異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編

21.鎖はいつか外れるもの

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 「…………あれ?」

 気が付いたら、青空が無い。
 いや、これは……天井、かな。ここってもしかして【紫狼の宿】か?

 でもおかしいな、俺はさっきまでイスタ火山にいたはず。そんで、ブラックが何か変になったから、慌てて駆け寄って、それで、俺……。

「ツカサ君!!」
「え……あぇ? ブラック……? 無事だったのか……」

 混乱している所に呼びかけられて頭を左に動かすと、涙や鼻水をどばどば垂らしたブラックが俺を凝視しているのが見えた。
 ……どこにも怪我は無いし、元気みたいだ。良かった……。

「もぉお! 僕っ、ぼくツカサ君がまたずっと寝込むようになったらどうしようかって……っ!!」
「お、大げさなんだって……ていうか、何が起こったんだ?」

 体を起こそうとするけど、力が入らない。
 自分でも訳が分からなくて目を瞬かせていると、反対側に居たらしいクロウが俺をゆっくりと起こしてくれた。すると、アドニスとラスターがいるのが見える。二人もブラック達と同じようにベッドの傍にいたらしく、ホッとしたような顔をしていた。
 ……ヤバい。俺また何か迷惑をかけたのでは……。

「あ、あの、俺また……」
「まったく心配させて……! だから言っただろうが、行くなと! どうせコイツは自分でどうにかしただろうに、無茶をして……っ」
「ご……ごめん、ラスター……」
「しかし無事でよかった。リングが壊れたので、計測が出来なくて心配だったのですが……君の許容範囲内だったようですね」
「リングが壊れた?」

 アドニスの言葉に引っかかって思わず返すと、相手は難しそうな顔をして頷いた。

「正か不かどちらかは解りませんが、この男を助けに行った時、リングを嵌めた君の体に異常な過負荷が掛かったらしいんですよ。それで、二つのリングが全部おじゃんです。作り直すのも難しいので、君が気絶している間に取り外しました」
「そ……そうなの……でも、過負荷って……」

 やっぱり、ブラックがうずくまってたアレと何か関係が有るのかな。
 そう思ってふとブラックを見ると……。
 ブラックは、何故か青ざめた顔をして小さく震えていた。

「……ブラック……?」

 体調が良くないのだろうかと心配になって手を伸ばそうとすると、如実にビクリと震えてブラックは勢いよく立ち上がった。
 まるで、俺の手から逃れるかのように。

「っ……! ぅ、あ……。あっ、あ、あの、僕っ、つ……ツカサ君に……ぃ、きょ、今日は大丈夫だから、そ、そうだ。熊公お前、ツカサ君が不自由しないようにしろ、絶対だぞ絶対だからな!!」

 そう言うと、ブラックは青ざめたまま……部屋から出て行ってしまった。
 何が起こったか判らずぽかんとする俺を、クロウが抱き寄せる。

「任された。オレがツカサを守るぞ」
「ん、うん……」

 それは、ありがたいんだけど……ブラック、どうしたんだろう。
 何であんな風に……。

「…………明日一日様子を見ましょう。君の体調も心配ですし、リングが壊れる前に計測した数値も少し調べたい。君も、自分で動けるまで寝ている事。いいですね」
「わ、解った……」

 どの道、クロウに起こされてる状態じゃブラックを追いかけられないし、これ以上迷惑をかける訳にもいかない。何が起こったのかは全く解らないけど、ちゃんと体調を整えて源泉を調査できるようにしなければ。

「ツカサ、欲しいものが有るか。何でも言え。俺が持って来てやるから」
「うん。ありがとな、ラスター」

 今は、その優しさだけで十分嬉しいよ。
 そう言って笑ったけど、ラスターは何故かとても辛そうな顔をしていた。



   ◆



 一晩寝れば体調も良くなると思っていたのだが、その考えは甘かったらしい。

 俺の体は未だに自由に動く事が出来ず、特に腕と足はビリビリと痺れたような嫌な痛みに慢性的に苛まれており、しかも足はまったく動かす事が出来なかった。
 こんなことは初めてで、正直とても怖い。

 自分の体なのに、今は正気なのに、それでも体は動こうとしないんだ。それだけの事なのに、自由にならない事がこんなに怖いなんて思わなかった。
 腕だけは痛みを我慢すればかろうじて動かせるけど、それでも本調子とはいかない。
 ロボットみたいなぎこちない動きしか出来なくて、トイレも一苦労だった。
 いや、ほんと、この世界ほとんどのトイレが洋式で助かったよ……。

 だけど、それでも回復した方なんだよな。
 気が付いてから一晩夜を明かしたんだが、夜は本当に寝付けなかったし。

 ブラックがいた時は痛みにもあまり意識が行ってなかったんだけど、徐々に痛みが強くなってきて、夜は痺れてうずくような痛みで寝る事が出来ず、熱まで出てしまったのだ。あれは本当に酷かったよ。だけど自己治癒能力が働いてくれたのか、クロウ達が見回りに来る時には少し収まっていて、どうにか迷惑を掛けずにいられた。
 もうこれ以上心配かけたくなかったから、助かったぜ。

 ……でも、朝方眠れるようになって、その後で起きたら、やっぱりクロウ達が俺の事を心配そうに覗きこんでいたから……寝ている間に、なんか迷惑かけちゃってたのかも知れないんだけど……。くそう、寝てる時は自分でも解んないからなぁ、もう。

 もしかしたら、三人とも心配性だから余計に不安だったのかな。
 ……自己治癒能力が有るんだし、いずれ治るのに。
 それは解っているし、三人にもそう言ったんだけど、それでも心配なのか、クロウ達は朝から俺の傍を離れようとはしなかった。

 ブラックの事が心配だから見に行ってくれと頼んだんだけど、クロウは「朝方見に行ったが、一人にしてくれと部屋から出てこなかった」と言うばかりで、再度頼まれてくれようともしない。俺の方が心配だから行かないと首を横に振るばかりだった。
 ちょっと、薄情じゃないっすか。ブラックだって仲間でしょうに……。
 だけど悔しい事に、俺の足はまだ動かないし……ブラック、大丈夫かな。

 俺は治るから気にしなくて良いけど、ブラックは違うもん。だから、アイツの方が心配だよ。あの時も苦しそうにうずくまっていたし、俺のダメージにもかなりショックを受けていたようだし……自分のせいだって思ってなきゃいいんだけどなあ……。

 はぁ、早く足が動くようになってくれたらいいんだけど……でも、なんでこんな事になっちまったんだろう。やっぱこれって、ブラックの周囲に現れた黒い稲妻のせいなのかな。だけど、あの時まだら模様になっていた竜巻の中に頭を突っ込んでも、何ともなかったしなあ。

 うーん……。何だかよく分からないけど……でも、黙ってた方が良いよな、これ。
 あんだけブラックが青ざめていたって事は、ブラックは何が起こったのかを知っているのかも知れない。だから、俺に近寄れないって思って引きこもってるのかも。
 だとしたら、それって多分……ブラックが触れられたくない部分に触れる可能性があるよな……。無理に問い詰めたら、アイツがつらくなるだけのような気がする。

 今はとにかく動けるようになって、ブラックを安心させてやらないと。
 俺がビリビリ状態のままじゃ、またなんか落ち込みそうだし……。

 話してくれなくても良いけど、とにかく大丈夫だとは伝えてやりたい。
 元はと言えば、ブラックが「だめ」と言ったのに飛び込んじゃった俺が悪いんだ。だから、ブラックが悪いなんて事は絶対ないんだからな。
 ……でも、伝えるにしても治りが遅くて動けないんだよなぁ……。

「ツカサ、足はどうだ」

 ――昼食を食べさせてもらい一息ついたところで、クロウが問いかけて来る。
 相変わらずベッドの上の住人だった俺は、その問いに頑張って足を動かしてみた。

「ん……くっ……んん……だいぶ動くようにはなって来たけど……棒を引き摺ってるみたいで、本調子はまだ先かも……」

 だけど、一日程度でこんだけ治ったなら、今日安静にしてれば明日くらいにはもう完治しているだろう。だけど、クロウは心配そうに耳を伏せて俺を見詰めて来る。

「あまり無理はするな。原因がよく分からないのだから、無茶は良くない」
「大丈夫だって! ホラ、俺ってば強力な自己治癒能力が有るんだからさ。こんなの明日にはすぐに治って、元通りの足になるから!」
「ムゥ…………」

 そう言われるとクロウにはどうにも言えないようで、不満げながらも口籠くちごもる。
 ちょっと可哀想な気がしたけど……でも、今回のことは俺が注意してなかったから起こった事故なんだし、必要以上に気に病んでほしくないんだよ。
 けど、クロウはそうだと解っていても、納得してくれそうになかった。
 熊耳もずっと伏せたまんまだし……はあ、クロウに心配かけちゃったなぁ。

「クロウ、俺は大丈夫だから……。ってか、それより俺はクロウ達の方が心配だよ。ラスターは部屋と詰め所を往復して色々調べてるし、アドニスだって解析で忙しいのに、俺の事ちょいちょい見に来たり……それに、クロウだってずっと俺のそばに居るじゃないか。心配なのはありがたいけど、このままじゃお前らの方が疲れちまうよ」

 無理はしないでほしい、とクロウの頭をぎこちなく撫でる。
 だけど、クロウは眉間にぎゅうっと皺を寄せて、潤んだ橙色だいだいいろの目を細めた。

「ツカサは……他人の事ばかり心配し過ぎだ……っ!」
「え……」

 少し震えた、強い声で詰られる。
 思わず虚を突かれた俺に、クロウは辛そうな顔で声を張った。

「どうして自分の事を優先しない、アイツらのことなんてどうでもいいだろう!? 何故自分の事より他の奴の事を考えるんだ!!」
「だっ、だって、俺は治るから……」
「だからと言って無茶をして良いなんて事にはならないだろうが!!」
「……!」

 クロウの目が見開かれて、俺を見る。
 いつもとは明らかに違う様子に思わず言葉を詰まらせると……クロウは、泣きそうな顔をして俺に抱き着いて来た。

「オレは、嫌だ……っ! どうでもいい、あいつらなんてどうでもいい!」
「クロウ」
「もう嫌だ、最近こんなのばかりではないか! ツカサが危険な目に遭って、なのにブラックは許されて、オレは、オレは何も出来なくて……ッ!」

 何も出来なくて、って……。
 クロウ、そんなこと思ってたの……?

 そんな。誰もそんなこと思ってない。むしろ俺は、クロウに心配かけて申し訳ないとすら思ってたのに。なのに、どうしてそんな風に自分を責めるんだよ。

 違うよ、クロウは今だって、俺の事を考えて心配してくれてるだろ。
 それに……一緒に居る時は、いつだって助けてくれたじゃないか。
 何も出来なかったなんて事は無い。それだけは、絶対に違う。

 だけど、どうなぐさめたらいいのか判断が付かなくて……何も答えてやれない。ただ、自分の胸に押し付けられたクロウの頭が震えているのをなだめようとして、抱き締めることぐらいしか出来なかった。

「ツカサ……っ」
「……クロウ、ごめんな……。お前のこと、心配させて……」

 そうだよな。クロウは変な所もあるけど、でも……俺をいつも気遣ってくれるくらい優しい奴なんだ。なのに、俺って奴はここ最近別行動して不安にさせたり、離れた所で色々と危険な目に遭ったりしてたんだよな……。

 そんなの、クロウだって心配するに決まってるじゃないか。
 無鉄砲な事をしたら悲しませるってのも、解ってたはずなのに……。

 でも、どうしたらよかったんだろう。
 俺はブラックが大事で、何か酷い事になってるなら助けてやりたかった。他の事を考える暇もなく、そう思って動いてしまったんだ。
 だけどそれはクロウにとっては心配するような事でしか無くて……。

「ごめん、クロウ……」

 どうしたら良いんだろう。
 俺は、ブラックの事を放っておくなんて出来ない。どうしても体が動いてしまう。
 何かを考えるより先に足が出てしまうんだ。
 それじゃいけないって事は解ってるけど、でも……。

「クロウ、俺……」

 何か言わなくちゃいけないと、口を開こうとした――と、同時。
 俺の言葉をかき消すように、ドアを忙しなくノックする音が聞こえた。

「ツカサ、大変だ!!」

 こちらが返事するのも待たずに、ラスターらしき声が聞こえてドアが開く。
 ラスターらしくない行動に驚きながらも、俺は一旦いったんクロウを離し、何が起こったのかと到着を待った。
 ややあって、ラスターが駆け足で部屋に入ってくる。その顔はあせりに満ちていた。

「ラスター、どうしたんだ?」

 今さっきまで走っていたかのような汗をかいて、ラスターは肩で息をしている。何をそんなに急いでいたのか解らないが、俺は何だか妙に不安になった。
 こんなラスター、滅多に見ない。絶対に何か起こったんだ。
 そう思うと心臓の鼓動が嫌に早くなり、冷や汗が湧いてくるような気になる。

 願わくば、悪い知らせでないと良いのだが、と、俺は思ったのだが。

「曜気が……ッ、温泉の曜気が、全て消えた!!」

 現実は、俺の思うようにはいかなかった。










 
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