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終章“止まり木”の世界、出逢う全ての物語編
はじまりの物語
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「おい、まだ修正出来てねえんだよ。時間調整に苦労してんだから無茶いうな」
「でもさ、いまさら白い部屋って……これホントは最初にやる事じゃないの……?」
「煩いなお前転移だろーが転生じゃねえだろうが! 細かい事言うんじゃない!」
継ぎ目も何も無い、ただ真っ白な空間。
その場所に胡坐をかいて頭を掻き乱している一人の男がいる。
俺はと言うと、その男……いやまあ、身長が違うだけで同年代なんだけど……まあ細かい事は言うまい。だってコイツは俺よりも長生きしてるんだしな。んでその男の背後から、顔を覗き込んでいた。
「にしても……本当に良いのか? あっちとこっちを行き来するっつっても、初めての事だし……下手するとお前の体に重大な変化が起こるかも知れないんだぞ」
「もう起こってるし今更じゃないのそれ」
「ぐぅっ……それはそうだが……プログラムが狂って座標が安定しなくなる可能性もあるし、そもそも俺だってこんな“改変”初めてなんだ。どうなるか解らんぞ」
怖い事を言われるが、しかしもうやめますとは言えない。
というか、俺の裁定時の宣言を実行するためにもやって貰わねばならなかった。
「そうは言うけど、俺やるって宣言しちゃったし……」
「まあ……そのお蔭で、新しい“改変”が可能になったのは確かだがな……とにかく、今は何とも言えん。準備が出来るまで下に降りてろ」
「うん……。しかし、アレだよなあ。神さま専用のコントロールルームがあるとか、マジでチートもの小説みたいだよな」
言いながらぐるりと見渡しても、白しかない。
だけど、この世界には【神】にしか見えない何かがあるらしくて、目の前の男……キュウマは、先程から腕を組んで目を閉じうんうん唸っていた。
「チートっていうか……そこに入れるお前もチートだがな。……まあ、この世界の“理”を変えたんだから、これも当然なのかも知れないが」
眉間に寄りまくった皺を指でほぐしながら、キュウマは胡坐をかいて言う。
実感は無いけど、今ここに生身の彼がいると言う事は、確かに何かが変化したのは間違いない。
「まあ、その……なんだ。……そう時間がかかるワケでもない。明日には組んどいてやるから、お前はあの面倒臭いオッサンどもでもあやしてろよ」
「ん゛、んん……」
あやすって、赤ん坊じゃないんだから。
いやでもアイツら時々凄く子供っぽいからなぁ……などと思いつつ口籠っていると、俺のすぐ傍に小さな穴が開いた。そこには緑豊かな地面が見えている。
「どこに居ても、この世界でなら俺はお前を見守ってやれる。……どーせお前は大人しく出来ないだろ。出来るまでオッサン共と旅でもしてな」
「そ、そんな俺が落ち着きないみたいな……」
「落ち着きないだろ実際。どっちの世界も行き来して、美味しいとこどりをしようってんだからな。だってのに、こーんな空間に押し込められる俺の身にもなって見ろ。当分は力も戻ってないから動けないし、世界の修正し通しで娯楽もねえんだからな」
在宅ワークどころかヒキコモリだぞ、とわざとらしく不機嫌そうに顔を歪める。
だけど、キュウマは元から不機嫌そうな顔立ちがデフォルトだ。表情よりも怒っていない事は、俺もなんとなく分かっていた。
「だったら、なんか書いてみたら?」
「あ?」
「キュウマって、結構記録遺したりしてるじゃん。実は文才あるんじゃない?」
そう言うと、キュウマはまんざらでもなさそうな顔で目を開いた。
「……そうか、記録か……。ここでも世界の様子は好きに見られるんだったな」
「ん?」
「ああ解った解った。こっちはこっちでちゃんとやるから、心配すんなって。お前だってこんな雑談で時間を潰したくないだろ。長引くと計画も伸びるぞ」
「う、うーん……。じゃあ頼むぞ。あっ、でも疲れたら休めよ、ちゃんと休んで体調整えないとダメだからな!」
「はいはいお前はオカンか! はよう去ね!」
しっしと手で追い払われつつ、俺は横の穴から地面……地上に降りた。
なんだよキュウマの奴、急に追い払いやがって……まあ、頑張ってくれるって言うから、長居して邪魔するのもアレなんだけどさあ。
でもなーんか引っかかるんだよなぁ。何か思いついた感じの顔をしたと思ったら、ニヤニヤしたりして……キュウマが楽しいならいいけどさあ。
「っと……えーと、ここは……」
キョロキョロと見渡すのは、瑞々しい緑の葉を付けた木々が生い茂る森だ。
キュウマが言うには「まだこの世界全体の座標を把握するのが難しい」という事だったから、もしかしたら遠い所に出てしまったのかも知れない。
でも、この「場所」なら、別に怖がる必要も無かった。
「とりあえず……ペコリア達に誘導して貰……」
「ム、いたぞ」
「おーいツカサくーん!」
おい、せっかく久しぶりに愛しいもんすたーふれんずと触れ合おうと思ってたのに、何でタイミング良く現れちゃうんだよお前らは。
まあ見つけて貰えてラッキーだったけどさあ!
「んもー、あのクソ眼鏡に呼び出されたと思ったら、急に離れた場所に出て来るんだもん。びっくりしちゃったよ」
そう言いながら低木や草木を掻き分けてやって来るのは、ウェーブした赤い長髪をキラキラと輝かせる、無精髭だらけの大柄な男。
身なりさえちゃんとすればイケてるオッサンなんだけど、だらけた顔とそのヒゲが色々と台無しにしている。本当に、きちんとしてキリッとしていればなあ……。
「ん? どしたのツカサ君。……ハッ、さてはあいつに犯され……っ」
「だーっバカバカ! なんでお前はシモ方面しか物事を考えられないんだよ! 何も無かったっての!!」
「でも神の空間って白い空間なんでしょ!? そんな楽しみもクソもない禁欲空間にツカサ君が行ったらモンスターの群れに肉を放り込むようなもんだよ! 飢えたオスに犯されたっておかしくないじゃない!」
「キュウマは女好きだっての! つーか同郷の奴とそんな事になりとうないわ!」
いい加減にしろと怒鳴るが、赤髪のオッサン……ブラックは、俺の目の前に自分の左手の甲を見せて来てギャーギャーとだらしのない泣き顔でまくしたてる。
「だって僕婚約者だもんっ!! ツカサ君の心も体もメス穴も僕の物なのにぃっ!」
「めっ……メス言うなー!!」
バカアホ変態おたんこなす、なんでお前はシラフでそんなこと言うんだよ!
そっ、そりゃ……ゆ……指輪は大事に持ってるけど、こっ、婚約者だけども……!
だからって何でもかんでも許すと思うなよ!
「いやツカサはメスだろう。何をいまさら」
そんな事を当然のように言いながら遅れて近付いて来るのは、青い光を浮かべる黒に近い不思議な髪色をした、ぼさついた野性的な髪形の男。まるで野生児なのではと思うほどの毛量だが、褐色の肌と筋肉の起伏のある長躯が異国の武人のような感じを醸し出している。それを強調させるのは、獣人たる証の熊の耳だ。
「く、クロウ……」
「それより、道はこっちで良いのか。ライクネスなんて来た事が無いから解らんぞ」
ふんふんと鼻を鳴らしつつ周囲を見やるクロウに、話題が変わって良かったとホッとしながら俺も同じように森を見渡した。木々の隙間から草原が見えるな。
どうやらここは道から少し離れた森らしい。
三人でガサガサと森の外に出ると、そこには広い草原と一本の長い道がどこまでも広がっていた。……なんだか、この世界に来た時の事を思い出すなあ。
「ツカサ君、なに笑ってるの?」
首を傾げて俺を見やるブラックに、俺は肩を軽く竦める。
「いや、初めてこの世界に来た時も、森の中から脱出してたなって」
「そうなのか」
「そっか、クロウには詳しく話してなかったっけ」
長い長い草原の道を、風に吹かれながら歩き出す。
その間に、俺はクロウにもこの世界に来た時の事を話した。
気持ち良い風が吹いて、草の揺れる音がして、春の国の青い匂いが清々しい空気と一緒に肺に流れ込んでくる。
三人で歩く道は、目的地まで長いはずだったのに……話す内に、とても長い距離を踏破してしまっていた。
――――いつも、そうだったな。
ブラックと二人だけで旅をしている時も、クロウが加わって三人になった時も、旅をしている時の苦痛なんてちっとも考えつかなかった。
歩くことさえ楽しくて、会話が変な風に途切れる事も無くて、むしろ街に到着するのが少し残念なくらいだったんだ。
ずっと抱いていたその気持ちは、今でも変わる事は無い。
それが、なんだか今の俺には嬉しかった。
「ところで……ツカサ君、なんで急にライクネスに行こうって言い出したの?」
風に髪を揺らしながら、ブラックがあくびをする。
心地いい陽気と疲れも少ない歩幅で眠くなってきたんだろう。
苦笑しながら、俺は前を向いた。
「……クロッコを神族の島に届けて、色々とやり終わって……そんで、やっと一段落ついたからさ。だから約束を果たしに行こうって思って」
「約束?」
「うん。今までたくさん色んな事が会って、出来なかったから」
そう言うと、何をしに行くのか大体の事情を把握したのか、ブラックは興味も無さそうに「ふあぁ……」とだらしない声を漏らして口に手を当てた。
「ツカサ君もホントそういう所マメだよねえ……」
「マメとかじゃなくて、恩人には真摯な態度で臨むのが当然だろ。……だって、あの出会いが無かったら俺は……」
そう、言おうとして、自分が何を言おうとしたのか理解し声が出なくなる。
だがその失態を目敏く嗅ぎつけたのか、オッサン二人が両側から覗きこんできた。
「ン? オレは?」
「俺は、なに? ねえねえツカサ君なに? 出会いが無かったらなーにー?」
「あーもー煩い煩い煩いっ!」
「あは~、ツカサ君たら顔真っ赤で可愛い~!」
わあもう抱き着いて来るなっ、クロウも対抗して抱き着くなー!
なんでお前らはこう天下の往来で恥ずかしげもなくうう!!
だが俺も負けないっ、こんな辱めには負けないんだからなっ。
ぎゅうぎゅう抱き締めて来ようとするオッサン二人が「お互いには触れたくない」と思って一瞬腕を緩めた瞬間に、一気に下にずり落ちて俺は華麗なスライディングを決めてドタドタと格好悪く走った。
と、草原の道の先に、今も記憶にはっきりと残る壁に囲まれた街が見えてくる。
「あっあっ、みっ、見えた、ラクシズ見えた!」
「ああんツカサ君待ってよぉ!」
「ムゥ……もっと抱き着きたかった……」
「さー行こう早く行こう! 湖の馬亭の女将さん達に会いに!」
背後から不満げな声を漏らしながらも追いかけてくるオッサン二人に、俺はいつの間にか大笑いしながら駆け出していた。
ああ、そうだ。この街から全部始まった。
だからきっと、俺はガラにもなくあんな事を言おうとしちまったんだろう。
でも、それは本当のことだ。アンタと……ブラックと出逢ってから、俺の、俺達の長い長い旅は始まった。たくさんの人と出会う、繋がる旅が始まったんだ。
この旅の始まりは、アンタの名前を呼んだ時だった。
今はもうその意味の変わった――俺が変えた、ブラックと言う名前を。
そして、俺はこれからもずっと、アンタの名前と一緒に旅を続けるだろう。
俺が望んだ、この世界で選んだ「命を賭けて祈った願い」と共に。
…………だから、恥ずかしいけど、今もずっと思ってる。思い続けるよ。
今はまだ、なんだか恥ずかしくなっちまって言う事が出来なかったけど……。
でも、いつかこの胸の指輪と違う、もう一つの指輪を指にはめる時が来たら。
この旅に、また“アンタと一緒に歩く旅”が重なる時が来たら、きっと言うよ。
――――あなたが、初めての相手です。
あの時、初めて出逢った……大好きで、一番大事な人ですって。
「アイツは、あんまり頭が良くないみたいだからな。……だから、いつか……俺も【神】として手助けできるように、記録を付けておいてやろう」
少し考えて、ペンを持つ手が止まる。
白い空間で生み出した初めての“創造物”は、使用者を急かすように揺れていた。
目の前のやけに重厚な本も、今か今かと表紙に銘を描かれる時を待っている。
そんな、たった二つのささやかな創造物に、キュウマは小さく笑った。
「格好良い名前なんて、アイツにゃ似合わないよな。いっつもドタバタして足掻いて盛大に笑って、馬鹿みたいなことをして……」
今「視ている」だけでも、飽きる暇がない。
こんな姦しい存在が自分を助け導いてくれたなんて……夢を見ているようだった。
だが、自分は今、この世界に存在している。命ある者として形を持っている。
彼が、全ての「楽しい」を再び連れて来てくれた。
そしてこれからも、きっと…………
「……ああ、そうだな。全然格好良くない、でも、これ以上ないタイトルだ」
金の光を放つペンで、亜麻色の艶めく表紙に綺麗に文字を刻む。
まるで金箔を散らしたような輝きを放つ文字は、本に染み込んで淡く光らせた。
「ツカサ、お前の……お前達の、物語だ。
その題名は…………――――」
『異世界日帰り漫遊記』
終
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