異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編

10.遺跡と歴史と精霊と

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 図書施設――というからには、大きな本棚が沢山並んでいて、ブラックみたいな背の高い奴が見上げても一番上の本の題名なんて読めないってくらいに、上から下まで色んな本が並べられている場所を想像するのが普通だ。

 それこそ、ベランデルンで入ったちょっとアンティーク調の図書館とか、遺跡だがとても綺麗で所狭しと本棚が並んでいたアタラクシアとか、そういう感じだ。
 想像するのは外国の「世界一美しい図書館!」みたいなのだよな。

 なので、俺も外国の図書館みたいな物を想像して、この殺風景な通路を歩いていたのだが……辿り着いた場所は、俺達が思っていた物とは全く違っていた。

「これが……図書施設?」

 通路の先にあった、公園らしき広々とした場所と、その奥にある小さな建物。
 木々も草もとうに失われて殺風景になった周囲を眺めながらその建物に近付くと、あまりにもシンプルすぎる様に思わず驚いてしまった。

「鉄の箱…………いや、鉄よりも命が酷薄だ。しかし、不思議と厳かな感じもする」

 ケルティベリアさんが呟く。さもありなん、俺達の目の前にある施設は、白い豆腐をいて作ったようなシンプル極まる建物だったのだから。
 でも厳かって感じはするかなあこれ。

「…………いいからさっさと入れ」

 ラセットは相変わらず不機嫌だが、とりあえず入ってみよう。
 ブラックが難なく宝剣・ヴリトラで固く閉まっていた扉を切り捨て、そのまま中に入る。セキュリティなどは機能していないのか、結構乱暴な入り方をしたのに辺りはしんと静まり返っていた。本当に機能が停止してしまった遺跡なんだなあ、ここ。

 しかし、ホントに凄いなブラックが打って貰った宝剣。有名な鍛冶師であり勝気な赤髪巨乳の美女でもあるグローゼルさんが自画自賛するだけは有る。
 俺の腕に装着している術式機械弓アルカゲティスも中々の性能なんだが……俺が使いこなせてないのが本当に悔やまれる。うう、最近戦闘とかとは無縁の生活だったからなぁ。

 無闇にバンバン打つ訳にもいかないし、この武器だと遠距離後衛じゃなけりゃ周囲を巻き込んじゃうから、滅多やたらと使えないんだよな。でもこれは俺がヘタだからであって、グローゼルさんは悪くないのだ。姉御美女は正義なのだ。

「中は……ここはなんだろ。ロビーかな」

 ブラックの言葉にハッと気が付いて周囲を見やる。
 入ってすぐの場所は確かにロビーのような感じで、正面に受付のカウンターらしきものが有って、左右の壁にはドアが有り、別の部屋に続いているようだ。
 まあ、普通の図書館っぽいよな。ってことは、案内図か何かがあるかもしれない。

 受付に近付くと、後ろの壁にデカデカと地図が記されていた。
 ブラックが読むところによると、左は閲覧室で右は食堂などの休憩室らしい。
 どんな場所か気になったけど、今はそんな時間は無いので素直に閲覧室に入る。

 扉は最初からついてなかったようで、どうもここは誰でも自由に入れたらしい。

 しかし、不思議な事に閲覧室には本棚が見当たらなかった。

「変だな……本棚が見当たらない」
「席はずらっと並んでるんだけどな」

 閲覧室……だと思って入った場所は、教室みたいに広いけど、一人用の囲いが有る閲覧席みたいなものしか見当たらず、本棚などどこにも見当たらない。
 ただ、その一人用の閲覧席が何重もの列になって整然と並んでいるだけだった。

「うーん……殺風景……と言う程ではないんだけど、なんか違和感があるなあ……」

 これで窓も無く壁も真っ白けだったら、どこぞの研究施設か洗脳施設かな、なんて勘繰かんぐったんだけども、左右の壁には掲示板だったものらしき痕や、うるさくならない程度の飾りやレリーフなどがあしらわれており、閲覧者たちが背にする壁には窓が何個も作ってあった。
 天井にも天窓が有って、その周囲には色褪いろあせた青空の絵が広がっている。明らかにこの部屋を利用する人を不快にさせないようにとの配慮が見られた。

 ……って事は、やっぱりここは本を見る為の場所……なんだよな?

「しかし本も見当たらないしなあ」
「本当にここ、学問都市なのかね。それらしいものが一つもないじゃないか」

 ブラックのその言葉に、ケルティベリアさんも難しい顔をしてあごに手をやる。

「そう言われてみると……はて、面妖めんような……」
「何も見当たらんぞ。ここは学習室の間違いではないのか?」

 ラセットがイライラを隠しもしない声で呟くのに、俺はそうかと手を打った。
 なるほど、どっかで見た記憶が有るなと思ったら、学習室……というか、個人用に仕切りが作ってある、個人指導専門の塾みたいなんだ。この部屋。

 そう思うと不思議と親しみが湧いて来るもので、俺は勉強机の一つに近寄ってよく観察してみた。……うんうん、やっぱ普通の机みたいだな。だけど、机が斜めになってるのは何なんだろう。
 美術の授業の時に机の板を斜めに立てる感じだな。アレって画板を乗せて絵を描きやすいようにしてるらしいけど、これはどんな意図が有って斜めにしてるんだろう。

 そう思いながら、机に触れてみると――――
 ヴォンという変な音を立てて、机一杯に半透明の緑のウィンドウが出て来た。

「うわぁ!?」
「ツカサ君どうしたの!?」
「あっ、こ、これ見て、コレ!」

 飛んできたブラックに机を示すと、ブラックもぎょっとしたような顔をする。
 監視役の二人も、机に映し出された半透明のウィンドウを見て、何が出現しているのか解らないと言った様子で画面を見つめていた。
 だけど、俺とブラックはコレを知っている。
 この半透明のウィンドウは、恐らく……他の遺跡に会ったものと同じものだろう。

 俺は【希求語】が読めないので、ブラックにバトンタッチして机について貰った。
 どうして起動したのかは解らないけど、電源が入ったなら調べて損は無い。

「ブラック、頼む」
「まかせて!」

 何故か嬉しそうに言いながら、ブラックが画面に手を触れる。
 と、瞬時に画面に文字が幾つか現れた。
 思わぬ挙動にケルティベリアさんとラセットがおののくが、構ってはいられない。しばらくブラックが画面に触れて様々な物を確認しているのを眺めていると、やっと慣れたらしい監視役二人が俺達の後ろから画面を覗き込んできた。

「はあ……流石はブックス一族……。古代遺跡の遺物にも詳しいのですね」
「フン、どんな下郎にも一つくらいは長所があるというからな……」

 ツッコミを入れたかったが、反論すると喧嘩が始まりそうなので聞かなかった事にしよう。ビークール、ビークール。
 心を落ち着けて武骨な指が辿たどる画面を見つめていると、やがてブラックが呟いた。

「…………これ、多分だけど……本を探すための物なんじゃないかな」
「あ……蔵書検索ってやつ?」
「そう、それを人力じゃなくて曜具で出来るようにしたって感じかな……僕達に理解出来るように噛み砕くと。……で、ちょっと驚きなんだけど……蔵書も、この机に入ってるらしいよ」
「一冊分?」
「検索結果からみると、たぶん数万冊……」

 その言葉に、またもや監視役二人がザワついた。
 俺も思わず驚いてしまったが、それはこの装置の技術ではなく「これ電子書籍とかと一緒じゃん!」という部分にだった。

 だって、これって本の内容が全部電子データになってるみたいな物だろ。
 それならもう、電子書籍と一緒じゃないか。そうか、この端末はそれらを検索して閲覧するための機械だったんだ。本棚が見当たらなかった理由は、紙の本みたいに棚に並べる必要が無かったからなんだな。

 俺としては紙の本がないと図書館と言う感じがしないんだが、近未来が舞台の物語ではよくある設定だよな。全部データベース化されてるっていう奴。
 しかし実際にお目にかかれるとは思っていなかった……。
 でも、蔵書検索があるなら、地図くらいすぐに見つかるに違いない。

「ブラック、その中から周辺の地図とかって検索できる?」
「ん、ちょっとまって」

 出来ちゃうのか……少し触っただけで使えるようになるって凄いなお前。
 やっぱ根が天才なんだろうなあ……。

 そう言う所はソンケーしちゃうんだけど、どうしてこう……でもダメオヤジだからブラックらしい訳だし、これで何でもサラッと出来ちゃう天才イケオジだったら、俺もあれこれ思う事はなかったような。
 うーむ、これが一長一短と言う奴なんだろうか。良く解らんけども。

「…………これ、かな?」

 画面上にずらっと並ぶ文字の中から、ブラックがある一行に指で触れる。
 と、その瞬間、画面を白いウィンドウが覆い、その中に何やら黄色いマークと赤い装飾文字が浮かびあがった。黄色と赤って何かのっぴきならなそうな色だけど……。
 どういう意味なのだろうかと解読するのと待っていると、ブラックは困ったような顔をして俺を見上げて来た。なんだどうした。

「なんか、地図関係のことは大事な情報らしくて、一般人じゃ閲覧できないみたい。この装置自体は動くみたいだし、閲覧の許可が……って言ってるから、施設のどこかに許可をする何かがあるんじゃないかな。それがないと見られないようだね」

 なるほど、特別な本みたいなもんだな。司書さんに申請をしてからじゃないと見れない貴重な本的な扱いなのか。
 だったら受付の端末に許可をする機能が有るのかも。そうでなかったら“禁帯出”の本……いや、データが集められている場所がどこかにあるはずだよな。さすがにそう言う構造はどこでも変わらないだろう。

「許可を出すんなら、受付か……そうじゃなかったら司書さんがいる専用の部屋じゃないかな。俺の知ってる図書館ではそうだったし……」
「そっか、じゃあ受付に行ってみよう」

 ブラックが端末から離れると、すぐに電源が切れた。どうやらどこかに自動でシャットダウンする機能が有るらしい。うーむ、何から何までハイテクだ。

 でもそこまでハイテクなら、制限されたデータを見る方法は確実に存在するよな。だって、今時はスマホで何でも出来ちゃうんだし、そう言う事を古代の人が考えないはずもない。きっと、中枢に行かなくても閲覧できる場所が有るはずだ。

 受付もそうだったらいいんだけどなと思いつつ、閲覧室をでてロビーに戻る。
 しかし、好き勝手にやってるのに、二人とも何も言わないな。
 俺達がボロを出すまで待っているのか、それとも静観を決め込んだのか。悩ましい所だったが、気にしていても仕方がないので素直に受付のカウンターに入った。

 受付のカウンターの裏側にも、やはりあの斜めの端末が有る。
 けれど、ここはブラックが触れても動かなかった。

「……動きませんな」

 ケルティベリアさんが覗きこむが、ブラックが何度触っても反応は無い。
 うーん、あっちの端末は動いてたのに、どうしてこっちは動かないんだろう。
 …………まさか、俺が触ったら動く~なんて事は無いよな。

 とは思いつつも、ブラックの隣から指を伸ばして触れると。

「っ……」

 またあの浮き上がるような音がして、半透明の緑の画面が浮かび上がった。
 マジでか。マジでそうなのか。いやでも俺が特別とかじゃないはず……。だってその、俺の体から曜気とか出てなかったし。多分そういうんじゃないと思うし……ああ監視役の二人がこっち見てる、すごく見てるううう!

「これも黒曜の使者の力なのか……?」
「光に力を感じる。さきほどは死んだように動かなかったのに」
「え、えっと……俺も良く解らないんでなんとも……」
「とにかく調べてみるからちょっと黙ってて」

 困り顔の俺を助けるように、ブラックが少しきつい言葉で会話を遮る。
 今はそんな遠慮のなさが有りがたい。
 脇目もふらずに指を動かすブラックにありがとうと思いながらも、俺はその姿を黙って見守り続けた。しかし、事はそう簡単にはいかないようで。

「うーん……? 許可の項目はあるんだけど……これ多分、他の部屋に呼びかける奴だなぁ。ここからじゃ許可も何も出来ないっぽいね。それに、許可をする対象を選ぶ項目もあるけど、それもどうやら閲覧室じゃない他の部屋に送られるものみたいだ」
「ってことは、やっぱり他に部屋が有るのか」

 背後の壁にデカデカと掲げられている案内板を見やると、受付の脇にある通路から、『特別閲覧室』と言う場所に行けるのが解った。
 ブラックが更に調べてみると、許可を出すための事務施設みたいな物は、さきほどブラックが言っていた「オーヒス地域」という所にあるという。ちょっと遠回りだけど、そこに向かうしかないだろう。どの道、許可を出す場所なら大元のデータとかも有るかも知れないし。

 ここでグダグダしてるより行った方がマシって奴だな。
 と言う訳で一旦図書施設を後にして、俺達はオーヒスという所に向かう事にしたのだが、そこでラセットがまたグチグチ言い出した。

「またあの距離を歩くのか! 広すぎるぞこの遺跡は!」
「はぁー……これだから耳長クソ種族は……」
「ま、まあまあ……でも確かに長すぎるよなあ。ここに来るまで結構な距離だったし……。もしもオーヒスで地図を見れなかったら、またここに帰って来なきゃ行けないだろうから、そうなると時間が掛かっちゃうもんな」

 ラセットの言う事はワガママではあるが、しかし解る部分もある。
 だって、この遺跡とにかく広大なんだもんよ。地上にどんな建物が有ったかはもう解らないけど、地下でこの広さだったら、地面の上にあった学問都市ミレットも相当広かったって事だよな。

 全体の地図が無いから解らないけど、この図書施設のエリアだけでも端の方とかにいくつか階段が有ったような跡が見て取れるし、それを考えると相当な規模だったのだろう。

 こうしてちゃんと遺跡が形になって残ってると、その偉大さも解るってもんなんだけど、しかしこれを発掘するなんてまずかなりの時間が掛かっただろうなあ。
 この世界には金属探知機もないし、エコーレーダーみたいなもんも人力だし。

 だから、結局移動するのも人力に頼るしかないのである。
 歩くのは慣れてるけど、やっぱ景色が変わらない道を仲の悪い人を連れて歩くってのは、俺達にとっても辛いというかなんというか。
 そんな事を思っていると、ケルティベリアさんが歩み出た。

「ならば、我が足を作ろう」
「え?」

 戸惑う俺達に構わず、ケルティベリアさんは再び呪文のような言葉を呟き始め――両手を広げた。その瞬間、周囲に光の粒子がバッと飛び散り、それらが収束して……
 三頭の光るヒポカムになったではないか。

「ええ!? ひ、ひっぽちゃん!?」
「これは“ミフラ”のカティナだ。我らの大地に古くから住まう盟友が、ヒポカムの形となって力を貸してくれる。ミフラは野蛮な事を嫌うので、我々は移動する時にだけ力を貸して貰う。ミフラは心優しき我らの友なのだ」
「へぇ……なんか良いですねそういうの」

 この光ってるヒポカムちゃん達も、やっぱり精霊とかの類なんだろうか。
 野蛮な事を嫌うというのは、争いだったり悪い事に使われるのは嫌だって事なんだろうな。それってなんか良い友達って感じで羨ましいぞ。精霊と友達になれるなんて異世界の醍醐味じゃん。

 触っても大丈夫かなあと思っていると、三頭の光るヒポカムは俺に近付いて来て、長くて柔らかい毛並みを俺にぐりぐりと押しつけて来た。うはぁ気持ち良い。
 俺の思ってた事が解っちゃったのかな。それで「撫でて良いよ」って意思表示してグリグリしてくれたとか? なんて優しいんだミフラのヒポカムちゃん……!

「ミフラはクグルギ君が好きなようだ。どうやら君は優しい心根を持つようだな」
「え、えへ、そうですか? よく解んないけど仲良くしてくれるのは嬉しいです」

 光ってるし、大地の力って事だから実体は無さそうなのに、ちゃんと触れるしモフモフもできるって凄いなぁ。やっぱカティナって曜術とは違う物なんだろうか?
 うーむ、世界って広いなあ……。
 三頭のヒポカムに「よろしく頼むね」と鼻筋を撫でると、それぞれ俺に応えるかのように、ムヒムヒと鳴いてくれた。

「しかし何故さっきは出さなかったんだ?」

 ラセットがケルティベリアさんにそう言うと、彼は肩を竦めて眉を上げた。

「このカティナは、一往復しか使えない。ミフラもそう何度も呼び出されては疲れるからな。だから長い移動になりそうな時にだけ力を貸して貰うのだ。それに、ヒポカムは人が歩く速さより少しだけ早い程度の生き物だ。危険な場所だったら、ミフラが傷付くから出せない」

 なるほど、ミフラも傷つけられれば消えちゃうしダメージがあるんだな。
 ただの術じゃなくて、本当に「友達」なんだ。
 それを思うとなんだかケルティベリアさんの部族がどんな生活をしているか気になった。やっぱインディアンみたいに精霊を大事にしながら暮らしてたりするのかなあ。それとも、彼らなりの独特の宗教に基づいた凄い生活をしてたりして。

 思えば、この大陸は俺の居る地球よりも狭いけど、俺は大陸の全てを知ってる訳じゃないんだよな。それに、世界にはまだまだ別の大陸なんかも有るみたいだし。
 そう思うと、こんな状況だというのに不覚にもワクワクしてしまった。

 事が無事に終わって、俺も御咎めナシになって解放されたら、ブラック達と一緒に世界を旅してみたい。冒険者ってのは旅するのが当たり前なんだから、そのくらいの夢を持ったって良いよな。
 とは言え、そんな事を今考えても取らぬ狸の皮算用なんだけども……。

「さて、それでは出発しよう。ミフラ達、よろしく頼む」

 俺達がそれぞれヒポカムに乗ると、彼らはケルティベリアさんの言葉に応えるようにムヒーと一声鳴いて、のしのしと歩き出した。
 情けない事に俺はブラックに抱えられるようにしてヒッポちゃんに乗っている訳だが、もう何か慣れたので何も言いません。後ろでオッサンがハァハァしてるけど気にしないようにしよう。

 とにかく、今は調査が先だ。
 オーヒスでちゃんと地図を見つけられると良いんだけど……。







 
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