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捌 上野ノ妖ノ章

捌ノ伍 隠された顔

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 ナギたちが集落の聞き込みをしているのと時同じくして。
 フェノエレーゼは安永とともに、妖怪が多く目撃されているという草原をおとずれました。

 見たところ何のへんてつもない草原です。
 長い草が生い茂り、この中にネズミやノウサギなどがいても見えないでしょう。

 その草原に、雀の鳴き声が響きわたっていました。

『チチチチイイイ! 酷いでさ痛いでさ、潰さないでほしいっさ!!』

「うるさい黙れどあほう! 誰が、誰が老人だ。人前なのをいいことに言いたい放題しおって!! 私が白いのは生まれつきだ! この程度で許してやるのを光栄に思え!!」

 老人呼ばわりされたのを根に持ったフェノエレーゼが、雀をわしづかみにして思いきりにぎりしめていたのです。

「やれやれ。妖怪が出るかもしれないのに楽しそうですねえ。君に頼んだのは失敗だったかな」

 安永が退魔の札を片手にため息をつきます。安永はいつでも妖怪を迎え撃てる体勢なのに、対するフェノエレーゼが雀とケンカしているので、嫌味の一つでも言いたくなるというもの。

「ヤスナガと言ったな。なんのつもりだ?」

「なんのつもり、とは? 当初の約束通り、妖怪を探す手伝いをしてもらっているだけだろう。それとも、ナギと手分けしたことが不満なのかな? 悪かったね、想い人と組ませてやらなくて」

 フェノエレーゼは目を細め、安永の顔をにらみます。フェノエレーゼの聞いたことを正確に理解しているだろうに、あえて話をあさっての方向に受け止めたような言い方をする。
 それがフェノエレーゼの癇《かん》に障りました。

「くだらないことを言ってごまかせるとでも思っているのか。表面は笑っているように見えるが、会った当初から、私への殺気が隠しきれていない。わざわざ私をあの三人から引き離した理由はなんだ」

 核心をつくと、安永の作りものの笑顔が剥がれました。



「君は、土浦の里を知っているか」

 安永が、低い声で聞きます。
 ナギや政信から“妖怪といえど殺すという選択を好まない”と言われる男の顔とは思えないほど、憎しみのこもった声と表情に、フェノエレーゼは鼻をならします。

「それが本性か。……さて。土地の名前など、人間が勝手につけたもの。その名で聞かれても、私にはわからん」

「知らないと? 本当に、見たことも、聞いたこともないか?」

 フェノエレーゼが“土浦の里”を知らないということが、何よりも許せないことのようでした。緊迫した空気が流れる。そこに、草を踏み荒らす音が横入りしました。
 日を遮り、巨大な影が二人と一羽にかかります。

『立ち去れ~、ニンゲン、立ち去れ~』

 見上げれば、そこには坊主頭の、巨大な一つ目妖怪がいました。
 見た目に反して、声は幼子のように甲高い。

『チチィー! 出たっさ! 本当に出たっさ!!』

 雀が羽をばたつかせて慌てますが、フェノエレーゼは動じません。

「この臭い、キツネか。おいキツネ。それでうまく化けたつもりか? 耳が隠しきれていないぞ。玉藻のほうがよほどうまく化ける」

『な、なんだと!! このわしの化け術が他のキツネに劣るだと!?』

 誘導されたのに気づかず、大入道は目の前でキツネの姿に戻りました。



『お主、なぜわしがキツネだと見破った。わしより化けるのがうまいものなど、この世にいるものか!! 現にばかなニンゲンどもは何度もだまされて、キゼツしている』

「ふん。バカなのはお前だ。この地しか知らぬくせに己が国一のキツネと言うなど。おい、ヤスナガ。目的のキツネは出てきたんだ。さっさとこいつを村に連れていく……」

 フェノエレーゼがキツネを捕まえてふりあおぐと、安永は術を詠んでいました。

吐普加身依身多女トホカミエミタメ、寒言神尊《カンゴンシンソン》利根陀見《リゴンダケン》」

 祓呪はらえしゅ
 陰陽師が使う術の中で最も高等な術です。牛鬼などの危険なあやかしならいざ知らず、こんな人を驚かせて楽しむだけの弱小な妖狐に使うようなものではありません。

 相手が神格のあやかしならいざしらず。

「な、お前こいつを殺す気か!?」

波羅伊玉意喜餘目出玉ハライタマイキヨメデタマウ

 フェノエレーゼの動揺をよそに安永は朗々と詠み、札を投げました。

 安永の放った術の波動は、キツネではなくフェノエレーゼに向かった。

「チッ」

 ただでさえ翼を封じられて力が弱まっているのに、今は手負い。至近距離で逃げることができないのを悟り、フェノエレーゼは雀とキツネを空に放りました。



『チチチッ! だんなぁーーーー!!!!』
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