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廃荘ティブル、幸福と地獄の境界線編
好きも嫌いも貴方次第2
しおりを挟む「ねー、本当にその量使うのぉ……」
「まあ見てろって」
台所に件の野菜を持って入り、念入りに水洗いする。
根っこ型だけど太さや色は完全にニンジンのソレなので、分かれた根っこにそって切り分ければ、ちょっと不格好なニンジンってレベルで異物感は感じない。
しかしブラックはと言うと、台所の外から俺を不安げに見つめていて、先程までのリラックスしてだらけた様子など欠片も無かった。まあ、さもありなん。
なんたって、今から嫌いなものを食わされるわけだからな。
しかし、なんでブラックってばそんなにニンジンを嫌うかなあ。
そら独特な味がするけど、料理すれば美味かろうに。
とは言っても、ブラックからしてみれば全体的に嫌なんだろうが。人間ってのは、嫌いと決めた食べ物をそうそう好きにはなれない物だもんな。対人関係でもそうなんだから、体に取り入れる食べ物なら、その主張も余計に激しくなろう。その気持ちは俺にも解る。
だが、試してみないで諦めるのはもったいない。となれば、まずは色味香り云々に慣れるより「美味しい」という経験をさせる事が大事だ。
いつまでも苦手意識を持っていたら、食べられる物も食べられなくなる。
それでも食べられない物も有るだろうが、とにかくまずは「完全に存在が無くなったけどそこにある」状態の物からチャレンジして、いけるかどうか試してみようではないか。好き嫌いを決めるのはその後でも遅くは無い。
それに……栄養が有りそうな物を食べて、早く左腕を治したいって思ってるのは、ブラックだけじゃなく俺の願いでもあるワケだし……。
…………ま、まあ、そんな感じだから、とにかくチャレンジあるのみだ。
「……で、ツカサ君は何を作るの?」
「ケーキだよ」
「……ケーキ?」
「前にホットケーキ作ったじゃん。アレの、パンにちょっと近い感じの奴だよ」
そう言うと、ブラックはちょっと興味を示したみたいで菫色の目を光らせた。
「パン? 雑穀の奴じゃなくて白パン?」
「そうそう。でもあくまでも近いって感じだぞ。まあ美味しくなるからみてろって」
本当ブラックって、白いふわふわのパンが好きだよなあ。
俺からしてみれば普通の食パンと同じような物なんだけど、この世界では中世準拠なのかファンタジーのお約束なのか知らないが、わりとお高いパンとして庶民レベルではあまり食べられない感じになってるんだっけ。
やっぱブラックもパンに関しては柔らかい方が好きなんだろうか。
甘い物あんまり食べない癖に白パンは好きなんだから不思議だよなあ。
……まあ、好き嫌いが子供みたいで把握が容易だから作る方としては気にならないけど……って何か所帯じみてるな。何考えてんだ俺は。さっさと作ってしまおう。
まず用意するのは、耐熱性のカップ。何かに使うだろうと頼んだものの、ブラックが二個しか買って来なかった。なので一度に二つしか焼けないが、まあ、そこは深く言うまい。金属製で、尚且つブラックが「かなりの熱に耐えられる」と言っていたので、かまどに直接くべても大丈夫だろう。
そして、そこに小麦粉、蜂蜜、この世界では一般的な楕円形でなんか柔らかい卵に、塩少々と油を用意する。本当はここにもう一つ、シナモンが欲しかったのだが、どうやらシナモンという植物はこの世界には無いらしい。ブラックも存在自体を知らなかったみたいで、街でも探してくれたけど見つからなかった。
婆ちゃんと一緒に作った時は、シナモンの代わりにバニラエッセンスとか代わりの物を入れてたんだけど……何かほかに無いかな。
少し台所を見渡すと、ふと戸棚の所に幾つかの瓶が並んでいるのが見えた。
あれは……お酒かな?
ブラックの野郎、自分だけ好きなモンをバカスカ買いやがって。いやまあブラックのお金だから好きにして良いんだけどね。
「ツカサ君?」
俺が材料を並べた所で移動したのを、ブラックが不思議そうに見てくる。
しかし俺はそれに構わず酒瓶をざっとみて、見慣れた名前を見つけ、その瓶を取り出した。で、それが何の酒だったかと言うと……なんと、ブランデーだ。
これならなんとかなるかも。
早速作り始めようとしたが、酒瓶を持って来た俺を見てブラックが騒ぎ出した。
「あっ、それ僕が飲もうと思って買った奴ー!」
「香りづけに使うんだよ。まあ匙一杯程度しか使わないからさ」
「むー……。それを使えば美味しくなるの?」
疑わしげな視線を向けて来るブラックに、俺は任せろと頷いてやる。
すると、相手も俺の料理には一定の信頼を置いてくれているらしく、渋々と言った様子だが納得してくれたようだった。
そんなに信用してくれるのなら、頑張って作らなきゃな。
「よし、じゃあ作り始めよう」
さきほど用意した材料を、ボウルの中でとにかく混ぜていく。
……が、その前に大事なものを一つ忘れていた。それは、この世界で言うところのベーキングパウダーである【パフ粉】だ。これがないと膨らまないんだった。
と言う訳で、まずは粉類を目の細かいザルでふるって混ぜる。そこに蜂蜜と少々のブランデーを混ぜて、丁寧にこねた。
そこに、油、卵と順番に投入していき、最後にみじん切りにして触感の欠片も無くなるほどに小さくしたルベルボーフを軽く絞ったものを入れる。
背後で「うげぇ」と言う声が聞こえたが、無視だ無視。
ちゃんと混ざったら準備完了。あとはカップに入れて焼くだけ……なんだが。
「あれ……この家オーブンないんだ……」
以前滞在していた家にはオーブンがあったので、ここにもあるモンだと思い込んでしまっていたが、そういえば見かけた事が無かったではないか。
これはヤバい。いや待て、確か、フライパンでもケーキを焼く方法ってのがあったはずだ。しかし俺はその情報は知っていても、どうやって作るかを知らない。
これではブラックに嫌がらせさせただけで終わるのでは……。
「ん、なに。ツカサ君オーブンが欲しかったのかい? 手伝おうか?」
「えっ、ほんと!?」
「ふふん、僕を誰だと思ってるのかな? 月の曜術師な僕は、炎の曜術もちゃ~んと使えるんだからねっ」
ああそうだった!
いやー良かった、こういう時に炎のエキスパートはありがたいぜ!
しかしオーブンの代わりってどうやるんだろう。よく判らないけど、まあ頼むか。
「じゃあ、百六十度で半刻の半分くらい炎を維持するって出来るかな」
そう言うと、ブラックが妙な顔をした。
何だろう。今のお願いに変な言葉でも使ったかなと思っていると、ブラックは腕を組んで不思議そうに首をかしげてきた。
「ひゃくろくじゅうど……温度だよね? それ、なにか測れる物あるかな。今の僕じゃちょっと分からないかも……」
「えっ、あ、そっか、この世界、温度計とかないのか」
「少なくとも僕は、熱や炎を温度で測った事は無いなあ。学者連中だと知っているのかも知れないけど、本で読んだだけじゃ把握は出来ないし、僕の経験則が合ってるという保証も無いから……何か例えになるものないかな」
なるほど、温度計が無いと全部経験則での火力調節になるのか。
でも、仮に温度計が有ったとしても庶民のご家庭には出回らないのかな。どっちにしろ、温度を的確に指定できる物が無い以上、俺の百六十度という言い方は適切ではないだろうな。
だけど、どう言い換えたらいいんだろう……うーむ……。
確か、オーブンでケーキを焼く温度は、他の焼き料理の温度とそう変わらないってどっかで聞いた事が有るような気がする。
もちろん肉や魚ごとに細かい違いがあるだろうけど、大体その温度帯で微調整を行ったら間違いないという感じだったはずだ。だとすると、絶対に強火ではないな。
しかし、それを説明して分かってくれるだろうか。
物体を焼く事に関してはエキスパートの炎の曜術師でも、食材ごとの細かな温度の違いってのは専門外だって人もいるかもしれないし……いやでも、博識なブラックの事だ、きっと解ってくれるに違いない。
説明する脳みそが自分に無いのが恨めしいが、とにかく理解して貰えますようにと願いつつ、俺はブラックに指示を伝えてみた。
「うーんと……一気に焼き目が付く温度じゃなくて、炎の勢いはあるけど肉や魚がじっくり焼けて行く温度……って感じかな……なんか曖昧な言い方で申し訳ないんだけど、出来る? 肉に一気に火が通る感じじゃない温度なんだけど……」
「なるほど。肉汁を閉じ込める強い炎じゃなくて、全体的に焼いて行く感じなんだね。それなら何度かやった事があるから大丈夫だよ!」
良かった、こういう時って相手が頭いいと助かるよな。
持つべきものは経験豊富な恋人だ……って、何言ってんだか……。
とにかく、これでやっと俺が作りたかったもの……にんじんケーキが出来るぞ!
ガキの頃に何かの本で読んで妙に美味しそうに思えたから、婆ちゃんの家で試しに作った事があるんだよな。んで、これが美味しかったもんだから妙に覚えてたんだ。
婆ちゃんも作り易いって言ってアレンジしたのを何度かごちそうしてくれたし。
いやー、作るのが簡単な料理って、俺みたいなのでもそれなりの料理上手になれちゃうから本当助かるよ。……しかし、オーブンの事は今後気を付けないとな。
細かい部分ではやっぱり齟齬があるわけだし、出来るだけ言葉を変換しないと。
しかし……それが冒険している途中で気付いた事じゃなくて、家事をしている最中に気付いたってのがなんだかなぁ……。
何でこう俺はスケールが小さいって言うか、格好良くないっていうか……。
「よし、じゃあ焼くよー」
俺が自分にションボリしている間に、ブラックは何事かを唱えかまどの上に置いていたカップに向かって指を向ける。
と、その瞬間、ブラックの体から赤く美しい光が沸き立ち指から炎が噴き出した。
驚く俺の目の前で、炎が形を変えて滞留し、球体に変形していく。
それはまさに、オーブンのようだった。なるほど、一定の温度を持つ炎で囲って、中の食材を焼いてるって訳だな。確かにこれは炎の曜術師にしか出来ない。
オーブンが無くても、意識して操れる炎があるなら何とかなるんだな。
……家に暖炉が有ってもオーブンが無いのって、そう言う所が理由なのか?
暖炉は一晩中燃やさなきゃ行けないから、ずっと曜術を使う訳にもいかないもんな。そんな疲れる事を毎日やるくらいなら、暖炉を燃やす方がずっと楽だろう。
そりゃあ曜術が使えりゃ、ちょっと使うだけのオーブンはいらないよな。
うーむ、やっぱ異世界ってちょっと変。
そんな事を考えながら炎のオーブンをしばらく見ていると、しっかりケーキが焼き上がったのか、ブラックは術を徐々に解いて行った。
「……たぶんこれで大丈夫かな?」
そう言いながら見つめる先には、綺麗なきつね色に焼き上がったカップケーキがちょこんと鎮座していた。おお、完璧じゃないか!
しかし、材料がダマになってないか心配だったので、とりあえず俺が先に試食してみる事にする。そもそもマズかったら食わせられないしな。
「よし、味見……」
匂いは良い感じだ。バターを使ってないので心配だったけど、ニンジンのニオイはブランデーや蜂蜜に隠されていて、ぱっとは気が付かない。
あとは味だ。カップから取り出して、覚ましながら食べてみる。と。
「ん……!」
少ししっとりとしているが、完璧に膨らんだ生地はまさにマフィンのソレだ。
ルベルボーフの味はナリを潜めて、むしろ蜂蜜とは別の素朴な甘さが感じられる。これは普通のニンジンとはまた違うな。もしかしたら、ルベルボーフは手間をかけることでしっかり甘くなるのかも知れない。
とにかく、これはイケる。三時のおやつにぴったりだ!
「ツカサ君、おいしい……?」
恐る恐る訊いて来るブラックに、俺は満面の笑みで親指を立てる。
しかし相手はそれでも半信半疑なようで、俺を上目がちに見つめていた。
そんなに気にするんなら、俺の食べた方を食べて見なさい。
俺は無事な角度の所からケーキをむしり、ブラックの口に持って行った。
「ほら、あーんして」
「……!!」
ブラックは目を丸くしてちょっと顔を赤らめたが、すぐにケーキに噛み付いた。
なんだ男らしいな。もしかして言うほどニンジン嫌いじゃ無かったのか?
不可解な相手の行動に眉根を寄せたが、ブラックはケーキをゆっくり咀嚼して――――その菫色の瞳を輝かせた。一気に顔が明るく緩む。
「んんー! んまいねこれ!? えっ、赤根っこってこんな美味しかったっけ!?」
「手間をかけたらウマくなるんだよ。これなら食えるだろ?」
「んんんっ、んん!」
赤根っことかいう小ばかにした言葉を吐きながらも、ブラックはキラキラとした目で何度も頷いて、何故か俺が食った方を食う。おい、それ俺の分。
しかしまあ、喜んで貰えて良かったと思うと、何だか怒る気にもなれなかった。
……こういう所が甘いと言われるのかな、俺……。まあいいか。
「ブラック、あんまり急いで食べるなよ」
「んん!」
ったくもう、不機嫌になったり喜んだり忙しいオッサンだ。
でも、昨日の事は完全に忘れてくれたみたいだし、少し安心したよ。
「ツカサ君すごいよ! これなら僕、何個でも食べれちゃいそうっ」
「嫌いなんじゃ無かったのか?」
「そうなんだけどっ、でも、不思議な事にツカサ君が作ると何でも美味しく食べられちゃうんだよ! ああっ、こんな良いお嫁さんを貰えるなんて僕は幸せだなあ!」
「ン゛ッ!?」
なっ、おっ、お前、お前何を突然。
思っても見ない事を言って来たブラックに声を失うと、相手はケーキの食べかすをヒゲにくっつけたまま、満面の笑みで俺を抱き締めて来た。
「んん~、ツカサ君好きぃ、毎日僕に美味しい物作って~」
「おっ、おまえなあ……」
「ツカサ君と婚約者になれて、僕本当に幸せだよぉ……」
「ぐ…………」
そ、そんなこと、言われたら…………何も、言えないじゃないか。
……そりゃ、その……ああもう、なんかこう、もう、なんも言えないんだけど!
熱いっ、離れろ早くっ!
「ツカサくぅん……」
「…………もう……」
名前を呼ばれると、拒否も出来なくなってしまう。
胸に触れる指輪を妙に意識してしまって、何だかそれ以上言葉が出なかった。
→
※大晦日ですね!
今年も異世界日帰り漫遊記を読んで下さってありがとうございました(*´ω`*)
毎日更新が続いているのも、応援して下さる読者様のお蔭です!
もうそろそろラストが近付いてきておりますが、本年度完結を目指してこれから
ずんずん進んでまいりますので、ネズミ年もどうぞよしなに…!
来年も萌えのままにガンバりますので、よろしくお願いします!
\\└('ω')┘//
皆様良いお年を!
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