異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編

24.美女と密室で密談を

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   ◆



 シアンさんと俺の為に用意された部屋は、調度品のない質素な部屋だった。

 さすがに絨毯じゅうたんとかテーブルはあったけど、窓も無くドアも一つだけで何となく閉塞へいそく感が有る。恐らく逃げないようにするための部屋なんだろうけど、そこまでされると信用されてないみたいでちょっとやだなあ。
 まあ、俺は危険人物だしシアンさんは容疑者だから仕方ないけどさ。

 でもちょっと安心したのは、この部屋には俺とシアンさんしかいないって事だ。
 普通は監視するための人が一人付くんだけど、ドアの外で待っていてくれるみたいで、俺達の話を聞こうとする感じではなかった。

 この世界ではあんまり言質とか関係ないのかな。それとも、俺が【契約のかせ】で、力を使った瞬間に爆散しちゃうのを解ってるから、二人きりにしたんだろうか。
 まあ何にせよ、俺達の会話よりも逃げるかどうかを重要視してるみたいだし、それならそれで好都合だな。今からシアンさんに話すことを聞かれないで良かった。

 なんせ、その話ってのは、間違いなく俺の処遇を左右する話なんだから。

「ごめんなさいね、ツカサ君……貴方にそんな首輪を付けさせてしまって」

 テーブルの向かい側に座ったシアンさんは、申し訳なさそうに眉根を寄せて俺のほおに手を伸ばす。しわを刻んだ優しい手ではない、瑞々みずみずしくて白魚のような手だ。
 シアンさんはあの美女の姿のままなのだが、な、なんだか、いつものシアンさんじゃないから、滅茶苦茶ドキドキしてしまう。

 だって美女がそこにいて、俺に優しくて、めっちゃ俺の事を心配してて、おっぱいとかそれドレスから零れないんですかとか心配になっちゃうしおへそとか見えてるし何か俺ほんとこんな見ちゃって良いんですか状態であああ。

「ツカサ君、顔が赤いわ。大丈夫?」

 んああああほっぺさすさすしないで下さいシアンさんんんん!
 気持ち良いっ落ちちゃうっ、美女にほっぺさすさすされて俺落ちちゃうぅうう!

 落ち着けっ、落ち着け俺、駄目だ幸せになってる場合じゃないんだ、シアンさんにキュウマから教わった事を話さないとっ。

「だっだっだいじょぶれす!」
「だけど、頬が……」
「これはしっしあんさんが綺麗だから!!」
「まぁ……」

 あ――――っ!
 シアンさん頬を染めちゃ駄目えええええ!
 また俺の俺が大変な事になって収集が付かなくなっちゃううううう!

「ふっ、ふひっ、お、お話、はなししましょう」
「え、ええ……いやねえ私ったら、ついつい喜んじゃって」

 クール系美女が苦笑しながら頬に手をやって赤みを抑えている……なんだこれは、俺は夢を見ているのか、まんざらでもない美女と二人っきりで密室で仲良くお話しをしているなんてこれは夢なのでは……いやだからそっちに話を向けるんじゃない。

 とにかく深呼吸をして、キモオタの呼吸をやめなければ。
 フヒヒじゃないんだよフヒヒじゃ。女性の前でそれは流石にいかんだろう。
 何度も深呼吸をして、やっと平静に戻った俺は、改めてシアンさんと向かい合い、ミレット遺跡からエンテレケイア遺跡で起こった事の全てを話して聞かせた。

 勿論、シアンさんには隠し事はナシだ。
 俺達の「支配」の事だってシアンさんは知ってるし、何より彼女は俺達を大事に思って協力してくれているからな。話さないという選択肢なんてない。
 という訳で、キュウマに話して貰った事の全てをシアンさんには喋った。

 ――――正直、ブラックには話していない【コントラクト】の話はするかどうか迷ったのだが……俺の異世界でのお婆ちゃんになってくれるって言ってくれたシアンさんになら、話していいような気がしたから話してしまった。

 だって、シアンさんは俺のお婆ちゃんだもん。
 婆ちゃんは、優しくて何でも知ってて凄い存在なんだからな。
 だから、そんな存在になってくれるって言った人だし、多少は甘えたって良いかなって思って。プレインでも、あんなに心配してくれたし……。
 それに俺だって、そこまで言ってくれたシアンさんに隠し事はしたくない。力になってくれるって信じてるから、話したかった。

 ……ブラックに話せないのは、その……まあ、ブラックは家族ってのとはまた違う意味で大事だから、なんか……話せないって言うか、寄りかかっても良いってよりも対等な位置に居たいと思ってる訳だから、大事の意味がなんか違うと言うか……。
 と、とにかく、なんか話せないんだけど、シアンさんには話せるんだよ!

 だもんで、シアンさんには全部話しちゃったんだけど……クールビューティーで若々しい姿の彼女も、さすがに俺が聞いた話には驚きっぱなしだったようで、呆気あっけにとられたかのように口を開いてぽかんとしていた。
 ……か、かわいい……いや、ゴホンゴホン。

「そんな、ことが…………」

 驚いていたシアンさんだったが、しかしすぐに悲しそうな表情を浮かべると、再び俺の両頬を優しく掴んで指で擦る。
 優しくて細い指が動く度に心地良くて思わず目を細めてしまう俺に、シアンさんは悲しそうな声でぽつりと呟いた。

「辛かったでしょう、そんなことを聞かされて……」
「シアンさん」
「ごめんなさいね、何も出来なくて……。本当なら、私もその場にいて、貴方の不安をやわらげなければいけなかったのに……」
「そ、そんなこと無いですよ! だって俺、今でも充分助かってるし、それに、全部の話が出来るのって、シアンさんしかいないから……」

 そう言うと、シアンさんは何を思ったか席を立って……俺に駆け寄ると、ぎゅうっと抱きしめてくれ……えっ、ええええええ!

「そんなにお婆ちゃんを信用してくれて……私、本当に嬉しいわ……!」
「ふがっ、ふっ、ふごごっ、し、しあんさんっっおぢづいで」

 お胸が! お胸が当たっております!!
 真面目な話をしてるのにそんなダメだってゲヘヘ気持ちい、じゃなくてシアンさん勘弁して下さいちょっとおい俺の分身反応するのやめろ!

 色々起こり過ぎてちょっと待って本当にまって。
 まずはシアンさんから引き剥がさねば。
 俺は自分の聞かん坊を叱咤して無理やり押し込めると、シアンさんの体から少し顔を離して彼女を見上げた。

「し、シアンさん」
「あっ、あらあら、ごめんなさいね……! 私ったらつい……。駄目ねえ、ツカサ君みたいな可愛い子にお婆ちゃんって言われると、ついつい……」

 今の姿がいつもと違う事にようやく思い至ったのか、シアンさんは顔を赤らめて、あらあらと困り顔だ。クールビューティーのギャップ萌え……。
 でなくて、今は萌えてる場合じゃないんだって。

 話を戻すために再び席について、俺とシアンさんは向かい合った。

「それにしても……困った事になったわね。私の事は置いておくとして、ツカサ君の能力とグリモアの関係は扱い方によっては破滅すら現実の物になるわ。支配だけでも厄介なのに、そこに【コントラクト】という術が入り込んで来たら……私はともかく、他のグリモアは混乱するでしょうね。それに……あの子、ブラックが、何をするかも判らない」
「そ……そんなにですかね……」

 俺の立場が危ういのは前々からだけど、あいつが俺の事で破滅するかな。
 今だって離れててもわりと平気だし、やっぱり……。

よ。……けれど、一番問題なのはレッド様ね。あの人の背後にギアルギンという黒幕が居る以上、貴方を自由にさせておくのは危険だし……」
「レッドは、今どこにいるんですかね」
「解らない。……エネに探らせてはいるんだけど……少なくとも、南方に逃げたってことは確かね。アランベール帝国には“導きの鍵の一族”の総社があるし、故郷に潜伏しているって事も考えられるけど……相手もそこまでお人好しじゃないわ。レッドの事をかくまうでしょうし、そうなると私達には打つ手がない。相手は結束の固い一族だから、プレイン共和国のようにはいかないでしょうね……」

 つまり、南方へ逃げた以外の事は解らない。と結論を出して、シアンさんは疲れたように肩を落とした。
 なるほど、だからエネさんはこの場に居ないのか。
 しかし……相手の動向が解らないとなると、酷く不安だ。

「……あの、シアンさん……まさか、レッド達もここまでの事を知ってるって訳じゃないですよね……」

 おずおずと問いかけると、シアンさんは指でひたいを抑えながら……何かを考えるように視線を泳がせて、眉間にしわを寄せた。

「…………『支配』の情報を知っていたとすると、考えられない事じゃないけど……でも、エルフの私やお姉様が知らない事を知っていたのだから……あり得るかもしれない。身体実験を行った時に『腕の一本くらい失っても平気だな』と言っていたって事は、貴方の能力の真の意味を知ってる可能性もあるわね。もしかしたら、ナトラが授けてくれたという【コントラクト】まで把握しているかも知れない」
「な……じゃ、じゃあ……ギアルギンは全部知っているって事ですか?!」

 そんなバカな。そんなの、今まで誰も知らなかった事なのに。
 なのに、どうしてギアルギンがそんな事を知ってるんだ。
 神様に一番近いエルフ神族でも知らない、世界協定も把握はあくしてない、俺自身も知らなかった事を、どうしてギアルギンは知ってるんだ。
 なんで、キュウマに会ってすらいないアイツが把握してるんだよ。

 まさか……あいつが神様じゃあるまいし…………。
 …………まさか……まさかな……。

 でも……もしそうだったらどうしよう。
 嫌だ、俺そうなったらガチバトルじゃんか。あいつと戦える気がしない。
 というかあいつ何なんだよ。どういう立場の人間なんだ。
 いや、まさか、人間ですらなかったりして……。

「あ、あの……シアンさん……もしかして、ギアルギンって神様とか……」
「じゃないでしょうね。神であれば、私達も解るもの。私が予知の力を使って貴方の出現を感知したように、エルフは神が降臨すれば一瞬で“理解”してひざまずくものなの。だから、もし相手が神なら私の予知が働くわ。けれど今は大きな動きは無いし、予知も働かない。少なくとも数十年は天災や神の降臨は起きてないでしょうね」

 そ、即答。
 いやでもハッキリ言ってくれて助かった。そうだよね、ありえないよね。
 シアンさんが言うなら確かか。まあ考えて見ればそうだよな。

 神様だったらこんな小細工したりせずに、さっさと俺を殺せただろうし、今の俺はチート能力を使うどころか振り回されまくってる低レベルだし……。

 あれ、じゃあ、本当に何でギアルギンはあんな事を知ってたんだろう。
 そもそもアイツ、何が目的なんだ。
 最初は黒曜石を採掘してて、次はプレイン共和国の上層部を操って神の【兵器】を作らせてたりして、その過程でレッドを垂らし込み俺を材料にしよう罠を……って、何か目的がよく分からないんだけど。

「シアンさん、ギアルギンって何なのかな……」

 思わず問いかけると、シアンさんは何故か深刻そうに顔を歪めて、うつむいた。

「…………あくまでも、これは予想だけど……」
「……?」
「ギアルギンは、のだと思う。だから、これほどまでに……」

 知ってしまった?
 どういうことなんだろう。……あ、でも、そう言えば……俺の事を裸にした時に、何故か急に怒りだして首を締めて来た時に、何か言ってたような気が……。

「あ……。ご、ごめんなさいね。今のはあくまでも予想だから」
「そう、なんですか?」
「……ええ。…………だけど……近いうちにきっと……正体を明かせると思う。エネが帰るまでには、きっと」

 エネさんが証拠を持って来てくれるのかな?
 だとすると、ギアルギンが何を目的として動いているのか解るかも。シアンさんが今は話せないと言ったのは、証拠が足りないからなんだろうな。
 俺も正体を知りたかったけど、確証が無い事を離せないのは仕方がない。

 とにかく手がかりが有るなら、ちょっとは安心だな。
 あとはシアンさんが無罪放免になって、レッドと二度と会わないで済むという確証が出来たのなら万々歳なんだけどなあ……。

「私の容疑も、審議を重ねるうちに晴れるでしょう。それよりも大事な事は、貴方の安全よ。……なんとかレッド様の誤解を解けるといいんだけど」
「……ブラックのこと、ですよね」
「ええ。……あの子はあんなだけど、戦い以外で人を殺すなんて言う非人道的な事は決して行わない子よ。……利益にならない事を知っているからやらない、というだけですけどね。……けれど、そこまで利己的なら殺すはずもないでしょう?」
「た、たしかに」

 ブラックって本当に他人なんてどうでもいい奴だからなあ。
 そもそも恨まれてたって「あっそ」で済ませる性格だ。他人が自分をどう思おうが何も気にしないんなら、他人を殺したいという衝動も無いのかも知れない。

 どうでもいい存在を殺して不利益になるなら、誰だって殺さずに済ませるだろう。理性ある者なら、なおさら面倒が無い方を選ぶに違いない。
 ブラックだってその辺りは大人だし、俺だってブラックの性格は知ってるからな。
 理性が有るんだから、ズレた事をする訳がない。十八年もずっと大人しく館の中で本を読んでいた子が、耐え抜いた時間を無駄にする訳も無いんだから。
 つまり、俺の確信は正しいと再び証明されてしまった訳だ。ふふん。

 ……そうは言っても、ブラックが何かを抱えているのは間違いないんだけど。

「けれど……もし今もギアルギンがそばにいるのなら、難しい問題ね……」
「そうですね……」

 俺達の今の状態じゃ、どうしようもない。
 思わず沈黙してしまったが、急にシアンさんは顔を上げて、俺の肩を掴んだ。

「ツカサ君」
「はっ、はい?」

 わあ、美しいお顔が真正面に。キリッとしたシアンさんも格好美しい。
 じゃなくて、真面目に話を聞くんだ俺。

 顔をきゅっと引き締めてシアンさんを見返すと、彼女は長い睫毛まつげに縁どられた綺麗な青い瞳を鈍く光らせて、眉間にしわを寄せた。

「……ツカサ君。……こんなことを言いたくはないのだけれど……どうか、お姉様と従者には、充分に気を付けて」
「え……」
「お姉様は……残念だけど、もう私の言葉など聞きはしない。ツカサ君が思うような姉妹の関係だとも思っていないでしょう。……何故そんなことになったのかは、今は話せないけれど……だけど、これだけは確かよ。お姉様は、私達を……いえ、私を、絶対に許しはしない。唯一許されるとしたら……恐らく、ブラックだけでしょうね」

 それは……何故かはよく分からないが、エメロードさんがブラックに好意を持っているから? だから、俺達は許さないって事なのか。

 だけどどうして。
 何でシアンさんがそこまで恨まれなきゃ行けないんだ。
 それに、彼女はどこでブラックの事を知ったんだろう。何故シアンさんを許さないと思ってるんだ。その怒りは、エルフ神族としての意思じゃなくて彼女自身からくる何かによる物なのか。

 そもそも、シアンさんがどうしてこんな事を言い出したのかも判らない。
 どういう事なんだと見返すが、シアンさんは答えてはくれない。ただ、俺をじっと見つめて、俺に言い聞かせるように再度口を開いた。

「ごめんなさい、ツカサ君。これも全部……私のせいなの……」

 どうして、シアンさんが謝るんだろう。

 解らないけれど、悲しそうな顔で俺を見つめるシアンさんは返答を恐れてか、緩く首を振って「何も言うな」と示していた。
 ……本当は、何かを言うべきなのかも知れない。
 だけど、俺は何も言えなかった。













※次はブラック視点です。ツカサがまるで出てこない…。
 
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