異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編

23.動き始めた感情

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 家に帰って来てから、なんというか俺は……レッドと顔を合わせるのが、ちょっとだけ「怖い」と思うようになってしまっていた。

 ……だって、ブラックは「人助けのため」とか言ってたけど、結局アレって恋人とするコトの内には入ってる事かも知れないし、それを言ったら……レッドが何か嫌な思いをするんじゃないかって根拠こんきょもなく思ってしまって、言えそうになかったんだ。
 まあそもそも、森の王子様と会ってるってこと事態、ナイショの事だから言えないし、あの“えっちなこと”も話せないんだけど……。

 …………なんだか、凄く……もやもやする。もしかして、これが「後ろめたい」という気持ちなんだろうか。まさかこんな事を考えるようになるとは思わなかったけど、恋人であるレッドの言いつけを破ったような気がしてるのに、申し訳ないと思わないのもどうかと思うから、これがきっと正解なんだと思うけど……それにしても、酷くつらい。

 なにより、あの人としたえっちな事が……気持ち良いって知ってしまったって事が、レッドにとても後ろめたかった。
 だって、いつもレッドとしてる夜の……その、えっちなことは探り探りな感じで、俺もレッドも慣れてなくて、俺はよく解らないまま終えちゃってたけど……ブラックがした“元気になれること”は、いつもしてる事が比べ物にならないくらいの衝撃で。
 それで俺は……今まで分からなかった事を、沢山知ってしまって……。

「…………レッド、知ったら悲しむかな……」

 今日もどこかに出かけてしまったレッドの事を考えつつ、俺は居間のテーブルを布巾ふきん丁寧ていねいく。こういう事を考えて暗くなるのは止めようと思うんだけど、今日ブラックとやった事があまりに衝撃的過ぎて、考えずにはいられなかった。
 ……だって、レッドがゆっくりで良いって言ってたのは、二人だけの事だと思っていたからだろうし……俺が先にイくとか知っちゃったら、怒らないかな。

 人助け自体はレッドも当然だと思ってくれるだろうけど、それとこれとは別だろうし、なんか、ブラックとの事が気持ち良いって思っちゃったって事は「じゃあレッドとの夜の事は気持ちよくないの?」とか考えたりして、それで胸の中が凄くもやもやして仕方なくて……。

「なんか、変……」

 テーブルを拭く手を止めて、思わず胸を掴む。
 ブラックと「いけないこと」をしてから、胸の中や頭の中が色んな感覚でぐるぐるして、今まで感じた事も無かったものばかりが襲ってくる。
 今まで「後ろめたい」なんて思った事も、そんな単語を使うような事すらもしていなかったのに。どうしてこんなに沢山、疲れてしまうくらい嫌な気持ちがあふれて来るんだろう。
 なんだかもう、どう思ったらいいのか解らない。

「……やっぱり、ブラックとの事は話した方がいいのかな……」

 だけど、ブラックは「僕と会っている事は誰にも内緒だよ」と言ってたし、もし話したらいなくなっちゃうかもしれないし……。
 せっかく会えた森の王子様で、初めてで来た友達なのに、そんなの嫌だ。
 だけど、レッドにこれからも隠し事を出来るかどうかは……自信が無い。もし今日の事がレッドにとって悪い事だとしたら、俺は謝らなければならなかった。

「でも、怖いなあ……怒られるのって、凄く怖いって書いてあったし……」

 レッドは今まで俺に怒った事は無いが、しかし誰かに怒られるという事は本を読んだから大体知っている。怒られた人達は大体が自分を恥ずかしいと思ったり、あんな事をしなければ良かったと言って「後悔」という思いを抱いていた。
 それに、怒っている人はとても苛烈な感じに描写されていて、レッドがそんな風になってしまったらと思うと……とても怖い。
 正直に言った後の事を思うと、俺は余計に暗くなってしまった。

「はぁ……」

 まさかこんな事になるなんて思っても見なかったなあ。
 いや、そう思うんならブラックが「元気にしてよ」とか言った時に、ごめんねって断わったら良かったんだけどさ……でも、必死の思いで帰って来た人を死なせるワケにはいかないし、そんな事したらお姫様は永遠に元に戻らないだろうし……。

 …………。
 ああもう、なんだかもう考えるのが嫌になって来た。頭が熱い。

「うう……こ、こんな事してる場合じゃない。とにかく掃除を終わらせなくちゃ」

 こうなったら……この話は、ひとまず置いておこう。
 最近は雨が降って夜が寒くなったりするから、暖炉も綺麗にしておかねば。
 俺は、灰を掻き出して置こうと思い、バケツと灰掻き棒を持って暖炉に近付いた。そこまで汚れてはいないんだけど、ずっと放置してると忘れそうだからな。
 灰が有れば「き」っていう、炭の中に火が籠ってる状態が長く続くから、本当はあっても良いらしいんだけど、レッドは結構きれい好きだから暖炉には何も無い方が喜んでくれるんだ。今日も綺麗にしておかないとな。

 そう思って、しばらくは灰を掻き出す作業を続けつつ、ふと暖炉の外壁を見やる。
 改めてみると、何だかすすけて汚れてるな。布で拭きとろうと思いきびすを返すと。

「――――っ!?」

 突然、だん、と大きな音が聞こえて来て、思わず体がびくつく。
 何が起こったのか解らず固まっていると、大きな足音が居間に近付いて来た。一体誰なのかとドキドキする俺の目の前に現れたのは……怖い顔をして、肩を大きく動かすほどの荒い息を漏らしているレッドだった。

「れ……レッド……?!」

 思わず驚いたが、レッドは構わず俺に近寄って来て、俺を抱き締める。
 いつも以上に強く抱きしめられて、何が起こったのか解らず目を瞬かせていると、レッドは俺の髪に顔を埋めて来た。汗をかいてたから、ここに帰ってきてからすぐに風呂に入ったんだが……そうしておいて本当に良かったよ。
 とりあえず、いつもそうしているようにレッドの背中を優しく撫でると、レッドは荒い息を少しずつ抑えて、やっと落ち着いたのか体を離した。

「すまない、ツカサ……」

 俺を見つめる顔は、なんだか悲しそうな感じだ。
 外で何かあったのだろうか。気になって、俺はレッドのほおさすりながら聞いた。

「何かあったのか?」

 そう言うと、レッドは悲しげな顔を更に辛そうに歪めて俺を見つめる。
 俺には何が有ったのかは解らないが、ブラックの事ではない……よな?

 ちょっとドキドキしながらレッドを見上げていると、相手はお返しのように俺の頬に大きな手を添えて、ゆっくりと撫でて来る。
 しばらくそうしていると、レッドは弱々しい声で呟いた。

「ツカサは…………情けない男は、嫌いか……?」
「どうして?」

 言っている意味が解らなくて首を傾げると、レッドは目を伏せた。

「俺は…………本当は、弱くて……何も出来ない情けない男なんだ……」
「……?」
「何も出来ない……立ち向かう事も、守る事も、お前を……あの男から堂々と、奪う事すら……」

 何を言っているのか、解らない。
 いや、言葉は理解出来るんだけど、何故そんな事を言うのか解らないんだ。

 だって、俺にとってのレッドは、そんな言葉で語れるような奴じゃなかったから。

「俺は……レッドの事、そんな風に思った事無いよ」
「……ツカサ……」
「レッドはいつも俺に優しくしてくれるし、記憶を失くした俺の事を見捨てないで、一から色んな事を教えてくれたじゃないか。立ち向かうとか奪うとかっていうのは、よく解らないけど……でも、レッドは……俺の、大事な恋人だよ」

 だから、そんな顔をしないでほしい。いつもみたいに、笑っていてほしい。
 その一心でレッドを見上げると、レッドは青い目を見開いて……涙を零した。

「ツカサ……」
「……それよりさ、驚いておかえりって言いそびれちゃったよ。おかえり、レッド」

 いつもレッドがしてくれるように、レッドの頭を撫でる。
 すると、相手は顔を歪めて涙を流して……俺に、口付けて来た。

「っ、ん……っ」

 何度も、何度も、角度を変えて触れて来る。
 まだ夜でもないのに、抱き締められて口付けを繰り返される。
 それが何だか急に……ああ、そうだ。「恥ずかしい」と思って。胸がどきどきして、レッドにされること全部が顔を熱くさせた。

「お前だけだ……そう思って、くれるのは……もう……お前だけしかない……っ」
「レッド……」

 顔を離して、レッドはまた俺に縋りつくようにして抱き着く。
 今度は肩に顔をうずめて、肩を震わせていた。

 …………レッドが泣いてる所なんて……初めて見た……。

 大事な人が悲しむ姿を見ると、こんなに心が痛くなるのか。こんなに、抱き締めて涙を止めさせたくなるものなのか。
 こんな気持ち、こんなに辛い気持ちなんて、今まで知らなかった。
 レッドが泣いているのを見るのが、こんなに、辛いなんて…………。

「ツカサ……ずっと……ずっと、俺のそばに居てくれ……っ。もう、離れて行かないでくれ……っ!」

 ……やっぱり俺、ブラックとの事は話せない。
 怒られるのが怖いのもある。だけど、レッドをこうして悲しませるような事なんて出来ないよ。やってしまった事に今更後悔してるけど、だけどそれを取り消したいと思っても、もう遅い。やってしまったことは、もう二度と取り返せないんだ。

 お話を読んで、その愚かさは解っていたはずなのに、俺は結局やってしまった。
 本当に馬鹿だ……何も考えずに、ブラックにあんな事をさせてしまうなんて。
 だけどブラックは悪くない。俺が考えなしだったのが悪かったんだ。

 悪かったけど……もう、どうしようもない。
 俺はもう新しい気持ちを知ってしまった。レッドが教えたかったのかも知れない事を、先に知ってしまったんだ。それを気付かれて、レッドを悲しませたくない。
 だったらもう、口をつぐむしか、ない。

 嘘をついた事になるのは解ってる。だけど、今まさに悲しんでいるレッドに、更に悲しみを与えるようなことなんてしたくないよ。
 だって、俺は、レッドの恋人なんだ。レッドは、俺の大事な人なんだ。
 何に悲しんでいるのかは、何も知らない俺には解らないけど。でも、俺が必要だと言うなら、何だってしてあげたかった。例えレッドが弱くて情けないのだとしても。

 強くそう思って、俺はレッドの背中に手を回した。

「どこにも行かない……。俺、レッドのそばにいるから……」

 奴隷だから一緒に居るんじゃない。恩人だから、一緒に居るんじゃない。
 俺も、レッドの事を恋人だと思うから。レッドの事を恋人として助けたいから……だから、そばに居たいんだ。
 その気持ちは嘘じゃない。

「ツカサ……っ」
「だから、泣かないでレッド……」

 こんな気持ち、今まで感じた事が無い。
 だけど、今さらだけど……やっと、解ったよ。

 きっとこれが……――好きって気持ちなんだな。













※またも遅れてしまいました…すみません…_| ̄|○


 
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