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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編
その感情は本物か? 2
しおりを挟むしかし、こうなってしまってはレッドに逆らう訳にもいかない。
どうしたってギアルギンとは会わなきゃ行けない時が来るんだ。ならば、レッドと一緒に対峙した方がマシかもしれない。
今の俺の健康状態だと、今度こそ首を絞め尽くされそうだし……。
とにかく、そうと決まったらこの部屋の調査は急がなきゃ。
レッドの部屋には換気口が無く、あってもたぶん俺の部屋みたいに巧妙に隠されているっぽいので、夜中に侵入するのは困難だ。今の時間で色々と探るしかない。まずはレッドを部屋から出さなきゃな。
そんな事を考えながら、再び机に戻って何かをカリカリ書いているレッドの背中を見つつ時間を潰していると――机の上で、何かがチリンと鳴った。
小さなベルを打ったような、控えめな音だ。
何の音だろうかと思っていると、不意にレッドが立ち上がった。
「もう昼の時間か……。ツカサ、腹は空いてないか?」
あっ、そうか。アレはお昼の合図だったのか。
ということは……早速チャンス到来だ!
俺は内心気合を入れると、布団を被ったままでレッドに答えた。
「軽い物だったら、なんとか……」
嘘です。全然定食いけます。でも俺、今はか弱い演技中だからな……つーか健全な男子高校生の俺がこんな役って絶対無理あるよな今更だけど。
しかしレッドは今もって普通じゃないっぽいせいか、俺が弱っていると信じきっている訳で。うぐぐ、なんかありがたいけどありがたくないような……。
「じゃあ、スープと水を持って来よう。エールだと、酒の成分が無くても気分を悪くする可能性があるからな」
「あ、ありがと……」
凄く気を使ってくれたけど、残念な事にこの国のスープはクソマズ……いや独特なお味でちょっと俺には理解するまで時間がかかる味って言うかその。
だからぶっちゃけスープも過ぎると気分が悪く……。
ってああ、そんなこと考えている間にレッド行っちゃったし。
「……いや、でも……結果的に余裕が出来たしまあいいか……」
俺が気分が悪くなる事よりも、時間の余裕が出て来た事の方が重要だ。
レッドが完全に部屋から出た事を確認すると、俺は素早くベッドから出て、まずは彼が使っていた机に直行した。
「えっと……まずは引き出し……」
……って、やっぱ鍵かかってるか……。
じゃあ他の引き出しを先に探そう。他は鍵かかってないもんね。
そう思って縦に付いている三つの引き出しをそれぞれ開けてみると、そこには筆記具や紙束、それに封をする為の蝋などが詰まっていた。
これらはレッドが用意した物じゃなくて、備え付けられていたものみたいだな。
となると……やっぱり鍵が掛かってる引き出しが怪しい……。
さっきカリカリ書いてたモノだって、ここに入ってるんだろうし……。
うーん、どうにかして開けられないかな。
「この手のカギだと、ハリガネとかで開くんだけど……どっかにないかなぁ」
漫画とかだとヘアピンで開くよな。
この部屋にそう言う物が無いだろうかと探してみたが、残念ながら見当たらない。
うーん……俺は金の曜術は練習してないからぶっつけ本番じゃ使えないし、かと言ってこのチャンスを不意にするのもな……。
「……あっ、そうだ。確かもう一つの部屋の方に花があったよな」
昨日レッドが庭園から持って来たのか、テーブルには花が飾られていた。恐らく俺が喜ぶと思っての事だろうが、お前は俺をマジで女かと思って……いや、ありがたい、今はありがたいんだ。ありがたい事に文句を言うんじゃない俺。
と言う訳で、花瓶に活けられている花の曜気の有無を確かめ、それなりに元気であることを確認すると、俺はその花から一枚葉っぱを貰って部屋に戻ってきた。
これで何をするかって? ふふふ、まあ見てなって。
「葉より出でて、強固なる茎を伸ばせ――【グロウ】……!」
木の曜気を葉っぱに込めて伸ばすイメージを作り、呪文を唱えて待つ。
すると俺の手にはまたあの蔦のような光がしゅるしゅると絡まって来て、葉っぱへと延びて触れる。途端、葉っぱは千切られた部分から細長い茎を伸ばし、たちまち育ってしまった。
「……強度もあるし、細さも申し分ない。よし、これでピッキングできる!」
やった事は無いけど、ここの鍵はそこまで強力な物じゃないはずだ。
と言う訳で、引き出しに耳を当てながら適当にカチャカチャやっていると――
「おっ、外れた!」
やった! ありがとう植物よ。いつも俺の味方でいてくれてありがとう。
これでやっと机を制覇できるぞと引き出しを開けて、中身を確認してみる。そこには、幾つかの書類らしき紙束があった。
全て見ている余裕はないので、ぱらぱらと確認する。
……うーん、一つは一族に向けての報告書で、もう一つはこれ……なんだ?
「寝顔があれほど可愛らしいとは思わなかった、ツカサの……ってこれ日記!? う、うわあ! 俺の事ばっかり書いてる!!」
やめてやめてマジでやめて!!
レッドお前なんでこんなの……あっ、さ、さてはさっき書いてたのってコレ……。
「…………ふ、深く詮索するのはやめておこう……」
他の紙束を見て忘れようと思い、最後にのこった奴を確認すると。
「……ん? これは……契約書?」
ギアルギンとの物かな。
ざっと読んでみると、その契約書にはこの工場での扱い方や協力する事、それに俺に関しての取引が署名捺印付きで記されていた。
これによると、レッドは俺が思った通り大事なゲスト的な扱いらしく、ギアルギン以外の命令には従わなくても良くて兵士達にも命令できる立場らしい。だけど、この工場でなにかあれば、ギアルギンの命令には従うようなっているみたいだな。
そっか、契約書とか交わしちゃってるから余計に逆らえなかったのか。
この世界って口約束だけでもかなりの効力が有るのに、それより上の効力が有る契約書があれば、もう約束破りなんて許されなさそう。
レッドの奴、グリモア制御するのを手伝って貰ったからって色々やられ過ぎ……。俺だってこんな迂闊な事……いや、うん……お、俺は、まあ、置いとこうか!
あっ、そう。この契約書には俺の事もあったぞ!
その内容はと言うと、簡単に言うとこうだ。
『黒曜の使者の力を吸い付くし、その力を無害化した際には、レッド・グランヴォール・ブックスに黒曜の使者の身柄を渡す』
――なるほど、レッドが俺を家に連れて帰るだのなんだのと言っていた訳だ。
でも、十中八九ギアルギンはこんな約束守る気は無いだろうな。
だってこれ、俺が死んでても問題ない契約だろ? しかも、俺の生成する曜気は無尽蔵で、俺自身が耐えられるなら永遠に放出し続ける事も出来るんだぞ。
ギアルギンは俺の能力を知っていた。と言う事は、十中八九俺を半永久的に使えるエネルギーコアみたいなもんだと認識しているだろう。
【機械】に組み込めばおいそれと出せなくなるあろうし、そうなったら……こんな契約書なんて紙屑同然だ。レッドが抵抗するんなら、故郷でも何でも燃やすと脅して黙らせればいい。俺を手に入れさえすれば、こんな契約なんて無いも同じだ。
だから、ギアルギンは……早く俺を組み込みたいって事なのかな……。
「なんだか、アイツの腹黒さを再認識するだけになってしまった……」
これ以外には収穫が無かったので、俺はきちんと引き出しを締めて鍵が掛かったのを確認すると、ベッドに座り込んだ。茎はベッドの隙間に隠して置こう。
「他に探れそうな所となると……ベッドの下とか?」
一応覗いてみるが、目ぼしい物は何もない。
レッドは引き出しの中の物以外荷物を持ち込んでいないみたいで、私物らしき物は他には何もなかった。もし私物が在るとしても、多分肌身離さず持ってるんだろうな……。そういや剣とかも見かけないけど、工場ではどっかに預けてるのかも。
じゃあもう、調べられるようなところは無い訳で……。
「……どうしよ。……もう黙って寝ておくべきか?」
レッドに勘繰られない為にも、その方が良いかも。
そんな事を思っていると――部屋の向こう側で、ドアが開く音がした。
おっといけねえ、ギリギリだったぜ。
部屋の主人が帰って来たと思った俺は、慌てて布団にもぐりこむ。
収穫っぽい物は無かったし、官能小説的な妄想たっぷりの日記を見て、また少しレッドとの距離を置きたいと思ってしまったが、まああれだ、確認する事も大事だからな! 無駄じゃない、無駄じゃ無かったぞ俺の行動!
そう自分に言い聞かせて鼓舞しつつ、相手の到着を待っていると……俺が寝ている部屋のドアが、カチャリと開いた。
よし、ここだ。レッドを待っていた健気な俺を演出するぞ。
「レッド……?」
そう思って、小さな声で呟きゆっくり起き上がって――――
俺は、目の前にいた人物の姿に硬直した。
「レッドサマと、ずいぶんと仲良くなったようですね?」
嘲笑うような、声。
くすくすと笑い声を漏らす目の前の男は、レッドじゃない。そいつは、俺が今一番会いたくなかった奴……そう、ギアルギンだった。
だけど、どうしてここに。
「何故ここに、と言う顔ですね。聞いてないんですか? 私はこの工場のありとあらゆる鍵を所持しているんですよ。ですから、この部屋に入る事だって簡単なんですよねえ。……まあ、レッド様の手前、このような真似はあまりできませんが」
慇懃無礼な口調でそう言いながら、ギアルギンは俺に近付いて来る。
逃げ出したかったけど自分の立場を思うとそうも出来なくて、俺はただベッドの脇に立つ相手を見上げる事しか出来なかった。
「いいですねえ、その表情。私を恐れ、敵わない相手だと怯えている……フフッ……かつての黒曜の使者も、貴方のような可愛げがあれば、あんな愚かな真似などしなかったでしょうに」
「っ…………」
どう反応して良いか判らない。
突然すぎて、二人きりで対峙するなんて考えてなくて、喉が詰まってしまった。
迂闊に反応したらボロが出る。対応しきれない。どうかしたら、殺される可能性も無くはないんだ。レッドが居ない状態では何も言えなかった。
相手に自分の思惑を気取らせないためには、どうすれば……。
瞠目してただ相手を見上げている俺に、ギアルギンは勝手に話しだした。
「それにしても、そこまで無知だとさすがに心配になりますねえ……。貴方、本当に自覚が無いんですか?」
「え……?」
何の話なんだろうか。
よく解らなくて顔を歪める俺に、ギアルギンは勝ち誇ったように口を歪める。
そして、予想もしなかった言葉を俺に吐き捨てて来た。
「貴方は良いようにグリモアに操られているだけだというのに」
――――え?
なに、それ……どういう事だ。操られてるって、俺は何も変じゃないのになんで。
「おやおや、可哀想に。きっと今まであの紫月のグリモアに唆されていたんですね? まあ無理もないか。初めて出会ったグリモアが、あの男だったのだから」
可哀想ってなんだ。唆されてって、なに、なんなの。どういう事なんだよ。
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「唆されてって、どういう……」
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「……!?」
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