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兄の訪問
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「うう、体が重い……」
それは酒のせいなのか、はたまた明け方まで離してくれなかったせいなのか……
瑞希はベッドの上で小さく呻いた。
(康弘さんって元気よね……。寝なくて平気なのかしら)
ごろんと寝返りを打ち、布団に抱きつく。
会社は休みでも社長は色々と忙しいらしく、康弘は朝から元気よく仕事に出かけていった。
そんな彼を見て、朝から驚かされたほどだ。
瑞希は昨夜のセックスで体力を使い切ったというのに、どうやら彼はそうではなかったらしい。だが、体を休めないのは良くないことなので、帰ってきたら問答無用でベッドに放り込みたいと思う。
瑞希は昼過ぎまで寝たあと怠い腰をさすりながら起き上がった。出かける前に、康弘が用意したから食べるようにと言っていた食事をとるために、ふらふらとキッチンへ向かう。
「あった。これだ……」
キッチンにラップされて置かれている二つの歪な形のおにぎりを見つけて、つい笑みがこぼれる。その隣にはインスタントの味噌汁も置かれていた。
「ふふっ、可愛いおにぎり」
不慣れなのに自分のために朝食を作ってくれたことが嬉しい。瑞希は温かい気持ちになって、形の悪いおにぎりを見つめた。
(でもちょっと安心した。ヘアセットどころか料理まで完璧だったら、女としてちょっと寂しいもの……)
「夕食はお礼に私が作ろう……痛っ」
食事をダイニングテーブルに運ぼうとした時に腰に鈍い痛みが走って、前屈みになる。
(うう、腰が……)
昨夜は帰宅や入浴などでスタートが遅かったというのもあるが朝までずっと離してくれなかった。そのせいで未だ体が怠い。
「腰が立たないまでするとかたまに聞くけど……経験してみるとちょっと困るかも……」
すごく上手くて気持ち良かったが、絶倫すぎるのは今後の仕事に響く恐れがある。至急、話し合わなければならない。
「私に体力がないせいもあるけど、有り余りすぎてるのもどうかと思う……ん?」
独り言ちながら食べていると、インターホンが鳴って顔をモニターのほうに向ける。
(あれ? お客様? 来客の予定があるなんて聞いていなかったけど……)
瑞希は訝しげに玄関に続く廊下を見つめた。だが、このマンションはコンシェルジュが常駐しているので、変な人は入れないはずだ。
(ってことは、やっぱり康弘さんのお客様よね? えー、どうしよう)
康弘に連絡しなければとスマートフォンを操作しながらモニターのほうに近づくと、見知った顔が映っていて瑞希は小さく目を見張った。
「お兄様?」
そこには兄の裕希がいた。瑞希が慌てて玄関を飛び出すと、兄が部下らしい人と一緒に柔和な表情を浮かべて立っていた。久しぶりに会う兄に嬉しくなって抱きつくと受け止めて頭を撫でてくれる。
「まだパジャマ? 瑞希はお寝坊さんだな」
「こ、これは昨日寝るのが遅かったから……そ、それより急にどうしたの?」
パジャマ姿を指摘されて頬を赤らめる。慌てて話題を変えると、兄の表情が曇った。
「それはこっちのセリフだよ。見合いをしてまだそんなに経っていないのに同棲って何考えてるの?」
「そ、それは、成り行きというか……人生のビッグウェーブに流され中というか……」
「何それ?」
瑞希が目を逸らしてごにょごにょと口籠ると兄が眉根をよせる。彼は「まあいいよ」と言ってから一緒に来ていた人に荷物を部屋に運び入れるように指示を出しはじめた。兄の顔と運び込まれていく荷物を交互に見る。
「もしかして私の荷物? 持ってきてくれたの?」
「気になることもあったし母さんが持っていってやれってうるさいからね。一人暮らしをしている部屋のものを大体持ってきたから、一応あとで確認しておいて」
「ありがとう」
瑞希がぺこりと頭を下げて運び入れて欲しい部屋を伝えると、兄がまた頭を撫でてくれる。そしてぎゅっと抱き締めてくれた。先ほどよりも力強い腕に「裕希お兄様?」と名を呼ぶ。
「いつも言ってるだろう。瑞希はうちのこととか気にせずに好きに生きていいんだよ。こんな会って間もない男と暮らさせるなんて、父さんたちは何考えているんだか……。荷物を持ってきておいて何だけど……瑞希が嫌なら僕がすぐにでも父さんを説得するよ」
(お兄様……)
兄の歯噛みする顔を見て、胸が痛くなった。
――兄は原田家の長男として生まれて、最初から跡取りとしての人生が決められていた。通う学校もすべて決まっていたし、大学卒業後はグループ会社で学び、程よいところで本社へ移動。結婚相手すら、自分では選べなかった。
いつだって兄は父が決めた跡取りとしての筋書きどおり生きてきたのだ。もちろん瑞希だとて、原田の娘として生まれたのだから同じように父の決めたとおりに進むはずだった。だが、兄はそんな生活を妹には強いたくないと言って、父を説得してくれたのだ。だから瑞希は自分で選んだ大学で好きな学問を学ばせてもらい、就職先も自分で選択できた。
兄は血を吐くような努力をして瑞希の分も頑張ってくれていた。瑞希が自由に生きている裏にはいつだって兄の加護と犠牲があったのだ。
(パパって私には甘いけどお兄様には厳しすぎるのよね……。そろそろ私もお兄様を守れるように強くならなきゃ)
瑞希は胸元をぎゅっと掴み、小さく首を横に振った。
「ううん。これは私が自分で決めたことなの。それに会ったばかりの人じゃなくて、私が働いている会社の社長だから大丈夫よ」
逃げ回っていた時なら、兄の提案を渡りに船とばかりに受け入れただろうが、今は違う。ちゃんと自分の意思でここにいるのだ。
「は? つまり勤務先の社長だから拒否しづらいってことだよね? だからさっき流され中って……」
「ち、違う。さっきは言い方が悪かったわ、ごめんなさい。彼、とても優しいの。ちゃんと私の話も聞いてくれるし、考えてもくれるから無理矢理とかではないの……」
怒りをあらわにした兄を慌てて宥める。両者が納得した上だと伝えると、彼が小さく息をついた。その表情はとても不満げだ。
「……それなら構わないけど、嫌なことがあったらすぐに帰ってくるんだよ。瑞希まで政略結婚することないから」
「ありがとう。でもパパやママだって私のこと思ってくれてのことだったのよ。過去に失敗して以来仕事一筋だったでしょ……。だから、めちゃくちゃ心配かけてたみたい。ねぇ、そんな顔しないでよ。本当にちゃんと二人で話し合って決めたから……。もしそれで失敗したら、その時は私の責任よ。誰のせいでもない」
「まあ確かにその点は僕も心配してたけど……だからって普通、勤務先の社長と見合いさせるかな。どう考えても断りづらいでしょ。本当にめちゃくちゃなんだから、あの人たちは」
嘆息する兄に、あははと笑って誤魔化す。そこに関しては最初瑞希も憤慨したので、正直なところ何も言えない。
「それよりも立ち話もなんだから、リビングに行こうよ。運んでくれている方たちの分もお茶淹れるから飲んでいってよ。あ、トスカーナのお菓子もあるよ」
「それは魅力的な誘いではあるんだけど……ごめんね、瑞希。実はこのあと仕事が詰まってるんだ。だから今度にさせて?」
「え……今日土曜日よ。お兄様も仕事なの?」
経営側の人間は瑞希が考える以上に忙しく大変なんだろうなと考えながら、眉根を下げる。
(そうよね……康弘さんも家でも仕事してたって言っていたし忙しいのは当たり前か……)
無理を言って兄を困らせるのは本意ではないので、掴んでいた兄の手を離す。すると、彼は何度も謝りながら頭を撫でてくれる。そして額にキスしてくれた。
「近いうちに絶対に来るから。約束ね」
「もうお兄様ったら、額にキスなんてして。私、もう子供じゃないのよ」
「僕からしたら瑞希はいくつになっても可愛い妹だよ。それに玄関のドアを開けた途端、抱きついてくるんだし、まだまだ淑女とは言えないな」
そう言って笑った兄に唇を尖らせると、「ほら、そういうところだよ」と揶揄われる。
「まあいいわ。お兄様の前ではまだまだ甘えてしまうのは本当だものね。でも今度絶対に遊びにきてね? 康弘さんを紹介するから」
「分かったよ」
瑞希が甘えるようにすり寄ると抱き締めてくれる。その瞬間、ドアが開いた。
「何をしてるんですか?」
「や、康弘さん……!? びっくりした。おかえりなさい。もうお仕事終わったんですか?」
引き攣った顔で立っている康弘に一瞬驚いたが、兄から離れて彼を出迎えビジネスバッグを受け取る。が、なぜか彼は機嫌が悪そうだ。
(康弘さん?)
「瑞希と昼食を一緒にとろうと思い、一度戻ってきたんです。まさかこんなにも面白いものが見られるとは思っていませんでしたが」
「え? 面白いもの?」
康弘の言葉に目を瞬かせると、兄があはっと笑った。
「嫌だなぁ。なんか誤解してる?」
それは酒のせいなのか、はたまた明け方まで離してくれなかったせいなのか……
瑞希はベッドの上で小さく呻いた。
(康弘さんって元気よね……。寝なくて平気なのかしら)
ごろんと寝返りを打ち、布団に抱きつく。
会社は休みでも社長は色々と忙しいらしく、康弘は朝から元気よく仕事に出かけていった。
そんな彼を見て、朝から驚かされたほどだ。
瑞希は昨夜のセックスで体力を使い切ったというのに、どうやら彼はそうではなかったらしい。だが、体を休めないのは良くないことなので、帰ってきたら問答無用でベッドに放り込みたいと思う。
瑞希は昼過ぎまで寝たあと怠い腰をさすりながら起き上がった。出かける前に、康弘が用意したから食べるようにと言っていた食事をとるために、ふらふらとキッチンへ向かう。
「あった。これだ……」
キッチンにラップされて置かれている二つの歪な形のおにぎりを見つけて、つい笑みがこぼれる。その隣にはインスタントの味噌汁も置かれていた。
「ふふっ、可愛いおにぎり」
不慣れなのに自分のために朝食を作ってくれたことが嬉しい。瑞希は温かい気持ちになって、形の悪いおにぎりを見つめた。
(でもちょっと安心した。ヘアセットどころか料理まで完璧だったら、女としてちょっと寂しいもの……)
「夕食はお礼に私が作ろう……痛っ」
食事をダイニングテーブルに運ぼうとした時に腰に鈍い痛みが走って、前屈みになる。
(うう、腰が……)
昨夜は帰宅や入浴などでスタートが遅かったというのもあるが朝までずっと離してくれなかった。そのせいで未だ体が怠い。
「腰が立たないまでするとかたまに聞くけど……経験してみるとちょっと困るかも……」
すごく上手くて気持ち良かったが、絶倫すぎるのは今後の仕事に響く恐れがある。至急、話し合わなければならない。
「私に体力がないせいもあるけど、有り余りすぎてるのもどうかと思う……ん?」
独り言ちながら食べていると、インターホンが鳴って顔をモニターのほうに向ける。
(あれ? お客様? 来客の予定があるなんて聞いていなかったけど……)
瑞希は訝しげに玄関に続く廊下を見つめた。だが、このマンションはコンシェルジュが常駐しているので、変な人は入れないはずだ。
(ってことは、やっぱり康弘さんのお客様よね? えー、どうしよう)
康弘に連絡しなければとスマートフォンを操作しながらモニターのほうに近づくと、見知った顔が映っていて瑞希は小さく目を見張った。
「お兄様?」
そこには兄の裕希がいた。瑞希が慌てて玄関を飛び出すと、兄が部下らしい人と一緒に柔和な表情を浮かべて立っていた。久しぶりに会う兄に嬉しくなって抱きつくと受け止めて頭を撫でてくれる。
「まだパジャマ? 瑞希はお寝坊さんだな」
「こ、これは昨日寝るのが遅かったから……そ、それより急にどうしたの?」
パジャマ姿を指摘されて頬を赤らめる。慌てて話題を変えると、兄の表情が曇った。
「それはこっちのセリフだよ。見合いをしてまだそんなに経っていないのに同棲って何考えてるの?」
「そ、それは、成り行きというか……人生のビッグウェーブに流され中というか……」
「何それ?」
瑞希が目を逸らしてごにょごにょと口籠ると兄が眉根をよせる。彼は「まあいいよ」と言ってから一緒に来ていた人に荷物を部屋に運び入れるように指示を出しはじめた。兄の顔と運び込まれていく荷物を交互に見る。
「もしかして私の荷物? 持ってきてくれたの?」
「気になることもあったし母さんが持っていってやれってうるさいからね。一人暮らしをしている部屋のものを大体持ってきたから、一応あとで確認しておいて」
「ありがとう」
瑞希がぺこりと頭を下げて運び入れて欲しい部屋を伝えると、兄がまた頭を撫でてくれる。そしてぎゅっと抱き締めてくれた。先ほどよりも力強い腕に「裕希お兄様?」と名を呼ぶ。
「いつも言ってるだろう。瑞希はうちのこととか気にせずに好きに生きていいんだよ。こんな会って間もない男と暮らさせるなんて、父さんたちは何考えているんだか……。荷物を持ってきておいて何だけど……瑞希が嫌なら僕がすぐにでも父さんを説得するよ」
(お兄様……)
兄の歯噛みする顔を見て、胸が痛くなった。
――兄は原田家の長男として生まれて、最初から跡取りとしての人生が決められていた。通う学校もすべて決まっていたし、大学卒業後はグループ会社で学び、程よいところで本社へ移動。結婚相手すら、自分では選べなかった。
いつだって兄は父が決めた跡取りとしての筋書きどおり生きてきたのだ。もちろん瑞希だとて、原田の娘として生まれたのだから同じように父の決めたとおりに進むはずだった。だが、兄はそんな生活を妹には強いたくないと言って、父を説得してくれたのだ。だから瑞希は自分で選んだ大学で好きな学問を学ばせてもらい、就職先も自分で選択できた。
兄は血を吐くような努力をして瑞希の分も頑張ってくれていた。瑞希が自由に生きている裏にはいつだって兄の加護と犠牲があったのだ。
(パパって私には甘いけどお兄様には厳しすぎるのよね……。そろそろ私もお兄様を守れるように強くならなきゃ)
瑞希は胸元をぎゅっと掴み、小さく首を横に振った。
「ううん。これは私が自分で決めたことなの。それに会ったばかりの人じゃなくて、私が働いている会社の社長だから大丈夫よ」
逃げ回っていた時なら、兄の提案を渡りに船とばかりに受け入れただろうが、今は違う。ちゃんと自分の意思でここにいるのだ。
「は? つまり勤務先の社長だから拒否しづらいってことだよね? だからさっき流され中って……」
「ち、違う。さっきは言い方が悪かったわ、ごめんなさい。彼、とても優しいの。ちゃんと私の話も聞いてくれるし、考えてもくれるから無理矢理とかではないの……」
怒りをあらわにした兄を慌てて宥める。両者が納得した上だと伝えると、彼が小さく息をついた。その表情はとても不満げだ。
「……それなら構わないけど、嫌なことがあったらすぐに帰ってくるんだよ。瑞希まで政略結婚することないから」
「ありがとう。でもパパやママだって私のこと思ってくれてのことだったのよ。過去に失敗して以来仕事一筋だったでしょ……。だから、めちゃくちゃ心配かけてたみたい。ねぇ、そんな顔しないでよ。本当にちゃんと二人で話し合って決めたから……。もしそれで失敗したら、その時は私の責任よ。誰のせいでもない」
「まあ確かにその点は僕も心配してたけど……だからって普通、勤務先の社長と見合いさせるかな。どう考えても断りづらいでしょ。本当にめちゃくちゃなんだから、あの人たちは」
嘆息する兄に、あははと笑って誤魔化す。そこに関しては最初瑞希も憤慨したので、正直なところ何も言えない。
「それよりも立ち話もなんだから、リビングに行こうよ。運んでくれている方たちの分もお茶淹れるから飲んでいってよ。あ、トスカーナのお菓子もあるよ」
「それは魅力的な誘いではあるんだけど……ごめんね、瑞希。実はこのあと仕事が詰まってるんだ。だから今度にさせて?」
「え……今日土曜日よ。お兄様も仕事なの?」
経営側の人間は瑞希が考える以上に忙しく大変なんだろうなと考えながら、眉根を下げる。
(そうよね……康弘さんも家でも仕事してたって言っていたし忙しいのは当たり前か……)
無理を言って兄を困らせるのは本意ではないので、掴んでいた兄の手を離す。すると、彼は何度も謝りながら頭を撫でてくれる。そして額にキスしてくれた。
「近いうちに絶対に来るから。約束ね」
「もうお兄様ったら、額にキスなんてして。私、もう子供じゃないのよ」
「僕からしたら瑞希はいくつになっても可愛い妹だよ。それに玄関のドアを開けた途端、抱きついてくるんだし、まだまだ淑女とは言えないな」
そう言って笑った兄に唇を尖らせると、「ほら、そういうところだよ」と揶揄われる。
「まあいいわ。お兄様の前ではまだまだ甘えてしまうのは本当だものね。でも今度絶対に遊びにきてね? 康弘さんを紹介するから」
「分かったよ」
瑞希が甘えるようにすり寄ると抱き締めてくれる。その瞬間、ドアが開いた。
「何をしてるんですか?」
「や、康弘さん……!? びっくりした。おかえりなさい。もうお仕事終わったんですか?」
引き攣った顔で立っている康弘に一瞬驚いたが、兄から離れて彼を出迎えビジネスバッグを受け取る。が、なぜか彼は機嫌が悪そうだ。
(康弘さん?)
「瑞希と昼食を一緒にとろうと思い、一度戻ってきたんです。まさかこんなにも面白いものが見られるとは思っていませんでしたが」
「え? 面白いもの?」
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