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漆 三国峠ノ妖ノ章
漆ノ参 自由を無くしたもの
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「あいにく、おれはこの人と旅をしているんだ。おれひとりの判断では決めかねる。話し合う時間をもらいたい。ーーフェノエレーゼさん、ヒナさん。少しいいですか?」
それだけ言って、ナギはきびすを返します。
フェノエレーゼとヒナもナギのあとに続きました。
「ふふん。まあいい。時間をやる。話し合いをしたところで断るなんて選択肢、あるわけないのだからな」
政信の態度から、ナギが自分の命令を聞くのが当たり前だと思っていることがありありうかがえました。
場所を外の木陰にうつした一行は、いちように難しい顔をしていました。
『きゅいー!! あのバカおんみょうじもどきめ! いつもいつもいーっつも主様をばかにして! 人前じゃなきゃ食ってやってたわ!』
怒り心頭のオーサキ。常ならナギがいさめるのですが、ナギもご立腹なので止めません。
ヒナは地面に座り込んで竹筒の水をのみつつ、視線を落とします。
「ナギお兄さん。がしゃどくろさんを止めたのはフエノさんとナギお兄さんたちでしょ。アニデシさんはなんであんなうそをつくの?」
「すみません。政信はおれが師匠に拾われる前から師匠のもとにいたんです。昔から、自分を良く見せるためなら、平気でウソをつくところがありまして……。困ったものです」
「とんだ兄弟子だな。まさかナギ、あんな性格悪いのと協力するつもりか? だったら私はごめんこうむる。化け猫はお前たちだけでなんとかしろ」
フェノエレーゼは政信に手を握られたのが気持ち悪くて、執拗なまでに小川で手を洗います。
『ちちぃ。あの兄さん旦那に性格悪いと言われるなんてよっぽどでぎゃーーっす、ガボゴボガボ!!』
白い手に掴まれて、雀が川にしずみました。
人を呪い殺せるほどの力を持つあやかしならば、ナギの術だけで対抗するより、一人でも妖祓いの心得がある者がいたほうが有利でしょう。
政信の人間性をとやかく言っている場合ではありません。
「でもフエノさん。峠の化け猫さんは、人を襲って困らせているんでしょ。ナギお兄さんとアニデシさんと協力して、悪さしないようにせっとくするのはよき事なんじゃない?」
「化け猫を止めるのは善き事かもしれんが、あの男と協力するのは嫌だ」
「じゃあ、アニデシさんと協力しないで化け猫さんを止めるってこと?」
「あんなヤツはいないほうがマシだ」
フェノエレーゼはもとよりはっきり物を言うけれど、ここまで嫌いだと言い切るのも珍しい。
兄弟子のあまりの嫌われように、ナギは苦笑します。
「貴女の気持ちはわかりました。けど、曲がりなりにもおれと同じ師匠のもとで修行を積んでいる男です。相手は人を殺せる力を持つ妖怪。知恵を寄せ集めて挑むのが上策でしょう」
「はぁ……気乗りせんが、お前がそこまでいうのなら仕方ない」
嫌だとわがままを言って、こちらの身に危険が及んでは元も子もありません。
「それと、フェノエレーゼさん。政信に貴女があやかしであることを悟られないようにしてください。
万一バレたら、政信は貴女を祓うか式神に加えようとする。妖を人間の道具と考える、そういう人なんです」
「ふぅん。私が負けるはずもないが、忠告は聞き入れておこう。今回風の力は使わない」
フェノエレーゼが最も嫌う、あやかしの命をなんとも思っていない類の陰陽師。
翼を取り戻す前に祓われるのは御免なので、フェノエレーゼはナギの忠告を聞き入れました。
「ヒナさん。政信に何を聞かれても、フェノエレーゼさんのことを言わないでください。身の危険につながります」
「わかったわ!」
話し合いが終わり、ナギは政信に協力すると伝えました。
夜を待ち、化け猫の出方をうかがうと決めて、それまで休息することになりました。
茶屋のおばあさんの計らいで、フェノエレーゼたちは簡易の宿になっている奥の部屋を使わせてもらいます。
柱によりかかって眠るフェノエレーゼと、その膝を枕にして眠るヒナ。
ナギはおばあさんに、化け猫について詳しい話を聞きます。
物陰から、休むフェノエレーゼの様子を盗みみる男がいました。
政信です。
政信の肩にとまる式神が、しわがれた声で鳴きます。
『クワー。主。翼を封じられてはいますが、間違いありません。あれは笛之絵麗世命。サルタヒコ様の怒りを買って人の世に落とされたと、噂を聞き及んでおりました』
「ふふふ。やはりそうか。なぜナギと行動をともにしているかはわからないが、こんな好機二度とないだろう」
何年も前、政信は翼があった頃のフェノエレーゼを見たことがあったのです。
真白な翼で空を舞う姿は、堂々としていて気高く、神々しい。
あの美しい天狗を、いつか自分のものにしたいと考えていました。
「翼が封じられているのなら、その呪いを解いたら礼に、わたくしの式神になってはくれないだろうか。ああ、本当に、あの方が触れられるほど近くにいるなんて夢のようだ。これが夢なら、永遠に覚めなければいいのに」
烏は政信の独り言をきいて、黙って喉を鳴らしました。
妖怪にとって、式神として縛られるのは命を握られること。
自分も意思に反して政信の式神にされているため、政信に気に入られてしまったフェノエレーゼに心の底から同情しました。
それだけ言って、ナギはきびすを返します。
フェノエレーゼとヒナもナギのあとに続きました。
「ふふん。まあいい。時間をやる。話し合いをしたところで断るなんて選択肢、あるわけないのだからな」
政信の態度から、ナギが自分の命令を聞くのが当たり前だと思っていることがありありうかがえました。
場所を外の木陰にうつした一行は、いちように難しい顔をしていました。
『きゅいー!! あのバカおんみょうじもどきめ! いつもいつもいーっつも主様をばかにして! 人前じゃなきゃ食ってやってたわ!』
怒り心頭のオーサキ。常ならナギがいさめるのですが、ナギもご立腹なので止めません。
ヒナは地面に座り込んで竹筒の水をのみつつ、視線を落とします。
「ナギお兄さん。がしゃどくろさんを止めたのはフエノさんとナギお兄さんたちでしょ。アニデシさんはなんであんなうそをつくの?」
「すみません。政信はおれが師匠に拾われる前から師匠のもとにいたんです。昔から、自分を良く見せるためなら、平気でウソをつくところがありまして……。困ったものです」
「とんだ兄弟子だな。まさかナギ、あんな性格悪いのと協力するつもりか? だったら私はごめんこうむる。化け猫はお前たちだけでなんとかしろ」
フェノエレーゼは政信に手を握られたのが気持ち悪くて、執拗なまでに小川で手を洗います。
『ちちぃ。あの兄さん旦那に性格悪いと言われるなんてよっぽどでぎゃーーっす、ガボゴボガボ!!』
白い手に掴まれて、雀が川にしずみました。
人を呪い殺せるほどの力を持つあやかしならば、ナギの術だけで対抗するより、一人でも妖祓いの心得がある者がいたほうが有利でしょう。
政信の人間性をとやかく言っている場合ではありません。
「でもフエノさん。峠の化け猫さんは、人を襲って困らせているんでしょ。ナギお兄さんとアニデシさんと協力して、悪さしないようにせっとくするのはよき事なんじゃない?」
「化け猫を止めるのは善き事かもしれんが、あの男と協力するのは嫌だ」
「じゃあ、アニデシさんと協力しないで化け猫さんを止めるってこと?」
「あんなヤツはいないほうがマシだ」
フェノエレーゼはもとよりはっきり物を言うけれど、ここまで嫌いだと言い切るのも珍しい。
兄弟子のあまりの嫌われように、ナギは苦笑します。
「貴女の気持ちはわかりました。けど、曲がりなりにもおれと同じ師匠のもとで修行を積んでいる男です。相手は人を殺せる力を持つ妖怪。知恵を寄せ集めて挑むのが上策でしょう」
「はぁ……気乗りせんが、お前がそこまでいうのなら仕方ない」
嫌だとわがままを言って、こちらの身に危険が及んでは元も子もありません。
「それと、フェノエレーゼさん。政信に貴女があやかしであることを悟られないようにしてください。
万一バレたら、政信は貴女を祓うか式神に加えようとする。妖を人間の道具と考える、そういう人なんです」
「ふぅん。私が負けるはずもないが、忠告は聞き入れておこう。今回風の力は使わない」
フェノエレーゼが最も嫌う、あやかしの命をなんとも思っていない類の陰陽師。
翼を取り戻す前に祓われるのは御免なので、フェノエレーゼはナギの忠告を聞き入れました。
「ヒナさん。政信に何を聞かれても、フェノエレーゼさんのことを言わないでください。身の危険につながります」
「わかったわ!」
話し合いが終わり、ナギは政信に協力すると伝えました。
夜を待ち、化け猫の出方をうかがうと決めて、それまで休息することになりました。
茶屋のおばあさんの計らいで、フェノエレーゼたちは簡易の宿になっている奥の部屋を使わせてもらいます。
柱によりかかって眠るフェノエレーゼと、その膝を枕にして眠るヒナ。
ナギはおばあさんに、化け猫について詳しい話を聞きます。
物陰から、休むフェノエレーゼの様子を盗みみる男がいました。
政信です。
政信の肩にとまる式神が、しわがれた声で鳴きます。
『クワー。主。翼を封じられてはいますが、間違いありません。あれは笛之絵麗世命。サルタヒコ様の怒りを買って人の世に落とされたと、噂を聞き及んでおりました』
「ふふふ。やはりそうか。なぜナギと行動をともにしているかはわからないが、こんな好機二度とないだろう」
何年も前、政信は翼があった頃のフェノエレーゼを見たことがあったのです。
真白な翼で空を舞う姿は、堂々としていて気高く、神々しい。
あの美しい天狗を、いつか自分のものにしたいと考えていました。
「翼が封じられているのなら、その呪いを解いたら礼に、わたくしの式神になってはくれないだろうか。ああ、本当に、あの方が触れられるほど近くにいるなんて夢のようだ。これが夢なら、永遠に覚めなければいいのに」
烏は政信の独り言をきいて、黙って喉を鳴らしました。
妖怪にとって、式神として縛られるのは命を握られること。
自分も意思に反して政信の式神にされているため、政信に気に入られてしまったフェノエレーゼに心の底から同情しました。
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