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肆 戀ノ章
肆ノ拾参 ナギ、新たな決意
しおりを挟む少女は男たちに連れられて去っていき、ナギがフェノエレーゼにかけられていた縄を切って、ようやくフェノエレーゼは解放されました。
「くそ、あのじじいども手加減なしに射やがって。私の衣がぼろぼろじゃないか」
悪態をつきながら衣についた泥を払い落とします。
廃屋のなかに隠れていたひなが、泣きながらフェノエレーゼにとびつきました。
「うぁぁぁあん! ふえのさーーん! わたしがお手伝いできなかったばかりにぃぃぃーー!」
「ぎゃーーー! いたたたたたたた! 傷に触るな阿呆!」
ぼろ泣きのひなは、フェノエレーゼが痛みで悲鳴をあげているのにも気づきません。
ナギは川の水で濡らした手拭いをフェノエレーゼの傷にあてがいます。
傷口の泥汚れを落として、すりつぶした薬草を塗って丁寧に布を巻きます。
「助けに入るのが遅れてすみません、フェノエレーゼさん」
「最終的には助かったから構わん。どうせ、玉藻が割って入る機をはかっていたのだろう。あいつはいつもそうだ。私が嫌がることを率先してやる」
うんざりしたように言う様は人間の兄弟喧嘩のようで、ナギは笑ってしまいます。
ナギと共に現れたナミは、替え玉。ナミに化けた玉藻でした。
人に化けるのに長けているため、妖狐であることを見破れる人はいないでしょう。
ようやく泣き止んだひなは、河童たちが潜っていった水面に目をやります。
「かっぱさんとお姫さまは、ちゃんとあやかしの里に行けた?」
「無論。この私が手助けしてやったのだ。逃げ切れなかったらやつがどんくさいせいだと思え」
『チチチィ。旦那は怪我して血が減っていても、口は減らないっすねぇ。その自信はどこからくるっさ』
「そうか雀。そんなに泳ぎたいか」
『ひぃぃぃぃ! もう魚の餌になるのはいやっさーー!』
鋭い眼光でひと睨みされ、雀が鳥肌を立てました。怪我はしていても、フェノエレーゼは口喧嘩できるほどには元気なようです。
二人が旅立ったと聞いて、そしてフェノエレーゼが無事で、ひなは喜びをかみしめます。
「そうなのね。本当に良かったわ。ねえフエノさん。ようかいとひとでも恋は叶うものなのね。いつかわたしも、今のお姫さまみたいに全部捨てても恋したいって思うようになるのかしら?」
「さあな。私は予言などできんから知らん」
『きゅいー、そんなに幼いのに恋を語るなんて、おちびさんは見かけによらずませてるのねー』
フェノエレーゼとひなの会話を聞いてしみじみするオーサキに、“お前が言うか”と、おそらくひな以外の全員が同時に心のなかで突っ込みました。
ナギがフェノエレーゼの傷に布を巻き終えると、フェノエレーゼは礼を言って立ち上がります。
「ナギ。短い時間とはいえ、お前のお陰でまた飛べた。礼を言うぞ」
「いえ。俺は俺にできることをしたまでです」
「……お前は欲がないと言うか、謙虚だな」
人間は強欲で自分の利益を優先させるとずっと思っていたので、ナギのような考えはフェノエレーゼには新鮮に映りました。
フェノエレーゼが旅支度をはじめたので、ひなはおろおろと屋敷の方角とフェノエレーゼを交互に見てうろたえます。
「え。フエノさん、たまもさんは大丈夫なの? お姫さまのかわりにお屋敷に行ったでしょ。放っておいていいの?」
「さて。あいつは贅沢するのが好きだからな。十年からそこら姫のふりをして過ごすんじゃないか。あいつが人に混じって生活するのは今に始まったことじゃないから心配はいらん」
「そ、そっか。安心していいのね」
カランと下駄を鳴らして、フェノエレーゼは満月の明かりしかない夜道を歩き出します。ひなも、雀を肩にのせてフェノエレーゼに続きます。
「ナギ。酒呑に会うならあやかしの里に行くのが手っ取り早いぞ。今ならまだ、満月の道が繋がっている」
フェノエレーゼは振り返り、ナギが探し求めていた道を示します。ナギは一瞬その笑みに見惚れ、頭を振って笑い返します。
「ありがとうございます。会いに行くのは今すぐでなくていい。俺はこちらで旅を続けます。
酒呑童子が討たれたことになっている理由、酒呑童子として討たれたという者は何者なのか、それを知りたいと思うのです」
これまで、師に言われたから仕方なく辿っていた酒呑童子の過去を辿る道。
ナギは、自分の意思で知りたいと思うようになっていました。
「そうか。なら、またどこかで私たちの道が交わることもあるだろう。息災でな」
「お兄さん、またね!」
フェノエレーゼは今度こそ振り返らず歩き出します。
ナギも村の外へのびる道を行きます。
新たな旅立ちを、月が静かに見守っていました。
肆ノ章 了
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