異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編

8.違和感と閉塞感

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「んで、これからの事なんだけどさ」

 色々とぐったりして、やっと湯船に浸かって数分。

 スッキリした顔のブラックは、俺の横にぴったりとくっつきながら話しかけて来た。
 どの口でそんな事を言うかと罵りたかったのだが、残念ながら力が出ない。
 太腿に二度三度ぶちまけられ、そのうえ俺も「一緒にイこうよ」と言われながら無理矢理同じ回数ぶら下がってるモノを捻られて精根尽き果ててしまい、怒る気力すらも湧いてこなかったのだ。

 人間、体力を奪われるとどうしようもなくなるものだ。
 ブラックの成すがまま相手の厳つい肩に頭を預けさせられつつ、俺は「んあ」と言葉になっていない声を漏らした。
 これからって、何。なんのこと。もしかしてクロウの話?

「あの女を襲った犯人を捕まえろって話なんだけどさあ」
「あ、そっち」
「何だと思ったの」
「いやー……あ、ええと、なんだっけ。言い当てないと、シアンさんが助けられないんだっけ?」

 エメロードさんは、確か最初は「ブラックが自分と“寝た”らシアンさんが潔白である証拠を渡す」と言ってたんだっけ。で、言う通りににブラックが彼女とえっちしたから、後は証拠を教えて貰うだけだって事で空中庭園で待ち伏せしたんだけど……その時にエメロードさんは何者かに襲撃されて、呪いを受けて眠ってしまったんだっけ。

 で、俺達は彼女を救って再び「証拠」とやらを聞きだそうとしたんだけど、エメロードさんは「性行為をするとは言っていない。これで私が騒ぎ立てれば、貴方が不利だ」と言って、俺達に「襲撃した犯人を見つける事が出来れば今度こそ証拠を教える」と宣言したんだっけか。そんで、俺達がこのエルフ神族の国である【ディルム】に居るのは、彼女が「ここでは駄目だ」と言ったからだったんだけど……。
 改めて考えると、色々と疑問点があるよなあ。

「ハッキリ言って、あの女の口車に乗るのは無駄だと思うんだよ僕は。だから、薬なり実力行使なり使って無理矢理証拠を吐かせた方が……」
「待て待て待てお前発想が物騒すぎるぞ。そらハメられたのは悔しいだろうけどさ、こっちが乗っちまった以上はもう同じ土俵で勝負するしかないだろ」
「土俵?」
「あ、えーと……闘技場の戦う場所みたいなもん」

 ええいもう相撲はねえのかこの世界は。何の言葉が有って何の言葉無いのか判んねえわ。一々話の腰を折るのどうにかしたい。

「とにかく……もうここまで来たなら、相手の言う通りにしないと駄目だと思うぞ。これで何かして避難されたら、余計にこっちが悪者にされるだろうし……なによりここってエルフばっかりなんだぞ? ここで何か起こしたら俺達は縛り首だって」
「そりゃそうだけど……。でもムカツクんだもん。殺したいもん」
「物騒な台詞でカワイコぶるな! つーかお前女の子にそう言う事やめろな!?」
「でもさあ、あいつの実年齢は、どんな人族の老婆でも若々しく思えるほどのババアだよ? 年上が年下を虐めるとか酷くない? 下剋上してよくない?」

 確かに字面で言えば酷いかもしれないが、俺からすればお前も充分オッサンなんだが。全然大人げない所とかはいい勝負だと思うんだが。
 ったくもう、ムカついた奴には男女構わず物騒になるんだから……。

 しかし、ブラックの言う事にも一理あることはある。
 今現在の状況は、エメロードさんの望みどおりと言っても良い。ということは、俺達は彼女の掌の上で踊らされているも同然という事だ。
 だとしたら、これから更に俺達にとっては不利な状況になるかも知れない。

 それに……エメロードさんは、まだブラックの事を諦めていないみたいだったし……うかうかしてたら、俺には手が出せない方法で持って行かれてしまうかも知れない。
 彼女は、俺に面と向かって罵って、宣言して来た。いっそ清々しいくらいに真っ正直に略奪する事を俺に誓ったんだ。俺にはない潔さをもって。

 ……だから、いつまでものんびり構えてはいられない。
 なんにせよこのまま流されると言うのは悪手には変わりなかった。
 そうなると、俺達だって何か策を講じないといけないのだが……。

「でも物騒な方法はダメだぞ。下剋上ってお前、何する気なんだよ……。とにかくさ、まずは誰が犯人なのかの検討を付ける事が大事なんじゃないのか」

 正攻法を行うのが悪いという訳ではないだろう。
 ただ、それだけじゃ勝てないってだけで。

 そう言うと、ブラックは「むぅ」とイマイチ納得がいかないような声を漏らした。

「それは解るんだけどさ……そもそも、あの女のやってる事はおかしいじゃないか。約束をわざと捻じ曲げたり、自分達でやればいいのに僕らに犯人捜しをさせようとしたり、こんな場所に連れてきたり……何一つ必要性が見当たらないんだけど」
「うーん……そりゃ、まあ……そうだけど……」

 俺だってそこは引っかかってるんだけど、何がおかしいかって所は頭の悪い俺には言語化が出来ないので、何とも言えない。
 そんな俺のもどかしさに気付いているのかいないのか、ブラックは俺の言語化できないモヤモヤした部分を明確に言葉にしてくれた。

「そもそもの話、前提からしておかしいんだよ。犯人を捜させたいってんなら、どうしてカスタリアで空中庭園や周辺の情報を調べさせなかったんだ? これじゃ『あの場所で捜査する必要はない』と言っているのも同然じゃないのか。何も無いって確信でもあったってのか?」
「それ、それなんだよ! あとさ、何か……犯人を当てる事が出来たらってエメロードさんは言ってたけど……見当が付いているってのに、何で捕えないのかな? いくらなんでも襲われた人があんな言い方するのかな……」

 ブラックの言葉につられて、俺もやっと言葉になった違和感を吐きだす。
 それはブラックも考えていた事だったのか、俺の言葉に深く頷いた。

「あんな危険な目に遭ったのに、賭け事の題目にするなんて……普通に考えれば狂ってるとしか言いようがないが……あの女狐の事だ、きっと何かの考えが有っての事なんだろう。そして、僕達をわざわざここに連れて来た事にもなんらかの理由があるに違いない。犯人を当てるにしろ外すにしろ、ここに来なきゃ行けない何かがあって、そもそも犯人探しはその口実に過ぎなかったあのかも知れない」
「じゃあ……他の理由を探す事が出来れば、エメロードさんを出しぬけるのか」
「確証はないけど……証拠を集めるよりはよっぽどいいと思うよ。なんせ、ここで犯人の情報を集めるなんて、不可能に近いからね……」

 ……ああ、そりゃそうだな……周囲は人間を見下しているエルフだらけだし。
 答えてくれそうな相手がラセットとクロッコさん、それとエーリカさんくらいしかいない状況では、操作なんて出来っこないんだもん。

 …………もしかしてそれも計算づくで連れて来たのかな。
 エメロードさんは、一体どこまで計算しているんだろう。
 俺達が別の事を調べようとするのも予測していたとしたら……彼女は、俺達に何をさせたいのか解らなくなってしまう。

 何か別の事を掴んでほしいのだろうか。それとも、自分に有利なホームで俺を追い落としたいだけなんだろうか。
 クロウまで連れて来た意味が有るのだとすれば、その理由はなんだろう。
 考えて見てもまったく解らない。思えば俺達は、彼女の事を何も知らないんだ。

 外側から見た、肩書から語られる事だけしか、俺達は知らない。
 内面に関わる事って言ったら、彼女がシアンさんを嫌ってるって所ぐらいで……。

「…………エメロードさん……俺達に何をさせたいんだろう……」

 ブラックのがっしりとした肩に頭を乗せたまま呟く。
 今まで俺に答えをくれていたブラックも、その事だけは解らないのか、黙ったまま俺の肩を抱いてただ湯船を波打たせていた。



   ◆



「人族の方々は主に生臭ものを食されるとのことでしたが、夕食にはそのようなものをご用意しますか?」

 夕方近くの時間になって、部屋でブラックやクロウとゴロゴロしていた俺達三人に、エーリカさんが問いかけて来た。
 どうやら夕食は彼女がこの“別荘”で作ってくれるらしいのだが、肉食をナマグサ物だなんて変な言い方だ。生臭坊主と一緒の使い方だろうか。ちょっと気になったが、今はそこが重要ではないので置いておく。

 肉食についてわざわざ聞いて来るということは、やはり彼女達エルフにとっては肉料理はまったく作らないような物なのだろう。
 ……なーんて思っていたが、実際はちょっと違うらしい。

 エーリカさん曰く、基本的に“四つ足の獣は喰わない”という暗黙の了解的なモノはあるようだが、頻度は少ないものの普通にカエル肉だの鶏肉だのは食べるらしい。それに、仮に四つ足の獣の肉を食べてもペナルティとかはないんだそうな。

 ただ、彼女達は味覚が鋭いらしいから、四つ足の獣は特に血の臭いを感じてしまい食べられない人が多いらしい。汚らわしいとは思うらしいが、それを食べている変人神族を見ると、顔が臭い物を嗅いだ時の猫のような渋い顔にはなるらしい。
 しかし、エーリカさんがわざわざ肉料理を作ってくれるとは言うが……そうまでして肉料理を作って貰いたいとはちょっと思えないな……。

「どうせなら……鶏肉とかカエル肉とかも食べてみたいので、それでお願いします。この国の家庭料理とか、そういう感じだと嬉しいんですが……」

 そういうと、エーリカさんは少しだけホッとしたような顔を見せた。
 やっぱりエルフの人達には牛馬の類を調理するのに抵抗があるんだろう。

「かしこまりました。では、神族が普段食べているような物を用意いたします。御二方もご納得いただけますでしょうか」

 エーリカさんの言葉に、ダラダラしていたブラックとクロウはそれぞれ手を上げる。
 面倒臭いときの「いーよ」のポーズだ。三人に許可を得たエーリカさんはすこし気合を入れたように軽く体を揺らすと、深くお辞儀をして部屋を出て行ってしまった。

「ま、たまにはいいよね。マズかったらツカサ君に作って貰えばいいんだし」
「うむ。足りなければツカサがくれるから問題ないぞ」

 ……俺には大いに問題が有るんですけどね。
 宮廷でもおさんどんってのはちょっと現実感が強くてやだなあ。

 にしても……エルフが普段食べてるような料理って、どんなものなんだろう。
 まさかサラダ尽くしとかそういうんじゃない……よな……?











 
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