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結 㤅ノ章(アイノショウ)

壱拾参ノ玖 夢のあと。あたらしくはじまる旅路

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 ヒナが歩き回れるまでに回復したので、フェノエレーゼはこれからのことを話すことにしました。
 雲一つない、よく晴れた空の下で、二人に向き合います。

「これまではずっと、私の望みのために付き合わせていたからな。礼として、お前たちの望みを叶えてやろう。何がいい? 私にできることに限られるが」

 礼をすると言いつつも、わがままさが垣間見える様子に、ナギは笑いをこらえます。
 ヒナは迷うことなく望みを口にします。

「わたし、みんなで旅をしたいな」

「旅なら今までじゅうぶんしてきただろう」

「これからも。たくさんいろんなところを見るの。楽しそうでしょ?」

 フェノエレーゼは目を見張りました。
 故郷に帰りたいでも、家族に会いたいでもなく、このまま三人で旅をしていたいという。

「……できることを叶えると言ったのは私だからな。いいだろう。さすがにこの姿では人里におりれないが、その間はカラスに戻っていよう」
 
 天狗の姿のまま人里に入れば、今回のようなことになるのは目に見えています。幸い烏の姿と天狗の姿をとれるので、烏でいればそこまで警戒はされないでしょう。

「フェノエレーゼさん。猿田彦命のところには、行かなくていいのですか? 以前、翼を取り戻したら殴りに行くと言っていましたが」

「サルタヒコを殴りにいくことなど、もうどうでもよくなった。長らく呪で縛られていたのに、解けてからもサルタヒコにとらわれるのはしゃくだからな。あいつの望みなんか、私の知ったことではない」

 穏やかに変わったようでいて、やはりフェノエレーゼの根っこはフェノエレーゼのようです。

「ナギは何を望む?」

 フェノエレーゼに問われて、ナギは微笑みながら答えます。

「いつかあなたがつがいをもちたいと思ったそのときに、まだおれが隣にいたなら、おれと共に生きてください」

 それは、ナギなりの求婚でした。
 人同士の貴族であるなら、三日夜通いの儀と呼ばれる方法をとります。恋文を交わしあったあと、男が三夜、女性のもとに夜這いする。
 ですが、ナギとフェノエレーゼは貴族ではないし、純然たる人でもありません。

 だからナギは文ではなく言葉にして願いました。生涯の伴侶、番にしてほしいと。

『きゅいいいいい! 妻君になるなんてだめ! 主様はあたしのなの! 白いのは下がってなさいよ!』

「そうだな。考えてもいい」

 ナギに命を捧げるオーサキは、二人が番になるなんて例え話でも嫌です。大泣きして訴えますが、フェノエレーゼは無視を決め込みます。
 番になっていいと思えるくらいには、ナギのことを気に入っていました。

「ナギお兄さん、つがいってなあに?」

 ヒナは難しいことがまだわからないので、ナギに聞きます。ナギはヒナにもわかるよう、かみくだいて説明します。

「番は、人で言うところの家族、夫婦ですよ」

「わかったわ! じゃあ、じゃあ、わたしも! わたしも、フエノさんのかぞくになる! わたしは娘かしら、それとも妹? そしたらみんなずっと一緒にいられるでしょ?」

 わかったと言いつつもまだ六才。婚姻こんいんだの恋愛感情だのを理解するようになるには、あと数年はかかるでしょう。

「七年後も同じことを言えたら考えてやる」 

「はーい。七年したらかぞくなのね。旅が忙しいからって忘れないでね、フエノさん。ナギお兄さんも覚えていてくれる?」

「……あんまりわかっていないようだな」

「いいんじゃないですか。ヒナさんらしくて」

 ヒナは七年先もこの三人で一緒に旅をしているつもりなようです。呆れるフェノエレーゼに、笑い返すナギ。

「そうと決まれば行きましょ。こんどはどの国に行くの?」

『チチチチィ! メシがうまいとこがいいでさ!』

『あたたかいねどこが、あるとこにゃ』

 聞かれてもいないのに答える雀とタビ。何を言っているか聞こえていないので、ヒナ首を傾げます。

「…………うまい飯とあたたかい寝床があるところ、だそうだ」

「なら、このまま海沿いを西に行きましょうか。尾張おわりから伊勢いせ紀伊きい、海を渡って阿波あわ。そのあたりは冬でも比較的温暖な気候だと聞き及んでます」

「あわ? ってごはんにはいっているあわ?」

『あわ、うまそうな名前の国でさ!』

「お前ら食いつくところがそこなのか」

 阿波ときいて色めき立つヒナと雀。

「ふふ。間違いではないですよ。阿波は粟の名産地で、国の名前を二文字に決める際に、そこから取って阿波となったらしいです」

『やっぱりそうでさ! あっしはすごいでさ!』

「黙ってろ雀」

 投げ飛ばされた雀が、弧を描いて草むらの向こうに消えていきます。ヒナが慌てて助けに行きます。

「ああああ! 丸ちゃーーーーん!」

「もうヒエでもアワでもなんでもいいから、行くぞ。西には何があるだろうな」

「何があっても、三人ならきっと大丈夫ですよ」

 歩き出すフェノエレーゼに、ナギも並びます。
 オーサキとタビもついてきて、雀を抱えたヒナも走ってきます。

「フエノさん、お兄さん。みてみて! 空に七色のはしがかかっているわ」

「虹ですか。こうしてみんなで見ると、一人で見るよりもきれいですね」

「そうかもな」

 虹を追いかけて走り出したヒナのあとを、二人がゆっくり歩いていきます。

 こうして、とべない天狗の旅は終わり、空飛ぶ天狗のあたらしい旅がはじまりした。

 三人の長い旅路は、どこまでもずっと、続いていきます。




 とべない天狗とひなの旅 了
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