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肆 戀ノ章
肆ノ肆 外道丸の足跡
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フェノエレーゼが玉藻の気まぐれに振り回されている頃、ナギもまた阿賀の村に立ち寄っていました。
師から言い渡された、外道丸の足跡をたどる旅をしている最中なのです。
畑で談笑しながら雑草を切っていた老人と男たちに、外道丸について聞いたとたん、その場に流れていた和やかな空気が凍りつきました。
「はっ、外道丸ねぇ。昔この辺りを荒らし回って相当迷惑なやつだったのう。わしの家の納屋も壊しおってからに。退治されて清々したよ」
「ほんに。おれの家も畑をダメにされた。思い出すだけで腹が立つぜ。あんた何だってそんなこと聞いてまわってんだ。まさかやつらの残党か!? あっちに行け、しっしっ!」
「ち、違います! 俺は外道丸の仲間では……!」
「違う? 違うもんか。よく見ればあんたーー」
外道丸という名を耳にしたとたん、それまで笑顔だった老人と男たちの機嫌が悪くなりました。
老人と男が持っていた鎌を振り上げたため、ナギは逃げるほかありませんてした。
民家の納屋を壊しただの若い娘をさらっただの、外道丸とその一味はろくなことをしていない。
ことさら男からはかなりの嫌われようで、今のように話を聞こうとしただけで殺さんばかりに怒りをあらわにするのです。
ひとけの少ない森の近くまで逃げて振り返り、男たちが追ってきてないのを確認してようやくひと心地つきました。
早くなった鼓動を、深呼吸してなんとか静めます。
「はぁ、はぁ。ただでさえ満月が近くて思うように動けないのに……息が……」
『きゅいー! あいつら主様になんてことを! 許せないわ! あたしが大きくなれたら食べてやるのに!』
「お、オーサキ。滅多なことを言うもんじゃない」
ナギの肩の上で歯をむき出してわめくオーサキは本気でした。
あやかしの声を察知できる人間は、陰陽師ですら数えるほどしかいないのが現実です。
けれど、もし誰かに聞かれたらと思うと気が気じゃありません。
木に背を預けて深くため息をつきます。
「こうも難航するならフェノエレーゼさんにもっと詳しく聞いておくべきだった……」
外道丸に会ったことがある、しかも居場所を知っているフェノエレーゼに聞けば、殺されかけるような苦労はしなかったのではと思えます。
彼女が天狗であると知ったあとも、ナギは彼女を悪く思えませんでした。
むしろ……。
「ナギ? なんだ。お前もこの村にいたのか。なんと都合のいい」
今会いたいと考えていた人の声が聞こえ、ナギは驚き顔をあげました。
「フェノエレーゼ、さん」
「どうした。やけに疲れたような顔をしているな」
「あ、おんみょうじのお兄さんだ!」
『チチチチ~。奇遇でさー』
白い羽扇で顔をあおぎ悠然と佇むのは、見間違いようもなく、フェノエレーゼその人でした。
そばにはヒナという童女と、ヒナの肩に袂雀もいます。
『きゅい! あんたなんかに用はないわ白い人! あたしの主様に気安く近寄らな……ふぎゅ』
「オーサキ! すみません、フェノエレーゼさん。オーサキが失礼なことを」
ナギは冷や汗たらたらで、オーサキの口を指で塞ぎます。
「かまわん。そんなことよりお前、手が空いているなら手伝え。私にはあまりにも不向きな案件で困っていたのだ」
「ええと、手伝うとは何をです?」
ナギが話が飲み込めなかったため詳細を聞くと、フェノエレーゼの眉間にシワが刻まれました。
「……さっき川で会った河童が、そこの屋敷の姫に惚れたから生涯そばにいたいと言ってな。私はこの手のことは経験がなくてわからん。お前、半妖なら両親は人間とあやかしだろう? 助言くらいはしてやれないか」
「そ、それは……」
ナギは物心つく前から師の元で暮らしていたので、外道丸が父であること以外なにも知りません。
母親の名前どころか、顔すらわからないのです。だから両親のなれそめなど知るはずもなく。
でも、フェノエレーゼがこうして頼ってくれたのなら力になりたいと思いました。
「俺で力になれるかはわかりません。けれど、できることは何でもしましょう」
「そう言ってもらえて助かる」
フェノエレーゼが安心したように微笑み、ナギは己がここに来た目的を忘れてしまうほどに、その笑顔に見惚れるのでした。
師から言い渡された、外道丸の足跡をたどる旅をしている最中なのです。
畑で談笑しながら雑草を切っていた老人と男たちに、外道丸について聞いたとたん、その場に流れていた和やかな空気が凍りつきました。
「はっ、外道丸ねぇ。昔この辺りを荒らし回って相当迷惑なやつだったのう。わしの家の納屋も壊しおってからに。退治されて清々したよ」
「ほんに。おれの家も畑をダメにされた。思い出すだけで腹が立つぜ。あんた何だってそんなこと聞いてまわってんだ。まさかやつらの残党か!? あっちに行け、しっしっ!」
「ち、違います! 俺は外道丸の仲間では……!」
「違う? 違うもんか。よく見ればあんたーー」
外道丸という名を耳にしたとたん、それまで笑顔だった老人と男たちの機嫌が悪くなりました。
老人と男が持っていた鎌を振り上げたため、ナギは逃げるほかありませんてした。
民家の納屋を壊しただの若い娘をさらっただの、外道丸とその一味はろくなことをしていない。
ことさら男からはかなりの嫌われようで、今のように話を聞こうとしただけで殺さんばかりに怒りをあらわにするのです。
ひとけの少ない森の近くまで逃げて振り返り、男たちが追ってきてないのを確認してようやくひと心地つきました。
早くなった鼓動を、深呼吸してなんとか静めます。
「はぁ、はぁ。ただでさえ満月が近くて思うように動けないのに……息が……」
『きゅいー! あいつら主様になんてことを! 許せないわ! あたしが大きくなれたら食べてやるのに!』
「お、オーサキ。滅多なことを言うもんじゃない」
ナギの肩の上で歯をむき出してわめくオーサキは本気でした。
あやかしの声を察知できる人間は、陰陽師ですら数えるほどしかいないのが現実です。
けれど、もし誰かに聞かれたらと思うと気が気じゃありません。
木に背を預けて深くため息をつきます。
「こうも難航するならフェノエレーゼさんにもっと詳しく聞いておくべきだった……」
外道丸に会ったことがある、しかも居場所を知っているフェノエレーゼに聞けば、殺されかけるような苦労はしなかったのではと思えます。
彼女が天狗であると知ったあとも、ナギは彼女を悪く思えませんでした。
むしろ……。
「ナギ? なんだ。お前もこの村にいたのか。なんと都合のいい」
今会いたいと考えていた人の声が聞こえ、ナギは驚き顔をあげました。
「フェノエレーゼ、さん」
「どうした。やけに疲れたような顔をしているな」
「あ、おんみょうじのお兄さんだ!」
『チチチチ~。奇遇でさー』
白い羽扇で顔をあおぎ悠然と佇むのは、見間違いようもなく、フェノエレーゼその人でした。
そばにはヒナという童女と、ヒナの肩に袂雀もいます。
『きゅい! あんたなんかに用はないわ白い人! あたしの主様に気安く近寄らな……ふぎゅ』
「オーサキ! すみません、フェノエレーゼさん。オーサキが失礼なことを」
ナギは冷や汗たらたらで、オーサキの口を指で塞ぎます。
「かまわん。そんなことよりお前、手が空いているなら手伝え。私にはあまりにも不向きな案件で困っていたのだ」
「ええと、手伝うとは何をです?」
ナギが話が飲み込めなかったため詳細を聞くと、フェノエレーゼの眉間にシワが刻まれました。
「……さっき川で会った河童が、そこの屋敷の姫に惚れたから生涯そばにいたいと言ってな。私はこの手のことは経験がなくてわからん。お前、半妖なら両親は人間とあやかしだろう? 助言くらいはしてやれないか」
「そ、それは……」
ナギは物心つく前から師の元で暮らしていたので、外道丸が父であること以外なにも知りません。
母親の名前どころか、顔すらわからないのです。だから両親のなれそめなど知るはずもなく。
でも、フェノエレーゼがこうして頼ってくれたのなら力になりたいと思いました。
「俺で力になれるかはわかりません。けれど、できることは何でもしましょう」
「そう言ってもらえて助かる」
フェノエレーゼが安心したように微笑み、ナギは己がここに来た目的を忘れてしまうほどに、その笑顔に見惚れるのでした。
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