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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
61.全ての力を貴方のために
しおりを挟む「――――――!!」
息が、止まる。
何が起こったのか解らなくなって頭が真っ白になった。
だけど目の前で、ブラックの腕が消えて、そこから勢いよく赤い液体が飛び散った事は無かった事に出来ない。瞠目する俺の目には、どうしようもない現実が付き付けられていた。
「あ゛ッ、っ、ぐ……ぁ……!!」
本当に痛い時って、辛い時って、悲鳴すら出てこないんだ。
そう直感するほどの引き絞った呻き声を漏らして、ブラックはよろめき地面に膝を付く。同時に、ブラックの足元で展開していた白い魔方陣が霧散した。
俺達を守ってくれていた鋭く長い針の山も、空気に溶けて消えて行く。
その光景に耐え切れなくて、俺は自由にならないはずの体を一気に起こした。
力が入る。これで、ブラックの傍に行ける。
立ち上がった視界は薄らと明るくなっていて、空はまだ暗く地面に落ちていた光も最早消えてしまったというのに、目の前の光景はハッキリ見えてしまっていた。
「あ……あ、ぁ……」
夢であってくれれば、どれほど良かっただろう。
やっぱり夢じゃない。ブラックの左腕は肘から先が無くなっていて、鮮血が草の上に流れ出している。ブラックの腕が無い。腕から血が流れてる、ブラックが、死んじゃう。今のままじゃ、死んでしまう……!!
「ブラック!!」
叫んで、近付こうと足を動かす。
が、盾が無くなった俺達に、また冷酷な声が降って来た。
「いやはや、本当に人族と言うのは愚かですねえ。忘れたんですか、敵の能力を」
その声がどこから聞こえているのか、必死に探す。
何度も首を動かしてどこに元凶が居るのか警戒しながら、何とかブラックを庇おうと前へ歩き出すが、以前として姿は見えない。
「つ、かさ君……っ」
「ブラック、あんまり動くな!」
ブラックは止血しようと必死に左腕を抑えているが、血は止まらない。
このままじゃいけない。だけど、今の俺は曜術も気の付加術も使えないんだ。傷を治すことも、止血する事すらも出来ない。何も、出来ない……いや、諦めるな。俺の破れた服で止血するんだ。
俺は周囲を気にしながら、レッドに破られてぶらついていた布を無理矢理手で引き千切り、ブラックへと近付く。そして、レッドにわざと背中を向けてブラックを隠しながら、その布をブラックの腕に強く巻き付けた。
「つかさ、く……っ、あぶな……ぃ……ッ」
「良いから黙ってろ……!」
くそっ、声があんまりでない。喉が乾いているせいか。掠れているのが煩わしい。
左腕も、今見たら黒く焦げており、赤黒い物が見えていて……握った形のままで、硬直していた。これがどんな状態なのか解らないけど……たぶんもう、俺の腕はダメなんだろうな。それより止血するのが先だ。こんな事構っていられない。
むしろ崩れてないだけましだろう。硬直して固定されているから、布をひっかけて右手で腕に巻く事が出来る。それが出来れば十分だ。
「ツカサ君……ッ!!」
ブラックが、苦しそうな声で叫ぶ。きっと、痛くて辛くてしようがないんだろう。だけど、それを我慢して、俺の行為を止めようとしている。
俺が痛がるだろうと思って、自分の事なんか構うなと言おうとしてるんだろう。
こんな時に俺を心配するなんて、あんた馬鹿だよ。俺よりもブラックの方が何倍も酷い怪我なのに。俺の腕なんて、後で再生するって解ってるのに。
だけど、だからこそ、俺は……。
「敵に背を向けるなんて、何を考えてるんですか……ねっ!」
なんとかブラックの腕を縛り終えた、寸時、また嫌悪感を催すあの声が聞こえて。
「あ゛っ」
右肩の肉を強く叩き、一気にその感覚が突き抜けて来た感触がして――
一気に、痛みが走り、俺はブラックの体に倒れ込みながら大きく口を開けた。
「あ゛ッがっ、あ゛、あ゛ぁあ゛ああ゛……~~~ッ!!」
痛い、痛い痛い痛い!
なんだ、これ、痛い、肩が痛い、焼けるような痛みがまたやって来て熱くて内部に入り込んだ異物が肉を裂くような感覚に思わず体が震えて悲鳴を上げる。
刺された。これはきっと誰かに、あいつに、クロッコに刺されたんだ。
「ツカサ君!!」
「貴方がた馬鹿ですか? どうしてそう間抜けなポーズばかり取るんです」
痛い、だけど、耐えなきゃ、逃げなきゃ、ブラックを守らなきゃ。
ナイフの衝撃は背後からやって来た。つまりクロッコはレッドと同じ方向に居る。
だったら俺が、なんとかしてブラックを守らないと……っ。
「う゛、ぐ……ッ」
「貴様らぁあ……ッ!!」
「どうせ治るんだから良いじゃないですか。手負いの貴方よりも、そこの黒曜の使者様の方がよっぽど厄介ですからね。こうなったら、一回死んで貰った方が運ぶのにも手間が少なくなる」
とんでもない事を言われているが、痛くて苦しくて声が出せない。
ブラックが、右手で俺を抱いてくれているブラックが、荒い息を漏らしながら俺の背を強く握っている。俺の為に怒ってくれているんだろう。
だけど、俺よりブラックが危ない。どうにかして振り返ろうとするんだけど、もう体が動いてくれない。一生懸命動かそうとしても、戦慄いて上手く動かなかった。
どうにかしなきゃ、どうにか……。
「ツカサ君、に……手を、出すな……!!」
俺よりも酷い状態なのに、ブラックはそれでも俺を守ろうとしてくれている。
胸の中で震えている場合じゃない。守らないと。
早くブラックを安全な場所に連れて行かないと。痛がってる場合じゃない、辛いと言っている場合じゃないんだ。動け、もう一度動くんだ……!
「ははは、その状態でよくそこまで気丈に振る舞えますね。もう曜術を操る精神力が残っていないんでしょう? ああでも、グリモアの力なら私を圧倒できるかもしれませんね。しかし、今の精神状態でグリモアを発動させたら……貴方は暴走してしまうかも知れませんが」
酷く楽しそうな声が聞こえる。胸糞悪い。何だその声音は。
ブラックを、クロウを、こんな風に傷付けておいて、どうしてそんな風に嗤える。
エメロードさんやラセット達を裏切ったのに、なんで平気でいられるんだ。
悔しい、怒りが湧いてくる。
霞みだした思考を叱咤するように、怒りが俺の体に熱を灯して、痛みを和らげる。
それが付け焼刃の荒療治だと解っていても、縋らずにはいられなかった。
何でも良い。動けたら何でも良いんだ。ブラックを守るためなら、なんでも……
「ッ……ぐ……ッ」
立ち直ろうと必死に動く。手が足りない。もう一度煤だらけで焼けた音を立てる左腕を使おうと思い、ふと醜い腕をみやると。
「…………ぁ……」
その左腕には、煤すら拒む金の腕輪と、そして――――淡い光を放つミサンガが、無傷で巻き付いていた。
「ツカサを、渡せ……そうすればお前は見逃してやる」
「冗談言うなよクソ餓鬼……誰が、お前らなんかに……!」
ブラックの声が、苦しげに歪んでいる。大きな体は、血を流しすぎたせいなのか、耐え切れずに震えていた。
もう、時間が無い。
「や、めろ……」
「面倒臭い。……そうだ、レッド様。ちょうどいい機会ですから、貴方の仇はここで殺してしまったらどうです? それならもう煩わされる事は有りませんよ」
「…………」
レッドの返答が無いようだが、どう答えるにせよ待つ気はなかった。
例え今以上に傷付こうが、絶対にブラックを殺させやしない。
必死の思いで力を籠めて、やっと体が動く。ガクガクと揺れて非常に不安定だったが、俺はブラックの腕から離れると、ゆらりと立ち上がってレッド達を振り返った。
「ツカサ……!」
「つ、かさ……く……」
ブラックの声が弱々しい。本当に危ないんだ。
だったらもう、ミサンガに……蜂龍さんがくれた“たった一度の奇跡”に賭けるしかない。それしかブラックを救う方法は無いのだから。
「おや、まだ立ち上がれたんですか。意外と頑丈なんですねえ」
やっと振り返ったそこには、薄く明るくなってきた周囲に浮かび上がる黒衣の男と、未だに剣を地面に突き刺し足を庇っているレッドの姿が有った。
レッドは動けないのか。なら、都合が良い。
大量の汗を垂らしながらもクロッコを睨んだ俺を見て、相手はせせら笑う。
「神の領域のせいで術を使えない、そのうえ重傷を負った貴方が、何をできると?」
「ため、して……みるか……?」
もう感覚のない左手を無理くり動かして、胸元へと持って行く。
ブラックから貰った大切な指輪がある、その場所へ。
だがそんな俺の行動にギアルギンは何かを感じ取ったのか、油断する事無く黒衣の中から再びナイフを取り出して、俺に放とうと姿勢を変えた。
その、瞬間。
「ビィイイイイ!!」
「ぐあッ!?」
空中から凄いスピードで何かが落ちて来て、クロッコの体にぶち当たった。
思わず傾ぐ相手を、何か……いや、俺の柘榴が、追い打ちとばかりにその細い足で強く蹴り出す。咄嗟の事で対応できずバランスを崩したクロッコは、その場にナイフを落としてしまった。
「ビィー!」
いまだ、と、柘榴が言ってくれたような気がする。
俺はその声に頷いて、全身全霊の力を持ってミサンガに祈った。
「頼む……ブラックを、助けてくれ……!!」
俺はどうなったっていい。どんな代償を払ったって良い。
だからどうかブラックを助けて。
全身全霊を以って、ミサンガに強い祈りを捧げる。
――――刹那。
ミサンガが、金の光を帯びて――――全てを、包んだ。
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