38 / 147
肆 戀ノ章
肆ノ参 玉藻の世渡り術
しおりを挟む
告白する前に姫についてよく知るのも大事だと玉藻が豪語したため、フェノエレーゼは朝からずっと村人への聞き込みを手伝わされていました。
「阿賀野さまのお屋敷に年頃の姫? ああ、ナミ姫さまのことかねぇ」
「十六年前に分水からユメノ姫さまという方が嫁いでいらっしゃってな。せっかくお子に恵まれたというのに、お生まれになったナミ姫さまは病弱で婿をとるのも難しいらしくての。婿をとれるあてもないそうなのだ」
「そうでしたの。姫もお辛いでしょうね」
「んだな。ご病床なら、代われるものなら代わってやりてぇが、わたしら一介の村人じゃあ、一生に一度もお会いすることもかなわんだろうなぁ」
さすが百年以上も人間暮らしをしていただけあり、玉藻は猫をかぶるのだけは得意……もとい、人のなんたるかを知っているのです。言葉巧みに阿賀の村人たちから情報を引き出していきました。
フェノエレーゼの出る幕などないのではと思うほどです。
東にいた日が頭上に来る頃、ようやくフェノエレーゼは休息することができました。
下駄を脱いで川面に足をつけるのがとても心地いい。旅立ったのは雪解けの頃。気がつけば夏が目の前に迫っていました。
裾をまくりあげると膝下まである呪いの印が目に入りました。港を経った時から進展していません。
フェノエレーゼが率先して人助けする性格ではないのが、大きな理由でしょう。
フェノエレーゼが聞き込みしてきた結果をかいつまんで説明すると、河童は困惑して首をかしげました。
『あの、ふえのえれいぜどの。ひめさまは、わたしがみたところとてもおげんきそうだったのです。にわのなかをあるきまわっておられるし、ほんとうにごびょうきなのでしょうか』
「さあな。私は人間の事情に明るくないのでなんとも言えん。玉藻はどう思う」
「わらわは百年以上人間の里を巡ってきたが、床から出て歩き回れる病人なんて聞いたことがない。“病弱”というのは外聞を気にしてそういうことにしてあるだけで、事実は異なる可能性もあるね」
もとより公家の娘は気安く人前に出たりはしません。まさにカゴの鳥か蝶のごとく育てられます。
けれど、下働きの者も顔を知らず、村人たちも姫の名前しか知らないという。本当にそんな姫がいるのか……あまりにも不確かなの存在でした。
「ふむ、ここで悩んでいてもらちが明かない。わらわも一度ナミとやらに会ってみようか。河童、案内しなさい。本人かその母から理由が聞けるかもしれぬ。フェノエレーゼはもう少し村で聞き込みを続けるのだ」
『はい、たまもどの』
玉藻はまたたきする間に緋色のニシキゴイに変化して、川面に飛び込みます。
河童は玉藻を先導して翠に輝く水中に潜り、二つの影は屋敷の庭に続く小川へと消えていきました。
「はぁ……。玉藻のやつ、相変わらず私の意思を聞かないな。仕方あるまい。なにか成果を得ないと後でしつこく言われそうだ。行くぞ」
ヒナはフェノエレーゼを手伝おうと袖を紐でくくります。フェノエレーゼ以外はみなやる気満々で、それがさらにフェノエレーゼを疲れさせるのでした。
「はーい! お手伝いがんばるわ!」
『チチィ! 旦那旦那、あっしも手伝うっさ! ここいらの雀から話が聞けるかもしれませんさ!』
フェノエレーゼは下駄を突っ掛けて、しぶしぶ重い腰をあげます。
玉藻にていよく使われるのは癪だけれど、望まぬのにずっと閉じ込められたままの娘がいて、外の世界に出たいというのなら、カゴから解き放ってやるのも一興。そう思いました。
「阿賀野さまのお屋敷に年頃の姫? ああ、ナミ姫さまのことかねぇ」
「十六年前に分水からユメノ姫さまという方が嫁いでいらっしゃってな。せっかくお子に恵まれたというのに、お生まれになったナミ姫さまは病弱で婿をとるのも難しいらしくての。婿をとれるあてもないそうなのだ」
「そうでしたの。姫もお辛いでしょうね」
「んだな。ご病床なら、代われるものなら代わってやりてぇが、わたしら一介の村人じゃあ、一生に一度もお会いすることもかなわんだろうなぁ」
さすが百年以上も人間暮らしをしていただけあり、玉藻は猫をかぶるのだけは得意……もとい、人のなんたるかを知っているのです。言葉巧みに阿賀の村人たちから情報を引き出していきました。
フェノエレーゼの出る幕などないのではと思うほどです。
東にいた日が頭上に来る頃、ようやくフェノエレーゼは休息することができました。
下駄を脱いで川面に足をつけるのがとても心地いい。旅立ったのは雪解けの頃。気がつけば夏が目の前に迫っていました。
裾をまくりあげると膝下まである呪いの印が目に入りました。港を経った時から進展していません。
フェノエレーゼが率先して人助けする性格ではないのが、大きな理由でしょう。
フェノエレーゼが聞き込みしてきた結果をかいつまんで説明すると、河童は困惑して首をかしげました。
『あの、ふえのえれいぜどの。ひめさまは、わたしがみたところとてもおげんきそうだったのです。にわのなかをあるきまわっておられるし、ほんとうにごびょうきなのでしょうか』
「さあな。私は人間の事情に明るくないのでなんとも言えん。玉藻はどう思う」
「わらわは百年以上人間の里を巡ってきたが、床から出て歩き回れる病人なんて聞いたことがない。“病弱”というのは外聞を気にしてそういうことにしてあるだけで、事実は異なる可能性もあるね」
もとより公家の娘は気安く人前に出たりはしません。まさにカゴの鳥か蝶のごとく育てられます。
けれど、下働きの者も顔を知らず、村人たちも姫の名前しか知らないという。本当にそんな姫がいるのか……あまりにも不確かなの存在でした。
「ふむ、ここで悩んでいてもらちが明かない。わらわも一度ナミとやらに会ってみようか。河童、案内しなさい。本人かその母から理由が聞けるかもしれぬ。フェノエレーゼはもう少し村で聞き込みを続けるのだ」
『はい、たまもどの』
玉藻はまたたきする間に緋色のニシキゴイに変化して、川面に飛び込みます。
河童は玉藻を先導して翠に輝く水中に潜り、二つの影は屋敷の庭に続く小川へと消えていきました。
「はぁ……。玉藻のやつ、相変わらず私の意思を聞かないな。仕方あるまい。なにか成果を得ないと後でしつこく言われそうだ。行くぞ」
ヒナはフェノエレーゼを手伝おうと袖を紐でくくります。フェノエレーゼ以外はみなやる気満々で、それがさらにフェノエレーゼを疲れさせるのでした。
「はーい! お手伝いがんばるわ!」
『チチィ! 旦那旦那、あっしも手伝うっさ! ここいらの雀から話が聞けるかもしれませんさ!』
フェノエレーゼは下駄を突っ掛けて、しぶしぶ重い腰をあげます。
玉藻にていよく使われるのは癪だけれど、望まぬのにずっと閉じ込められたままの娘がいて、外の世界に出たいというのなら、カゴから解き放ってやるのも一興。そう思いました。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
29
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる