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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編
16.恋人の苦労、彼知らず1
しおりを挟むしばらくレッドとお茶を楽しんだ俺は、少し落ち着いたという設定を生かし、まずは部屋を探ってみようかと思い立った。
レッドに割り当てられた部屋はなんとワンルームならぬツールームで、早い話が人を迎えるための部屋と、恐らく私室とされているだろう部屋があるのだ。
俺達が今いるのは、前者の部屋。クローゼットやタンスがあるけど、ここは立派な応接室だった。しかしベッドは無いので、レッドの私室はもう一つの方と言う事になり、多分重要そうな書類とかもそっちに有る訳で……。
やっぱ、レッドの私室に行かなきゃ情報は手に入らないんと思うんだが……それも何か危険な気がするからなあ。
どうにかして、レッドに感付かれずに私室を探る手は無いだろうか。
俺は今リオート・リングを所持しているが、この中にレッドをどうにかできる道具は何もないし、薬や調合器具なんかもバッグの中だ。
妖精族から貰った本とかがギアルギンに奪われなかったのは良かったとしても、今の俺には何の武器も無いってのが厳しいな……。
ラトテップさんから“幻眠香”を貰ったはいいけど、今の状況では使いどころが解んないし、そもそも二人で一緒に部屋に居るんなら俺まで眠っちゃいそうだし……。
どうしたもんかと考えていたら、レッドが不意に問いかけて来た。
「なあ、ツカサ。そのー……何か欲しい物は無いか?」
「え……」
どういう事だろうかと目を瞬かせると、相手は照れたように笑って頬を掻く。
「あ、いや……少しでも元気が出ればと思って……。とは言っても、この部屋の中にしか置いておけないが、何でもいいぞ。どんな食べ物でもいいし、他は……ああ、そうだ。可愛い人形なんかでもいい。どうだ?」
この部屋の中にしか置いておけない。まあ、そうだろうな。
俺に逃げられたら困るって言うのはレッドも同じなんだから、余計な物を持たせておく訳にはいかないからな。
でも、欲しい物か……。考えようによっては上手く事が運ぶかも。
もちろん「ブラックとクロウ」なんて言う気は無いが、二人のために何か出来る事が見つかるかもしれないし。物を貰えるってのは、またとないチャンスだ。
「少し……考える」
今は、何を欲しがればいいか思いつかない。だから、一応保留しておいて貰おうと思ってそう言うと、レッドは一瞬悲しそうな顔をしたが頷いてくれた。
お、おい、やめろよそんな顔するの……。
「そうか……。じゃあ、今日は……そうだ! 本、本でも読むか?」
「え……」
「ツカサ、前にベランデルンで楽しそうに本を読んでただろう? だから……」
あ……そっか……俺、あの時レッドに色々と教えて貰ってたんだっけ。
かなり解りやすく教えてくれたおかげで色々勉強できて、関わっちゃいけないって解ってたのに、良い奴だなって思ったらなんかグダグダやっちゃって。
…………レッド、あの時の事ずっと覚えてたのか……。
なんだか心がチクリと痛んだような気がしたが、ぎゅっと拳を握って耐える。
今は感傷に引き摺られている場合じゃないもんな。
「どう、だろうか」
恐る恐る訊いて来るレッドに、俺は少し間を置いたが小さく頷いた。
本。確かに、本が有れば知らない情報を手に入れられる。有益な情報は無いかも知れないけど、知識ってのは無駄にはならないはずだ。
今のこの状況なら、ささやかな情報でも良いから欲しい。
だが、がっつく訳にもいかないので控えめに返答した俺に、レッドは分かりやすく表情を明るくして立ち上がった。
「よし、じゃあ早速行こう。ツカサは何の本が良い? 娯楽本はあまりないんだが、女性向けの浪漫本がいいだろうか? 後学のために少し読んでたんだ」
「ん、んん……?」
強引に立たされて案内されるが、聞く限りではなんだか随分本があるようだ。
どういう事かと思っていると、俺はレッドの私室へと案内された。
ドアを開き、足を踏み入れると、そこには。
「えっ……」
本。天井までぎっちり詰め込まれた本棚が、まず真っ直ぐに目に入った。
慌てて部屋の中に入ると、部屋の四面ある壁の二面がその巨大な本棚で埋められており、棚には取り出し辛そうな量の本が並んでいた。
あ、でもちゃんとベッドとか机とかある……。
「さあツカサ、好きな物を読むといい」
「あ、あの、レッド……ここの本って、自分で持って来たの……?」
問うと、相手は嬉しそうな顔をしてすぐに頷いた。
「ああそうだ! とは言え、古い書物は掟の関係で持ち運べないからな。プレインで流通している本をいくつか購入して持って来て貰ったんだ。最近は大衆娯楽の類なら、わりと大量に刷られているからな。後は、替えの効く安価な冊子などか。庶民が読む冊子と言うのも、存外雑学が多くて楽しいから頼んだんだ」
「へ、へえ……」
――――この世界は、基本的に書物や巻物と言った類の紙媒体は高い。
庶民向けの本も有るにはあるのだが、それはやっぱりお貴族様やお金のある人しか所有できず、ほとんどの人は図書館でお金を払って借りている。
俺がラトテップさんから購入した冊子なんかは、庶民の人向けに低品質の紙と紐で作られた、いわば原始の同人誌みたいなもんなのである。
固い表紙に綺麗な紙や羊皮紙をギュウギュウ詰め込んだ、俺の世界で良く見る普通の本なんて、この世界では一冊持ってたらひと財産ってなシロモノだ。
つまり、本ってものはそんだけ希少な存在なのである。
……それを、金に糸目も付けず買い漁るとは…………。
ぐ、ぐぐぐ……やっぱり金持ちの坊ちゃんなんて嫌いだ……。
でも本が沢山あるのは嬉しいから見ちゃう。悔しい。
「ほんとに、何を読んでもいいのか?」
一応再度訊くが、レッドは自信満々に肯定するだけだ。
……って事は、この二つの本棚には俺に見せちゃいけない情報はないんだな。
そう言うのは多分……レッドの使っている机か、もしくは私物の中か。
まあ、今日は部屋に入って観察できただけで良しとしよう。
気を張り続けても疲弊するだけだし、どうせならなにか有益な情報を読み漁った方が有意義な時間が過ごせると言う物だろう。
俺はずり落ちて来た長袖を捲り、ズボンの裾に気を付けながら本棚に近寄った。
「ホントに何でもある……」
女性が読むようなロマンス物に、何らかの学問に関係する書籍。それに、プレイン共和国に関係する歴史書や統計本とか……なんというか、節操がないな。
“購入して来て貰った”って事は、もしかしたらレッドは本に関しては特に指定はしてなかったのかもな。じゃなけりゃ、プレインの美味い物探訪みたいな本まで持って来るわけないし……。
一応レッドも仕事で来てんだぞこれ。
何でもとは言え、買ってきた人は何を考えてるんだか。
これじゃ今の俺に有益な本を探すのも一苦労だなと思いつつ、一番上の棚の本から順に背表紙を見て行く。運び込んだ順に収めたのか、並びに脈絡がないぞコレ。
これといってピンと来る本が無いなと思いながら、両膝に手を置いて腰を曲げつつ少し下の段を眺める。
すると……ある本のタイトルが目に飛び込んできた。
「これ…………」
屈伸を終えた時のようなポーズのままで、そのタイトルをもう一度確認する。
俺が目を止めた本の背表紙には――【気の付加術の利用法】と書かれていた。
気の付加術。そういえば、気の付加術って実質的には無属性魔法みたいなもんで、風魔法みたいなのだけじゃ無く、査術やラピッドみたいな身体強化の術もあるんだよな。今まではずーっと初級の術しか使って来なかったけど、もしここで俺が新たな術を手に入れられたら、少しは物事が有利に働くんじゃないか?
よ、よし。コレだ。この本をまず読もう。
でもレッドにバレたらヤバいよな……こんな本を読んだって知られたら、反逆の気アリと思われて警戒されるかもしれない。
せっかく私室に招かれるくらいに信用されてるのに、それはマズいよな。
どうしたもんかと思って、そのまま固まっ
「何か読みたい本が見つかったか? ツカサ」
「ふあぁ!? はっ、あっ、あの、こ、これ、かな!?」
突然背後から声を掛けられてびっくりしてしまい、俺は反射的に上の段にある本を適当に取ってレッドに見せてしまった。
ぶっちゃけタイトルも何も見ていなかったのだが、俺が取った本を見たレッドは、何故か妙な顔をした。
「こ、これは……いや、そ、そうだな。ツカサもたまにはそう言う物を見ても良いかも知れない……さ、さあ戻ろうか。茶を淹れなおそう。俺は先に行っているぞ!」
「う、うん……?」
何だか顔が赤いが、どうしたんだろうか。
見詰め合っちゃったのに照れたとか?
さっき服を着る時も慌ててたし、なんか調子狂うなあと思いながら自分が選んだ本のタイトルを確認してみると。
「…………凌辱に濡れる囚われの姫君」
…………。
うん。……うん?
「ちょっ、まっ、レッドまって、ちがっ、違うってば……!!」
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