、いくらなんでも俺もそこまで豪胆じゃねーわ!
寧ろ今まで気付かなくてごめんね!?
とにかく、一緒に行動する事になるんなら、尚更心配せざるを得ない。さすがにブラックの金にばっかり頼ってちゃ駄目だ。これじゃマジでエンコーじゃん。
俺そんな爛れた男の子(かっこわらい)になりたくないよ。それでなくとも金でケツ掘られてんのに。失わなくてもいいもの失ってるのに。
冒険するってんなら、自分で金を稼げる技術を習得しなければ。
となると、やっぱ曜術師としての資格は必要だよな。薬の調合で珍しがられないためにも、木の曜術師としての称号を付けなきゃいけなくなってくる。
俺が得意としてるのは、薬の調合だからな。
こうなってしまうと、俺の運命は最初から一本道で決まってた気がしてくるけど……考えてても仕方ないか……。
「うーん、これが普通のチートものだと第一章から素材採取で悩まずボロ儲けとかだったんだろうに、俺なんでこんな遠回りしてんの……」
「キュー?」
「チートってなんだい?」
聞かないでお願い、説明が面倒だから。
「とにかく、今後の方針は決まった。女将さんとの話し合いで許可を貰えたら、曜術師の試験を受ける事にするよ。二つくらいなら良いんだよな? 木と水の属性を取って、調合に役立てる」
「うん、いい感じだね。僕が炎と金の曜術を使えるから、取り合わせも悪くない」
「え? アンタ曜術師だったの?」
「あれ、言ってなかったっけ? 僕は炎と金を使う月の曜術師だよ。木と水だったら、君は日の曜術師になるかな」
月・日の称号を持つ曜術師は、二つ以上の術を使える者に限定される。
どっちの名前になるかは五つの属性の中でどれを使えるかによるんだけど、さして待遇に違いはない。この二つの曜術師はわりと珍しいので、他の曜術師より優遇されている……とのことだが。
まあ、風体からして普通の剣士とは思ってなかったけど、ブラックも高位の曜術師だったなんて驚きだ。
あっ、図書館で受付のお姉さんが驚いてたのって、そう言う事?
この二つの称号ってなかなか見かけないだろうし、そりゃびっくりするよな。
「月と日に関してはまだまだ特別な特典があるから、今後に期待してるといいよ。……さて、方針も決まった事だし、細かい話はラクシズに帰ってからにしよう。まずは昼ご飯食べに行こうか」
「あれっ、もうそんな時間?」
「結構寝ちゃってたからね。よーし、今日はのびのび観光するぞー」
ったく元気ハツラツに背伸びして出て行きやがって。置いていくな。
まあ……落ちこまれるよりは良いんだけどさあ。
「しっかし、曜術師かあ。なんの勉強すりゃ認定されるんだろうな」
受験勉強みたいなわけにも行かないだろうし、やっぱ能力勝負かな。
そもそも認定試験ってどこでやるのかな。ギルドかな。
「キュー?」
「ん、行こっか。ロクにも沢山メシ食わせてやるからな」
「キュキュー!」
なんにせよ、ラクシズに帰ったら新たなステージに出発だ。
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