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暗黒都市ガルデピュタン、消えぬ縛鎖の因業編
7.暗黒都市とは言うけれど
しおりを挟む※遅れて申し訳ないです…_| ̄|○
◆
暗黒都市・ガルデピュタン。
奴隷の館【黒狼館】が存在する都市の名前は、そんな風に呼ばれている。
巨大で古めかしい煉瓦の壁に囲まれたいびつな形の都市は、そこかしこに物乞いが居たり、ぼろきれを服として纏った人が路地裏に潜んで居たり、ゴミ箱を漁っているちょっと怖い感じの人がいたりと非常に治安が悪い。
少しでも金を持っていそうな服装をしていれば、スリや強盗に延々と見守られるのは当たり前で、そのためガードマンの同伴は必須だった。
ガストンさん曰く、屈強な御付きがいない人の末路は悲惨な物で、翌日には骨すら残っていない事もあるらしい。ここではそれが当たり前の事で、自衛しない奴が悪いという理論がまかり通っているのである。
だから使える者は骨まで……って、そんな骨までしゃぶる精神はいらない。
まあとにかく、ガルデピュタンはそれほど治安が絶望的なデスメタル街であり、俺のような異世界初心者のヒヨッコが一人で出歩く事は出来ない街なのである!
はっはっは、やはり状況が把握出来るまでガストンさんに囲われていた俺の考えは正しかったという事だ。わっはっはっは……。
…………考えなしに逃げ出さなくて、本当に良かった……。
いや本当に、マジで危なかったよ。だって俺今普通の一般人だもん。
俺には今の所チートと思えるような力はないし、体力も元から無い。もしかしたら失っている記憶の中で超絶技巧を習得していたのかも知れないが、残念ながらそれを思い出せるような兆しが無いのだ。
昨今の異世界物ではお約束の「ステータス」が有れば、俺が持っている能力だって簡単に把握できただろうが、残念ながらこの世界にはそんな便利ウィンドウはないし、もっと言えばスキルという物もない。
あるのは無属性魔法や風魔法に相当する『気の付加術』と言うものと、基本の五大属性を扱う『曜術』という、魔法の中でも自然魔法に位置するだろう術だけだった。
モンスターには『特殊技能』と言うモノが在るらしいのだが、それだってスキルとは少し違う気がする。別に俺がラーニング出来る訳でもないみたいだし。
なんつうかこう……昔のファンタジー小説みたいな、少し不便な世界なんだよな。
『曜術』や『気の付加術』は素質のある人にしか使えないみたいだし、その術だって基本的に一人一属性しか使えない。二つも三つも使えるのは珍しいのだそうな。
そんな世界では、迂闊に「俺はきっとチートな能力があるはず!」なんて浮かれて飛び出せるはずもない。このままでは逃走即お陀仏だ。
なので、今の俺は逃げる意思もなく、ボディーガードを連れたガストンさんに付き添い街に繰り出したのだが……それにしても、本当に陰鬱な街だ。
街の建物も活気づいた色が一つもなく、家々や店の煉瓦すらもガストンさんの暗い赤髪の色のように、鮮やかさを失っている。俺達が歩いている区域は街の中でも比較的治安が良い所だと言っていたが、しかしそれにしても何と言うか……暗い。
そこかしこから煤けた煙が立ち昇っている様は、街全体がスラム街であるかのようにダーティーな感じを覚えさせる。陰鬱な時代の西洋を想起してしまうが、空の青色すらも霞むくらいに薄暗いというのは、やっぱり街全体を覆う暗い雰囲気のせいでも有ると思うんだよな。そこが暗黒都市と言われる所以なんだろうか。
まあ、歩く度に視界の端々に危険そうな方がチラホラいるしねえ……。
それでも、ガストンさんが店を構えている区域は、貴族っぽい礼装をした人が闊歩していたり高級そうな店が並んでいたりして、そこそこ体裁が整ってるんだけどな。
まあ、並んでいる店も、奴隷の館とか娼館とかえげつない道具屋とか色々有って、お世辞にもまともな店ばかりとは言い切れなかったが。
「おい、離れるとどうなっても知らんぞ」
「あっ、は、はい、すみません」
キョロキョロしている俺を、ガストンさんは不機嫌な声で叱る。
確かに不注意で離れてしまったら、俺は簡単にコロコロされてしまうだろう。ここはガストンさんと、何か凄いボディーガードさんに守って貰わねば。
……しかし、どこの世界にもいるんだな……鉄の鎖をベスト代わりにして着用している、露出度の高いムキムキスキンヘッドさんってのは……。
「ダンナ、今日はどこに?」
マッチョな体に似合う太く強そうな声で問う用心棒に、ガストンさんは不機嫌な声のままでその問いに答えを返した。
「同業者の葬儀だ。同じ馬車に乗った手前、無視する訳にもいかんからな」
同業者って……ガストンさんと同じ奴隷商人?
馬車に同乗してたってのはどういう事なんだろう。だけど聞いたって答えてくれるような人じゃないからなあ。付いて行ってそれとなく聞き耳を立てるしかないか。
とりあえず大人しくしておこうと決めて付いて行くと、ガストンさんの【黒狼館】から少し離れた場所にある、店舗がくっつきひしめき合っている区域に辿り着いた。どこが目的地なのだろうと軽く見回していると、その中でも派手な外装をした建物に近付く。ガストンさんのデカい屋敷と比べると見劣りするけど……ここも他のお店と比べたら派手で目立つ感じの店だな。
看板を見てみると【桃羽鳥の館】と書いてあった。
奴隷の館で桃色と来たら、なんだか変な方向に考えちゃうなあ。
「入るぞ」
そう言われて、素直について行こうとすると……ガストンさんが「待て」と呟き、踵を返して俺に人差し指を向けた。
「な、なんでしょう?」
思わず言うと、相手は装飾された濃い灰色のシルクハットを軽く動かして、俺をじっと睨むように見つめる。その姿が何故だか本当に貴族の紳士に見えてしまい、俺は思わずゴクリと唾を飲み込んでしまった。
同じような色味の正装が、あまりにも似合うからだろうか。なんて事を考えていると、ガストンさんはきちんと話を聞けと俺の鼻をギュッと摘まんだ。
「人の話をちゃんと聞け」
「うぎゅ」
「お前は葬儀の作法が解らんだろうから、玄関の所で待っていろ。どうせ“お悔やみの気持ち”を渡してくるだけだ。すぐ終わる」
「は、はひ」
お悔やみの気持ちって何だろう。香典とかかな?
よく解らないけど、俺には何も出来なさそうだし待っておいた方が良いよな。
そう考えて頷くと、相手は数秒何かを考えるように沈黙したが、軽く首を振りつつシルクハットを深めに被ってノッカーを鳴らした。
「はいはい、今開けますよ」
ややあって、中から女性の声が聞こえる。
明らかに「休業中」な感じで扉の小さなガラス窓をカーテンで覆っていた【桃羽鳥の館】だったが、中から出て来たのは派手目のふっくらとした奥さんだった。
主人を亡くした訳だから、ガストンさんと同じような服装をしているのかと思ったが、彼女の服装は豊満な胸を強調した露出度の高いドレスで、まったく“葬儀”という感じがしなかった。この世界ではそういうモンなのかな……。
「あら、ガストンさん! 来て下さったのね、嬉しい……!」
「嬉しい? ハッ、笑わせるな。俺ではなく、俺の“気持ち”が目当てだろう」
「まあそれもあるけど……でもこんな商売してると、そんな律儀な人なんて来る方が珍しいからねえ。ま、とりあえず入っておくれよ」
そう言いながら、ふっくらとした奥さんは俺達を優雅に招き入れる。
しかし、俺を見ると何故か彼女は酷く驚いたように目を丸くして、ガストンさんと俺を交互に見比べていた。何だ、どうしたってんだろう。
あ、もしかして、俺が黒髪だから驚いてたのかな……さすがに同業者の奥さんなら「黒髪」が売れないものだって知っているだろうし。
「すまんが、こいつをここに置いてやってくれ。葬儀の間だけでいい」
「それは構わないけど……アンタがこんな難しい奴隷を扱うなんてねえ」
「商機は何処に転がっているか解らんもんさ。石ころだって高値で売れる時も有る」
「ははは、アンタらしいねえ」
同業者ってだけだ……なんてガストンさんは言っていたけど、本当は違うんだろうな。だって、そうでもなければ奥さんみたいな人とこんなに喋らないだろうし。
それに……同業者ならライバルの筈なのに、奥さんと朗らかに話してるもんな。
まあ、腹の中では違う事を考えている――なんて事も有るのかも知れないが、俺が見た限りではそんな風には思えなかった。
だって、ガストンさんの雰囲気はいつもとちょっと違うような気がしたから。
「とにかく……お前、ちゃんとそこで待っていろよ」
「は、はい!」
解ってますとも、この玄関の扉の横でずっと立っていればいいんでしょう。
心得ておりますと言わんばかりにビシッと敬礼すると、シルクハットを脱いだ相手は呆れたように眉を動かすと、そのまま用心棒と一緒に部屋の奥へ消えてしまった。
……あとには、俺一人が残るのみである。
「……にしても……奴隷商人の館とは言え、結構違うモンなんだな……」
ガストンさんの【黒狼館】はマジモンの洋館で、なんだかお貴族様の館っぽい感じの内装だったけど、この【桃羽鳥の館】はイギリスの一般家屋みたいな、どこかアットホームな感じがする内装になっていた。……まあ、玄関のすぐ横にカウンターがあるから、やっぱりここはお店なんだなと実感してしまう訳だが。
「でも、なんか懐かしい感じがするなあ……」
こういう風景、前にもどこかで見た事が有る。
普通の家みたいな狭い玄関に受付が有って、でもその奥は意外と広くて、沢山の部屋には色んな美人お姉さんがいるんだよな。
だけど……どこで見たんだったかな……。
「そういう物を知っている」のは自分でも解るんだけど、記憶がぼんやりとしていて、どこで見たのか全く思い出せない。そんなアニメとか見たかなあ、俺……。
「うーん……なんか……凄く良い思い出がある場所な気がするんだけど……」
そう言えば、さっきの奥さんにも既知感があったなあ。
でも、俺が一瞬思い出したのは、細くてすらっとしている目つきの悪いおばさまで、なんというか……本当に俺、どこでそんなキャラ見たのかな。
お姉さんよりも熟女の方を覚えてるなんて、俺的には滅多にないことなんだが。
「なんかの漫画……? いや、でもなあ……」
思わず腕を組んで考えていると――玄関の奥の方にある扉から、誰かがこちらにやって来た。何だろうかと見やると、そこには見目麗しいイケメン二人組が……。
……チッ、見て損した。
再び視線を外して待ちの姿勢を取ろうとすると、相手も俺に気付いたのか、何故かこちらへと近付いてきた。な、何だよ。何か文句あんのか。
反射的に見返すと、髪色がチャラついてる二人のイケメンの首には、俺と同じように首輪が撒き付いていて……あれ、この二人も奴隷なのか。
奥さんの奴隷なのか、それとも商品なのかどっちだろう。
変な所が気になって首を傾げていると、相手は俺の前に立ち、何か面白そうに俺をじろじろ見ながらこう言った。
「あはっ、なんだこの安そうな奴隷」
「ホント驚くぐらい売れなさそうっ。あはははっ」
………………はいぃ?
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