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真相
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重い体を引きずって稀一のマンションに帰りつく。電気をつけながらリビングに入り、力なくソファーに座った。それと同時に手に持っていた鞄が床に滑り落ちる。
その音が妙に耳障りに感じて、詩音は落ちた鞄に厭わしげな視線を向けた。
「はぁ……」
思わず溜息が漏れ出る。
(あの人……誰なのかしら?)
つい逃げてしまったが、あの場で稀一を追及するなんて詩音には到底できなかった。したくなかった。だが、あのままあそこにいたら、きっと冷静ではいられなかっただろう。真偽を確かめる前に「嘘つき!」と詰って稀一を責め立てたに違いない。
(それじゃいけないわよね……)
だから、逃げたのは自分的には正解だったと思う。
同僚の高木にも言われたが、自分は慎重さに欠けている。こと恋愛においてはそれが顕著だろう。こうと思い込んでしまったら突き進んでしまうきらいがある。
でもここなら――二人きりなら冷静に話せるはずだ。
(稀一さんが帰ってくる前に、聞きたいことをリストアップしようかしら)
思っていることを書き出し感情を整理することは良いことだと思う。そうすれば、このモヤモヤも少しはマシになってくれるかもしれない。
詩音はそう思い、落ちた鞄から紙とペンを取り出した。
(まずはあの女性のことと……稀一さんがどう思っているのかを聞きたいわ)
「ただいま……うわっ」
「あ、おかえりなさい……!」
ああでもない、こうでもない、と書き出していると、どんどん自分のまわりが紙で散らかっていく。もう足の踏み場もない。そのとき、突然リビングのドアが開いて稀一の声が聞こえた。その声にハッとして、詩音は慌てて床に散乱した紙を拾い集めた。
「どうしたんだ?」
「散らかしてごめんなさい。ちょっと自分の考えを書き出していたんだけど、うまく言語化できなくて……」
「詩音が行き詰まっているなんて珍しいな。論文か?」
そう言いながら、稀一が拾い損ねていた紙を一枚拾った。「きゃあっ!」と叫びながら、それを奪い取る。
「見ちゃダメ! 全然書けていないから見ないで……恥ずかしいの」
「……」
(自分の気持ちを書き出した紙なんて見られたら死んじゃう……! その上、結局うまく感情を整理できなかったし)
詩音は集めた紙を鞄の中に押し込みながら、誤魔化すように笑った。が、見ていないはずの稀一の視線が心なしか痛い。
「えっと……今日の夕食はなんですか? 稀一さん、料理上手だから楽しみ」
「……詩音。もしかして今日病院に来ていたのか?」
「え……?」
「それとも病院から連絡が入ったとか?」
稀一の問いかけに体がぎくりと跳ねる。ゆっくり近づいてくる彼から逃れようと座ったまま後ろに下がるが、彼の手が伸びてきて詩音に触れた。
居た堪れずに目を逸らすと彼が顔を覗き込んでくる。
(やっぱりさっきの紙見られてた……!?)
「悪い。チラッとだけ見えた。そこに今日の人誰? って書いてあった気がするんだが」
「……」
「詩音は、今日見た彼女を――あの噂の女性だと思ったというわけか?」
「……」
何も答えられないまま、詩音は唇を引き結んだ。今の自分の感情を――冷静に言葉にする術が見つからず、一層唇を引き結ぶ。すると、稀一の手が詩音の手に重ねられる。
「詩音。何か言って?」
「……。思ったというか……あ、あれはどう見ても噂のイタリア人美女でしょう!」
口から出た声は自分が思っているより苛立ちを含んでいた。
(私、情けない……)
稀一と親しげな女性が現れただけで心が激しく揺らぐ自分は、心が狭い。その上、稀一のことをちゃんと信用できていない証拠だ。彼を好きで、何度も想いと体を重ねても尚――不安でたまらないのだ。
自分で自分が嫌になる。悪いのは稀一ではなく、幼稚で愚かな自分なのに……。本当に情けない。
「違うよ。彼女と過去にそういう関係であったことは一度もない」
詩音が自己嫌悪に陥ってると、稀一が抱き締めてくれる。その腕の温かさに涙が勝手にこぼれた。
「言い訳に聞こえるかもしれないが、彼女が元恋人なら働いている病院に来させたりしないよ。ある意味、君の実家に連れて行くようなものだぞ」
「でも病院だもの。誰が来たって不自然じゃないわ」
「……」
稀一の言葉の揚げ足を取ると、彼が苦々しく笑う。そして、詩音の頬をがしっと両手で挟んで、無理矢理視線を合わせてきた。
「っ!」
「断じて元カノじゃない。第一、彼女はまだティーンエイジャーだぞ」
「ティーン……エイジャー?」
(ってことは十代……!?)
稀一の言葉に目を瞬くと、彼が拗ねたように目を細めた。
「信じてもらえないかもしれないが、彼女はイタリアにいた頃にお世話になった先生の娘さんだよ。近々、先生が日本で行われる学会に出席予定だから、くっついてきたんだ。水篠先生の知り合いでもあるから明日にでも会わせるよ。会えば詩音も誤解だって分かる」
「お父様の知り合い……?」
その言葉に早とちりだったことが分かって血の気が引いていった。
(良かった。あの場で突っかからないで)
「ごめんなさい。私、てっきり……」
「気にしなくていい。あんな噂があるんだ。詩音じゃなくても誰もがそう思っても不思議じゃない。実際、あの場を見てた奴らには『あー! 緒方先生の元カノだ。詩音ちゃんに言ってやろ』って言われたしな」
「皆ったら」
思わず噴き出すと、稀一が「笑いごとじゃない」と詩音の鼻を摘んだ。
だから彼は最初に「それとも病院から連絡が入ったとか?」って言っていたのか。
彼の言葉を聞いて言いようもない安堵が詩音を包んだ。
(やっぱり話し合いって大切よね)
詩音が胸を撫で下ろすと、稀一が詩音の腰を抱いて唇が触れそうなくらい顔を近づけてきた。
「まあ、今回は別れるって言い出さなかったから詩音にしては上出来かな」
「ごめんなさい……」
「本当に何もないから安心してくれていいよ」
「……はい」
頭を下げて謝りたかったが顔を少しでも動かすと稀一にキスをしてしまいそうなので、詩音は返事をするだけに留めておいた。
「稀一さん、ごめんなさい。もう少し稀一さんのこと信用しますね」
「そうしてくれると助かるよ。まあ今の関係のせいで自信が持てないんだったら、早急に結婚してもいいしな」
「えっ!?」
「詩音は完治後も俺と一緒に暮らしたいんだろう? 俺にプロポーズしようと思ってくれていたんだろ?」
「!?」
チラッとではなく、バッチリ見られていたことに詩音は口をパクパクさせた。急激に顔に熱が集まってくる。稀一はそんな詩音を見ながら、耳に顔を寄せてきた。
「結婚しようか」
「~~~っ」
「詩音。返事は?」
「は、はい!」
真っ赤になった顔を何度も上下に振る。すると、稀一が「いい子だ」と言って詩音の左手の薬指に指輪をはめてくれた。
その音が妙に耳障りに感じて、詩音は落ちた鞄に厭わしげな視線を向けた。
「はぁ……」
思わず溜息が漏れ出る。
(あの人……誰なのかしら?)
つい逃げてしまったが、あの場で稀一を追及するなんて詩音には到底できなかった。したくなかった。だが、あのままあそこにいたら、きっと冷静ではいられなかっただろう。真偽を確かめる前に「嘘つき!」と詰って稀一を責め立てたに違いない。
(それじゃいけないわよね……)
だから、逃げたのは自分的には正解だったと思う。
同僚の高木にも言われたが、自分は慎重さに欠けている。こと恋愛においてはそれが顕著だろう。こうと思い込んでしまったら突き進んでしまうきらいがある。
でもここなら――二人きりなら冷静に話せるはずだ。
(稀一さんが帰ってくる前に、聞きたいことをリストアップしようかしら)
思っていることを書き出し感情を整理することは良いことだと思う。そうすれば、このモヤモヤも少しはマシになってくれるかもしれない。
詩音はそう思い、落ちた鞄から紙とペンを取り出した。
(まずはあの女性のことと……稀一さんがどう思っているのかを聞きたいわ)
「ただいま……うわっ」
「あ、おかえりなさい……!」
ああでもない、こうでもない、と書き出していると、どんどん自分のまわりが紙で散らかっていく。もう足の踏み場もない。そのとき、突然リビングのドアが開いて稀一の声が聞こえた。その声にハッとして、詩音は慌てて床に散乱した紙を拾い集めた。
「どうしたんだ?」
「散らかしてごめんなさい。ちょっと自分の考えを書き出していたんだけど、うまく言語化できなくて……」
「詩音が行き詰まっているなんて珍しいな。論文か?」
そう言いながら、稀一が拾い損ねていた紙を一枚拾った。「きゃあっ!」と叫びながら、それを奪い取る。
「見ちゃダメ! 全然書けていないから見ないで……恥ずかしいの」
「……」
(自分の気持ちを書き出した紙なんて見られたら死んじゃう……! その上、結局うまく感情を整理できなかったし)
詩音は集めた紙を鞄の中に押し込みながら、誤魔化すように笑った。が、見ていないはずの稀一の視線が心なしか痛い。
「えっと……今日の夕食はなんですか? 稀一さん、料理上手だから楽しみ」
「……詩音。もしかして今日病院に来ていたのか?」
「え……?」
「それとも病院から連絡が入ったとか?」
稀一の問いかけに体がぎくりと跳ねる。ゆっくり近づいてくる彼から逃れようと座ったまま後ろに下がるが、彼の手が伸びてきて詩音に触れた。
居た堪れずに目を逸らすと彼が顔を覗き込んでくる。
(やっぱりさっきの紙見られてた……!?)
「悪い。チラッとだけ見えた。そこに今日の人誰? って書いてあった気がするんだが」
「……」
「詩音は、今日見た彼女を――あの噂の女性だと思ったというわけか?」
「……」
何も答えられないまま、詩音は唇を引き結んだ。今の自分の感情を――冷静に言葉にする術が見つからず、一層唇を引き結ぶ。すると、稀一の手が詩音の手に重ねられる。
「詩音。何か言って?」
「……。思ったというか……あ、あれはどう見ても噂のイタリア人美女でしょう!」
口から出た声は自分が思っているより苛立ちを含んでいた。
(私、情けない……)
稀一と親しげな女性が現れただけで心が激しく揺らぐ自分は、心が狭い。その上、稀一のことをちゃんと信用できていない証拠だ。彼を好きで、何度も想いと体を重ねても尚――不安でたまらないのだ。
自分で自分が嫌になる。悪いのは稀一ではなく、幼稚で愚かな自分なのに……。本当に情けない。
「違うよ。彼女と過去にそういう関係であったことは一度もない」
詩音が自己嫌悪に陥ってると、稀一が抱き締めてくれる。その腕の温かさに涙が勝手にこぼれた。
「言い訳に聞こえるかもしれないが、彼女が元恋人なら働いている病院に来させたりしないよ。ある意味、君の実家に連れて行くようなものだぞ」
「でも病院だもの。誰が来たって不自然じゃないわ」
「……」
稀一の言葉の揚げ足を取ると、彼が苦々しく笑う。そして、詩音の頬をがしっと両手で挟んで、無理矢理視線を合わせてきた。
「っ!」
「断じて元カノじゃない。第一、彼女はまだティーンエイジャーだぞ」
「ティーン……エイジャー?」
(ってことは十代……!?)
稀一の言葉に目を瞬くと、彼が拗ねたように目を細めた。
「信じてもらえないかもしれないが、彼女はイタリアにいた頃にお世話になった先生の娘さんだよ。近々、先生が日本で行われる学会に出席予定だから、くっついてきたんだ。水篠先生の知り合いでもあるから明日にでも会わせるよ。会えば詩音も誤解だって分かる」
「お父様の知り合い……?」
その言葉に早とちりだったことが分かって血の気が引いていった。
(良かった。あの場で突っかからないで)
「ごめんなさい。私、てっきり……」
「気にしなくていい。あんな噂があるんだ。詩音じゃなくても誰もがそう思っても不思議じゃない。実際、あの場を見てた奴らには『あー! 緒方先生の元カノだ。詩音ちゃんに言ってやろ』って言われたしな」
「皆ったら」
思わず噴き出すと、稀一が「笑いごとじゃない」と詩音の鼻を摘んだ。
だから彼は最初に「それとも病院から連絡が入ったとか?」って言っていたのか。
彼の言葉を聞いて言いようもない安堵が詩音を包んだ。
(やっぱり話し合いって大切よね)
詩音が胸を撫で下ろすと、稀一が詩音の腰を抱いて唇が触れそうなくらい顔を近づけてきた。
「まあ、今回は別れるって言い出さなかったから詩音にしては上出来かな」
「ごめんなさい……」
「本当に何もないから安心してくれていいよ」
「……はい」
頭を下げて謝りたかったが顔を少しでも動かすと稀一にキスをしてしまいそうなので、詩音は返事をするだけに留めておいた。
「稀一さん、ごめんなさい。もう少し稀一さんのこと信用しますね」
「そうしてくれると助かるよ。まあ今の関係のせいで自信が持てないんだったら、早急に結婚してもいいしな」
「えっ!?」
「詩音は完治後も俺と一緒に暮らしたいんだろう? 俺にプロポーズしようと思ってくれていたんだろ?」
「!?」
チラッとではなく、バッチリ見られていたことに詩音は口をパクパクさせた。急激に顔に熱が集まってくる。稀一はそんな詩音を見ながら、耳に顔を寄せてきた。
「結婚しようか」
「~~~っ」
「詩音。返事は?」
「は、はい!」
真っ赤になった顔を何度も上下に振る。すると、稀一が「いい子だ」と言って詩音の左手の薬指に指輪をはめてくれた。
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