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廃荘ティブル、幸福と地獄の境界線編
古来より、腹を割って話す場所は決まっている2
しおりを挟む早速、俺は二人をリビングに待たせて風呂場へ向かった。
ブラックが所有者だと言うこの別荘……のような建物は、誰が作ってくれたのかは知らないけど、結構高級な造りをしている。
そう確信できるのは、俺が実際この世界の民家を見て来たからだ。
この世界の庶民の家には広い台所なんてないし、村だとそれこそ江戸時代の長屋的な造りの所も少なくはない。風呂なんて以ての外だ。ライクネスの蛮人街でそこそこ儲けている(女将さん談)湖の馬亭ですら、男女関係なく、体を洗う時は井戸水でばっしゃーって感じだもんな。風呂のフの字もなかったんだよ。
まあ、ライクネスは貴族しか風呂に入る習慣がないし、あの国の街の多くが“民家が密着し立ち並んでいる形式”な事を考えると、お風呂を作るのにもお金がかかるっぽかったから、そこは仕方がない所もあるのだが……それにしたって、この大陸の庶民における“お風呂所有率”は本当に低かった。
仮に、お湯を頭から被る文化が有ったとしても、風呂桶が家に常備されてる家は、そう多くは無いだろうなあ。まあ、温かいお湯に浸かる習慣が無いのは、常冬の国であるオーデル皇国以外、冬にならないからってのも大きいんだろうけどな……。
とにかく、風呂を作るってのはそれだけで贅沢の証なのだ。
俺達は今までそういう宿屋を選んで来たり、運よく風呂がある場所に辿り着いたりしたので、そこまで不便は感じてないが……これが本当に安宿木賃宿の旅だったなら、俺は今頃昔のファンタジー小説に出てくる浮浪者みたいに、ノミだらけの不潔極まるオッサンっぽくなってたんだろうな……。
でもそういうキャラに限って強かったりするから侮れないんだよな。汚れ落としてサッパリしたら「さ、さてはお前、○○王国の名のある騎士!」みたいな展開とかも多かったし。俺がやってもただの小汚いガキにしかならんのが残念だが。
いやしかし、この世界ノミとか居ないんだっけ。ううむ、変な世界。
…………じゃなくて!
とにかく、風呂ってのは本当に大事なんだ。女の子にモテるには必須なのだ。
清潔さってのは一つのステイタスでもある訳だな。
だから、風呂があるってのは本当にありがたい事なんだが……ここって、入浴する習慣がある国なんだろうか。それともマジで高級な別荘って事なのかな。
まあ、ブラックって昔取った杵柄で死ぬほどお金持ってるらしいし……誰かにこの家を貰ったって感じの事を言ってたから、貴族様のお礼みたいな物なんだろうか。
…………貴族に傅くブラックってのも想像できないが……考えても仕方ないな。
とにかく準備を済ませようと、俺は台所横の廊下を隔てた先に在る洗面所に入り、風呂場の引き戸を開けた。
うむ、いつみても広い風呂だ。とは言っても、ラスターの家ほどデカくはないし……トランクルの貸家より一回り大きいって感じかな。俺の実家はマンションだが、その風呂と比べるとだいぶデカい。うむ、クロウかブラックを浴槽に突っ込めば何とか大丈夫そうだな。三人だと立ち湯になりそうだが。
「えっと……風呂桶にお湯を入れる前に、タンクを満杯にしたほうが良いか」
ドアの対面の壁にはわざとらしい猫足バスタブがあり、その横にはボイラーっぽい長方形の大きな箱がある。だが、その箱は別に湯沸かし器と言う訳ではない。
この箱の中にお湯を入れて、保温しておくのだ。
炎の曜術師なら、ここに水を溜め、直接箱を燃やしてお湯を作るらしい。要するに、この箱は保温ポットのようなものなのだ。
もちろん、ここに入れておけば三時間くらいはお湯もずっと温かい。
こういう所からしても、この家は炎の曜術師仕様にカスタムされてるっぽいんだよなあ。……本当、どういう人が作ったんだろう。
箱にどばどばとお湯を入れつつ、俺はもぞりと足を動かす。
「…………そう言えば、先にこのケツをどうにかしなきゃな……」
そう。ケツ。いや、ケツっていうか……正確に言うと、ナカの話だが。
二人と風呂に入るなら、絶対にコレは先に終わらせなきゃならん。
仕方なく、俺は人が近くに居ない事を入念に確認すると、戸を閉めてなんとか己で後処理をした。抱えられたりしていたおかげか、ナカの物は殆ど流れ出ていたらしいが……それにしても、やっぱりケツに指を入れるのは嫌だ。
こんなの盛り上がってる時でもないと絶対嫌だわ。カンチョーと何が違うんだ。
シラフの時は触ってもなんとも思わない事にホッとしつつ、俺は自分の体を【ウォーム・ブリーズ】で乾かして外へ出た。
ふふふ、俺ってばホント有能だわ。あとはこの素晴らしい能力を家事じゃ無く戦闘に生かせれば完璧なんだけどな! ハハッ……いかん落ち込んできた。
そんな場合ではないと頭を振って、俺はタオルやら何やらをしこたま用意すると、やっと二人を洗面所に招いた。
「よし、じゃあお前ら服を脱げ!」
「なんでツカサ君から脱がないの?」
「俺から脱いだらお前らここで何かやらかすかもしれないだろ」
風呂をおじゃんにさせる事は絶対に阻止するからな、と睨むと、ブラックとクロウは俺の睨みに体が竦んだのか、言葉を詰まらせすごすごと服を脱ぎだした。
あれ、俺ってば実は睨みスキルとか上がっちゃったかな?
うーむこういう時にスキル表示が無いのが悔やまれるな。俺が強くなっている証が判らない。ふふ、でも俺って実は知らない内に成長してたんだな。
「よし、ブラックかクロウ、先に体を洗って浴槽に入れ」
「えっ、何でさ」
「洗い場に三人もいたら、ギュウギュウになるだろ」
「じゃあ入らなきゃ良いんじゃ……」
「ええい男が一度決めた事をごちゃごちゃ言うんじゃねえ!」
早く入れと二人の背中を押しだすと、二人はバスタブからもうもうと立ち昇る煙に上手いこと下半身を隠しながら、腰に手を当てて互いを睨んだ。
「ム……」
「ったく……」
どうするのだろうかと見ていると、ブラックは忌々しげに顔を歪め、クロウはちょっとだけ不機嫌そうに相手を見ながら数秒黙って――二人は素早く手を出した。
一瞬、殴り合いかと思ったが……。
「な、なんだじゃんけん……」
ホッと胸を撫で下ろすが、その間にも戦いはヒートアップしていた。
何度も何度もじゃんけんしながら勝敗を付けようとするが、二人ともよっぽど動体視力が良いのか相手の手の内を見切って必ずあいこにしてくるので、ちっとも勝負が決まらない。あとチョキのハサミが閉じててなんか変。
だが、視覚の騙し合いと言うのも、煙の中ではそう何度も上手くはいかず。
「ぐっ……!!」
「勝った!!」
以外にも勝利したのは、熊の手のごとく閉じたパーを出したクロウだった。
「ぐぬぬ……この駄熊……!!」
「あーはいはいっお前はいつだって一緒に入れるんだから文句言わないの! ホラ、さっさと体洗って浴槽入って。そうしないと俺が入れないだろ」
そう言うと、ブラックは急に大人しくなって体をササッと洗い始め、バスタブの中によっこらせと入ってしまった。なんだ、急に物分かりが良くなったな。
何故だかよく解らんが、まあとにかく良し。
俺も汗が染みた服やあまり考えたくないモノの染みた靴下を放り出し、ようやく煙が満ちる温かい部屋へと足を踏み入れたのだった。
「ツカサ、オレも体を洗うのか」
扉を閉めた途端に聞いて来るクロウは、俺達と同じく一糸まとわぬ姿だ。
しかし、まだ髪を縛っている事に気付き、俺は「しまった」と額を叩いた。
そーだそーだ、このオッサン達って寝る時すら髪を解かないんだった……。
「ちょっと、二人とも後ろ向いて。髪紐解かなきゃだめだって」
「えー? またぁ?」
「ム……こうか」
不満を垂れるブラックと素直なクロウは好対照だが、そこを突いてもヤブヘビだ。
俺は二人の髪を解いてやると、まずはクロウの体を洗ってやることにした。
「あっ、ツカサ君なんで駄熊の事……」
「クロウは俺達を心配して一人、しかも生身で探しに来たんだぞ? 馬も使ってない熊の足でだ。それを考えると労わってやるのも当然じゃないか」
「僕だってツカサ君のこと一人で探したよ」
不満げに浴槽の縁にかじりつくブラック。
そんな相手に苦言を呈したのは、意外にもクロウだった。
「お前がオレ達を勝手に置いて行ったんだろうが。もしあの場所に居れば、オレも水麗候も、恐らく神族達も全力で捜索に協力したはずだ。それはお前が悪い」
クロウ……意外と言うな……。まあ、怒ってるんだからそれくらいは言うか。
しかしブラックも負けずに言い返してくる。
「僕はツカサ君を確実に追える力があったから行動しただけだ。お前らがツカサ君を探しても、どうせ辿り着けない。それに、大人数でドヤドヤ嗅ぎ回られたらこっちが迷惑だ。一人の方が気楽だったんだよ。だから僕は悪くないっつうの」
「だが一言……っ、一言あっても良かっただろう……!」
クロウの肩がワナワナと震えている。
堪え切れない動揺した声に、ブラックは先程と変わらない声で返した。
「なんでお前らに一言伝えていかなきゃいけないんだ?」
「仲間なら互いに協力し合うのが当たり前だろうが……ッ」
「ハァ? 仲間だからって協力する必要ってどこにあんのさ。パーティーなんて元々利益優先の一時的な集まりだろ。戦闘以外で協力する必要なんてどこにある」
あ、やばい。
この流れはいけない。
「お前と言う奴はオレ達がどれだけ探したと……!!」
「煩いなあ探した探したって僕の苦労も知らないで不満言ってんじゃねえよ!」
「苦労だと!? そんなもの一人で飛び出したから」
「何も知らない癖に説教垂れようとしてんじゃねえよ!」
「なんだと!!」
「わ――――ッ!! 落ち着けっ、落ち着けってばー!!」
風呂の水を思いっきり飛ばしながら上体を起こして怒るブラックに、クロウも怒りを抑えられなくなったのか立ち上がろうとする。
ヤバい。クロウの熊さんシッポが膨れ上がってる。ブラックの目も怒りにギラギラと燃えているみたいだ。これはもう完全に喧嘩腰じゃないか。
絶対にこのままだと殴り合いが起きる。
そう思った俺は、二人の間に飛び込んだ。
が。
「イデッ!!」
床に飛び散ったお湯で思いっきり滑って、横っ腹を思いっきり浴槽の縁にぶつけてしまう。そのまま倒れ込みそうになったが、寸での所で俺の体は浮いた。
「もっ、もうツカサ君、危ないじゃないか!」
「慌てて入ってくるんじゃない!」
浮いたと思ったが、どうやらオッサン二人に体を抱えられていたようだ。
こっ恥ずかしかったけど、しかし俺のドジで二人の怒りが霧散したぞ。今のこのチャンスを逃す訳には行かない。俺は間抜けな格好のままで二人を見やった。
「なあ、二人ともちょっと落ち着けよ。……二人とも言いたい気持ちは分かるけどさ、でも、相手がどんな風に過ごしてたのかブラックもクロウも知らないだろ?」
「グ……」
「む……」
俺の言う事も尤もだと思ってくれたらしい。
よしよし、二人ともなんだかんだで冷静になってくれてるじゃないか。
もうひと押しだと思い、俺は二人の目を交互にじっと見つめた。
「だから、まずは……今までの事を話し合おうよ。ブラックもクロウも、自分がどんなに大変だったかを知って貰った方が、お互いの言う事を理解しやすいだろう?」
ここでは何を隠す事も無い。全員裸なんだから、気取らなくたっていいんだ。
湯冷めするなら俺が湯を追加してやる。
だから、心行くまで自分がどれほど大変だったかを訴えればいい。
そんな俺の思いにやっと答えてくれたのか、二人は頷いてくれた。
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