お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

テスト（康弘視点）

（誤解……？）

　瑞希の肩に手を回し挑発的に笑った男の顔を見てハッとする。隣に並ぶと瑞希とよく似ていた。

　彼とはパーティーなどで何度か面識があるはずなのに、瑞希といる時の雰囲気があまりにもいつもと違っていてすぐには気づけなかったのだ。

（しまった……！　彼とは面識があるはずなのに……）

　彼女も康弘がしてしまった誤解に気づいたのか慌てて彼をドンッと押した。

「ち、違います。この人は兄です！」
「はい。そのようですね。抱き合っているのを見て気が動転してしまいました。申し訳ありません」

　頭を下げて瑞希の兄に握手を求めると、彼が楽しそうに笑って康弘の手を取る。

「別に構わないよ。普段冷静な露口社長が相手を見誤るなんて面白いところを見られたんだからね。まあそれだけ妹に夢中ってことかな」
「私たちこそ、変な誤解を与えるようなことをしていてごめんなさい。今日は私の荷物を兄が運んできてくれたんです」

　悠然とした笑みをたたえる彼の隣で瑞希がぺこぺこと頭を下げ、遠巻きにこちらを見ている彼の部下らしき者を指差した。

（瑞希の荷物をもう持ってきてくれたのか……）


　明日にでも手配をしようと思っていたのに先を越されて少し悔しいが、それだけ原田社長が乗り気でいてくれているということだろう。

「それはありがとうございました。助かります」
「ふーん。なるほどねぇ」
「何がなるほどなのよ。返事の仕方おかしいでしょ。ごめんなさい、康弘さん。この人、ちょっと度が過ぎたシスコンなだけなんです」

　腕を組みながら瑞希と康弘を見る彼の背中を、瑞希がバシンと叩いた。その姿を見て、少し驚いてしまう。

（お兄さんの前だと、やはり違うんだな……）

　自分の前とは違う彼女が見られて少し嬉しい。いつかその表情を自分に向けさせたいと思いながら、瑞希の兄に視線を向けた。

　普段の彼はいつも読めない笑みを浮かべていて、掴みどころがない。もちろんそれは今も変わりないのだが、瑞希に対しては違う。とても大切にしているということが窺えた。


「俺は兄弟がいないので、そんなにも仲が良いなんて羨ましいです」

（それに瑞希から度が過ぎていると言われるのも羨ましい）

　兄だから当たり前かもしれないが、それだけ彼の愛情を信じている証でもある。

（俺に対しても無条件に信じさせて溺れさせたい……）

　ふと湧いた感情に自分でも驚いた。ゆっくり愛を育みたいと言いながら、彼女がたとえ兄だとしても――ほかの男の前で自分の知らない一面を見せたことに嫉妬したのだ。


「そう？　なら、今後は僕のこと義理の兄として慕ってくれていいよ。君とは是非仲良くしたい」
「ありが……」
「但し、テストにクリアできたらね」

（テスト？）

　康弘の礼を遮り微笑んだ彼の表情かおに何やら背筋が寒くなる。すると、ニコリと笑った彼が康弘に封筒を渡し、耳打ちしてきた。

（え……）

「それは本当ですか？」
「本当だよ。詳しいことはその中を確認してくれれば分かるから」

　思いがけず知らされたことに愕然としていると、瑞希が顔を覗き込んできた。彼女はとても不満げな顔をしている。

「テストって何ですか？　変なことなら断ってくださいね」
「変なことじゃないよ。瑞希を託すに相応しいかちゃんと確認しないと。じゃあ、あとはよろしくね」

　そう言ってにこやかに去っていく彼の後ろ姿を見送りながら、渡された封筒を握り締めた。

（やはり至急、処さなければ……）