120 / 147
拾壱 絡新婦ノ章
拾壱ノ肆 女の狙い
しおりを挟む
延々と繰り返される山道の中にいるというのに、女は怯える様子一つありません。オーサキが『きゅい! こいつ妖怪よ。血と死の臭いがするわ』とフェノエレーゼに耳打ちします。
それが聞こえたのか、女はフェノエレーゼの肩に手を伸ばしてオーサキをつまみ上げました。
『きゃーー!!』
「ふふふ。こんな美女を捕まえて妖怪だなんて失礼ね、クダギツネさん。訂正なさるおつもりはありませんこと? わたくし、そんなに気が長いほうじゃなくてよ?」
『きゅいー! バカな女。カタルに落ちるってやつね。あたしの声が聞こえる人間なんて、めったにいな──!!』
「口が悪いわね。あなたなんて、わたくしの力加減一つで簡単に殺せるのよ」
『きゅーー』
鋭い爪が、オーサキの首に食い込みます。
人間ではありえない、強い力で。
女は笑顔を保ったまま、フェノエレーゼに向き合います。
命を奪い慣れたその様子に、フェノエレーゼは警戒心を強くします。
「……お前、何者だ。なぜソレに話しかけている」
「オホホホ。失礼。わたくし、このあたりに住んでいるの。たまにね、今の貴方のように迷い込んで来られる方がいるの。ほら、夜道は危ないでしょう。だから朝が来るまでうちに泊まると良いわって、皆さんをお迎えしているの」
「皆さん?」
「ええ。皆さん。貴方もいらっしゃい。そのきりりとした眼差し、美しい髪と面《おもて》。とっても、わたくし好み」
口調はおっとりとしていて、見目は一見しとやかな娘のよう。けれどまとう気配は全く別もの。
これまで幾度となく見てきた、人を喰らうモノのようでした。
女が舌なめずりして、一歩フェノエレーゼに歩み寄りました。フェノエレーゼは一歩下がり、女から距離を取ります。
早く祓わないと、この女に囚われる者が増えるだけだと嫌でもわかります。
「ナギをここに」
『きゅきゅー! あんたバカぁ!? まず、あたしを助けなさいよ白いの! この状態で、どうやって、主様を呼びにいけってのよ!』
オーサキが摘まれたまま怒鳴りちらすので、女はいぶかしげに眉を潜めます。
ただの農夫が、クダギツネに話しかけているなんて考えてもいないのです。
フェノエレーゼの言葉は、自分にかけられたのだと思いました。
「ナギ? ああ、凪《なぎ》のことですのね? うふふ。そうね。凪いでいるから、霧が晴れませんわね。わたくし、風は嫌いですの。嵐になると髪も乱れるし。その点、凪はいいわよね」
もしやと思い、フェノエレーゼはおもむろに扇をひらいて、旋風《つむじかぜ》を起こします。
一瞬晴れた霧の向こう、元の山道が見えました。
日がかたむき、野山がすっかり夕焼け色に染まっています。
「風が……! そんな、どうして!? きゃあ!!!」
女が景色に気を取られたスキをつき、オーサキはその指先に食らいつきました。
「ぎゃぁーーー!!!!」
スルリと女の手から抜け出し、オーサキが向こうに飛び出していきます。
すぐに霧があたりを覆い、その姿は見えなくなってしまいました。
女はかまれた指を咥え、うらめしげにオーサキが消えた方をにらみます。
『クダギツネ風情が、よくもわたくしの玉肌に傷をつけたわね。殺しておけば良かった。…………まあ、男はこちらに残ったのだし……。こんな上物初めて。ウフフフ』
ぽそりと呟いたあやかしにしか聞こえない言葉。フェノエレーゼに聞こえているとはみじんも思っていません。
女はまた作りものの笑みを浮かべて、フェノエレーゼの手にある扇に手を伸ばします。
「ねぇ貴方。どこで拾ったのか知らないけれど、その危ない扇はわたくしに寄越しなさい」
フェノエレーゼの扇に触れた女の姿が、人と蜘蛛の身を合わせ持つバケモノになりました。
鎖骨から上は人の女のよう、胸より下は蜘蛛。
それもほんのまばたきする間だけ。手も人間のものではなく、蜘蛛のモノ。
すぐに女の姿に戻り、不気味に笑います。
「あお、なんてきれいな男。わたくしの望む限り、うちにとめてあげる。ずっと、ずうーーっと、命尽きるまで、ね」
それが聞こえたのか、女はフェノエレーゼの肩に手を伸ばしてオーサキをつまみ上げました。
『きゃーー!!』
「ふふふ。こんな美女を捕まえて妖怪だなんて失礼ね、クダギツネさん。訂正なさるおつもりはありませんこと? わたくし、そんなに気が長いほうじゃなくてよ?」
『きゅいー! バカな女。カタルに落ちるってやつね。あたしの声が聞こえる人間なんて、めったにいな──!!』
「口が悪いわね。あなたなんて、わたくしの力加減一つで簡単に殺せるのよ」
『きゅーー』
鋭い爪が、オーサキの首に食い込みます。
人間ではありえない、強い力で。
女は笑顔を保ったまま、フェノエレーゼに向き合います。
命を奪い慣れたその様子に、フェノエレーゼは警戒心を強くします。
「……お前、何者だ。なぜソレに話しかけている」
「オホホホ。失礼。わたくし、このあたりに住んでいるの。たまにね、今の貴方のように迷い込んで来られる方がいるの。ほら、夜道は危ないでしょう。だから朝が来るまでうちに泊まると良いわって、皆さんをお迎えしているの」
「皆さん?」
「ええ。皆さん。貴方もいらっしゃい。そのきりりとした眼差し、美しい髪と面《おもて》。とっても、わたくし好み」
口調はおっとりとしていて、見目は一見しとやかな娘のよう。けれどまとう気配は全く別もの。
これまで幾度となく見てきた、人を喰らうモノのようでした。
女が舌なめずりして、一歩フェノエレーゼに歩み寄りました。フェノエレーゼは一歩下がり、女から距離を取ります。
早く祓わないと、この女に囚われる者が増えるだけだと嫌でもわかります。
「ナギをここに」
『きゅきゅー! あんたバカぁ!? まず、あたしを助けなさいよ白いの! この状態で、どうやって、主様を呼びにいけってのよ!』
オーサキが摘まれたまま怒鳴りちらすので、女はいぶかしげに眉を潜めます。
ただの農夫が、クダギツネに話しかけているなんて考えてもいないのです。
フェノエレーゼの言葉は、自分にかけられたのだと思いました。
「ナギ? ああ、凪《なぎ》のことですのね? うふふ。そうね。凪いでいるから、霧が晴れませんわね。わたくし、風は嫌いですの。嵐になると髪も乱れるし。その点、凪はいいわよね」
もしやと思い、フェノエレーゼはおもむろに扇をひらいて、旋風《つむじかぜ》を起こします。
一瞬晴れた霧の向こう、元の山道が見えました。
日がかたむき、野山がすっかり夕焼け色に染まっています。
「風が……! そんな、どうして!? きゃあ!!!」
女が景色に気を取られたスキをつき、オーサキはその指先に食らいつきました。
「ぎゃぁーーー!!!!」
スルリと女の手から抜け出し、オーサキが向こうに飛び出していきます。
すぐに霧があたりを覆い、その姿は見えなくなってしまいました。
女はかまれた指を咥え、うらめしげにオーサキが消えた方をにらみます。
『クダギツネ風情が、よくもわたくしの玉肌に傷をつけたわね。殺しておけば良かった。…………まあ、男はこちらに残ったのだし……。こんな上物初めて。ウフフフ』
ぽそりと呟いたあやかしにしか聞こえない言葉。フェノエレーゼに聞こえているとはみじんも思っていません。
女はまた作りものの笑みを浮かべて、フェノエレーゼの手にある扇に手を伸ばします。
「ねぇ貴方。どこで拾ったのか知らないけれど、その危ない扇はわたくしに寄越しなさい」
フェノエレーゼの扇に触れた女の姿が、人と蜘蛛の身を合わせ持つバケモノになりました。
鎖骨から上は人の女のよう、胸より下は蜘蛛。
それもほんのまばたきする間だけ。手も人間のものではなく、蜘蛛のモノ。
すぐに女の姿に戻り、不気味に笑います。
「あお、なんてきれいな男。わたくしの望む限り、うちにとめてあげる。ずっと、ずうーーっと、命尽きるまで、ね」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
29
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる