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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
9.食べ物の恨みと好みは根深い
しおりを挟む「お待たせいたしました」
食堂に移動し、エーリカさんのご飯をしばし待っていると、大きなトレイに三人分のお皿を乗せてエーリカさんが戻ってきた。
さて何が出るんだろうと思いながらそのトレイを見上げていると、彼女は俺達の前に何やらプレートのような物を置いた。
ほう。これはアレだな。今時女子に人気だというワンプレートだな。
俺は幼稚園の時の給食を思い出すからあまりお洒落に思えないのだが、盛り付けが綺麗だとお洒落に見えるのかも知れない。
それに、ワンプレート飯ってSFっぽい感じにも出来るから、そこから攻めるのもいいよな。そういうファンタジーな感じなら俺も良さが解るぞ。そっち方面かな。などと思いながらどんなご飯なのかと確認してみると……。
「うん。…………うん……?」
目の前にあるのは、お洒落……な食事でも無く、かといってSF感あふれるメニューでもなく、なんというか、その……実に簡素な料理だった。
いや、料理と言っていいのだろうかこれは。
鳥のササミをゆでた物を解しただけのものに、何やらおひたしっぽい青物野菜。
パンがあるのはいいが、付け合せは何も無く、なんというか何かを極めようとする人が挑むメニューのような感じだった。いや、しかし、せっかく出してくれた料理を無碍に扱うわけにも行かない。なんとか褒めなければ。
「そ、素材が生きてますね!」
「ツカサ君それ褒めてる?」
「ムゥ……」
ううううるさいっ、シンプルな料理の褒め方なんて俺は習ってないんだよ!
女性が料理を作ってくれた、しかも俺達だけのためにってなってるのに、褒めないと言う選択肢などないだろう。さてはお前らこう言うの慣れてんだな、慣れてんだな!? だーチクショウこれだからイケメンはー!!
俺なんかあっちの世界で「俺のために」って前提で女の人に料理作って貰ったことなんて一回もないのになんだその作って貰って当然的な態度は!
美女に作って貰ったんだからちょっとは興奮しろ! 間違えた感謝しろ!
俺なんか、俺なんかなあ、俺に料理を作ってくれる女性なんて、母さんと婆ちゃんと調理作る係のおばちゃんとかそのくらいだったんだからな。バレンタインだってその他大勢の義理チョコとか余りモンのチョコだったんだからな、貰えない年の方が断然多かったんだからなー!!
「エーリカさんありがとうございますいただきます!」
「え、ええ」
こんな苦労せずにモテやがったオッサン達なんて無視だ無視。
俺だけはしっかりと飯を食べてやる。そしてエーリカさんに気に入って貰う。
仄かな下心を抱きつつも、俺はとにかくプレートに箸……じゃなくて二股のフォークをつけた。なんだかんだ食器は人族の物とあんまり変わらないんだな。
とりあえず、ささみっぽい肉を食べてみる。
「…………んん?」
なんかちょっと普通のささみと違う。これは……。
「もしかして、ダシ……っていうか、煮込んだ肉なんですか?」
エーリカさんに問いかけると、相手は初めて素の表情で嬉しそうに笑ってくれた。
「ええ! ご理解頂けて嬉しゅうございます! これは丁寧に裏ごししたアラズマの肉と骨を丁寧に煮込んでスパイスを加えたダシで煮込んだものですの。人族の方にはご理解いただけないのか、いつも悲しいお顔をされてしまうのですが……貴女はエネの言った通り、味を解って下さる方のようで安心しましたぁ!」
さっきよりもちょっと砕けた口調で、嬉しそうに手を合わせているエーリカさん。
エネ……ってことは……エーリカさんはシアンさんの部下のエネさんと知り合いだったってことか? おお、あの金髪碧眼巨乳美女のエネさんと……!!
「エネさんとお知り合いなんですか」
隣でモソモソと食事を続けているオッサン達を無視して問いかけると、エーリカさんはニッコリと微笑んで頷いた。
「私、エネとは兄弟筋なんですの。あ、ええと……兄弟筋っていうのは、人族の言う“親戚”に近いものですね。派生した一族の中で、最も古い世代において兄弟だったものはそういう関係になるのです。……で、私達はよく遊ぶ仲でしたので、それぞれ異なる役割になった今も、連絡を取り合っているんですの」
「へ~……でもまさかエーリカさんがエネさんとお知り合いとは思いませんでした」
だってエネさんは金髪毒舌美女なのに、エーリカさんはピンク髪のおっとり系眼鏡っ娘なんだもん。いやまあ、あわなそうってだけで仲がいいって事はよくあるけどさ。
「うふふ、王宮に居る神族は殆どが最も古い世代の名を持つエルフなので、知り合いも多いのですよ。エネはその中でも特別なのですけどね」
「友達って奴ですか」
そう言うと、何故かエーリカさんは頬に手を当てながら照れた。
どうもエルフにとって「友達」という単語は俺達が思うのと少し違うらしい。恋人とかそういうのとは違うみたいだけど、イマイチよく分からんな……。
「まあそれはそれとして……半信半疑でしたけど、貴方達はどうやら信用出来る人族のようですね。これで気兼ねなくお使えさせて頂く事が出来ます」
「え……でも、俺食事の事言っただけなんですが……」
「それで十分です。エネは嘘など言いませんし、それに……あの子が他人……それも人族を褒めるなんて、この神都が地に落ちても有り得ないことですのよ。その事を今貴方様が裏付けして下さいました。それ以上の信用がありまして?」
ようするに、エネさんを全面的に信じているから俺達も信じるって事なんだな。
そこまで信頼してしまえる「友達」という存在がちょっと恐ろしくもあるが、この状況では一人でも味方が欲しい。エーリカさんが何の含みも無く味方になってくれると言うのなら、それは願っても無い事だ。
メイドさんってのは、見ないようにしようと思っても色々な情報が入ってくる職業だ。秘匿しなきゃ行けない主の秘密まで知ってしまう事も多々ある。
だとすると、この王宮を行き来しているエーリカさんなら色々と知っているかも知れない。なんてったって彼女は、この国の女王であるエメロードさんに指名されるくらいの存在だからな! ということは、彼女を味方にするという事を成し遂げたのは快挙と言えよう。エネさんと知り合いだと言うのなら、誠実さはお墨付きだ。
エネさんは毒舌だけど、嘘を言う事は無いし……それに、シアンさんと一緒で悪い事なんて嫌いな人だからな。あの人はただ口が悪いだけなんだ。
そんな人とずっと友達でいられるのだから、エーリカさんもきっとエネさんと通じる所が有るに違いない。そんな人が味方になってくれるのはありがたいよな。
ブラックとクロウはまだなんとなくエーリカさんを信用出来ていないのか、胡乱な目付きで彼女をジロジロ見ていたが、彼女のやる気をそぐような事は言わなかった。
うんうん、そう言う所は大人だよな。
「ああ、それにしても神族の食事を理解して下さるだなんて、徳の高いお方ですわ。ツカサ様は何故我々の素晴らしい食事を理解して下さったのです?」
「それは、まあ……俺の故郷でもダシで煮込んだりすることが有りましたし、こういうシンプル……ええと、見た目が過度に飾られていないような料理とかも結構多かったので、そういう料理なんだなと……」
日本だけじゃないと思うけど、見た目が地味だけど凄く手間が掛かってる料理って色々有るからな。母さんの料理はおいといて、婆ちゃんが作ってくれた料理は田舎の料理って奴が多くて、飾り気とは無縁だったし。
でも俺はそのシンプルな料理も嫌いじゃなかったから、神族の食事に関しても変に驚いたりしなかったんだろうな。この食事が家で出て来たら俺も驚くだろうが。
そんな事を思いつつも語った理由に、エーリカさんは感心するように頷いていた。
「なるほど……下品なお料理ばかりではない国もあるのですね……」
この国ではやっぱり過度な味付けや飾り付けになると、悪い物だと思われてしまうような雰囲気が有るのだろうか。こうなると、食べ物で懐柔作戦もあぶないな。
やるにしてもエーリカさんから情報を集めた方が良いのかもしれない。
「こんな料理、神族しか作らないと思うけどなぁ……」
「グゥ……」
こらそこ、シャラップ!
物足りないと露骨に不機嫌になるのどうにかして下さいよ、あんた達大人だろ。
ったくもう……。
「ツカサ様、よろしかったらお話をお伺いしても?」
「あ、ええ。俺が知ってる範囲で良かったら……」
これでエーリカさんともっと仲良くなれば、色々と聞き易くなる。
何を行うにせよ、彼女が良い足がかりを作ってくれるはずだ。
思わぬところで信頼できる味方を得て、俺は少しだけここでの生活に希望が持てたような気がしていた。
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