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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編
25.七つの悪心
しおりを挟む俺が本当はどんな存在かだって?
そんなの、異世界から転送されて来て変な能力を持たされたただの一般人で、それ以上でもそれ以下でもないじゃないか。当の本人が言うんだから間違いないだろう。
なのに、七人のグリモアのエサってなんだ。
俺がブラックに唆されたって、どういう事なんだよ。
「貴方は、この世界に伝わる黒曜の使者の伝承を、いくつ知っていますか」
「え……」
いくつ、って……。
俺はアタラクシアで、あの絵本を見てプレイン共和国で似たような伝承があるって事を知って――――まさか、他にも有ったのか……!?
「驚いてますね。まあ、無理もないか。黒曜の使者の伝承は、神の意志によって意図的にこの世界から消し去られていますから。アタラクシアで一件しか伝承が見つからなかったのはそのせいですよ」
神様が、意図的に消したって……なんだよ、それ。
どうしてそんな事になるんだ。敵対してたからなのか。
「なんで、消すなんて事……」
「黒曜の使者は世界を乱す存在ですからねえ。文献が残されていれば、次代の使者が貴方のように調べ、自分が何を成すべきか知ってしまう。神はその事を憂慮し、世界を保つために全てを消す事を決断なされたのです。まあ、制約により残ってしまった物も多少ありますがね」
「その“消えた情報”を……お前は知ってるってのか……」
バカな。神に消し去られた情報なら、誰も知り得るはずがない。
それにギアルギンの話が本当なら、こいつはどこでその情報を知ったんだ。
嘘だ。こいつ、嘘を吐いてるんだ。
「信じられませんか。別に構いませんよ? 真実を知って思うかどうかは、君が決めれば良い。ただし……聞いた後にどうなるか保証はしませんがね」
勿体ぶった言い方だ。
でも、こいつの嘘の中に真実が混ざっている可能性も有るし、聞かない訳にはいかない。何故ギアルギンがこんな事を言い出したのか、どうしてあえて二人きりになる時を狙って話に来たのか。その事には、絶対に意味が有るはずだ。
だから……どんなに胸糞悪くなる話であっても……。
「…………教えて、くれるのかよ……」
絞り出すような声を出した俺に、ギアルギンはニィッと口を歪めた。
まるで、罠に引っかかって来た獲物を見た時のような笑みで。
「貴方は聞き分けが良いですね。そこは評価しましょう。……ですが、その素直さが本当に自分の意思であれば……の話ですが」
「だから、それ……なんの根拠があるんだよ……!」
理由が解らないし、何よりその見下したような言い方は不快だ。
どうせ、俺が嫌がるのを見て楽しむためにあえて言い渋ってるんだろうけど、でも俺は我慢出来なかった。だって、コイツとずっと対峙して居たら、必死に抑えている震えが我慢できなくなりそうだったから。
そんな俺を愉しそうに見ていたギアルギンだったが、不意に問いかけて来た。
「貴方はそもそも、黒曜の使者がどんな存在であるか知っていますか?」
「……お前らが【機械】に組み込もうとするぐらいの能力が有る存在……。最初は、災厄って言われたけど……」
「まあ概ね正解です。しかし、それは不完全な回答ですね。本当の答えはこうです。
『七つの災厄を引き起こす元凶』……その七つの災厄とは、何か。聡い貴方なら、もうお分かりですよね?」
「グリモア……そう言えばいいのか」
俺が知っている「七つ」を冠する物はそれしかない。
質問する意味のない言葉に眉間の皺を深くすると、相手は俺とは正反対の顔をして、ぐっと口角を引き上げた。
「そう! 遥か昔から存在する、恐ろしい力を宿す“魔導書”……その力を手にした、世界の頂点に立つ七つの存在……それが、色名のグリモアという称号を刻まれた哀れで愚かな曜術師達です。悪心を宿しその業に溺れたが故に、凶悪な能力を手に入れてしまった災厄……貴方のための、災厄ですよ」
「え……」
おれの、ため?
それってどう言う……――
「黒曜の使者はかつて、神と同等の力を持つ存在としてこの“世界”に現れ、その力を以って多くの民に富と豊かさを与え、虜にした。そしてその汚いやり方による支配で、神を欺く民を生んでしまった……。そこまでは、君も知っていますね」
「……そんな風な話じゃなかったけど、神様との争いが起こった事は知ってる」
アタラクシアで見たあの謎の絵本や、ラトテップさんが話してくれたアスカー教の経典に記されている伝承と同じだ。そこまでは俺も知っている。そして、その二つの話には類似性が有り、どちらも同じ出来事を記していると俺は確信していた。
ギアルギンはそんな俺の確信を素直に称賛したようで、パチパチと手を叩いて、上機嫌で仮面の奥の瞳を輝かせた。
「ええそうです! そこで、黒曜の使者は神と対立し争いを引き起こしたのです! しかし……敵もさるもの。神への対抗策として、己の能力を分け与えた七人の歩兵を作り上げました。その七人は、最も黒曜の使者に献身的だった者達……その者達は、神の作り上げた『曜術』を逆手に取り、自らの悪心によって術の威力を恐ろしいほどに高めた蛮勇共でした」
「…………」
「その蛮勇共はそれぞれに強く心を揺さぶる感情を持っており、更に黒曜の使者によって、その悪心を糧とする強力な力を与えられていた……。清廉な心によって術を発動してきた神の使徒である善の曜術師達は、大きく苦戦したと言います」
「だけど……グリモアは、負けたんだろう?」
この世界が黒曜の使者の事を忘れている。それが、この話の答えだ。
俺の結論を急いだ言葉に、ギアルギンはご名答と言わんばかりに笑った。
「そう。彼らは負けた……だが、その力は消え去る事は無く、神は彼等の恐ろしい力を禁書として七つの本に封印しました。それが、七つの“魔導書”です。この本は未来永劫、黒曜の使者の存在と共に封印されるはずでした。……ですが、神はこの邪悪な力を、世界を救う為に解放する方法を示されたのです」
「……解放……?」
どういう事だ。ギアルギンの話から考えると、グリモアは神にとって凶悪な存在から生まれた癌みたいな物だろう。
なのに、どうしてそれで「世界を救う」と?
ギアルギンの話が分からなくて顔を歪める俺に、相手はまたニヤリと笑って……
ベッドに座り込んでいる俺の顎を、唐突に掴んだ。
「目には目を。歯には歯を。悪神には悪心を……。そう、神はそのグリモアの事象を操り、一つだけ設定を加えたのですよ」
「せ、ってい……!?」
「それは、黒曜の使者を殺す設定。かつて凶悪な兵器を生み出した邪悪を滅する為に――――グリモアに、黒曜の使者を制御する力を与えたのです」
なに……それ……。
黒曜の使者を、制御する、力……?
「邪悪な力は、邪悪な使役者のみを選ぶ。魔導書に封じられた悪心は、“執着、嫉妬、諦受、嗜虐、勝手、乱暴、傲慢”の七つ。悪心を魔導書に見出されたグリモア達は、己の業に抗えずやがて世界に災厄を巻き起こし、大地を死滅させる。その真の力が解放されるのは、次の黒曜の使者が現れた時……――惹かれあうグリモアと黒曜の使者は出会い、彼らの渇望はやがて使者を無意識に縛り支配する。己の能力を最大限に引き出す曜気を提供できるエサとして……ね」
支配、悪心、災厄
悪い心?
違う、ブラックは、そんなんじゃない。あいつは、ただ、ダメなだけの
「君は、おかしいと思いませんでしたか? あの男に抱かれる時、自分の体が自分の意思に反して火照ると思った事は有りませんか? レッド様に名前を呼ばれて、頭が混乱した事は有りませんか?」
「あ…………ぁ、あ……」
否定したい。否定したいのに、言葉が出てこない。
思い当たる節がいくつも有る。有り過ぎる。でも、それが真実かどうか解らない。
レッドの事だって、レッド……の…………
「あ…………」
……そう……だ……。
俺は、ティーヴァ村でレッドと再会した時……体が動かなかった……。
どうしてこんな事になるのか解らなくて、すごく怖くて、レッドの様子もおかしくて……。あの時は、俺が臆病だったからだと思ってた。でも、もしも……それが、レッドのグリモアの力によって引き起こされた事だったとしたら……――?
……そうだ。そうじゃないか。
俺、レッドに抱き締められた時、頭がぼうっとして、変だと思うのによく解らなくて、レッドの事を何か変な方向に考え出してて……レッドも、そんな俺を見て何だか妙な事を口走っていた。
もしあれが「レッドが俺を支配した」という事だったとしたら。
でも、だけど、ブラックとの事は違う。そんなんじゃない……!!
「ち、が……違っ、違う。違う! 支配されてない、違う!!」
「思い当たる節があるんですね。まだ理性が有って良かった。あの紫月のグリモアに完全に支配されていると思っていたのに驚きだ」
「ブラックとはそんなんじゃない!! 離せッ、離せってば!!」
嫌だ、聞きたくない。そんな話嘘だ。
ブラックと俺はそんなんじゃない、違う!!
奴隷じゃない、支配されてない、俺はブラックと恋人だって、俺は、好きだってちゃんと言ったんだ、ブラックと一緒に居るって自分で決めたんだ!!
こんな話、もう聞きたくない……っ!
「おっと暴れないで下さいよ。私は無知な君に真実を教えてあげているだけなのに。……良いですか? グリモアは、巨大な力を手に入れる代わりに常に悪心に支配されている。そして、いつも飢えに苦しんでいるのです。己の真の力を解放する為の曜気が足りない……欲望を満たすだけの力がない、とね」
「っ、く……っ!」
耳を塞ぎたいのに、両手を抑え込まれる。
逃れようとしたら無理矢理に押し倒されて、腹に折り曲げた足を乗せられた。
体重を掛けられると苦しくて、もう逃げ出せない。だけど聞きたくない。
どうしても、そこから先は聞きたくなかった。なのに。
「それはそうですよね。彼らの真価は、黒曜の使者が傍らに居る事によって、初めて発揮される物だったのですから。だからこそ、グリモアは今まで流出しても、世界を滅ぼすような力を発揮する事は無かった。くすぶって、悪心に呑まれ、選ばれた者は勝手に自滅して死んでいったのです。そして、彼らが『本当の災厄』である事は忘れられ……黒曜の使者も、神族のみが知る存在となってしまった」
ギアルギンの話が耳に入ってくる。いやでも理解してしまう。
嘘だと解っているのに、ブラックと俺の関係はそんな物じゃないと確信しているのに、ギアルギンの言葉に反応する理性が俺を苦しめる。
「思い当たる節があるじゃないか」と。
「だからこそ、神はグリモア達に“黒曜の使者を支配する力”を与えたのですよ。……ククッ……過ぎた力を持てば、皆狂いますからね……。なにより、悪心に支配されたグリモアがその破滅に行きつかないはずがない……。黒曜の使者は彼等の欲望に囚われ、心を支配され、永劫の餌になり……やがては、消える。その力に溺れたグリモアも同様です。喰い尽くした後は、餌が無くなり発狂して死ぬ。そうして、グリモアは再び魔導書に戻り封印がなされる……。どうです、完璧でしょう?」
俺の曜気を食い尽くして俺を殺した後は、餓死するって事か?
まるで蠱毒じゃないか。神様が選ぶ方法じゃない。どうして。どうしてそんな事を俺達に科したんだ。俺が何をした、ブラック達が何をしたってんだよ。
なんで、そんな恐ろしい事……――!!
「……おや、泣いてますね。自分の運命を知って怖くなりましたか?」
「ッ……!!」
「最初に出会ったグリモアに支配されてここまで……長かったですねえ。体を何度も犯されて、苦しかったでしょう? ですがもう大丈夫ですよ。貴方が【機械】の中に入って協力して下されば、死ぬ心配も支配される心配もなくなります。もう、男達に無理矢理関係を迫られる事も無い……」
苦しい、息が、詰まる。
ただ体を抑えられているだけなのに窒息しそうで、涙が止まらなくて、何もかもが現実には思えなくなってくる。こんな感覚初めてで、どうしたら良いのか、もう。
「貴方が紫月のグリモアに対して抱いている感情は、偽りのものです。支配されて、愛していると思い込まされているだけなのですよ」
違う、そうじゃない。絶対に違う。
だって、ブラックと、俺は。俺は……!
「長い間、騙されて――――本当に、お疲れ様でした」
その言葉を最後に、俺の意識はブツリと途切れた。
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