異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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終章“止まり木”の世界、出逢う全ての物語編

12.信じる奇跡

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『…………それで、俺に話したい事ってなんだったんだ?』

 先程よりもなんだか色が薄くなっているキュウマが問いかけて来る。
 その色素の薄さが心配になってしまい顔を歪めると、キュウマは溜息を吐いてヤレヤレと言わんばかりに首を振った。

『お前な……自分を陥れた奴の心配なんかすんなよ……』
「だって、その体……」

 今にも空気に溶けそうじゃないか。そう言おうとして、怖くなり声が出なくなる。
 だけど、キュウマはそんな俺の遠慮を見取ったのか小さく頷いた。

『もうすぐ俺も消えるって事だ。……もう俺は、お前を帰す力も無い。……大地の気を注いで貰っても同じだろう。そもそも俺の存在自体がイレギュラーなんだからな』
「でも、それなら俺も……」
『お前にはまだ【黒曜の使者】の称号がちゃんと付いている。……あっちの世界から帰って来た奴なんてお前が初めてだろうから、何が起こってるのか俺にもよく解らんが……この世界は、まだお前に運命を委ねているってことだろう』
「…………」

 そっか、だからクロッコと戦った時に、感情に反応して大地の気が湧き出たのか。
 俺はもう【黒曜の使者】の力がない物だと思って戦ってたから、てっきりアレは何か超常的な力かキュウマが助けてくれたんだと思ってたよ。

 でもそれなら……もしかしたら、まだ間に合うかも知れない。

「キュウマ。俺がもし……お前を助けたいって言ったらどうする」
『……え?』
「上手くいく確証はないけど、アンタにもう一度チャンスを与えて、俺も自分の望みを叶えられるかも知れないって言ったら……どうする?」
「ツカサ君なに言ってるの?」

 首を傾げつつ背後から俺に巻き付いて来るブラック。その腕をポンポン軽く叩いてあやしながら、俺はキュウマの答えを待った。
 相手は、俺が何を言っているのかが理解出来ないと言った様子だったが……真剣に話している事だけは伝わったらしく、目を伏せた。

『……そりゃ、もう一度……もう一度やり直せるのなら……でも……』
「死にたく、ないんだろう?」

 問いかけた俺に、キュウマは悲しそうに眉根を寄せる。
 何もかもを諦めているような顔だ。でも、俺にはその顔が失望しているような顔には見えなかった。クロッコのように……悲しい顔はしてなかったんだ。
 だから、問いかけた。

 ……キュウマも多分……俺と同じように、本当は何を言いたいのか自分でも解っているのに、その踏ん切りがつかないだけなんだろう。
 だけど今のキュウマには、それを理解してくれる人がいないんだ。
 なら、俺がその役をやってやればいい。俺だって、大事な人達に言われて、やっと自分を信じられたぐらい弱い人間なんだ。誰もが俺と同じだとは言わないけど……弱ってる人は、心の声すら吐き出す事が出来ないんだよ。

 だったら、手助けするぐらい良いんじゃないかなって、そう思うんだ。
 例え、キュウマが自分のその弱さを認められなくても。

「別に、誰も責めたりしないよ。……俺だってワガママ貫き通しに来たんだ。今更、カッコつけたってどうしようもないだろ」

 吐き出してしまえば良い。
 そう言うと……キュウマは、堪えていた感情が溢れ出たのか泣きだした。

 俺よりも年上みたいな雰囲気が在ったから、泣くなんて思いもよらなかったけど、今までずっと孤独で本当の願いすら口にすることは許されなかった……いや、自分を許さなかったキュウマなんだ。当然の事なのかも知れない。

 我慢すればするほど、心の中の思いは蓄積されていってしまう。
 数えきれない年月を耐えたキュウマの悲しみは、察するに余りある。俺なんかにはきっと理解しきれないくらい、キュウマは頑張って来たんだ。それを思うと、笑う事なんて絶対に出来なかった。

 でも、泣かないでほしい。
 もう泣かなくなって良いんだ。
 そう手を伸ばそうとしたと同時、堰を切ったようにキュウマが言葉を吐き出した。

『……ッ、出来ることなら……帰りたい……っ、に、俺も帰りてぇよ……! 親に会いたい、この世界にはもう何も無い、俺の居場所が無いんだ! でも、もう俺は帰れない、どこにも行けない、もう……俺はッ……』

 苦しげに声を漏らし、キュウマは涙を堪えようと俯く。
 ……どうにもならないんだとでも言うような、苦痛に満ちた慟哭だ。
 けれどその慟哭に、俺は静かに答えた。

「……だったら決まりだな。まだあっちに行けるかどうかは判らないけど……でも、それが実現できるかどうか探る時間は、お前にあげられるかもしれない」
『え……?』

 眼鏡を外し、泣きぬれた目を指で擦るキュウマ。彼らしくない泣き顔に頷いて、俺はブラックの腕を優しく外しその中から抜け出した。
 そうして、キュウマの前に立つ。

「…………俺、あっちの世界に帰った時に少し考えたんだ。……平和的な“譲渡”が間違いだったら、本当はどうすれば良かったんだろう。俺が【黒曜の使者】のまんまで世界を旅していた意味はなんだったんだろうって」
『…………』
「最初は解らなかった。だけど……国語辞典でさ、文字を調べた時に気付いたんだ」

 俺の言葉に、キュウマは「どういうことだ」と片眉を寄せる。
 その表情を真っ直ぐに見つめて、俺は言葉を継いだ。

「黒曜の使者が、神を【裁定】する。裁き、定める。それは狂ったり役目の終わった神を殺して新しい神になり替わる事だって、キュウマは言ってたけど……俺は、そうじゃないんじゃないかって思ったんだよ」
『……!?』
「裁定の意味は、善悪を決めること。反対か賛成かを決めること。そして……
 『許すか許さないか』を、決めること」

 キュウマの目が、見開かれる。
 薄い色味で見開かれた色は、それでも琥珀色の面影を残していた。
 その瞳で、俺を信じられない存在でも見るかのように見つめている。

『ゆるすか、ゆるさないか…………』
「……キュウマ。俺、思うんだ。俺がこの世界に来たのは、神様になるためなんかじゃなくって、狂いかけた世界を正しく戻す為じゃないのかなって。……だから、俺は今まで神にはならなかったんだよ。【裁定】を行う事が出来る唯一の存在として、この世界を旅し続ける事が出来たんだと思う」
『じゃあ、お前の本当の役目は……いや、だが、神はもう……』

 そう言って、キュウマは言葉を失くした。
 自分でも何が正しい答えなのかが分からなくなったんだろう。でもそれは俺だって同じことだ。まだ、本心では確証を得られていない。これはただのバクチなんだ。
 成功する保証なんてどこにもなかった。

 ……だけど、俺は戻って来る事が出来た。
 まだ【黒曜の使者】で居られる。
 俺の意志が、あの膨大な量の大地の気を呼んだのなら……――

「…………キュウマ。この世界は、俺達の世界とは違う。曖昧な力が当たり前に存在していて、意志の力で信じられない奇跡が起こせる世界なんだ。そして、俺達は……そんな世界で、自由に“創造したもの”を作り出せる力がある」
『……ツカサ……』
「俺達の願いは、本当は最初から叶う可能性が有ったんだよ。……だけど、向こうの世界から来たから……俺達は、その可能性を忘れてしまった。言葉や過去の記憶に縛られて、本当なら出来た事を忘れて無理矢理に神を失っていたんだ。だから……強制的に【神格】が渡されたんだと思う。それが、世界の意志じゃなくても」

 俺の言葉に、キュウマが瞠目する。
 やっと気付いてくれたんだ。そしてキュウマも、その可能性を考え始めている。
 そう。本当は、神殺しなんてしなくて良かったんだよ。
 ただ俺達は……――許すか許さないかの選択をするだけで良かったんだって。

『いや、だが、それだけでは俺が生きる事が出来る意味が分からない。黒曜の使者の役目はあくまでも【裁定】だろう?』
「そうだけど、キュウマが言ったじゃないか。黒曜の使者は……神と同等の能力を持っているって」
『あ……』

 絶句する相手に、俺は頷いて見せる。
 そう、最初からそうすれば良かった。たった一人で悩むのではなく……キュウマがかつてナトラと協力していたように、俺とキュウマももう一度……その力を合わせて願えばよかっただけなんだ。

「世界を大規模に作り変える力は無くたって……神様を再び復活させて、俺とお前で一緒に願えば、都合のいい願いだって叶えられる。この世界は、信じることで奇跡も起こせる世界なんだ。俺が自由に跳んで、お前の両親を探すことだって出来るようになるかもしれない。キュウマも、いつかは帰れるかもしれないんだよ」
『俺と、お前が…………神と黒曜の使者が、力を合わせて……』

 自分の手を見て、キュウマは呟く。
 もはや形も溶け始めた手は、色のついた空気の塊にしかなっていない。
 地面を映すだけで、手のシワすらも見えないその手に、俺はそっと手を置いた。

「誰かが、言ってたんだ。もうどこで言われたのか覚えてないけど……もし新たなことわりを作る事が出来るなら……存在を認めようって」
『新たな、理……』
「そう。出来るんだ。作れないと思ってただけで、出来るんだよ。アスカーがこの装置を作れた時点で、俺達は……どっちの選択肢も選ぶ事が出来たんだ! だからさ、ダメモトでやってみようぜ! もし拒否されたらそんときゃそん時だ」

 笑ってそう言うと、キュウマは驚いたような呆れたような顔をしていたが……――――やがて、破顔して眼鏡を指で軽く直した。

 その顔には、もう憂鬱な色は無い。
 俺が遺跡で初めて出逢った時の、頭が良さそうで少しいけ好かない……本当の、キュウマだった。

『お前……本当、お人好しで短絡的だよな……。それに、ずるいわ』
「んだよ人が折角一番良いコトをしようってのに」
『ああ、そうだな……。お前となら、良い。お前となら……不思議とやれそうな気がするよ……。誰も今まで成し得なかった事……お前も、俺も、誰も悲しむ事のない、新しい“理”を生む事が…………』

 感慨深げな声音で、ゆっくりとキュウマはそう言う。
 だけど、その言葉に迷いは無かった。

「ここでは、心の底から信じる事が出来たら魔法だって使いこなせる」
『ああ』
「だから、俺はお前を信じる。都合のいい願いも叶えられるって、信じるよ」
『……俺も、お前を信じよう。今まで誰にも出来なかった事を……異世界から帰ってくるなんて荒業を、お前はやってみせたんだからな……』

 キュウマが笑っている。
 もうその姿は色も薄くなってしまっていて、笑顔すらも消えてしまいそうだった。だけど、最後の力を振り絞ってキュウマは俺を信じようとしてくれている。
 だったらもう、迷っている暇は無かった。

「俺は……今から【裁定】する」

 そう言った瞬間、俺とキュウマの周囲に【黒曜の使者】の力を使った時と同じ“円と線で作り繋げた幾つもの魔法陣”が出現した。
 と同時に、その場の全てが白い光に包まれる。

「なっ、なんだ!?」

 ブラックの驚いた声がする。恐らく、あたり一帯が白い空間になってしまった事に、理解が追いついていないんだろう。
 だけどその言葉に何かを言う前に、俺は口が動いていた。

「黒曜の使者・潜祇くぐるぎ つかさの名にいて、今世の一巡を今ここに裁定する」

 自分の言葉じゃない。この魔法陣が出現した瞬間に「こう言えば良いんだ」と、頭の中に文章が流れ込んで来るんだ。けれどそれは、あくまでもぼんやりとしていて、俺が何を言いたいのかまでは制限しなかった。
 ただ、俺が正しい言葉で務められるように、導いてくれているんだ。

 その事に不思議さを感じながらも、俺は目の前のキュウマを見つめた。

「かつて神と呼ばれし者、キュウマ。理から外れ罪科により形を失い、“神ならずの神”として放逐された魂。その魂を救い、許しを得たとする事で、新たな神に据えその空席を修正する。これにより、【神格】は再びキュウマに与えられることとする」
『――――っ……!』

 そう宣言した瞬間、白い空間の床一面に張り巡らされていた魔法陣が光り輝き、キュウマの透明になった体を包み込んだ。
 すると――今にも消えそうだった体の輪郭が急にはっきりとして、色を失い向こう側が綺麗に見えていた体が、徐々に色を取り戻していく。

『あ……あぁ……』

 簡素なシャツとズボンも、その黒縁眼鏡も、肌や髪の色と一緒に戻って行く。
 そして……最後に、琥珀色の瞳に光が灯った。

「俺の……体が……」

 その声は、もう空気を震わせるだけの物ではない。
 人の声帯から発される、明確な「人の声」だった。

 ……良かった。やっぱりそうだった。
 【裁定】は相手を殺すための方便じゃない。ちゃんと意味のある……言葉そのままの、平和的な結論だったんだ。

 ただ、神様をこの世界の神として「許すか許さないか」を決める存在だった。

 ああ。やっぱりそうだった。
 やっと「世界を見よ」の意味が解ったよ。

 世界を見て回るのは、現在の神がこの世界にとって相応しいのか、本当に神として適格なのかを見極める為だったんだ。
 だから、俺達は【黒曜の使者】だったんだろう。

 同じ、超常的な力を持つ【神】としてではなく、あくまでも特別な力を持つだけの【人】として、その存在を判断できるように。

 ただの【人】として…………一番良い答えを、だせるようにって……――

「ツカサ……」

 キュウマが、涙を堪えながら俺を見ている。
 その姿をみて、俺は笑って頷いた。

「神格を取り戻せし五番目の神、キュウマ。改めて、黒曜の使者は【裁定】する。今この時から、黒曜の使者は神と共に在り、新たなる一巡の為に彼方と此方を繋ぐ者と成る。そして、第五の神の役目終わりし時、再びこの世の【裁定】を担おう。それが“新たなる世”を選んだ我の永遠の代価であり、七番目の選択である……――――」

 そう、宣言した瞬間。

 自分が見ている世界が光に包まれる。黄金の美しい光に。
 だけど、それは少しも怖くは無い。温かくて、どこか懐かしくて安心して……

 全てが光で見えなくなったと同時に、意識がゆっくりと掻き消えて行った。















 ――――やはり選んだか。


 ――――全てを選んだ。全てを成立させた。面白い。


 ――――認めよう。新たな存在。これでまた世界は巡る。免れる。


 ――――名に意味を持つ者。我々が、認めよう。新たな意味を与えよう。




 新たな“ことわり”をつかさどる存在、潜祇くぐるぎ つかさとして。












 
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