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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
22.普段怒らない人が怒ると凄く怖い
しおりを挟む「よ……曜気が消えたってどういうこと……!?」
状況が良く理解出来ない。いや、理解したくないのかも知れない。
だけど、とにかく話を聞かなければ。ラスターが落ち着くのを待って、俺とクロウは改めて詳しい話を聞いた。
「ヒルダが今朝がた温泉の曜気を調査したらしいのだが、すっかり曜気が消えている事に気づいたらしくてな……いま【紫狼の宿】以外の所にも確認を取っているが……恐らく、結果は同じだろう。曜術師の訓練所でも、もう騒ぎが起きている」
「じゃ……じゃあ、もうみんなにバレたってこと……?」
「……ゴシキ温泉郷はいたるところで五属性を含む温泉を使用している。取り繕っても遅かれ早かれ知られてしまっていただろうな」
「でも、どうして? なんで急に……」
そう言葉を続けようとして……俺は“ある事”に気付き、ぎくりと硬直した。
……今日、急に曜気が一気に消滅した。それって、もしかして……昨日、俺達が色々とやっちまったからじゃないのか。
直接の原因とは思いたくないけど、でも、関係ないとは言い切れない。
それに……ブラックの、あの状態も気になってたし……。
もし俺達が関わっているのなら、こりゃえらいこっちゃだぞ。
心配になってラスターを見ると、相手も同じ事を考えていたのか深刻そうな表情でコクリと頷いた。
「何にせよ、早く源泉を探し出して調査しないといかん。その為にも、そこの獣人。お前が調べた結果を早く話せ」
「えっ、クロウまだ喋って無かったの!?」
「ツカサが心配で、すっかり忘れていた……」
そ、そこまで心配してくれるのは嬉しいけど、やっぱり過保護すぎるのでは。
いや、そんな事を言っている場合じゃない。早く話して貰わないと。
俺が「頼む」と言うと、クロウはこちらを見返しながら頭を小さく縦に動かした。
「あくまでも火口付近の調査だが……特に変わったものは無かった。地中には鉱石が含まれていたが、黒籠石とは反応が違う。マグマの動きも、地中を押し上げるまでは無かったように思う」
「どのくらいの深度まで探った」
「大体二里程度だ。思った以上に炎の曜気が湧いて、深くは潜れなかった」
そうラスターに返したクロウだったが……ふと何かを思い出し少し悩むように手で顎を擦った。
「だが……妙な穴のような物を、見つけた」
「穴だと?」
さっきまで焦り顔だったラスターの顔が、真剣な表情に染まる。
だが食いつくほど我を忘れていなかったのか、ラスターは眉を寄せて問うた。
「それは……マグマが抜けてできた穴か?」
クロウはラスターの言葉に「否」と返した。
「土の曜気が規則正しく固められていた。間違いなく……人の手によるものだ」
「……! じゃあ、もしかしてそこが……!?」
「まだ判らん。オレがそこに到達した直後に、ブラックがおかしくなって探索を中断したんだ。だが、探った範囲ではその“穴”に通じる道は無かった。……それに、全体像もどんな物なのか判らん」
「だ、だけど、あったんだよね!? えっと、クロウが探索できた範囲内では他には穴なんてなくて、その上に入口が無かったって事は……もっと下に入口が有るって事じゃないかな?」
これぞまさに地獄に仏だ。
思わず明るい声で捲し立てた俺に、ラスターは思案しているような顔をしながらも渋々と言った様子で軽く唸る。
「ううむ……だが、イスタ火山は洞窟も無い特殊な山では無かったのか? なのに、どうしてそんな人工的な穴が存在する。普通なら埋まってしまうんじゃないのか」
確かに……。崩落すらも起こらないほどに地盤が固い場所で、窪みは有っても洞窟なんて無いような場所に、どうしてそんな空間が存在しているんだろう。
隊長さんの言う事が確かなら、もうとっくに塞がってても良いはずだよな。
自動的に修復されて、落石も無いほど硬くて、頑丈で…………――
「あ……」
そこまで考えて、俺はある“存在”に思い至り、思わず声を出した。
……そうか。
そうか、そうだよ。あったじゃないか“そういう存在”が、この世界にも……!
くそっ洞窟も無い火山だって事にとらわれ過ぎてて、すっかり忘れてた!!
「どうしたツカサ。何か思いついたのか」
「う、うん。なあ、もしかして、その場所って……」
一息で言えず、俺はごくりと唾を飲み込む。
だけどかまわず、告げた。
「ダンジョンじゃないか?」
――――そう。ダンジョン。
無限に魔物が生まれその最奥にはボスが存在する、あのダンジョンだ。
もし、あのイスタ火山全体がダンジョンの一部であるなら、一見ワケの分からない現象も全て説明がつくんだ。
「ダンジョンとは……あれか。【空白の国】に存在すると言う、不可解な迷宮のことだな。遺跡ではない全く別の存在で、モンスターの巣穴……」
「そ、そう。もしあのイスタ火山がダンジョンなら、火山がアレだけ硬くて穴すらないのも納得できない? ダンジョンはすぐに壁が直ったりするし、モンスターだって無限に湧いてくる。それに……これなら、中腹に居たファイア・ホーネットのことも説明出来ると思うんだ」
俺の言葉に、ラスターはハッとしたように目を丸くした。
「そうか……! あの蜂達はダンジョンから出て来た、だから火口付近に戻ることも無く、あの場所をうろうろしていたのか。もしあの蜂達が火口から逃げて来たのだとすれば、卵を心配するだろうし……なにより、自分の産んだ卵を抱えていたはずだ。中腹には十分な炎の曜気がないからな。俺達に出会っても攻撃などせず、逃げ回って卵に炎の曜気を分けていたはずだ」
ラスター曰く、ファイア・ホーネットの卵は炎の曜気がたっぷりと詰まっているが、それはあくまで幼虫たちが孵化するためのエネルギーであり、絶えず炎の曜気が有る場所に置いておかないと、卵は孵化できないのだそうだ。
それに、成虫の方も充分な炎の曜気が無ければ生きていけない。
そのため、ファイア・ホーネットは餌場に近い所に巣を作り、その周辺だけを飛び回っているのである。じゃあ……卵を持っている訳でも無く、見通しの良い場所を下ってきただろうに火口に戻る素振りも無かったあの蜂達は……イスタ火山の中に存在する“炎の曜気が充満している場所”に住んでいた事になるんじゃなかろうか。
だからこそ、あの中腹でうろついていたのだ。
あの場所とそう遠くはない場所にある、帰り道を探して。
「なるほど……そこまでは考えなかった……そっか、あの蜂達はあくまで集団生活をしているだけで、子育てを分担しているワケじゃないんだもんな。卵を持たず、餌場から離れて慌てている様子も無かったなら、そっちの方が可能性が高いか」
「そう言う事だ。……よし、これだけ手がかりがあるのなら、内部にある謎の空間もすぐに見つけられるかもしれん。俺は地図を借りて来る」
「う、うん」
ラスターが知ってた……というか、この世界でダンジョンなんて単語が認知されているのに驚いたが、しかし同じ単語や分類が有るなら好都合だ。
おそらく、昔この世界に来た奴が教えたんだろうな。感謝感謝。
「よしっ! じゃあ俺もブラックを呼びに……っ」
「寝てろ!」
行く、と動こうとしたのに、クロウに押し倒されてベッドに縛り付けられる。
一瞬何が起こったのか解らなかったが、俺はすぐにクロウに抗議した。
「なっ、なにすんだよクロウ!!」
「今の状態のツカサを自由にさせる訳にはいかん。ブラックの所にも行かせんぞ」
「なんでっ」
「…………」
クロウは黙ったままで、両肩を掴んで俺をベッドに押し付けている。
だけど俺だってこのまま大人しく寝ている訳にはいかない。
もし俺達が起こした事態なら、責任を取るために絶対行かねばならなかった。
「なあ、何でだよ、行かなきゃ駄目だろ!? クロウ、頼むから……っ」
「……ッ、いい加減に、しろ……っ」
引き絞ったような、堪えたような震える声が、震える口から洩れる。
思いがけない声音に何も言えなくなった俺に、クロウは目を見開いて、怒りを表すかのように牙を剥きだしにしながら俺を睨み付けていた。
見た事も無い表情に固まった俺の肩を、クロウはぎりぎりと力を籠めて掴む。
軋んで痛む肩に思わず顔が歪んだが、相手はそれでも離してくれなかった。
「クロウ……っ」
「もう我慢出来ん……お前は少し寝ていろ。ブラックにも会うな!!」
獣の咆哮にも似た怒鳴り声が鼓膜をびりびりと震わせた、刹那。
「ひっ――ぐっ……!? ぃ、あ゛っ、あぁあ゛あ゛あ゛!!」
収まっていた体の疼くような痛みが急激に酷くなり、口が勝手に悲鳴を上げる。
思いきり肉の内側を捻り上げられたような、言いようのない痛み。
痛くて、疼いて、思わず涙があふれる。その涙に橙色の光が映って、やっと自分が曜気を奪われているのだという事が知れた。
だけど、なんで。
どうして。今までこんな事なかったのに。
「ひだっ、ぃ、あ゛ぃっ、い、いぃいい゛い゛……ッ!!」
歯を食いしばって、必死で耐える。
だけど痛みは引かなくて、目の前のクロウの顔が怒りに歪んでいるのが、怖くて。
クロウに怒られているのが辛くて、悲しくて、どうしようもなかった。
そんな俺に、クロウは牙を隠しもせず歯噛みをして、目を細める。
「そんな……ッ、顔をして……っ」
息が、荒い。
顔にいつものように熱い吐息が掛かって、瞠目した先にある橙色の瞳が、何か、さっきとは違う光を宿したように思えた。と……そう、認識した、刹那。
「っ、あ、あぁああ……!?」
い、嫌だ。なんだこれ。
疼くような痛みが、今度はむず痒いような物に急に変化した。
違う、そうじゃない。痒いんじゃなくて、熱くて、この、体の中や弱い部分をじくじくと刺激するような感覚は……。
「なっ、あっ、ど、してっ、ひっ、ぃ、ぃあぁあっ、ぅあぁ、あぁあ……!!」
怖い。いやだ、なにこれ、なんでっ、なんで……!
体が変だ、さっきは痛かったのに、今は怖い、じくじくする、股間が熱くなって、そんな場合じゃないのに体が熱で疼き始めて、つらくて、違う涙があふれて来る。
なんで。なんで、なんでなんでなんで!!
「…………ふぅん。そうか。……そう言う事か」
「っ、あ゛、ぁあ、あ……!?」
「ツカサ、眠れ。……ブラックの所に行こうなどと思わないくらい、深く……」
呪詛のように低い言葉が吐きかけられる。
俺の体が、その言葉に一際反応して、頭が真っ白になって。
「――――――――……!」
自分でもどうなったのか、何を言ったのか解らない。
ただ、霞む視界の中でクロウが何か笑っているような気がしたが……
確かめる事も出来ず、俺はそのまま気を失った。
→
※クロウは元々乱暴者なので、手加減のなさに関してはご容赦を…
次はちょっとだけクロウ視点
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