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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編
仲間を入れ替えると最初は変な感じになる2
しおりを挟む「よっと……」
ハッチを開けて中を見ると、そこには錆びた様子もない金属の梯子があり、真っ暗な地下へ続いていた。試しに石を投げてみると、数秒間が有って落ちたので結構深いらしい。でもまあ、そこまで高さは無いだろう。多分地下三階くらいかな。
俺は持って来ていた水琅石のランプに水を垂らして明かりを点けると、ランプを腰に下げて梯子を慎重に降りて行った。ブラックが先に降りると言ったんだけど、大人三人の体格では穴の中で身動きが取れなさそうだったので、方向転換がしやすい俺が先に行くことにしたのである。深く突っ込んではいけない。
「……身長が低くて良かったんだか悪かったんだか……」
まあ、小回りは聞くよね。敏捷性が高いかどうかは別にして。
仮に俺がのろまだったとしても、いざとなったら頼もしい仲間達が来てくれるから心配は要らないんだけどな! そうならないように自分でも気を付けるけど!
可愛いペコリア達や新しく仲間になった柘榴とも早く戯れたいが、今は我慢だ。
戦闘なんて無いに越したことはないし。
そんな事を思いながら、カツカツと音を立てつつ梯子を下りていくと……遥か下の方に深い青に染まった地面が見えて来た。どうやらこの場所は長い間密封されていたようで、床は梯子と同様に目立った劣化は無い。
所々ひびが入っていたり、ホコリや壁などから出た砂が散っていたけど、それでもこの地下は真新しい廃墟と錯覚してしまうほどの朽ち具合だった。
やっぱ超古代の技術はすごいな……劣化防止の何かが有るんだろうか。
そんな事を思いながらやっとこさ下へと降りると、そこは三畳程度の物凄く狭い所だと解った。すぐそばの壁に配電盤の扉みたいなものがあるだけで、梯子が有る他は何も見当たらない。
「…………開くかな?」
そう思い、配電盤の扉のような物に触れてみると――白い色の光が俺の手に宿り、勝手に扉へと流れて行った。と、ガチャンと何かの音がして扉にドアノブのような物が浮き上がった。
何が起こったかは解らないが……たぶんこれ、金の曜気を吸われたんだよな……?
梯子を降りる数人の足音を背後に聞きつつ、俺は慎重にその扉を開いた。
「……何もない……か」
人や何かの生き物の気配はしない。それでもすぐに首を突っ込むのは躊躇われて、扉を開きつつ奥の方を覗く。だがまあ、地下なので当然真っ暗で良く解らない。
どうしたもんかと思っていると、やっとブラック達が降りて来た。
事情を話すと、今度はケルティベリアさんがにっこりと笑って近付いて来る。
「それなら我に任せてくれ。一時的に“我々の大地の力”を借りよう」
「我々の?」
「ああ。我らソグディアンは、己の住まう大地に宿る力を呼び出す事が出来る。この不毛の地は我が大地から遠いが、力を呼び出せない事は無いだろう」
へえ……そんな事が出来る人がいるんだ……。
これにはブラックもちょっと驚いていたみたいで、目を瞬かせていた。
そんな俺達を余所に、ケルティベリアさんは何事かブツブツと呟いて……不意に、片手を開き天井へと向けた。と、その手の上に光の玉がふわりと現れたではないか。
結構な光量のソレを、ケルティベリアさんは扉の奥へと放り投げた。
「えっ! な、投げられるんですか!?」
「これはフラーシの“カティナ”と呼ぶ。フラーシは万物に宿る気だ。大地のフラーシを我々が体内に持つフラーシで包み、長い間宿り保てるカティナにした。……我々は曜術師より出来る事は少ないが、大地の恵みを生きる為に使う知恵には長けている。困った事が有ったら相談してくれ」
「はぁあ……ありがとうございます」
俺、この世界にある魔法は曜術だけだと思ってたけど、他にもあるんだな……。
いや、これも広義の意味では曜術であって、もしかしたら世界で使われている一般的な曜術から枝分かれした土着信仰的な術なのかもしれない。
どっちにしろ自然界の力を使ってるなら、同じ物と言っても差し支えないよな。
だけど、独特な呼び方をしたりする人がいるんだな……これが部族って奴か。
所変われば名前も変わるって、なんだか面白い。
機会が有ればケルティベリアさんに“カティナ”という物の事を教えて貰おうかな。
「あっ、そうだ。ブラック【索敵】はどう?」
後ろ手でこっそりとブラックの手を握って大地の気を送ると、相手はにんまりと笑い、広範囲に渡る【索敵】を放った。ううん、いつもながら輪の広がり方が凄い。
「……生き物の反応は無いね」
「そっか、じゃあひとまずは安心だな!」
笑ってそう言うと、今度はラセットがあからさまに嫌悪した顔で言葉を零した。
「……こんな場所で大地の気を集めるなんて……やはりお前は」
「ば」と次の言葉を継ごうとした所に、ケルティベリアさんの声が割って入る。
「暗い場所で暗い言葉を発する事はいけない。魔を呼ぶぞ。……さあ、クグルギ君、行こう。魔の物がいないのであれば、探索は容易だ」
「あ、はい」
ケルティベリアさんが遮ってくれて聞かずに済んだけど、あの野郎ブラックの事を「化物」って言おうとしてたんだよな……。
そりゃ、大地の気がほとんど出てこないプレインでは、あれほどの【索敵】なんて普通の人間じゃ出来ないだろう。でも、それをバケモノ呼ばわりするのは違うよ。
どうして悪い方にしか解釈できないんだ。いけ好かない奴だから?
でも、元はと言えば俺がブラックに気を渡したせいだし……。
「…………ごめん、ブラック」
近付いて囁くと、相手は気にする事も無く嬉しそうに微笑んで肩を寄せて来た。
「別にいいよ。ツカサ君のくれる力だもん。嫌な奴に何言われたって平気だよ」
……こういう所が変に大人でずるいんだよな。
もっと怒ってくれたり、泣き付いてくれてもいいのに。大人だから平気なのかな。俺だったらバカにすんなって怒っちゃうかもしれないのに。
なんだかちょっと悔しくなりつつ扉を屈んで抜ける。狭い部屋から向かいの壁までの距離がやけに遠い場所に出たので、どんな場所なんだろうかと周囲を見渡すと――そこは、通路のような場所だった。
“フラーシのカティナ”とやらは、さっきまでは床に転がっていたはずなのに、今はケルティベリアさんの肩の上の方でぷかぷかと浮かんでいる。どうやら任意で動かせるらしく、実体は無いとの事だが天井の方から照らしてくれるおかげで、周囲をよく確認出来た。
所々劣化したりひびが入っているが、やはりここは何かの通路だ。
下は床……だと思ったのだが、どうも何かおかしい。それというのも、床は微妙な弾力が有り、ラセットのこ洒落くさった靴が動くと、キュッと音が成るからだ。
普通、朽ちかけた石の床でそんな愉快な音ならないよな……。
綺麗に磨かれた大理石とかだってんならまだキュッて鳴るのは解るけど、さすがにここじゃ鳴き砂現象なんて起こりようがないだろう。
ってことは、これは恐らくゴムに似た材質の何かに違いない。
感触は足に優しいので問題はないが、なんでここの通路だけ床がゴム的なモノなんだろう。この時代の世界では足に優しい床がブームだったのか?
不思議に思いつつも、俺達はとりあえず進んでみる事にした。
というのも、ラセットが右奥に進むと言い出したからだ。何故かと聞くと、左方向から風が流れ込んでくるからという変な答えで……。
……いや、変じゃないのか。
左から風が流れて来るって事は、そっちが出口の可能性が有るんだよな。
だったら、行き止まりから探した方が俺達としては効率が良い。普通、行き止まりには何かの部屋がある物だし、せっかく入って来たのに脱出しても仕方ないからな。
でも、風が流れ込んでくるって事は、どこかに違う穴が有るのかな?
こんな先が見えない通路に居ても感じるんだから、勢いよく流れ込んでくるような穴や入口がないとそうはならないよな……俺達もここを調査した人も知らない通路があるのかも。とは言え、今は情報探しが先決だ。
このミレットの遺跡は地上には何も残されていなかったが、地下にこれ程の異物が存在していたのだ。ここなら間違いなく何らかの痕跡が残っているだろう。
それが地図だったら嬉しいんだけど、まあ、なんにせよ大発見だよな。
なんせ今までこの通路は発見されて無かったんだから。
……しかしまあ、今のプレイン共和国は情勢が安定してないので、遺跡調査どころではないんだけどね……ああ、返す返すもとんでもない事になってしまった。
責任を取らされるかもしれないと思うと心臓がバクバクしてくるが、今それを考えても仕方がないんだよな……早い所シアンさんを助けて、情状酌量をして貰わねば。
賠償金しはらえーとかなっても無理ですよ。
絶対に億どころか兆とか支払われそうじゃん。破産しますって。
何かもう遺跡より外の世界の方が怖くなってきた。ひきこもりになりたい。
「それにしても、おかしな遺跡だな。造りは我々の国にあるものと似ているが、それよりも古い。なのに、補修をされていなくともそこそこ形を保っているとは……」
ラセットが最後尾でブツブツと言いながら周囲を見ていると、隊列の真ん中に居たケルティベリアさんが振り返ってそれに応える。
「神々の古代の知恵は凄まじい。我々もそのいくつかを知っている。……だが、この遺跡はあまり良い感じはしない。精霊の力もフラーシも感じない。なんの思いも込められていない冷たい棺のようだ。……この大地がそうさせるのか、それとも初めから精霊が見捨てた土地なのかは我にも良くは解らないが」
「普通の建物にはそのフラーシと言う物が宿るんですか?」
俺が訊くと、相手は頷いた。
「君達の曜術も、森羅万象の力を取り入れて使う物だろう? それらは我々にとってフラーシと呼んでいる“光る力”なのだ。例えば、建物には土……我々はアラマティと呼ぶが、土の精霊や土の力が宿っている。もちろんそれは、人が己の手によってその建物を作り上げたからだ。人からフラーシと混ざって送り出された曜術は、自然の力だけでなく人の“想い”力もまざるからこそ、より強固に、そしてより願うままに成り立つ。だからこそ、人の建てた物はすべからく強いのだ」
やべえファルシのルシがみたいなことになってきた。固有名詞が全然解らん。
つまり、人と自然の力が融合してるから、建物に力が宿って強くなるって事かな?
確かに土の曜術師の作る家は丈夫だもんな。それを考えると、やっぱりこの異世界では技術と共に自然の力が必要なんだろう。
「じゃあ、この建物はソレがないのにずっと残ってて変だ……みたいな……?」
「そのような認識で構わない。おそらく我々の想いを必要としない技術なのだろうが……何か不気味な物を感じてならないな」
「……うーん……不気味か……言われてみると確かに……」
そう言えば、ラッタディアの地下遺跡はこんなに重々しくは無かったな。
ちゃんと使われてるからってのも有るかも知れないけど、あそこは人が移動する為の機能が稼働してて、それに遺跡自体は怖い感じじゃ無かった。
まあ、不意の死語にはびっくりしたけど、寒々しくは無かったなあ……。
指摘されてみると、このプレインの遺跡は、なんだか感情が無い感じがする。
ティーヴァ村の地下遺跡だって、マグナの居た所から離れると本当に廃墟みたいで、何だか物寂しい感じだったし。遺跡って普通はあんなモンなのかな。
思えば、俺達は「生きている遺跡」には何個か行った事が有るけど、こういう所はプレインに来て初めてだったからなあ。俺がまだ慣れてないだけなのかも。
――そんなことを思いながら、暫し四人でぎゅむぎゅむとゴムっぽい地面を踏んで歩き続けていると……未知が緩くカーブし始めて、そこを曲がったら、円形のホールみたいな所に出て来てしまった。
「ここは……」
「中継地点かな。同じような通路が僕達の出てきた所の他に五つある。それに、地面には文字が刻まれているみたいだしね」
「あ、ほんとだ」
円形の地面は固い床で、そこには矢印と一緒にちょっとお洒落な感じに装飾された古代文字が彫ってあった。どうやら行先を示してるらしいな。
しかしこの文字、なんか見た事が有るぞ。もしやアレか。【希求語】かな。
「ブラック、これ希求語……だよね? 読める?」
「んー……解んないのは相変わらず発音だけだけどいい?」
もちろんですとも。というか読めるだけでありがたい。
お願いしますと両手を合わせると、相手は奮起した様子で文字を眺めた。
「えーと……」
六つの文字を見ながら、ブラックは呟いた。
「僕達が今出てきた所は、たぶん【発着場】だと思う。後は……食堂街に……住民の地区……居住区、かな? ええとこれは……おー……ひす……オーヒス地域? あとは、娯楽、施設に――――あった! 図書施設!」
「おおっ! でかした!」
よく解らない単語も有ったみたいだけど、資料が沢山ある所が解れば万々歳だ!
やっぱりこういう時には頼りになるなぁブラック。あっ、いや、戦闘では俺が口を挟めない程に主力選手ですけどね! 普段がね!
「ほう……さすがはブックス一族の一人、賢者と言われるに値する博識ぶりだ」
ケルティベリアさんの言葉は、嫌味も何もない素直にブラックを褒める言葉だ。
そうなると俺も嬉しくなって、思わず頷くと、少し離れた所でラセットが舌打ちをした。ううむ、あからさまだけどまあ、分かりやすいというかなんというか……。
「ツカサ君、早く調べてここから出よう。子供染みた奴のおかげで、重い空気が更に重くなっちゃったしねえ」
「おい、それは誰の事を言っている……」
「さーいこいこ」
さっきはバケモノ呼ばわりされても「気にしない」と大人の対応を見せていたのに、なんで今は相手の神経を逆撫でするような事を言うのか。
頼むからこんな所で決闘とかはやめてくれよと思いつつ、俺達は図書施設の方へと向かってまたあのぎゅむぎゅむとした通路を歩き始めたのだった。
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