65 / 147
陸 雪女ノ章
陸ノ弐 迷子のあやかしの子
しおりを挟む
フェノエレーゼは長年山の恵みを食べて生きていたので、だいたいどこで何が採れるかわかっていました。
他より栗が多く実る木、冬間近でも柿やアケビが採れる木。
木に登って、枝にぶら下がっている柿をもぎます。手が届かない位置のものは森に住まうカラスたちに手伝わせました。
空を見上げ、ほほを撫でる風の冷たさに冬のおとずれを感じとります。
もくもくと収穫して、日が頭の上に来るころには風呂敷の上は山の幸の山ができていました。
木の実の山の、ひときわ大きな柿に乗っかって、雀が滝のようなよだれを垂らしています。
『チチチチ~! ごちそうでさごちそうでさごちそうでさ! ジュルリリリ!』
「それは数日かけて食べる分だ。お前なんぞこれでも食ってろ!」
『ぎゃーーっす!!』
フェノエレーゼが枝ごと栗のイガを振りかぶり、見事雀に命中しました。
『チチイ。ひどいでさ! なんで毎回毎回旦那はあっしにいじわるするっさ!』
「何度も何度も旅の食料を食い尽くしたやつが、被害者面するな! お前のせいで大猪に追われたことは一生忘れんからな」
『そんな過去のことは大河の水に流したっさ!』
「お前を河に流してやろうか」
雀は旅の同行者のなかで一番小さいのに、誰より食欲旺盛。ほうっておくとこの恵みの山も一日で平らげてしまいます。
これ以上食い下がるとまた怒りのイガを食らうので、雀はしぶしぶフェノエレーゼの肩に飛び乗りました。
フェノエレーゼは集めたものを風呂敷に包みながら振り返ります。
「おいヒナ。これを持……」
言いかけて、今日はお供をさせていないことを思い出しました。
フェノエレーゼが翼を失ってから……ヒナの同行を許してから、まだ一年経っていません。
人間なんて大嫌いなのに。ヒナの世話をするのも暇つぶしだったのに。
そばにおいておくのが当たり前になっている……そんな自分に戸惑いました。
いつもならここぞとばかりにからかってくる雀も、余計なことをくちばしってイガ栗を投げつけられたくないので黙っています。
「……これだけ採れればしばらく持つな。もう帰るか」
誰に言うでもなくわざとらしく咳払いして風呂敷包みを背負い、山道をくだります。
しばらく歩くと、草むらに一つ人影を見つけました。
ヒナより二つほど年下に見える、幼い男童(わらわ)でした。
親がそばにいるわけでもなく、その子は一人きりで倒木に腰掛けて、ぼんやりと手中のどんぐりを転がしていました。
丈の合わなくなったキモノの上にはんてんを着ていて、珍しくもない黒髪に、黒の瞳。
普段のフェノエレーゼならそんな子どもがいようと素通りするけれど、なぜかその子の前で立ち止まりました。
「お前、なぜここにいる?」
フェノエレーゼが声をかけると、その子は顔を上げておおきくまばたきしました。
『おら、おっかあをまってる』
童の口からもれたのは、人間には聞き取れない、あやかし特有の声。
見た目は人間でも、完全に人に変化できるほどの妖力はないようです。
「……なんだ。お前もあやかしものか」
『あやかしってなんだ? あんたは、おらの声がきこえるがか? おっかあ以外の人、村の誰にもきこえなくて、おらのこと呪われた子って』
この子は、自分があやかしだという自覚がないようです。
村の人間には聞こえないけれど、母親はこのあやかしの声を聞ける。
とても不思議な存在に、フェノエレーゼは興味を持ちました。
村に住んだことのあるナギなら、事情を知っているかもしれないと思い至り、屋敷に連れて行くことにしました。
「お前の母親が来るまで、ここでは寒いだろう。村に行かないか。私はフェノエレーゼ。お前、名前は」
『おらは、ソウジ。こうかくんだって、おっかあが言っていた』
ソウジが木の枝で地面に“宗二”と文字を書いて、にこりと笑いました。
他より栗が多く実る木、冬間近でも柿やアケビが採れる木。
木に登って、枝にぶら下がっている柿をもぎます。手が届かない位置のものは森に住まうカラスたちに手伝わせました。
空を見上げ、ほほを撫でる風の冷たさに冬のおとずれを感じとります。
もくもくと収穫して、日が頭の上に来るころには風呂敷の上は山の幸の山ができていました。
木の実の山の、ひときわ大きな柿に乗っかって、雀が滝のようなよだれを垂らしています。
『チチチチ~! ごちそうでさごちそうでさごちそうでさ! ジュルリリリ!』
「それは数日かけて食べる分だ。お前なんぞこれでも食ってろ!」
『ぎゃーーっす!!』
フェノエレーゼが枝ごと栗のイガを振りかぶり、見事雀に命中しました。
『チチイ。ひどいでさ! なんで毎回毎回旦那はあっしにいじわるするっさ!』
「何度も何度も旅の食料を食い尽くしたやつが、被害者面するな! お前のせいで大猪に追われたことは一生忘れんからな」
『そんな過去のことは大河の水に流したっさ!』
「お前を河に流してやろうか」
雀は旅の同行者のなかで一番小さいのに、誰より食欲旺盛。ほうっておくとこの恵みの山も一日で平らげてしまいます。
これ以上食い下がるとまた怒りのイガを食らうので、雀はしぶしぶフェノエレーゼの肩に飛び乗りました。
フェノエレーゼは集めたものを風呂敷に包みながら振り返ります。
「おいヒナ。これを持……」
言いかけて、今日はお供をさせていないことを思い出しました。
フェノエレーゼが翼を失ってから……ヒナの同行を許してから、まだ一年経っていません。
人間なんて大嫌いなのに。ヒナの世話をするのも暇つぶしだったのに。
そばにおいておくのが当たり前になっている……そんな自分に戸惑いました。
いつもならここぞとばかりにからかってくる雀も、余計なことをくちばしってイガ栗を投げつけられたくないので黙っています。
「……これだけ採れればしばらく持つな。もう帰るか」
誰に言うでもなくわざとらしく咳払いして風呂敷包みを背負い、山道をくだります。
しばらく歩くと、草むらに一つ人影を見つけました。
ヒナより二つほど年下に見える、幼い男童(わらわ)でした。
親がそばにいるわけでもなく、その子は一人きりで倒木に腰掛けて、ぼんやりと手中のどんぐりを転がしていました。
丈の合わなくなったキモノの上にはんてんを着ていて、珍しくもない黒髪に、黒の瞳。
普段のフェノエレーゼならそんな子どもがいようと素通りするけれど、なぜかその子の前で立ち止まりました。
「お前、なぜここにいる?」
フェノエレーゼが声をかけると、その子は顔を上げておおきくまばたきしました。
『おら、おっかあをまってる』
童の口からもれたのは、人間には聞き取れない、あやかし特有の声。
見た目は人間でも、完全に人に変化できるほどの妖力はないようです。
「……なんだ。お前もあやかしものか」
『あやかしってなんだ? あんたは、おらの声がきこえるがか? おっかあ以外の人、村の誰にもきこえなくて、おらのこと呪われた子って』
この子は、自分があやかしだという自覚がないようです。
村の人間には聞こえないけれど、母親はこのあやかしの声を聞ける。
とても不思議な存在に、フェノエレーゼは興味を持ちました。
村に住んだことのあるナギなら、事情を知っているかもしれないと思い至り、屋敷に連れて行くことにしました。
「お前の母親が来るまで、ここでは寒いだろう。村に行かないか。私はフェノエレーゼ。お前、名前は」
『おらは、ソウジ。こうかくんだって、おっかあが言っていた』
ソウジが木の枝で地面に“宗二”と文字を書いて、にこりと笑いました。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
29
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる